第238話 打撃の異常値

 レックスがフェニックスに三連勝している間、ライガースはタイタンズと対戦していた。

 今のところはほぼゲーム差のない中での、ライガースとタイタンズの対決。

 日本のプロ野球球団の中でも、特に古くから存在するのがこの二つである。

 一時期は圧倒的にタイタンズが強く、球界の盟主などと呼ばれていた時代もあった。

 だがこの20年ほどは、ライガースの方が順位を上としている場合が多い。


 レックスはあれだけ、圧倒的な強さを見せ付けたシーズンが多かったのに、いまだに球団としての人気は、タイタンズに及ばないところがある。

 ブランド力というものが、野球においてはとんでもなく強いのだ。

 もっともタイタンズは人気もあるが、同時に嫌いな球団ランキングでも、圧倒的に票数を獲得する。

 良くも悪くもタイタンズは、確かにNPBの中心であったのだろう。

 だがさすがにそれも、もう陰りが見えて長い。


 スターズの黄金期、それに対してライガースが拮抗し、レックスの台頭で三強体制となった時代が、一番面白かったのだろう。

 その間にパ・リーグの方は福岡を中心としながらも、多くのチームがペナントレースを制していった。

 レックスは主力が引退したあたりで、一気に弱体化した。

 しかし直史の復帰後は、これまた一気に強くなっている。

 考えてみれば絶対のエースが一枚に、キャッチャーとショートが強化されたのだから、それは強くなっても不思議ではない。

 それでも一年目には、ライガースに及ばなかったが。


 ライガースはタイタンズとの初戦を落とした。

 ハイスコアゲームの殴り合いで、ライガースが負けるのは珍しい。

 ただ今のライガースは、ピッチャーに経験を積ませている段階。

 シーズン序盤の四月に、焦るようなことはない。

 ただレックスも先発ローテを新しくしていて、さらに木津が今年も機能しているので、のんびりとはしていられないかもしれない。


 タイタンズとの初戦で、大介は三打数一安打であった。

 ホームランが一番多く、二番目にツーベースが多く、シングルはそれよりも少ないという数字。

 明らかにおかしいのは確かだが、この19試合で11本のホームランというペースを、どこまで維持していられるか。

 タイタンズも第二戦は、まだローテの強いピッチャーを当ててくる。

 対してライガースも、この試合は畑が先発であった。


 なんだかんだ言いながら、ライガースの先発は、故障しないピッチャーが多い。

 もっとも四枚目以降になると、それなりに故障をしているのだ。

 他のピッチャーが故障しても、大原は故障しない。

 なので誰かが故障した時には、短い期間でも先発のローテに入ってくる。


 ライガースの畑に対して、タイタンズはドラフトから上がってきた土井。

 しっかりと育成された、生え抜きのピッチャーである。

 ストレートもMAXは155km/hオーバーであり、ツーシームとスプリットで打ち損じを狙う。

 また緩急のためのチェンジアップも持っている。

 エースになるにはもう一つぐらい、大きな変化球もほしいところだ。


 高校時代を懐かしく思ったのか、または先取点を取ってもらったゆえか、土井はランナーのいない一回の裏に、大介に勝負を挑んだ。

 去年も散々に打たれているが、今の自分がどれぐらいの場所にいるのか、計算するのに都合がいいのが大介の存在だ。

 そしてゾーンに投げたボールを、甲子園の深い右中間に放り込まれたのである。

 同点に追いつかれたソロホームランであるが、チェンジアップの後のアウトローであるのに、どうして引っ張ってしまえるのか。

 右ピッチャーにとっての脅威度は、とんでもなく高い大介である。

 もっともその大介を、一番多く抑えているのは、右腕の直史であるのだが。




 ライガースは大介が打った後、さらにホームランバッターが三人続く。

 ここで長打二本が重なれば、それで一点が取れる。

 もしくは長打と単打であっても、一点にはなる。

 だが打っていって連打となれば、ビッグイニングも一気に狙えるのだ。


 本日もまた、ハイスコアゲームになってきている。

 そして大介は、まともに勝負してもらえない。

 ランナーが一塁にいるだけなら、まだしも可能性はあるだろうか。

 だが二塁や三塁にいて、一塁が空いている場合は、必ず歩かされる。

 去年までと同じパターンが、またも戻ってきたと言えるだろう。


 カウントが悪くなると、途中からでも申告敬遠。

 フォアボール三つのうち、二つが敬遠というものである。

