第232話 ホームランペース
NPBに復帰した年、大介の打ったホームランは69本であった。
それが去年は一気に、55本まで落ちている。
ただツーベースの数は、54本から83本へ。
つまりあとちょっとでホームランになるはずだった打球が、かなり多かったということである。
これはほんのわずかであるが、衰えを感じさせるものなのであろう。当人比。
ただ今年はまだ3カード九試合を終えただけであるが、既に五本のホームランを打っている。
このペースを維持出来るなら、60本どころか70本を超えてくる。
もちろんそんなペースで打っていたら、また敬遠の地獄が始まるだろう。
復帰一年目よりも、去年はフォアボールが10個も多かった。
だが申告敬遠自体は、30個ほども増えていたのである。
ボール球ですら打ってしまうため、申告敬遠をする。
そんな極端なことが、大介の成績として残ってしまったのだ。
この時代のセ・リーグのピッチャーは、いやバッターもであるが、運が悪いと言っていいのかもしれない。
言い切れないのはそんな大介相手に、さらに上回ったピッチャーがいたからであるが。
ライガースはレックス、タイタンズ、カップスの後にスターズと対戦する。
しかしこのスターズ戦においても、武史のローテは回ってこない。
今のところスターズは、勝敗がほぼ五分五分。
武史がいるチームなのだから、放っておいても貯金は10個ぐらい余裕で作れるだろう。
Aクラスに入れる可能性は、それだけで一気に上がる。
首位のレックスと、最下位のフェニックス以外は、あまり差のないスタートとなった。
スターズはスターズで、最近は育成が上手くいきつつある。
ただ裏ローテのピッチャーに当たったら、打てても当然と大介は思っている。
ホームランは三試合に一本も打てば、それでいいだろう。
重要なのはカードを勝ち越して、レックスに引き離されないようにすること。
第一戦から大介は、二打点を上げていた。
今のところ大介は、打率が軽く四割を突破している。
OPSも1.7に近い。
長打率が10割を超えているのは、冗談としか思えない。
だが単打よりも二塁打の方が、打っている回数は多いのだ。
打つべき時に打つバッターになりたい。
大介はそんなことは考えていない。
長打を狙ってもいいのだと言われた、高校一年生の時以来、考えているのはずっと同じこと。
全ての打席でホームラン狙いというものである。
もちろん集中力の問題で、それは難しいものだ。
本当に集中出来るのは、限られた条件である。
もっともチームにとって本当に打ってほしい時、勝負されればほとんど打っている。
四番になったことなどほとんどないが、スタイルとしては四番に近い。
足を活かすことを考えて、二番という打順にいるのだが。
かつては二番打者というのは、つなぐタイプのバッターが多かった。
なんなら送りバントなどが、重視された時代でもあったのだ。
今は二番打者に、主砲を置くのは珍しくない。
それこそMLBの膨大なデータにより、それが適切であると結果が出ているのだ。
大介はNPBの最初の九年は、三番に入ることがほとんどであった。
一回の攻撃で、ツーアウトを取ったとしても、必ず大介の打席が回ってくる。
そういうプレッシャーが、相手にコントロールミスを強要したのだ。
第一戦の大介は、さらに盗塁まで成功させている。
おおよそ94%という大介の盗塁成功率は、その試行数を考えるならば、とんでもなく高いものである。
ただそれでも昔に比べれば、走る回数は減っているのだ。
打力が目立っている大介であるが、日米合算をしていいならば、MLBの通算盗塁数を更新している。
もっともMLBだけに限っても、ホームラン数なら更新しているので、やはり打撃の印象の方が強いとは言える。
現時点で盗塁数は、NPB通算750を超えている。
さすがにNPB単独の記録は、もう更新出来ないであろう。
第一戦の勝ち星は友永についた。
これで友永は二連勝で、ライガースの勝ち頭である。
もちろんこんな序盤で、何を言うのかという話ではあろう。
そして第二戦にしても、ライガースは点の取り合いに持ち込んだ。
