第224話 三連戦を終えて

 大阪ドームでの第三戦となる。

 レックスはオーガス、ライガースは津傘の先発だ。

 この試合でレックスは、大介の抑え方を考える。

 普通に勝負しては、とても勝てないのは間違いはない。

 直史だけに頼っていてはいけないのは、間違いないのである。


 頼るのと依存するのは違う。

 大介もそろそろ、衰えてきておかしくない年齢だが、それは直史も同じ。

 もっとも今は高校野球で、昇馬が上杉以来となるような、そんな記録を残している。

 武史は案外、大学に行ってからの成長が大きい。

 また他のピッチャーがいたし、打線の援護もあったのだ。


 それに対して昇馬は、直史と大介の役割をしつつ、岩崎の分まで働いていると言おうか。

 圧倒的なピッチングで、163km/hまでを出している。

 これで将来はプロになるかと問われても、首を傾げるのだ。

 昇馬が目にしているのは、ひたすら好きを突き詰めて、プロで活躍する父の姿。

 そしてそれに投げても、全く打ち取れずにホームランを打たれてしまう。

 日本に戻ってきてからは、屋内練習場での勝負に限る。

 それでもまだ実力差が相当にあるのは、はっきりと分かっているのだ。


 自分の力に自信がない。

 確かに昇馬も現時点で、高校野球史上トップ10に入るぐらいのピッチャーだと言われている。

 しかしこの20年ほどは、そこまで傑出したピッチャーは出ていない。

 武史の世代の後も、それなりにいいピッチャーは出てはいる。

 それでもあの160km/hオーバーを、試合で出すような怪物は、なかなか出てこなかったのだ。


 大介は自分の欲望に忠実である。

 いいピッチャーがいれば、それを打ってしまうのだ。

 少なくとも大介の目から見ても、昇馬は高校野球でナンバーワンのピッチャーと言っていいだろう。

 まだ一年生の時点であるが、ほぼ間違いはない。

 もっとも他のピッチャーには、まだまだ成長の余地がある。

 特に瑞雲の中浜など、上背は昇馬よりもあるぐらいなのだ。




 フィジカルに関して、大介はずっと一人で、世の中の常識に反抗してきていた。

 圧倒的なバッティングでもって、165km/hぐらいを投げるメジャーリーガーでも、たやすくホームランにしてきたのだ。

 ならば技巧派ピッチャーならどうかというと、それは直史を見ていた大介からすると、普通のピッチャーのコンビネーションにしか思えない。

 なのでやはり、圧倒的に打ってしまうことが出来たのだ。


 開幕からの二試合目で、二本のホームランを打ってしまった大介。

 このペースであれば143本打てるが、けっこう今までにも似たようなことは言われてきた。

 開幕戦で二本打ち、286本ペースなどとは言わないだろう。

 ただ二試合に一本ペースで打ったことは、何度かある。

 NPBでは三年目、134試合しか出場しなかった年、丁度67本を打っていた。

 またMLBに行く前年、143試合で72本を打っている。


 一番驚異的なペースであったのは、MLBに行った四年目である。

 145試合の出場で、82本のホームラン。

 完全に人間をやめている、と言われたシーズンであった。

 そして162試合に出場したシーズンも、81本と80本が限界であった。


 ただシーズンに80本も打っているのが、歴代で大介だけ、というのはある。

 70本以上打ったバッターでさえ、ほとんどいないのだ。

 NPBに戻ってきた年は、69本も打った。

 しかしその翌年である去年は、55本まで落ちたのだ。

 ……基準がおかしい、と言ってはいけない。


 相当休んだシーズンでも、50本のノルマは達成している。

 プロ入りしたシーズンから今まで、ずっとホームラン王の座は守り続けているのだ。

 大介がいると打撃タイトルは、ほとんど最多安打しか狙えなくなる。

 実は大介は、プロ入りしてから今まで、一度も最多安打のタイトルは取っていない。


 MLBでは200本安打も達成したし、NPBでも180本以上は打っていた。

 それなのに最多安打が取れないというのは、もはや呪いと言うべきか。

 しかしそれ以外のタイトルは、ほぼ独占しているのだ。

 首位打者が取れなかったシーズンが、一年あっただけである。

 ホームラン王を毎年取っているが、もう一つ連続で全て取っているのが、トリプルスリーである。

 これは一緒の年に、樋口や悟が取っていた年もあったが。


 最強のピッチャーと、最強のバッターが、同じ年にいた。

 間違いない最強の対決が、何度も繰り返されたのだ。

 この数年の期間の、プロ野球ファンは幸福であったろう。