 そして自分のホームランを除いて、二回またホームベースを踏む。

 先発の畑の調子も悪くなく、常にリードしてライガースが試合を進めた。

 最終的なスコアは8-4とかなりの余裕があった。

 ただタイタンズも、打線はそれなりに機能していたのだ。


 若手のピッチャーが、下手に勝負に行き過ぎた、といったところであろう。

 それでもリリーフが準備するまでは、どうにか投げていたのだ。

 序盤のリードがそのまま、最後まで保たれたということが言えるだろうか。

 大介としてはホームランを一本打って、外野フライ一本という、フラストレーションがたまる試合である。

 こんなことだから大介は、最多安打の記録だけは、どうしても取れないのだ。


 新戦力のピッチャーが頑張っていることは、以前からローテを守っているピッチャーの尻に火をつける。

 悪いピッチングではないといっても、それ以上にいいピッチングを見せられれば、先発のローテからは外れるのだ。

 チーム内での競争によって、より選手の層は厚くなる。

 もっとも大原などは、その競争の行き過ぎで故障があった場合、そこに入っていくピッチャーになっているのだ。

 高卒の桜木は、やはりまだ完全にローテに入れるのは早い。

 よって大原と交互に使うような、ちょっと例のないことになっている。


 高卒ピッチャーが一年目から10試合以上も先発すれば、それはかなり期待されている。

 大原は三年目からほぼ、ローテに入ることとなった。

 四年目は16勝して、これがキャリアハイ。

 そしてこの年には、唯一のタイトルも取っている。

 割と早くに戦力になったと思われたが、実際は体の頑健さがより上回った。

 去年も41歳のシーズンで、24試合も先発したのであるから。


 この年齢になると、ローテを守るというだけで、充分に凄いことになる。

 誰もがそう評価しているからこそ、使われ続けたのだ。

 大原よりもはるかに早く、200勝した真田であったが、もう勝ち星の数自体では上回っている。

 ただし勝率はいくら頑張っても、上回ることはないのだ。

 桜木はそんな大原よりも、一年目から機会を与えられるだけ、期待されているのだろうか。

 やはり最初の先発で、大崩れしない程度に投げて、勝ち投手となったのが大きいのだろう。




 これでこのカード、一勝一敗となって三戦目を迎える。

 ライガースは去年の敗戦から、ペナントレースを制しなければ、レックスに勝つのは難しいと分かっている。

 だからレギュラーシーズンの試合も重要なのだが、まだ慌てるような時期ではない。

 シーズン後半に入ってから、チームがどう変化していくか。

 特に投手陣を安定させることが、打撃の力の強いライガースの急務である。


 ライガースの先発は津傘。

 タイタンズの先発は大卒四年目の安藤である。

 ここのところずっと、攻撃と守備が噛み合わなかったタイタンズであるが、今年は比較的上手くいっている。

 もちろんまだ序盤だから、というのはあるだろうが。

 大介は初回から、敬遠気味のフォアボールで歩かされた。

 タイタンズもいい加減に、またポストシーズンに進出したいところだろう。

 かなり戦略的に戦うようになっている。


 元々金払いのいい球団ではあるのだ。

 アンチは多いが、それだけにファンも多い。

 若い世代にはそれほどの人気でもないが、野球ファンは親からの世代でつながっていることもある。

 またタイタンズというのは本当に、社会のあちこちにつながっている。


 そもそもかつてはテレビ中継が、多くがタイタンズのものであった。

 これに対抗していたのが、関西のライガースである。

 ただそれは近畿圏の放送だけの場合があり、それも地方局であった。

 そんなタイタンズ一強の人気も、やはりネットによってどのチームの試合も見られるようになってから、変わったと言える。

 あとはフランチャイズが浸透し、地元のファンを獲得する、というシステムが出来たこともあるだろう。

 100万人都市でないと、プロ野球を誘致できない、一つの目安にはなっている。


 この理屈だと東京には、もっとたくさんのチームがあってもいい。

 実際は関東の括りで、五球団が集まっているわけだが。

 独立リーグの存在が、まさに地元密着になっているのかもしれない。

 地域のファンとの関係は、NPBよりずっと身近だ。

 もっとも規模としては、NPBは比べ物にならない。

 それでも野球を続けることが、この存在によって可能になっている。


