第228話 無欲の人

 なんとかパーフェクトは阻止したい。

 フェニックスとしては切実な願いであるが、今さらもうどうにもならないのでは、という雰囲気でもある。

 そもそも開幕戦でさえも、パーフェクト一歩手前であったのが直史である。

 ノーヒットノーランならそれこそ、年間に複数回して当たり前、というクオリティで投げてくるのだ。

 去年はそれでも、ノーヒットノーラン、ノーヒッターが一度ずつ、そしてパーフェクトがレギュラーシーズンとポストシーズンで一度ずつ。

 昔に比べれば明らかに、達成頻度は減っている。

 もっとも比較対象になるのが、過去の自分だけという時点で、おかしいのは分かるであろう。


 NPBにおいて達成されたパーフェクトのうち、半分をはるかに上回る回数が、直史一人によるものである。

 この同時代には上杉や武史といった、優れたピッチャーもいたのだが。

 年下の優れたピッチャーも、ほとんどが引退している。

 そんな中では同じ年で、今年も開幕戦を投げ合った大原などは、懐かしい思いがする。

 他に同年齢以上で現役なのは、大介ぐらいであろうか。

 MLBではいまだに、スタメンでこそなくなったものの、織田がメジャーのベンチにいるのだが。


 さすがにもう、世代交代の時期だ。

 直史としてもいい加減に、今年はなかなか疲れが取れない。

 トレーニング量を減らせば、それだけ衰えてしまう。

 しかしトレーニングをしすぎると、疲れが残ってしまう。

 もう若い頃のようにはいかないな、と42歳のシーズンで思う。

 当たり前というか、その年齢でエースというのが、つくづくおかしいのだ。


 沢村賞をまたも取って、最年長記録を自分で更新した。

 勝敗の数字だけを見ると、未だに全盛期であると思ってしまう。

 直史としては昔はもっと、集中力が続いたものだと回顧する。

 実際のところどうなのか、各種ボールのデータを見ても、ほとんど変化はないように思える。

 しかし本人が、衰えていると自覚しているのだ。


 フェニックス相手にも、味方の打線が二点しか取れていない。

 すると球数も増えていないので、自然と完投が求められる。

 八回の表が終わって、未だにパーフェクト。

 いくらフェニックスの攻撃力が低いと言っても、単純な打率だけならば、それなりに高い選手はいるのだ。

 しかしここまで抑えられてしまうと、つないでいくという意識がなくなる。

 勢い長打狙いとなって、しかもその考え自体は間違っていないのだ。




 ベンチの中の直史には、誰も話しかけない。

 そう思っていたら、西片が話しかけにいった。

「相変わらずだなあ」

「衰えましたよ」

 どこが、と周囲の選手やコーチが、内心で一斉に突っ込んだ。

「パーフェクトが確実に出来るというイメージが持てない」

「……なるほど」

 普段から全ての試合を、パーフェクトに抑えることを考えている。

 もっとも球数が増えるようなら、完封に目標を落としていくが。


 パーフェクトを無理に狙わないことが、むしろパーフェクトにつながる。

 そしてパーフェクトに抑えられると、相手の打線は意気消沈するのだ。

 これはこの試合だけではなく、一つのカード全体に影響してくる。

 直史としては最終目標である、日本一を第一に考えているのだ。


 伝説的なその記録が、今は映像として残る時代。

 過去のどんなピッチャーと比べても、その異質さは分かるだろう。

 フィジカル馬鹿の現代野球に対する、極限までのアンチテーゼ。

 もっとも多彩な変化球というのは、それなりに故障の原因になるのも確かだろう。

 しかしそれを言うならば、フィジカルと言うよりはパワーに振った今の野球では、筋肉はともかく腱や靭帯、そして軟骨が耐え切れない。

 ならばまだしも負担の少ない、変化球を使った方がいいだろう。


 直史からすると変化球は、あくまでピッチングのバリエーションを増やすためのものであった。

 コンビネーションによって、バッターの打撃を封じてしまう。

 ストレートにスピードがあるのに越したことはない。

 だがスピードというのもまた、ピッチングの要素の一つでしかないのだ。

 ツーシームをストレートと同じスピードで投げられれば、それだけでミスショットの確率が上がる。

 元々のストレートには、シュート回転がかかりやすいものであるし、そういう変化球もあるのだ。


 指先のわずかな力の入れ方で、スライダーが投げられることもある。

 また上手く力を抜くことによって、カーブやチェンジアップを投げることが出来る。

