第233話 東京アウェイ
レックスは地元東京に戻ってきた。
しかし次の対戦は、アウェイでビジターのユニフォームを着て行われる。
タイタンズとの第一戦、ピッチャーは直史の三度目の先発。
今年のレギュラーシーズンは、敗北はおろか失点さえしていない直史である。
カップス相手に負け越して帰ってきたレックス。
だがそういうことも普通にあるだろう。
このタイタンズとの試合で、まずはシーズンのリーグのチームとは全て、一巡目の戦いが終わる。
タイタンズはこのシーズン序盤、勝率五割を保っている。
比較的いい発進の理由は、新監督にあるだろうか。
一度はタイタンズの監督になったものの、結果を残せず二年任期で契約終了。
二度目の政権となるのは、元キャッチャーの森川である。
もう60歳を過ぎているが、彼の現役時代中盤まで、タイタンズは強かった。
セ・リーグが混沌と化し、一気に趨勢が変わるのは、上杉と大介が入団してきてからと言える。
ただ資本力では、ライガースをも上回るタイタンズ。
選手の獲得にミスがなければ、それなりに強くはなるはずなのだ。
かつてはFAで、多くの選手を獲得してきた。
しかしここ最近は、FAよりも育成までをそれなりに獲得している。
東京の球団というのは、練習地などを維持するのに、金はかかる。
ただ三軍であると企業チームや大学生相手に、それなりの練習相手がいるのだ。
タイタンズのスカウトは、今年のドラフトで司朗の獲得を狙っていたりする。
だが現場はそんなことは関係なく、勝利を目指していくわけだ。
そこで立ちふさがるのが直史である。
既に今年、二試合で完封を達成。
18イニングで打たれたヒットは一本だけである。
ただタイタンズには悟がいる。
MLBでも間違いなく通用しただろうな、と直史が思う数少ない野手の一人だ。
故障した年を除けば、毎年20本以上のホームランを打っている。
さすがに足は衰えてきたが、まだバッティングの衰えは見えない。
今日も四番に入っているわけで、直史としてはここを厳重に抑える必要がある。
出来ればここも完投勝利すれば、リリーフが休むことが出来る。
自分のローテにも影響が出ないように、しっかりと抑えなければいけない。
百目鬼が離脱している以上、自分がどうにか封じる必要がある。
初回からレックスの先攻なので、まずは一点がほしい。
そしてその一点がほしい時は、旧来のレックスの得点パターンを使っていく。
一番の左右田と、二番の緒方は出塁率が高い。
三番以降で打点を取っていくというのが、レックスのパターンではある。
一回の表の攻撃である場合、左右田の役目はとにかく出塁である。
初回の先頭打者を封じられないというのは、先発ピッチャーにとっては嫌なことなのだ。
左右田が出塁に成功すれば、緒方は最低でも進塁打、という条件を満たすバッティングをしていく。
このあたりの集中力というのは、やはりベテランゆえのものであるのか。
右方向へのバッティングが、かなり徹底されている。
しかし守備のシフトを見て、左に抜けていく打球を打ったりもするのだ。
今回の場合は、素直に右方向に打っていった。
これでセカンドにはキャッチされたが、ダブルプレイは防いで進塁させる。
得点圏でクリーンナップを迎える。
直史が見ている先で、またもヒットが一本。
先取点を取って、一回の表は終わった。
一回の裏、マウンドには直史。
不思議なほどに威圧感のない、そのマウンドに立つ姿。
しかしバッターボックスで直接向かい合えば、体がまともに動かなくなる。
直史は本当に何もしていない。
だが積み上げてきた実績が、そういう現象を起こすのだ。
こういった無形のプレッシャーにも、立ち向かっていかなければいけないのがプロの世界。
ただ直史は相手が、勝手にプレッシャーを感じているな、と理解するのだ。
こういう時に有効なのは、ボール球である。
特に高めのボール球を、よく振ってくれる。
そしてツーストライクに追い込んだら、今度はアウトローやインハイのぎりぎりを狙う。
これによって最後は、見逃しの三振を奪うことが出来るのだ。