 四国には一つもプロ球団がないが、地元の実家に住みながら、プレイをすることは出来る。

 金銭的には育成契約よりずっと安く、それこそ社会人よりも不安定だが、廃部されている社会人野球から、流れてきている選手は多い。

 選択肢の一つとして、確実に存在はするのだ。

 アメリカを知っている大介は、独立リーグの存在はまさに、アメリカのマイナーに似ていると思う。

 入団一年目からドラフトにかけられて契約できるというあたり、まさにマイナーと同じであろう。

 そう考えるとアメリカのマイナーより、さらに環境が厳しいあたり、茨の道ではあると思う。




 スカウトは年々大変になっている。

 ネットの発達により、ちょっといい選手がいたら、すぐにそれが拡散されてしまうのだ。

 しかしながらマークする選手は、高校、大学、社会人に加えて、クラブチームの独立リーグと増えている。

 もっとも主流な路線は、やはり高校と大学。

 社会人は完全に、即戦力しか必要とされない。


 クラブチームははっきり言って、そんなに選手が集まらない。

 また独立リーグにしても、実際にプロ入りする人数は少ないものだ。

 ただかつては、高校でドラフトにかからなければ、それで引退、というのが昭和の頃であった。

 もっとも見所があれば、当時はまだ多かった、社会人に進んでいたりもする。

 今は大学から社会人が多いが、当時は高卒から社会人が多かった。

 最近では左右田などはそのパターンである。


 ドラフト前に丁度故障してしまってえ、急遽スカウトのリストから外される、という不運の人間もいる。

 そういった選手のために、社会人や独立リーグがあると言ってもいいだろう。

 育成選手の制度も含め、今のプロ野球は昔より、才能をこぼれ落とす可能性は少なくなっている。

 もっとも大学などの場合は、特待生にでもならなければ、学費などの問題が存在する。

 直史も学費無料に寮費無料、そして返済義務なしの奨学金があって、早稲谷に行ったわけである。


 この季節のスカウトは、各地の高校野球の地方大会や、大学のリーグ戦を巡っている。

 その合間には社会人も見ないといけないし、ある程度は独立リーグにも足を伸ばす。

 スカウトの人数が足りない上に、本当に判断力のあるスカウトがどれだけいるか。

 白富東になども、今年は全くドラフトの関係などないだろうに、スカウトが姿を見せていたという。


 ドラフトが基本だが、FA、トレード、外国人と編成の仕事も大変だ。

 外国人枠にしても、昔は少なかったのだ。

 支配下登録にするのか、それとも育成契約なのか。

 このあたり木津が見事に開花しているあたり、判断は難しい。

 それに開花しているといっても、まだ10試合も投げていない。

 チームとしては一年や二年だけでも、それで優勝に貢献してくれたら、使えなくはないのだが。


 直史も大介も、毎年契約更改をしている。

 複数年を望むほど、もう年齢的に自信はないのだ。

 野球がいくら好きであっても、そしてどれだけ慎重にやっていても、この年齢で故障をすればそれで終わる。

 それはさすがに二人とも分かっている。

 実際に肩を壊した上杉は、治療後にまた150km/hが出ていたらしい。

 しかし上杉に150km/hでは、もう期待していたピッチャーではないのだ。




 新しい選手はどんどんと入ってくる。

 そしてもう年上の選手は、ほとんどいない。

 自分の年齢がそういうものなのだと、大介は理解している。

 しかしそれでも、野球にしがみついている。


 NPBで通用しなくなったなら、それこそ独立リーグに行ってもいい。

 年俸はいくら安くても、大介ならばその人気だけで、充分に払うだけのリターンがあるだろう。

 現場で選手として、何歳まで働くことが出来るか。

 大介はさすがに、それを意識する年齢になっている。

 コーチなどは一時的な臨時コーチはいいとしても、常任でずっとやるつもりはない。

 現役の選手を見てしまえば、嫉妬してしまうだろうからだ。


 その大介はこの試合でも、一打点を記録した。

 そしてホームランこそなかったものの、ホームベースを二度も踏んでいる。

 後ろに強打者が揃っているということは、そういう数字になるというものなのだ。

 打点よりも得点の方がずっと多い。

 それがスラッガーのはずの大介の、毎年の成績である。


 試合全体としても、ライガースが勝利した。

 6-4というハイスコアと言うほどでもない点差。

 中盤まではかなり一方的だったが、リリーフがまたも打たれている。

