第234話 連敗ストッパー
セ・リーグの順位は、トップと最下位以外は混沌としている。
その中でスターズなどは、せっかくの武史の登板試合で、リリーフが逆転されてしまったりしていた。
とりあえず序盤の、他チームとのカードが一つずつ終わった時点で、レックスは圧倒的に一位。
他はフェニックス以外、さほどの差はない状態にある。
その中ではやはり、ライガースが注目されている。
五つのカード全てで、必ず一勝はしている。
そして少しずつ、調子を上げてきているのだ。
もっともファンの目線としては、そればかりではない。
大介のホームラン数が、二試合に一本の割合で、しっかりと記録されているのだ。
去年の数字を不調と言ってしまうのは、ちょっと無茶すぎる成績である。
打率は0.45オーバーで長打率は1を超えていて、さらにOPSが1.6以上。
ただ短期的な記録だけなら、こういった数字を残すバッターはいるのだ。
大介の場合はこれが、さほども変わらずにシーズンを通じて行われる。
その生涯を通じて、極端なスランプになったことなど一度もない。
わずかに調子を落としたな、という程度でまた戻してくるのだ。
またライガースは今年、連敗が一度もない。
レックスも同じであるが、この連敗がないというのは、地味に重要なことなのだ。
野球は最強のチームと最弱のチームが対戦しても、それなりに弱いチームが勝つことがある。
これはどんなチームであっても、ピッチャーの能力差で、試合が左右されるからだ。
ライガースが直史に、ローテを回す要員の大原を当ててきたあたり、直史の活用を最低限にしてしまう。
あそこで新人や若手を当てなかったのは、間近で見たら自信喪失をしてしまう可能性があるからだ。
勝つ時は一気に勝つ。
そして負ける時は、連敗を確実に止める。
レックスのように絶対的なピッチャーがいるチームは、優勝は出来なくてもAクラスには入りやすい。
タイタンズ戦を終えたレックスは、次はホームでライガースとの対戦となっている。
しかしここで、地方開催が一つ入っているのだ。
愛媛松山にて第一戦を行う。
そこから移動して、二試合は神宮で行われる。
たった一試合のために四国まで移動し、東京まで戻ってきて二試合を行い、次は名古屋でのアウェイゲームとなる。
直史が投げるのは、そのアウェイゲームの初戦だ。
契約の関係で、自分のローテがない場合、直史はアウェイゲームに帯同しないことが多い。
もっともローテーションというのは、故障者が出れば変わっていくものだが。
今も百目鬼が離脱しているため、投手陣はアピールに必死だ。
ローテーションピッチャーというのは、やはりピッチャーをやってきた人間にとっては、一番の憧れのようなものなのだ。
直史は実のところ、先発適性が高いのはもちろんだが、実績ではリリーフの方が優れている。
なにしろ点を取られたことがないのだから。
実際にMLBでもNPBでも、そして国際大会においても、短いイニングで点を取られたことがない。
ただ本人としては、やはり先発の方が調整は楽なのである。
リリーフというのはいつ出ていくのか分からない。
それに肩を作る時間が、それなりにかかってしまうものだ。
直史の本来の肩の作り方は、ゆっくりとしたスローボールから始まる。
しかし火消しのリリーフなどであれば、すぐに肩を作らなければいけない。
クローザーならばまだいいのだ。
勝っている試合において、最後を〆るクローザー。
これはゆっくりと、試合の進行に合わせて準備がしていける。
実際に直史も、リリーフの中ではクローザーより、セットアッパーの方が難しいと思う。
松山のスタジアムで、レックスとライガースの試合。
ここでレックスが投げるのは、カップス戦で投げた須藤だ。
六回三失点という、ピッチャーとしては上々のクオリティスタート。
残念なことに勝ち星はつかなかったが。
ピッチャーはとにかく、クオリティスタートであればいいという風潮。
それを前提として、首脳陣も試合を考えているのが現在だ。
一人で完投してしまうピッチャーは、もう本当に多くない。
エースクラスのピッチャーでも、年に数試合あるかどうかだ。
ただし直史を除く。