ホームゲームなのに、ストライク判定が厳しいと、タイタンズの選手は思っているかもしれない。
ただあくまで審判は公平なのだ。
その審判の目を上手く、誤魔化すだけの技術を直史は持っている。
最初の二人は三振で、そして三つめのアウトは内野ゴロで終わらせた。
球数が二桁にいかない、上手い試合の入り方である。
全く表情も変えず、いつも通りのピッチングを行う。
次の二回の裏は、悟の打席からなので、少しだけ注意する必要はある。
だがその前の二回の表に、レックスはさらに一点を追加した。
二点のリードがあれば、直史の試合はほとんどセーフティリードである。
もちろん投げる本人は、そう簡単に気を抜いてしまうわけもないが。
二回の裏のマウンドに立つ。
そして迎えるは四番の悟。
MLBには挑戦せず、国内のタイタンズで、大介のいない間に多くのタイトルを獲得した。
ミスタートリプルスリーと言えるのは、通算でシーズン全てでそれを達成している大介だが、悟も現役選手の中では、二番目にその達成が多い。
大介の場合はMLBの試合数が多いステージに行ったので、むしろそういった積み上げるだけの成績は、NPBよりも多くなったものだ。
それにMLBに行ってからは、おおよそが二番打者として試合に出ていた。
40歳を超えてから、また球速が上がってきた直史。
正確に言うと、球速を戻してきたのだが。
150km/hオーバーのストレートが、それなりに投げられている。
そして今のところ、奪三振もやや多い。
もっとも重要なのは、完封して100球投げていないことだろう。
野球はチームスポーツであり、現代野球はピッチャーの継投が重要である。
その中で一人、圧倒的な完封能力のあるピッチャーがいれば、リリーフ一枚から二枚分の価値も生まれる。
直史が作る貯金は、リリーフに負担をかけない貯金だ。
リリーフピッチャーに負担をかけないことは、長いシーズンでは重要なことになる。
悟としては今のタイタンズには、色々と思うところはある。
FAで移籍してから10年以上、年俸も充分に上がった。
ただMLBに移籍していたら、という気持ちはなくならない。
悟の時代には既に、MLB移籍は一般的なものになっていた。
最初に所属したジャガースは、ポスティングも認める球団であったのだ。
安定性を求めた、とは言いにくい。
正直なところNPBで10年やるよりも、MLBで三年やった方が、ずっと稼げるのだ。
しかしそういった後悔は、直史などとの対決で、解消することが出来る。
世界一のピッチャーが、日本に戻ってきて復帰した。
さすがに衰えているだろうと思ったが、安定して神話を更新していっている。
だからこそ悟は、直史に勝ちたい。
スローカーブとストレートのコンビネーションで、まずは投げてきた。
悟としては第一打席、まずはパーフェクトやノーヒットノーランを阻止しておきたい。
また球数も出来るだけ投げさせて、球種もしっかりと確認したい。
ただ直史の場合同じ球種でも、プレートの場所を変えて投げてくる。
球種が同じでも、コースや角度が変わってくるのだ。
それでも直史のボールを、カットしてくるのが悟である。
ここは勝負して一点を取られたとしても、まだ問題のない場面。
タイタンズは色々と、選手を代えて来ている。
去年までに比べると、かなり面白い布陣と言えるだろう。
第一打席から、スルーまでも使わされた。
しかもそれはボテボテのショートゴロとなって、左右田が追いつくかどうかは微妙。
盗塁は減ったとはいえ、こういう時に悟は全力で走る。
内野安打によって、早くもパーフェクトもノーヒットノーランも消えたのであった。
厄介なバッターである。
打率も打点もホームランも、そして出塁率もリーグのトップ5に入っている。
直史としてはこれを、失点につなげたくはない。
ただ球数が増えたことが、その時点で微妙とは言えた。
盗塁を仕掛けてくるかと思ったが、リードは大きいがその気配はない。
速球系を投げることが多くなるだけでも、バッターにはいい援護となるのだろう。
珍しくボール球から入っていく直史である。
ただそのタイミングを、しっかりと掴んでいる。