フリーマンの調子が、ちょっと悪かったからである。
犠牲フライとツーベースで、二得点の二打点。
ホームランは打っていないが、大介としては珍しく、得点と打点が同じである。
ヒットの数が打点と等しいという、おかしな事態が出現している。
ただ、大介の出してくる数字というのは、いつもおかしいものなのだ。
ホームランが出なくても、打点を記録するのがいいバッター。
ある程度の運もあるが、とにかく点を取らなくてはいけないのだ。
第一戦も第二戦も、大介は二打点を記録した。
しかしこの第二戦では、最終的に敗北している。
フリーマンの調子がちょっと悪く、そして打線が追いつけなかった。
バッティングは水物であるため、こういうこともあるのだ。
それでも二打点増えているので、大介としては文句はない。
ただもう大介レベルであると、チームの勝敗にもこだわってしまう。
若手などはひたすら、自分のことを考えていればいい。
自分が最善を尽くすことを、チームの勝利に結びつけるのは、監督の役目だからだ。
もっともチームのためにプレイできない選手というのは、監督としても使いにくい。
その状況において、どういうプレイが一番チームのためになるか、それを判断しなければいけないのだ。
バッティングというのは、もちろんヒットやホームランを打つものである。
あるいは状況によっては、外野フライでもよかったりする。
どういうバッティングが最適かは、状況によって左右される。
ホームラン一発でいい試合もあるし、ホームランではなく確実な一点がほしかったりもする。
相手のピッチャーが強力で調子が良ければ、ホームラン一発でそれを崩したい時もある。
第三戦はまさに、ホームランがほしい試合になった。
序盤からスターズ有利に展開していったが、大介は二打席目に、先発ピッチャーの決め球をスタンドに運ぶ。
完璧なコースに投げ込んだはずなのに、あっけなく打たれてしまう。
そこからすぐに立ち直れるなら、プロのピッチャーとしてはようやく一人前なのだが。
プロの世界のピッチャーは負けてなんぼ。
シーズンを通してどんなピッチングが出来るか、それが問題なのである。
バッターも同じで引きずらないことが、重要となってくる。
逆に大介が二打席目も凡退していれば、相手のピッチャーを乗せてしまったであろう。
それを許さないのが、プロの世界なのである。
う~む、と大介は首を傾げる。
第三戦にライガースは、5-3で勝利した。
もうちょっと圧倒的に勝ちたかったと思うのは、ホームである甲子園で、試合をしたからだ。
もっと圧倒的に勝って、盛り上げたかった。
興行という点では、ライガースは多くのファンを抱えているのだ。
ようやくセンバツも終わり、ホームの球場が使えるようになった。
ライガースファンとしては、やはり甲子園で応援したいものなのだ。
ライガースは今年、打線の方も少し変更されてきている。
とりあえず今日、躑躅に二勝目がついた。
友永に続き、新戦力が二勝目を上げたのである。
ピッチング内容に関しては、他のピッチャーも悪いわけではない。
ただなんとなく、新戦力に対しては、しっかりと援護していこうという気分になっている。
新しくピッチャーを入れ替えていくことは、このあたりからも大事と言えるのだろう。
ピッチャーは仕上がりが早いが、長く活躍するのは難しい。
野手のバッティングの場合は、まだしも長く通用しているように思う。
ともあれこれで、ライガースはやや勝率が良くなってきた。
そして次のカードは、カモと思われているフェニックスである。
今までもずっと、チームとしての成績は奮わなかったフェニックス。
今年も去年までと同じく、圧倒的な弱さで哀れまれている。
甲子園でのカードが続く。
移動の必要がないというのは、ありがたいことである。
このフェニックス戦で、とりあえずセ・リーグのチームとは全試合当たることとなる。
今のところはレックスに水をあけられているが、まだ序盤であるのだ。
それにレックスは、かなり勝ち星を期待できる百目鬼が、少しだが離脱することとなった。