 ただそういった次元ではなく、直史は変化球を駆使している。

 当てられないわけではないが、ジャストミートが難しい。

 そしてジャストミートしても、ある程度の割合では、野手の正面に飛んでしまうのだ。


 九回の表、最後のマウンドに直史は向かう。

 その背中を見ていても、何も気負ったところは感じられない。

 プレッシャーに強いピッチャーだということは、昔から言われていた。

 だがもうプレッシャーには、味方すらも慣れてしまってきている。

 元々レックスは、守備が強いチームではある。

 それが直史の打たせて取るピッチングに重なると、とんでもない現象が起こってしまうのだ。


 またか、またなのか。

 そんな贅沢なことを、レックスベンチでは考えてしまう。

 確かに今年の直史は、オープン戦の調整から調子が良かった。

 ヒットを打たれていることは普通にあったが、コントロールがよかったことは、味方であれば誰でも分かっている。

 開幕戦にしろ、ヒットを一本打たれただけ。

 ほとんどノーヒットノーランを、ライガース相手に達成したのだ。




 九回の表、残るは三人。

 当然ながらフェニックスは、代打をどんどんと出してくる。

 こういった状況で代打で出てくる選手というのは、なかなかに侮れない。

 限られたチャンスでもって、結果を出さないといけないからだ。

 ある意味ではスタメンのクリーンナップより、粘ってくるであろう。

 そういった心理さえも、直史は把握している。


 長打を打とうという気持ちはあまりないだろう。

 とにかくヒットで出るか、あるいはフォアボールでもいい。

 そんな考えであるから、内野はやや深めに守り、外野も前進してくる。

 この動きはバッターにも見えているだろうが、それでも長打を捨てて塁に出ることを優先する。


 こういう場合はとりあえず、変化球から入っていく。

 ゾーンに入るかどうかぎりぎりの場合、ミスショットを恐れて手を出してこない。

 そして遅い変化球が、本当にぎりぎりのコースであった場合、審判はストライク判定を出しやすい。

 実際にストライクであるのも、また間違いのないことなのだが。


 初球でストライクを取ってしまえば、そこからは楽になる。

 際どいコースであっても、見逃すのが難しいのだ。

 そして直史の投げるボールに、迫水がわずかなフレーミングをすれば、そこはストライクになる。

 たったの二球で追い込まれてしまうのだ。


 ピッチャーとバッターの対決は、バッターにとって初球勝負が一番いいという統計もある。

 もっとも統計というのは、あくまでも平均値ではあるのだ。

 それによって導き出されるのが配球で、その配球を元に現状を考えて、リードをしていく。

 直史の三球目は、ストレートであった。

 今日初めての150km/hオーバーで、キャッチャーフライ。

 空振りが取れなかったのは、ちょっと計算違いではあった。


 代打で出てくるのだから、これまでの直史の球筋が、脳に描かれていない。

 それでも今のスピードとコースなら、空振りになると思ったのだが。

 つまりストレートに、完全に絞っていたのだろう。

 おそらくツーシームなどを投げていれば、ホップ成分が少ない分、前に飛んでいたかもしれない。


 ともあれこれで、あと二人。

 三振が望ましいが、無理に打ってくるならそれでもいい。

 直史のそんな気楽な考えが、無茶なリードとなっていく。

 低めいっぱいのボールなど、初球を振ることが出来ない。

 見逃せばボール球になるかもしれないからだ。


 このあたりが代打の辛いところである。

 前の打席までに、今日の審判の傾向が、自分で体感できていない。

 しかしそれでも、ここは限られたチャンスなのだ。

 結果としてはゴロでもライナーでも、前に飛ばせば確率は上がる。


 そう思ったところで、ボール球を振らせてしまう。

 最後には動く球か緩急差を使って、凡打で打ち取るのだ。

 三振の数も合わせて、合計で11個。

 球数は96球。

 今季最初のパーフェクトピッチング達成で、神宮は盛り上がりフェニックは肩を落とした。




 【現役神】 神聖! 佐藤直史総合スレ part1096 【神話更新】


381 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 なんだか今年はあっさり達成したな


382 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 去年はレギュラーシーズン、一回しか達成してなかったからな