迫水は肩のいいキャッチャーだけに、悟でも走りにくいことは確かだろう。
ランナーからプレッシャーをかけられるのは、珍しい直史である。
しかし二球目には、スローカーブを投げてバッターのミスショットを誘った。
俊足のランナーがいても、その状況に縛られてはいけない。
速球の割合をやや増やせば、それだけでもランナーを牽制することは出来る。
ショートに打たれた打球は、まずは二塁へ。
そこはセーフになっていたが、一塁ではアウトを取れた。
あの当たりでダブルプレイにしない、悟の足は脅威である。
結局は進塁打を打たれたのと、同じことになっている。
ただここから普通にアウトを取って行けば、それでホームには帰れない。
ノーアウトの状況ならば、二塁に進んでおかなければいけないのだ。
もっとも直史がそれを許すような、バッターはそうそういない。
ギャンブルの要素が大きくても、やはり盗塁を仕掛けておくべきであったろう。
他のピッチャーと行う、レギュラーシーズンの試合とは違うのだ。
トーナメントを勝ち上がるような、どうしても勝たなければいけない試合と、考えて直史を攻略する。
それぐらいの覚悟があって、ようやくまともな試合になってくる。
この二回の裏は、結局ランナーが三塁に進んだだけで終わった。
もっともランナー三塁は、エラーでもなんでも、点が入りやすいものなのだが。
ここから試合はしばし停滞する。
タイタンズもエースクラスのピッチャーを投入していたので、立ち上がりの悪さが解消されれば、それほど点を取られることはない。
もちろん直史も、三振や内野フライでアウトを取っていく。
内野ゴロがやや少なめなのは、イレギュラーなどを恐れてのこと。
しかし三振が多く取れるので、タイタンズには勝機が見えてこない。
二打席目の悟は、ツーアウトからの打席となった。
もうそうなると、ホームランを狙っていくしか、得点の方法はないとも言える。
そんなホームラン狙いであると、直史も片付けるのは簡単になっていく。
外野にまで飛ばされたが、高く上がったセンターフライ。
レックスで一番守備範囲の広いセンターには、容易にキャッチ出来るボールであった。
タイタンズの方も、追加点は許さない。
ただ二点差のままで、ずっと続いていくことが、あちらの首脳陣としても悩ましいところであったろう。
せっかくのエースを使っても、相手が直史であると点が取れない。
野球の大前提である、点の取り合いという部分が変化するのだ。
点を取られない中で、どちらが先に一点を取るか。
見ているとまるで、サッカーのように思えてこなくもない。
野球が面白いのは、逆転があるからであろう。
サッカーとは違って、一気に複数点が入る。
ただどちらのスポーツも基本的には、ロースコアで決まるスポーツである。
ハイスコアで決まるスポーツであるほど、よりその実力差ははっきりと表れる。
ガチガチに守備を固めて、ほんのわずかなチャンスで点を取る。
それだけを聞くとまるで、サッカーのような印象を受けるではないか。
そして二点差になっていると、かなり勝利の確率が高いのも、サッカーと似たようなところか。
もっとも直史は、三点以上を取られて負けた試合が、そのキャリアの中にはあるのだ。
確かに圧倒的に、試合に勝つことは出来ている。
ただそれよりももっと驚異的なのは、コンディション調整なのだ。
過去の沢村賞投手を見てきても、崩れない試合ばかりであった名投手など、そうはいない。
上杉などは安定感では、武史よりも上であった。
それでも全盛期でさえ、年に数回は負けていたのだ。
直史の場合は、調子がいい日は手が付けられないが、それよりも調子の悪い日がほとんどない、という点が注記する点である。
調子が悪い日ではあっても、それなりにまとめてしまうことが出来る。
コントロールに関しても、コースのコントロールが悪ければ、緩急のコントロールをつけるのだ。
そういった幅の広いピッチングをしていて、悟の第三打席となる。
基本的にはゾーンだけで勝負する。
しかし最後には高速シンカーを使って、サードゴロに打ち取った。
