第235話 投手陣の厚み
レックスとライガースの対決は、直史と大介の対決ではなくても、優勝を争う宿命の対決のように思われてきつつある。
ここしばらく、同じ東京のチームであるタイタンズが、優勝争いに絡んでこなかったのも関係するだろう。
セ・リーグは上杉入団以前と以後で、完全に勢力図が変わっている。
スターズの二年連続優勝の後、大介の入団したライガースとのライバル関係。
そして樋口入団後のレックスとの間で、三強時代が作られた。
大介のメジャー移籍、そして上杉の衰えなどにより、またこの勢力図は変わったものである。
しかしタイタンズがなかなか優勝できない、という状態がそれなりに長かった。
悟がジャガースから移籍して以降は、優勝した年もある。
だが直史と大介のNPB復帰からは、またも第二次三強時代が始まったのだ。
しかしその中でも、この二年はレックスとライガースの2チームが突出している。
スターズもAクラスをキープしているが、武史は勝てるピッチャーではあっても、チームを強くする選手ではない。
このレックスとライガースの対決、勝敗は今のところ、ほぼ互角になっている。
主力の故障などのアクシデントが起こらない限り、また優勝争いをしそうな雰囲気。
だからこそ直接対決では、優劣をはっきりさせておきたい。
開幕カードでは、レックスが勝ち越した。
ただライガースのホームゲームではあるが、甲子園ではやっていない。
今度はレックスのホームゲームだが、地方開催があった。
そこでは負けて、今季初めての連敗を経験している。
第三戦のピッチャーは、レックスが塚本でライガースが躑躅。
どちらも今年の新戦力だ。
既に二勝している躑躅に対して、塚本はまだ勝ち星がない。
ただレックス首脳陣は、ある程度の計算をして新人を使っている。
シーズン序盤ということもあるが、加えてどちらも勝率が五割以上。
実戦の中でこそ、本当の実力は磨かれる。
レックスは他に、三島が今年でいなくなるという可能性も考えている。
直史もいつまで現役でいられるか分からないのだから、新しいピッチャーは育てていかなければいけない。
躑躅は安定して五回以上を投げて三失点以内に収めている。
それに比べると塚本は、六回で五点を取られた試合はある。
しかしそういった数字だけを見ず、試合の中でのデータを確認すれば、少なくとも一試合目はいいピッチングであったと分かる。
二試合目に五点も取られたのは、プロの洗礼と言うべきか。
どうしてもピッチャーは、安定感がバイオリズムに左右される。
こういった調整の仕方は、ローテーションピッチャーなら学んでいかなければいけない。
ただ塚本は大卒ピッチャーなので、リーグ戦でその雰囲気はある程度分かっているだろう。
これが高卒であると、上手く切り替えが出来なかったりもする。
相手のバッターが、どれもこれも大学の四番以上。
そんなライガースに、塚本は投げていくわけである。
今日はブルペンに直史の姿がある。
メンバー表には名前はないので、当然ながら投げてくることは出来ない。
だが助言はいくらでも出来るし、ミーティングにも出ていた。
塚本も躑躅もサウスポーであり、特に塚本はいいスライダーを持っている。
大介相手にも、ある程度は使えるスライダーだ。
ライガースの先攻で始まるこの試合、まずは先頭打者を抑えなければいけない。
その和田もまた左バッター。
スライダーで三振を奪い、まずは大介にも印象付けることに成功。
(ただのサウスポーのスライダーなら、大介を抑えることは出来ないんだが)
直史の記憶にもはっきり、真田のスライダーは残っている。
高速スライダーでありながら、大きく変化もしていた。
そしていよいよ、大介との対決になる。
ここで重要なのは、ぶつけるぐらいの勢いで、スライダーで内角のストライクを取ることだ。
多くのピッチャーが難しいと感じることを、真田はやっていた。
だからこそライガースは、大介を取った翌年に、真田を取ったのだ。
もちろんピッチャーが欲しかったのも本当だが。
プロに入って20年以上。
またMLBでは恐ろしいスライダー使いはいたものだ。
スイーパーとも呼ばれる高速スライダー。
あれを持っていたからこそ、真田は左殺しであった。
今の日本のサウスポーに、真田ほどのサウスポーのスライダー使いはいない。
それでもある程度は、大介を封じられるものではないか。
塚本のスライダーも、相当に速い。
あとはバッターとして、どれぐらいに体感していることか。
初球から内角に投げ込んだが、かなりの低め。
大介でもここは、普通に見逃していった。
そして二球目は、外に逃げていくスライダー。
追いかければ打てる球で、これを打ってしまうあたり、大介はこれまで恵まれてこなかった。
ボール球ではあるが、がつんと打っていった。
飛距離は充分なボールだが、ポールの向こうに飛んでいってストライクカウントが増える。
ここでもう、内角にはスライダーを投げ込めないなら、それはピッチャーのメンタルの問題だ。
打たれるかもしれない危険を考えても、内角を攻めていく度胸。