もっとも大介としては、レックスのピッチャーの中では、百目鬼よりも木津の方が不気味だ。
レギュラーシーズンに限っても、これまで五先発して五勝。
数字を見ればかなり、運に恵まれていることは分かる。
ただあの球速で、奪三振率が高いというのは、紛れもない事実だ。
大介としてもヒット狙いならば簡単だが、ホームランを打つにはやや難しい。
これまで甲子園で投げたことはない。
なのでトラックマンなどで、正確には計測できていない。
しかし球速や、ここまでの映像解析を考えると、ある程度は予測がついている。
体格の割りに球速は出ていない。
そしてリリースポイントなども、映像からおおよそ解析出来ている。
あの140km/hも出ていないストレート。
あれを攻略することが、木津を打つ鍵である。
他にも球種はあるが、ストレートを活かすためのものでしかない。
変化球はボール球になることが多いので、だから球数も増えていくのだ。
ストレートはホップ成分が、一般的なピッチャーよりもかなり高い。
そして遅い変化球は、しっかりと落ちていっている。
持っている球種はカーブとフォークとスライダー。
どれもそうそう空振りが取れるものではない。
完全に遅いストレートを活かすための、変化球であると言える。
その木津とまた、神宮で対戦するのだ。
今度は打ち崩せるとは思う。
だが他の球団にしても、分析はしっかりと出来ているはずなのだ。
フォアボールが多いため、WHIPはあまり良くはない。
だが防御率はそれに比べて、かなり良いものだ。
奪三振が多いため、ランナーが出てもそれが、次のベースに進みにくいからだろう。
また打球もフライが多く、進塁打になりにくい。
ピッチャーとしての新たなスタイル。
本当はこれも、もっと球速が上がっていくものだと、思われていたのだ。
だが球速が上がらず、ホップ成分だけが上がる。
これはストレートではあるが、同時に落ちないストレートなのだ。
フェニックス相手の三連戦、ライガースは最低でも勝ちこしを目指している。
出来れば三連勝を目指したいのだが、第一戦には大原が戻ってきている。
高卒の桜木が、五回二失点ながら、勝ち投手となった。
しかし球数が多かったことと、消耗を考えて、また大原が先発に戻ってきているのだ。
監督である山田が考えているのは、今年のローテについてである。
新人を試していく中で、大原に空いたところに入ってもらう。
もう40歳を超えているピッチャーは、リーグでも数人しかいない。
裏ローテに当てられることが多いため、200勝に到達した。
本当にエース格と思われていたなら、逆にここまで続けらなかっただろう。
六回までを安定して、五失点以内には抑えられる。
そこまでのピッチャーではないとも言われたが、とにかく故障が少なかった。
そして大きく乱れることもなかったため、投げ続けることが出来たのだ。
ローテーション投手としては、五枚目か六枚目。
先発ピッチャーが足りている時は、必要とされていない。
ビハインド展開や、序盤で先発が炎上した時など、その出番がやってくる。
そしてライガースは長年、そういった負けている試合を、逆転してきたのだ。
チームのカラーと、完全にマッチングしていた。
だからこそここまで勝ち星が増え、選手生命も長くなったわけである。
野球はデータが膨大であるため、色々な分析がなされる。
たとえば大原のスペックが、本来ならばどういう数字をプロで残すか、というものなどだ。
大原の場合は、100勝120敗あたりの通算成績で引退、というのが一般的なチームでの成績となる計算が出ていた。
しかし現実は、一軍デビューから相当の年度で、勝ち越しをしている。
この数年は確かに、星の数はほぼ五分五分。
チームの打力に、かなり助けられている。
無事是名馬という諺もある。
そもそもローテーションを埋められるだけで、充分な役割を果たしたとも言えるのだ。
それにほとんど運ではあるが、上杉がほとんどのタイトルを独占していた時代に、最高勝率のタイトルも取っている。
もっとも沢村賞をはじめとして、他の多くの投手としての栄冠も、まるで獲得してはいない。