去年の直史は、比較的完投が少なかった。
それでも10試合以上を達成しているのだから、他のピッチャーとは比べられない。
武史もそれなりに多いが、完封は10試合もない。
対して直史は14試合も達成している。
ホーム扱いではあるが、ホームではないスタジアムで試合となる。
これが須藤にとっては、プレッシャーのかかる要因になったのだろうか。
ずるずると点を取られて、五回を五失点で交代。
ただ試合を崩さない程度のピッチングは出来ているかな、とのんびりとテレビを見ながら直史は思った。
六回までを投げれば、リリーフ三人で計算が出来る。
二日間勝ちパターンのリリーフ陣に出番がないため、ここでは登場の展開を作ってほしかった首脳陣である。
ちなみにこの試合、明日の先発である木津と、第三戦予定の塚本も帯同していない。
昼間にはそれなりに練習をしたが、直史は三時間程度しか、トレーニングも練習もしなかった。
ただ直史は上がりの日でも、必ずある程度のキャッチボールはしてくる。
それが彼の調整方法なのだ。
フィジカルのトレーニングは、目立ったところはしない。
インナーマッスルを鍛えて、体幹をも鍛えていく。
だがそれより重要なのは、肉体の復元力を高めていくことだ。
バランスを崩した体勢からも、しっかりとボールを投げていく。
これはフィールディングの上手さにつながっている。
筋トレを行わないというのは、昭和のピッチャーのような理屈かもしれない。
ただ直史は、長距離を走るということは、確かにしないピッチャーだ。
ダッシュを何本かやって、あとはバランスボールなどを使ったりする。
瞬発力とバランス感覚、それによってスタミナを、少しでも使わないようにしていくのである。
結局は見ていた限り、レックスはこの試合を落とした。
これは相手をしていたライガースの先発が、FAで移籍してきた友永であったことも、敗因の一つとは言えるだろう。
大型契約を結んだ友永は、この試合でもしっかりとクオリティスタートを切ったのだ。
そのためライガースは、勝ちパターンのリリーフを出してくることが出来る。
今のライガースは、完全な勝ちパターンをまだ作れていない。
だが少なくともクローザーは、しっかりと機能しているのだ。
レックスが強いのは、逆転負けを許さないから。
そして終盤まで、リードして進む試合が多いからだ。
バッティングに関しては、確かに水物ということが言える。
ただピッチャーの安定感はともかく、守備に関しては不調があまりない。
高校野球は守備さえしっかりしておけば、ある程度は試合が成立するのと同じだ。
得点を最大化させることと、失点を最小化させること。
このバランスを上手く取ることが、プロのシーズンでは重要なのだ。
全ての試合に勝てるなどとは、誰も思っていない。
だから六割の勝率を目指す。
レックスはここまで、11勝5敗。
まだまだシーズン序盤だが、優勝確実の勝率を誇っている。
ただライガースとの直接対決は、やはり問題なのである。
そもそもライガースは、攻撃はともかく守備に課題を抱えていた。
それが今季から加入の友永が、三勝目を早くも上げている。
防御率も確かに、2点台と好調ではある。
しかしフルイニングは一試合も投げていない。
現在の先発は、それが普通なのである。
立ち上がりからしっかりと投げて、六回まで投げればそれで充分。
七回まで投げたらベンチはさらにありがたい。
リリーフの使い方でも、ワンポイントもいればビハインド展開の敗戦処理もいる。
ピッチャーは常に不足しているのだ。
そんな中でローテーションを任されているというのは、充分にすごいことだ。
三連勝というのは、あくまでも結果に過ぎない。
運の偏りによって、こういう結果になっている。
ライガースはただでさえ、打線の援護で負け星が消えやすい。
そして同時に、クオリティスタートで抑えたならば、かなり勝ち星がついてくるのだ。
第二戦は神宮に戻って、木津が先発登板である。
これまで公式戦、一度も敗北のない木津。
もちろん偶然ではあるが、これもまた運の偏りによるものだ。
ただ木津は無敗というのではなく、全勝なのだ。
試行数が少ないとはいえ、これは直史をも上回っている。