ボール球を打たせたのである。
終盤に入ってきて、直史の球数はやや多い。
さすがに100球を超えてしまうところであろう。
そしてタイタンズもピッチャーが代わり、レックスの攻撃がまた勢いを取り戻す。
去年までと違って、ビッグイニングを作りやすいのだ。
もっとも終盤になるとタイタンズも、ピッチャーを短く継投してくる。
負けている試合でも、ピッチャーを試す余裕が、その投手陣の層の厚さを感じさせるのだ。
直史はたとえ球数が増えても、そうは気にしない。
迫水にはその理由が、はっきりと分かっている。
単純な話であると、ストレートをあまりMAXで投げていないのだ。
今日は150km/hオーバーを記録したのは、わずかに二球だけである。
遅い球をスローカーブとして、80km/hまで落としていく。
するとMAXが落ちていても、問題なく緩急差で相手を翻弄出来る。
確かにスピードがあると、単純に相手の思考できる時間が短くなる。
しかし相手に判断の選択肢を増やさせれば、時間が多くても計算が出来ない。
それでも単純に速いボールなら、バッターは捉えるのが難しい。
ピッチャーとバッターの勝負は、ある程度の読み合いが重要になる。
下手にコントロールがいいよりも、真ん中にさえ行かないぐらいに散った方が、ピッチャーとしては打たれないのだ。
直史はコントロールが絶妙である。
しかしその絶妙なコントロールで、ど真ん中に投げてくることもあるのだ。
するとバッターは、反応にストップがかかってしまう。
ただの棒球と気付いてスイングしても、そこからではもう遅いのだ。
東京ドームというアウェイで、ビジターユニフォームを着ていても、直史は主役になってしまう。
日本におけるポジションの花形は、やはりピッチャーなのである。
今日は直史としては、それほどいい内容ではない。
ヒットを三本も打たれているが、そこはどうでもいいのだ。
球数が100球を超える。
それを試合の序盤で判断したからこそ、抜いた球をコンビネーションの中に入れていった。
ベンチに戻ってきて、西片に問われる。
「ナオ、リリーフは必要か?」
「念のために一枚だけは」
そうは言ったものの、レックスはもう一点を取っていた。
3-0ならば勝ちパターンのピッチャーでなくとも、まず抑えることは出来るだろう。
レックスも当然ながら、ピッチャーはたくさん育てていかなければいけない。
試せる機会であれば、試した方がいいのである。
最終回を迎えて、直史はお役御免である。
リリーフとして出てきたのは、去年は何試合か、先発としても投げていた阿川。
あまりいい数字が出せなかったので、今年は一軍にはいても、先発ローテからは外されている。
もっとも球速などは、しっかりと150km/hが出ていたりするのだ。
それでも140km/h出ない木津の方が、しっかりと勝ってくれる。
三つのアウトを取ればいいだけ。
ただアウトを取っている間に、ヒットも打たれてしまっていた。
結局は一点を奪われて、それでもどうにか試合は終了。
こういった試合展開であれば、一点も取られないことが、ピッチャーとしては重要なのだ。
まだまだ若いため、機会は多く与えられるであろう。
しかし毎年レックスは、最低でも七人ほどは新しい選手を獲得する。
その中にはピッチャーが、三人ほどは必ずいるわけだ。
するとそれだけのピッチャーが、どんどんとクビになっていく。
もっとも球団側も、出来ればトレードなどを考える。
単純にクビにするよりは、少しでも戦力の増強を考えるからだ。
そこでクビになったとしても、トライアウトという道はある。
しかしトライアウトからまた、NPBに復帰する選手というのは、本当にごくわずかなものであるのだ。
ともあれこれで、直史は三勝目。
同じ日に投げた武史が、リリーフが打たれたことで、二勝目のままストップ。
パ・リーグでは同じく三勝目のピッチャーがいたが、同リーグ内ではトップの勝ち星となったわけである。
そして防御率は、まだ0のままであった。
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