あるいは絶対的な自信を、ピッチャーが持っているかどうか。
大卒即戦力とは言っても、塚本は世代における完全なトップとまでは言えない。
プロの世界でやっていれば、そのレベルの差を感じたことだろう。
大学のトップレベルの選手が、プロの平均であるのだから。
むしろ平均以下で、ここから勝っていかなくてはいけない、とすら思える。
負けてもいい、と直史は考えている。
自分は絶対に負けるつもりはないが、それは個人の話である。
選手たちを育成する立場から見るなら、一試合負けてそれでピッチャーが成長するなら、それは充分なコストだ。
どうせ大介に打たれても、それは許容範囲内なのであるから。
三球目、もう一度内角に投げてもらう。
しかしそれは、スライダーを内角に投げるというものだ。
下手をするとデッドボールになる、厳しいコースと角度。
だがそこに投げられるなら、大介との勝負する武器が一つ手に入る。
塚本のボールが、大介の内角に入っていく。
だが、わずかに甘い。
大介のスイングは、体は早めに開いていく。
しかしバットが出てくるのが遅い。
スライダーのタイミングに、しっかりと合っていた。
そしてライトスタンドに放り込んだのである。
四試合連続の、11号ホームラン。
もちろん両リーグを通じても、ダントツの首位である。
こんなペースで打たれていったら、143試合で80本に到達してしまう。
もちろんそれもないことだ。
この調子が続いていけば、敬遠の数がどんどんと増えていく。
勝負されなければ、ホームランは打つことが出来ないのだ。
それにしても今年の序盤、どうしてこんなにも大介はホームランを打っているのか。
これは去年のホームラン数が、一昨年に比べればずっと減っていたからであろう。
ツーベースは増えていたが、それはボールの弾道がもう、スタンド入りしないことが増えたから。
長打力が落ちたのだと、勘違いしていた。
今日のホームランもまた、人を殺す打球であった。
軌道は低かったものの、ライナー性のボールでベンチを直撃したのだ。
本当に観客がいなくて良かった。
とは言ってもライガースの試合の場合、直史が投げない試合であっても、観客動員数は増すのだが。
一人でプロ野球の動員を増やしてしまう男である。
ここで崩れれば、それは塚本には苦い記憶になる。
だがしっかりと復調し、残り二つのアウトを取った。
ライガースの先攻の試合を、一回の表を一失点で抑えたなら、充分な成果と言えるのだ。
ほとんど見えないぐらいのスイングスピードで、放り込まれてしまった。
怪物揃いのプロの世界で、さらにそれを上回る伝説。
上杉との対決は、現代の伝説とも呼ばれた。
この怪物を、どうやって失点しないように片付けるか。
消極的に採用されているのは、歩かせてしまうことである。
ここにも数字の嘘がある。
OPSが2を超えない限りは、ピッチャーはバッターを敬遠するより、勝負した方がいいという計算になる。
もっともランナーが何人いるか、どういう配置にいるかで、危険度は変わってくる。
そして数字を惑わせるのが、大介のバットが届く範囲。
少しボール球になってしまっている程度なら、打ってしまうのが大介だ。
そういったボールはやはり、ミスショットになりやすい。
ストライクのボールだけを打っていればいいなら、大介の打率はもっと上がるだろう。
無茶なコースのボールに手を出して、この数字になっている。
つまりストライクで勝負すれば、OPSはもっと高くなるのだ。
極端な話、大介を全打席敬遠すればホームランは一本も打たれない。
もちろん全打席、ランナーに出してしまえば、その足でかき回されるだろうが。
それぐらいならホームランを打たれた方が、守る側としては楽とも言える。
どちらを選択するかは、ピッチャーに任される。
バッターはピッチャーが勝負を避ければ、それを防ぐ手段など、一つも持っていないのだ。
ライガースは特に上位打線が、強力なチームである。
そこを序盤に一点だけで済ませたのは、充分なピッチングとも言えた。
そしてレックスは相変わらず、チャンスが出来ればそこで点を取る。
長打力がないではないが、進塁のチャンスを見逃さないチームだ。
アウトを取られても、ランナーが進塁するように計算する。
それでしっかりと点を取っていくのだ。
躑躅も今日は、調子が良くも悪くもない。
ただ塚本は序盤から、球数が多くなっていった。
二打席目の大介は勝負を避けて、五回までに三失点。
確かに球数はある程度増えているが、それ以上に疲労度が大きいと考えられる。
スコアは3-3の同点の状態で、そこでリリーフ陣に継投。
レックスはリリーフ陣の疲労を考えて、ここで勝ちパターンのリリーフを使っていく。
なにしろ次の登板は直史なので、高い確率で休ませることが出来るのだ。
ただ、ここでのリリーフが失敗した。
七回から投げた国吉が、ツーランホームランを食らってしまう。
いつもは味方が勝っていることで、背中を押されているような国吉。
だがこれで今年は、早くも三つ目の黒星がついてしまう。