この第二戦は、どうにか勝ってほしい試合である。
レックスはライガースとの第一戦に負けたため、タイタンズ相手の第三戦から、連敗が初めてついてしまった。
ここからどうにか、連敗を止めてほしい。
もっとも木津のピッチングが、ライガース相手に通用するのか。
下手に打たれてしまったら、一気に連敗が続いてしまいかねないだろう。
それでも次のフェニックス相手のカードで、直史が止めてくれるのは間違いないだろうが。
ライガースは投手陣をしっかり補強したため、今年も優勝候補になっている。
実際に去年のシーズンも、レギュラーシーズンではライガースの方が、対戦成績は良かったのだ。
点の取り合いという、基本的な野球をやっているライガース。
それに比べるとレックスは、やはり守って勝つというイメージが大きい。
比較的ホームランの出やすい神宮をホームに、守って勝つ野球をするのは難しい。
なのでグラウンドボールピッチャーの方が、有利な成績を残せる。
今季の直史の成績は、去年よりも奪三振率が高くなっている。
だが実は奪三振率は、木津とそれほど変わらないのだ。
もちろん防御率や、与四球率は圧倒的に、直史の方が上である。
ただ肝心な時に三振が奪えるというのは、ピンチの時のピッチャーに重要なポイントである。
他のチームもおおよそ、木津のピッチングの正体については、気付いているのだろう。
ただ木津のボールに合わせてしまうと、プロの平均の他のピッチャーの、平均から離れてしまうことになる。
適応するには木津に球数を投げさせ、試合の終盤に攻略すればいい。
だがそこまでの間に、もうピッチャーは交代してしまうのだ。
高校時代も大学時代も、そこまで突出したピッチャーではなかった。
しかしそれは、公式戦で使われなかったからだ。
実際には対戦成績の少ない相手であれば、初対決ならほぼ勝てたであろう。
よほどキャッチャーが間抜けなリードをしない限りは。
そしてライガース相手には、これが最初の対決となる。
いくら理屈が分かっていても、果たして脳が処理する情報を、しっかりと体に伝えることが出来るだろうか。
神宮での試合、直史もブルペンを見に来ていた。
相変わらず木津のストレートは、近くで見るとホップ成分が高い。
これはもう実際の試合の映像で見ていても、おそらく分かる人間がいるのではなかろうか。
もしも木津が30年前のピッチャーであれば、もっと長期的に数字を残せたであろう。
今は映像がはっきりと残り、データ解析も向上している。
その中で自分の強みであるストレートを、どうやって利用して行くべきか。
高めのストレートが生命線だ。
その決め球を活かすために、どういう配球を考えて、実戦ではどうリードしていくか。
生かすも殺すもキャッチャー次第。
バッテリーコーチと共に、ミーティングにまで参加する直史。
ここはどうにか、連敗も止めてほしいものである。
今年は既に二勝している木津。
防御率も2点台と、悪くはない数字だ。
しかし奪三振が多いのはともかく、フォアボールもとにかく多い。
制球ではなく緩急が重要で、そして高めにしっかりとストレートを投げられれば、それで充分とも言えるのだが。
プロのピッチャーというのは、年々バージョンアップをしていかなければいけない。
だが今年の木津は、クオリティを少しアップはしたが、それほどの変化はないのだ。
ストレートの球質を活かすためには、カーブとフォークの二種類が重要。
ここにチェンジアップも付け足せたなら、かなりまた打ちにくいピッチャーになるのだろうが。
不思議なほどに負けないピッチャー。
そんな木津は今日も、初回からまず和田を内野フライに打ち取り、順調なスタートである。
そして迎えるは、最強のバッター。
果たして大介であれば、木津をどう攻略するのか。
重要なのはまず、ストライクカウントを二つ、どうやって取るかだ。
決め球のストレート以前に、他のボールを打ってこられたら困る。
まずはカーブを使って、ホームランだけは避けていく。
重要なのはカーブと、アウトローへのストレートの使い方だ。
決め球になるのは高めのストレートというのは、他のバッターに対してと変わらない。