383 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 う~んwww 一回しかwww


384 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 今年もう二回ぐらい出来そう?


385 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 外野に飛んだボールが二つだけだったからなあ


386 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 奪三振11個は控えめといっていいかと


387 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 なんか当たり前のようにパーフェクトしてて

 当たり前のように受け入れてて草


388 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 インタビュー安定の塩対応www


389 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 インタビューする側も困ってるがな


390 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 今年も沢村賞かな

 別名上杉賞


391 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 伝説作りまくっても通算の数字だと積み重ねる記録では勝てないのよなあ


392 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 言うても通算250勝突破してるのがまた


393 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 まあ通算は小サトーの方が可能性はあるよな

 もうすぐ400勝到達するし


394 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 上杉が400勝到達してから金やんがボロクソ言われ出したよなあ


395 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 上杉とは人格が違うよ

 チームを優勝させるピッチャーだったから


396 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 優勝請負人ならそれこそ大サトーだろうけど


397 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 あと何年出来るかな

 もうさすがに故障したらそれで終わりだろうし


398 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 球速戻してきたのは嬉しいけど肘の靭帯は心配やわ

 保存療法しててトミージョンはしてないんやろ


399 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 一応普通に靭帯断裂は程度によっては治るからなあ

 野球の肘は元に戻らないってわけで


400 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 アメリカだと二回トミージョンする選手とかもいるしな


401 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 あっちはもうトミージョンして当たり前って感じだからな


402 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 上杉ニキもトミージョンはしてないんよな

 弟はしたんだっけ?


403 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 してないんじゃなかったか?

 そのまま引退してた

 あれ? 違うピッチャーだったっけ?


404 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 30代半ばだともうしないまま引退は普通にあるしな