 ただそこまで極端に、悪いリリーフというわけでもない。


 数字はどうであれ、ホールドとセーブを記録すれば、リリーフピッチャーとしては正解なのだ。

 もっともクローザーなどは、本当に一点差などで、出番が回ってきたりする。

 そこでのプレッシャーに、耐えられるかどうか。

 少なくともレックスには、度胸のあるリリーフが二人はいる。

 豪胆な大平と、冷静な平良。

 もっとも大平の方は、まだまだピッチングに再現性が甘い。

 かなり減ってはきているが、それなりにフォアボールを出してしまっているのだ。


 ライガースの場合、ピッチャーは先発を揃えてきたし、リリーフも外国人を持ってきた。

 ややフォアボールは多いが、それ以上に三振が取れるクローザーだ。

 実際にセーブ失敗がないわけではないが、充分にクローザーとしての仕事はしている。

 おかげでここまで来て、チームの事情も良くなってきた。




 タイタンズとのカードが終わって、13勝8敗。

 これは充分にペナントレース優勝を狙える勝率である。

 だが同時期にレックスは、15勝6敗。

 NPBのレベルで勝率七割を超えているというのは、まさに無双と言ってもいい。


 直史が四試合で、当たり前のように四勝しているのが大きい。

 四月は残り一回、先発のローテが回ってくる。

 現在35イニング投げて無失点。

 直史にとってみれば、それほど珍しい記録でもない。

 だがシーズン通して無失点というのは、さすがの直史でもそう簡単に出来るものではない。

 むしろ大介との勝負が少ない、MLBでの方がやりやすい、とさえ思えるだろう。


 またこの直史に対して、大介の打撃成績も凄まじい。

 まだまだ四月の試合は残っているのに、既にホームランが12本。

 OPSが1.7を超えているというのは、ちょっと人間離れしすぎている。

 とはいえMLB時代に、一度は達成したシーズンがあるのだが。


 また大介はポストシーズンの成績では、OPSは軽く2を上回る。

 打率が五割というのも珍しくない。

 今のところ打率は、0.456となっている。

 これまた異常事態であり、おそらく敬遠がどんどんと増えていくだろう。

 ヒットは200本程度しか打ってないのに、フォアボールの数はその五割り増しというのは、極めてひどい。

 今年は今のところ、まだヒットの数の方が、フォアボールよりも多い。

 徹底した敬遠策は、むしろMLBの頃の方が多かったぐらいだ。


 MLBの分析では、どんな強打者であっても、歩かせるより勝負した方がいい、という統計が出ている。

 しかしこれもまた、数字の嘘の一つであるのだ。

 大介に選球眼がないというのは、ボール球を積極的に打っているから。

 際どいところにもバットは届くのだから、打ってしまっていいというのが、大介の常識だ。

 フォアボールのうちの六割以上が敬遠。

 打点を稼ぐためには、もうボール球にも手を出していくしかないではないか。

 そこまでも計算に含めて、MLBでは歩かせてきていたのだ。


 NPBというか日本には、どうしても統計や計算を超越した、プロ意識というものがある。

 NPBとMLBではなく、日本人とアメリカ人の差と言った方がいいだろうか。

 プロであれば当然、日米関係なく、力と力の対決が見たい。

 しかし日本の方には、より技巧派のピッチャーが多いとも言える。


 フィジカルを鍛えて、圧倒するスピードボールで勝負する。

 それは一つの正解ではあるが、勘違いする元にもなる。

 全てのピッチャーがそれを求めていったなら、バッターもスピードに特化したバッティングをしていく。

 直史が打たれないのは、ある程度のスピードがあった上で、遅いボールとの球速差がリーグナンバーワンであるからだ。

 これに球種とコントロールを加えれば、ほとんどのバッターは対処できない。


 いっそのこと、と考える選手はいる。

 直史は打てないと判断して、他のピッチャーを打てばいい。

 しかし直史は、ポストシーズンでは短い登板間隔で投げてくる。

 それが結局は、チームを勝たせるエースになっていくのだ。

 ただのローテーションを埋めるピッチャーとは違う。


 圧倒的なエースがいるレックス。

 しかしその次の世代は、絶対に育てていかなければいけない。

 百目鬼の復帰と、須藤と塚本、そして木津の成長。

 このあたりが上手く組み合わされば、レックスはまだ五年はAクラスは間違いないだろう。

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