ただ大介の場合は、他のバッターが見てしまう錯覚を、ほとんど感じないのではないか。
直史としては最初に和田でアウトを取ったのだから、歩かせてしまってもいいのだ。
そして一失点以内に抑えれば、ライガースの強力打線相手には充分。
また大きく上に外したボールも、錯覚のために使えるだろう。
カーブとボール球で、ボールカウントが先行した。
下手に打ち取ることなど考えなくても、歩かせてしまえばいい。
ライガースのクリーンナップは強力だが、おそらく木津のストレートには、上手く対応出来ないであろう。
分析されし尽くす前に、どれだけのピッチングをすることが出来るか。
直史からすると、木津は選手生命が途切れるよりも、攻略されて通用しなくなる方が早い。
ただゾーン内には確実に投げ込めるようになれば、違うパターンでバッターを攻略出来る。
もうこのカウントからなら、歩かせてしまった方がいい。
直史としてはそう考えたのだが、迫水のミットの位置は、ゾーン内の高めである。
「打たれる」
ブルペンの画面を見ていて、直史はそう呟く。
言葉通りに高めに投げたストレートを、大介は振りぬいた。
久しぶりのライナー性の打球が、そのままバックスクリーンを直撃した。
そしてボールの跡を残して、グラウンドまで戻ってきたのである。
とりあえずは先制したライガース。
だがこれはまだ、始まったばかりであるのだ。
木津のピッチングは今のところ、ライガース相手には相性がいいようであった。
クリーンナップの打球であっても、外野に飛んだところで、フェンスの前でキャッチされる。
滞空時間の長いフライは、充分に外野が追いつけたものだ。
木津はフライボールピッチャーなのである。
グラウンドが狭いというのは、確かにホームランが打たれやすいということではある。
しかし滞空時間の長いフライを、キャッチするのも簡単になるのだ。
単純に広いか狭いかだけで、ピッチャーにとって有利か不利かは分からない。
それはともかくとして、直史からは迫水宛に、リードに対する注意が飛んでいた。
他のバッターならともかく、大介は要注意なのだ。
別に分かっていて、ホームランを打たれるならばいい。
しかしあの高めの球は、追い込んでから使うべきものだ。
それをカウントを取るために使ったのが、判断としては誤りである。
しかしランナーがいなかったことによって、その後ろのバッターに集中できたとは言える。
そして二回以降の木津は、フォアボールでそこそこランナーを出すが、あまり得点には結びつかない。
その間にレックスは、逆転に成功。
六回が終わったところで、3-2とレックスのリード。
ここでピッチャーは交代である。
国吉が打たれて、ホールドの権利を失った。
しかし同点までで、ここでレックスは勝ちパターンのリリーフを続けていく。
とにかく三振が奪えるということで、大平がマウンドに送られた。
ここからレックスは勝ち越しに成功。
そして最後には平良をマウンドに送る。
一点差という場面なのだが、大介の打席は回ってこない。
ならばしっかりと、三人で片付けてしまえばいい。
決着は4-3でレックスの勝利。
平良は早くも、7セーブを記録している。
そして木津は勝ち星はなかったが、負け星もつかなかった。
勝ち運を持っている、というのだろうか。
実際のところ、大介相手にホームランを打たれても、その後のクリーンナップには、ストレートで三振やフライでアウトを取っていった。
転がしたボールはエラーなどにもなりやすいが、今のプロ野球ではフライを打つのが原則。
そしてフライを打たせているのに、木津はそれほど大量点を奪われない。
打ったフライが、外野の守備範囲にあるのだ。
ホームラン以外は、ピッチャーの責任ではないのである。
単純に勝ち運がある以外に、ここぞという時に勝ってくれる。
この試合に負けていたら、レックスは三連敗となるところであったのだ。
自分自身に勝ち星はつかなくても、チームの勝利にはつながる。
そもそもクオリティスタートをしているという点で、木津の価値が高いものだと、今は認めざるをえないのであった。
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