 直史の肘の靭帯損傷は、確かに本当のことである。

 一応靭帯もまた、自然に修復される部分ではあるのだ。

 ただ程度問題であり、かなり痛くなってしまっていると、もう元には戻らない。

 引退した時の損傷は、全治二ヶ月ほどと言われていたのだから、あのタイミングなら引退する必要はなかった。

 そして今も、タイミングを見て何度も確認はしている。

 故障と隣り合わせの状態で、直史は投げている。

 しかしそれはプロであれば、珍しいものではない。


 フェニックスを相手に、またもパーフェクト。

 今年もまたということで、プロ入りしてから毎年、パーフェクトを達成し続けている。

 こんなおかしな記録を持っているのは、もちろん直史だけである。

 上杉なども複数回のパーフェクトは達成したが、毎年何度もやれるものではなかった。


 去年は結局、レギュラーシーズンでは一度しか、パーフェクトを達成していない。

 だからこそ衰えた、などという戯言が存在してしまうのだ。

 しかし今年は開幕で被安打一本、そして次がパーフェクト。

 さらに球速が戻ってきているというのが、期待させてしまうものなのだ。


 パーフェクトが見たければ、佐藤の投げる試合を見ろ。

 そんな格言でもないが、球界で言われていた言葉が、また復活しようとしている。

 直史としてはそんな期待をされても、満足な応じ方などは出来ない。

 あくまでも目標とするのは、完封なのである。

 絶対に相手に点を取られず、一点でも取ってくれたら勝てるというピッチング。

 そしてリリーフ陣にも負担をかけないというもの。


 しかしパーフェクトというのは、それ以上の価値がある。

 上手く相手の指揮官が士気を上げなければ、一気にこのカードはスイープされてしまいかねない。

 フェニックスの首脳陣は、それほど無能なはずもないのに、こういう結果になってしまっている。

 これはもうチーム全体が、弱いことを許容してしまっているのか。

 もちろん補強が上手くいっていない、という理由もあるのだが。


 育成自体はそこそこ、上手くいた選手もいる。

 だがFAになってしまうと、金満球団の中でも、出場機会が得られそうなところに移っていってしまう。

 名古屋を出る喜び、などと言われてしまっては終わりである。

 ただそこまで球団が弱いのは、やはり金銭的なものもあるのだ。


 FAで獲得することも出来ず、せいぜいが出て行った選手の人的保証のみ。

 外国人選手も、大物は連れてくることは出来ない。

 育成枠で取ることも少なく、少数精鋭と言えばいいが、資本力が足りていない。

 こういった条件で勝つつもりであれば、球団の親会社が身売りした方が、よほどいいのではないか。


 翌日からの試合も、フェニックスはいまいち得点がつながらない。

 対してレックスは連勝を伸ばす。

 今年もまたフェニックスは最下位争いすら出来ないのか。

 楽なカードになると、レックスは力をほどほどに抜いて戦うことが出来るのであった。




 タイタンズとのカードが終わったライガースは、今度はまたも敵地で、カップスと対戦する。

 東京から広島まで一気に移動し、そのまま試合というスケジュールである。

 もっとも先発ピッチャーなどは、前乗りで先に広島に到着している。

 それでも移動距離が長いと、選手もいまいち疲れが抜けないのだが。


 MLBに比べればマシなものだ。

 大介はMLBで成功するために必要なのは、実力に加え体力と適応力だと思っている。

 NPBではおおよそ、六連戦まで。

 しかしMLBでは、10連戦を超えることが何度もあるのだ。

 しかも移動する距離は、専用ジェットを使うようなもの。

 気候の違いも日本より、さらに大きなものとなる。


 もっともNPBであっても、パ・リーグはそれなりに苦しいか。

 九州の福岡と、東北の仙台では、それなりに気候が違う。

 ただ日本はドーム球場が多いため、そこまで厳しい環境変化は感じない。

 いまだに体力においては、若手をはるかに上回る、衰えを見せない大介である。


 ライガース自体の成績は、タイタンズ線を終えて3勝3敗。

 スタートダッシュに成功したとは、ちょっと言えない成績である。

 ただ監督の山田は、内容自体は悪くないと思っている。

 試合の結果は監督のものだけでいい。

 選手たちは上手くやってくれている。


 大介としても六試合で四本のホームラン。

 この調子で打っていけば、また60本は軽く超えるだろう。

 もっともあまり打ちすぎると、また敬遠の嵐になるのだ。

 そのあたりを考えて、本人は狙い打ちをしているように感じる。


 何より大介は、六試合を終わったところで、まだ三振が一個しかない。

 スラッガーにつきものの、三振が多くなるという現象。

 これは今の野球では、どうしようもないことと思われていた。

 だが大介の三振の数は、プロ入りした初年の50個が一番多かったというもの。

 去年はホームランが減ったが、それと同じぐらい三振も減っていたのだ。


 ホームランは野球の華である。

 また大介もホームランの魅力を、過小に評価しているわけではない。

 しかしもう大介レベルの選手になれば、重要なのは打点をしっかりと取っていくことだ。

 またチームのためにも、どこで打っていくかが重要になる。


 カップスとの第一戦、ライガースが先発させるのは、大原ではない。

 別に本人が故障したわけではないが、新人をちょっと使ってみたかったのだ。

 高卒新人、京都の龍山大付属からプロ入りした桜木。

 一年目はそこまでの期待はしていないが、ライガースには少な目の、サウスポーなのである。

 もちろん高卒新人に、そこまでの期待をかけているわけではない。

 だが経験は早めに積ませておけという、首脳陣の先行投資が、この時期の先発を任せることになったのだった。

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