ここからさらに同点や逆転を出来たらよかったのだが、さすがに残る二枚のリリーフは休ませる。
点の取り合いになった時点で、西片はこの試合を捨てたのだ。
最終的なスコアは7-5となり、大介の打点はホームランの一本だけであった。
しかし歩かせた打席が二つもあり、それが厳しい結果をもたらしたのだ。
次の試合はアウェイでフェニックスとの対決となる。
先発予定の直史だが、前乗りはしていない。
ライガース戦を厳しく見ていたのと、あとはフェニックス戦を与しやすいと見たのか。
正直なところ今のフェニックスであれば、勝てると思ったのは確かである。
ライガースには負け越した。
これで開幕から数えれば、3勝3敗となっている。
互角の情勢であるが、ややレックスの勢いが止められつつある。
だがレックスは、大敗をしているわけではない。
相手に点を取られたら、こちらもそれなりの点を取っている。
新人のピッチャーを使って、クオリティスタートは守ったのだ。
これで試合に勝てないのは、監督の責任と運である。
ただ直史からすると、少し国吉の調子が悪いのでは、とも思う。
セットアッパーが不調というのは、先発が勝利を掴めない。
それは士気を下げてしまうが、今日の場合は同点の場面から使われたのだ。
去年の国吉は、充分な仕事をしてくれる、七回のセットアッパーであった。
3勝2敗12ホールドと、ホールドは付かなかったが投げた試合も多かった。
今年の不調は、果たしてどこに原因があるのか。
もちろん同点の状況から、使っているということも理由の一つだ。
登板数自体が少ない、というのも理由だろう。
先発が七回まで投げてしまえば、残り2イニングは基本的に、大平と平良の二人に任される。
こういう場合、大平ではなく国吉を、八回に使ってもいいのだ。
ただ、たまたまではあるが、左打者の多い場面が回ってくる。
するとサウスポーの大平が優先されるのも、当たり前のことではある。
メンタル的な問題なのであろうか。
勝っている状況で、それを1イニング維持する。
それが同点の状況で回ってくることから、国吉が乱れた。
一応は須藤や塚本なども、リリーフ要員としても考えられてきた。
百目鬼が戻ってくれば、投手陣は安定するのかもしれない。
やはり選手として大成するコツは、怪我をしないことだ。
特に大きな怪我をしなければ、継続して試合に出ることが出来る。
ただ競争の激しい世界であると、どうしても選手は試合に出たくなる。
それを止めることは、どんな監督でも難しいものなのだ。
後に大きくなってしまう故障を、小さいうちに治療する。
それが長い目で見れば、重要なことだとは分かる。
しかしプロの世界で、少しでも試合から離れること。
これは本当に恐ろしいことなのだ。
既に立場を確立してしまっていれば、それも問題はないだろう。
だが若手であればまだ、必死でそのポジションを守ろうとする。
百目鬼は若く、そして怪我の故障が致命的な場所でなかったため、素直に治療している。
しかしそれで少しばかり、リリーフが弱くなったと言えようか。
国吉の使い方が、上手く行っていないという見方もある。
監督が変わっているので、それも無理はないのだろうか。
ただここまではまだ、試行数が少なすぎる。
下手に焦って動けば、余計に国吉の調子は悪くなるだろう。
今年のレックスは、少なくとも開幕の時点では、相当にピッチャーの陣容は厚いはずであった。
しかし百目鬼の故障から、リリーフ陣まで不調が伝染しているようだ。
ただしそういった事態でも、全く変わらないのが直史だ。
今でこそ使わなくなったが、かつてクローザーではなく、セーブ投手はストッパーと呼ばれていた。
直史は自軍の悪い調子を、完全に止めてしまえるストッパーだ。
西片たち首脳陣は、まさかフェニックス相手には、不覚を取らないであろうと思っている。
普通ならば、この油断はフラグなのだ。
しかし直史は、フラグブレイカーとしても有名だ。
過去には失点する場面などで、見事にそれを抑えてきたものだ。
そもそも平常運転をしていれば、普通に完投勝利してしまうのだ。
今年はここまで、三試合のうち二試合を完封し、いまだ無失点。
26イニングを投げて、打たれたヒットが四本なのである。
球速が復活して来ている、というのがまず信じられない。
そして変化球などのキレも、去年よりは上回っている。
だがそれでも、限界の一歩手前でピッチングをしている。
故障とは本当に、無縁の人間であるのだ。
フェニックス三連戦、名古屋ドームでのカード。
投手陣は勝利を狙える陣容だが、フェニックスも一応は強いピッチャーのならびになっている。
それだけに第一戦、どういう試合を行うか。
相手の打線が一点も取れなければ、味方はとにかく一点を取ればいい。
もちろんそんな、都合のいい話は、そう起こらないはずであるのだが。
第一戦が直史なのだ。
都合のいい奇跡は、ごく普通に起こしても、全く不思議ではないのであった。
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