防御率や奪三振率などは、一歳年下の真田の方が、はるかに上回っていたのだ。
山田もかなり、大原とは活躍期間がかぶっている。
なのでかなり、この異常なピッチャーの使いどころも分かっているのだ。
とにかく故障が少ないのが、使う側としてはありがたいことである。
それなりの球数を投げても、充分にローテを埋めてくれる。
同じ200勝投手でも、明らかに評価は真田の方が高い。
しかし長く君臨したというだけで、充分に偉大なものであるのだ。
大原とは同期であるだけに、大介も援護はしてやりたい。
だがそろそろ今年の大介の好調に気づいて、他のチームは敬遠合戦をしかけてくるだろう。
もっとも塁に出たならば、盗塁してくるのが大介の厄介さ。
ただ今年に限っては、今のところ100%の盗塁成功率を誇っている。
フェニックスの初回の攻撃で、一点を失うライガース。
だがその裏、和田が塁に出た時点で、大介もほとんど敬遠に近いような、フォアボールで塁に出る。
前が詰まっているので、盗塁という形では、足を活かすことが出来ない。
しかし後続のクリーンナップが、ランナーを次のベースに進めていくのだ。
ライトフライからでは、さすがに和田が三塁に進むのが精一杯。
もっとも連携が乱れていたりしたら、大介も一気に二塁に進む気はあったが。
一三塁になれば、大介も二塁をうかがうことが出来る。
実際に走るかどうかはともかく、その選択肢が出来たことが大きい。
大介の足を考えれば、ピッチャーは速球主体のピッチングとならざるをえない。
そうやって球種を限定させることが出来るのが、大介の価値の一つなのだ。
続く大飛球でもって、和田はタッチアップでホームイン。
まずこれで同点となったわけである。
さすがに一塁の大介が、二塁にタッチアップを仕掛けることはなかった。
意外と言ってはなんだが、ライガースがビッグイニングを作らない試合になった。
毎回ランナーは出すのだが、どうしても一気に大量得点とはならない。
そんな中では大介に、ランナーのない状態では挑んできたりもする。
下手に歩かせて、塁上で動かれるのが嫌であったのか。
ここで一発ソロホームラン。
勝ち越し点をしっかりと取っておく。
大原は六回を投げて四失点。
及第点と言うには、ちょっと厳しい点数であった。
だがどうにか落第点とまではいかない。
そしてここから、試合が大きく動いた。
4-4という状況から、ライガースの打線が爆発する。
フェニックス打線も動かないわけではなかったが、どうやら選手たちは、勝ち方を忘れているのか。
監督の采配がどうという問題ではない。
どうにもまともに、打線がつながっていかないのだ。
大原以降のリリーフも、打たれはするのだが連打がない。
そのためどうにか、失点にはほぼ届かない。
ソロホームランの一発はあったが、それはそれ。
最終的なスコアは9-5でライガースの勝利である。
大原に勝ち星はつかなかった。
しかし大原の先発した試合で、今日も勝利したのだ。
どうにか粘り強く、同点の状態でリリーフにつなぐことが出来た。
これは先発ピッチャーとしては、充分な仕事であるだろう。
単純な数字だけを見ていては分からない。
味方が点を取れない時は、その分だけこちらも点を取られない。
逆に味方の大量援護があれば、それなりに抜いて投げてもいい。
大原の場合は今日は、全力で投げた試合であったが。
ここで大原で勝てたというのは、大きなことである。
残りの二試合は、畑と津傘が先発となっている。
ライガースの中では、かなり勝率の高い二人。
エース格とも言われる二人であり、まだまだ20代の半ばと若いのだ。
ただライガースがどう頑張っても、レックスもまた勝っているのなら、その差が縮まるはずもない。
レックスの試合は果たしてどうなっているのか。
この日のレックスの対戦相手は、タイタンズとのドームでの試合である。
そして先発は直史。
もう自動的に勝利と計算してもいいかな、と大介以外の人間も、おおよそ考えていたのであった。
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