 空前絶後の対決が、間違いなく見られたのだから。




 違うタイプのピッチャーでは、上杉や武史がいた。

 残念であったのは、高校時代にはライバルとも言われた、真田との対決がなかったことか。

 チームの紅白戦では、それなりに対戦もした。

 しかしオープン戦と公式戦は、お互いの本気度が全く違うのだ。


 第三戦はレックスが、初回に先制点を取ることが出来なかった。

 そしてその裏、ワンナウトで大介の打席が回ってくる。

 しかし先発のオーガスは、大介との勝負をフォアボールで回避。

 今はまだ無理をする段階ではないな、と大介も判断したのであった。


 ここからライガースはクリーンナップが続く、

 既にワンナウトの現在、大介としては二塁までは進んでおきたい。

 一応大介には、いつ盗塁してもOKという、チームからの許可が出ている。

 ただし走らないでくれというサインも、しっかりとあるのだ。


 レックスのオーガスは、平均よりもかなりいいピッチャーではある。

 しかしライガースの中軸を、しっかりと抑えることが出来るか。

 そこはもう野球につきものの運なのである。

 統計的にはいいピッチャーでも、普通は少し勝率がいいだけ。

 プロの領域に入ると、ピッチャーは誰もが、怪物なのである。


 ただ大介の打席は、運で片付けていいものではない。

 そもそも統計をそのまま当てはめるのが間違いなのである。

 大介は特に外角は、ストライクゾーンの一つ広いところまで、打っていってしまうのだから。

 オーガスはこの一回の裏、ライガースを無得点に抑えることが出来た。

 クリーンナップ陣の中でも、特に外国人選手は振り回してくる。

 それを同じアメリカ出身ということもあって、上手く変化球を振らせたのである。


 フライボール革命以降、フルスイングがスラッガーには重要となった。

 ただそれに伴う三振の増加は、どうにも止めることが出来ていない。

 大介のように、当て勘とスイングスピードで、三振を減らしているバッターは少ない。

 本当に当て勘というのは、ある意味では肉体のコントロールなのだ。

 直史などは長打は打てなかったが、打率は良かっただけに頷くであろう。


 フィジカルを科学的に鍛えるというのは、確かに効率的ではあるのだろう。

 だがそれは、教える側の効率であるのだ。

 学ぶ側にとっては、自分に合ったバッティングを、必ず見つけなければいけない。

 ホームランバッターだけで成立するほど、野球というスポーツは単純ではない。

 もっとも全てのバッターが、本物のスラッガーであるなら、話は別なのだが。




 ピッチャーはパワーピッチャー、バッターはスラッガー、そんな単純な野球でいいのか。

 大介や直史のやっていることは、時代に逆行している。

 大介の体格は、体重まで含めて本来、ホームランを打つのは難しい。

 だが肉体の完全なる連動が、ホームランを可能にしている。

 直史にしても確かに、速球は150km/hを超えている。

 しかしあくまでも重要なのは、コントロールなのだ。


 二人がインタビューなどで問われて答えるのは、だいたい同じことである。

 全ての人間が160km/hを投げられるわけではないし、全ての人間がホームランを打てるわけではない。

 だが球速が140km/hもなくても、充分にプロで活躍出来るピッチャーはいる。

 サウスポーであればそれだけでも、充分に有利となる。

 今の時代、他は全て右でやらせても、ピッチングだけは左でやらせる、というような教え方をしている人間もいる。

 だいたいは父親が、息子が野球を始める時に、矯正するものである。


 無茶と言うかもしれないが、幼少期からやっていれば、充分に可能なことなのだ。

 プロの世界でも実際に、何人かそういうピッチャーはいる。

 直史はいいピッチャーの条件を、純粋に勝てるピッチャーと言う。

 そして勝てるピッチャーに必要なのは、何であるのか。


 精神でも技術でも力でもない。

 いかに平均から逸脱しているか、というところにある。

 もちろん単純に、球が速いというだけでもいい。

 それはスピードによる逸脱だからだ。

 しかし遅い変化球を主体に、時々140km/hのストレートを投げる。

 そのストレートがただの140km/hでなければ、空振りを奪えたり内野フライに打ち取ることが出来る。


 あるいは単純に、アンダースローというものでもいい。

 アンダースローから投げるストレートは、スピンがそもそも一般的ではない。

 基本的にストレートは、バックスピンがかかっていることが、ホップ成分が高くなると言われている。 

 それは確かにそうなのだが、ホップ成分を高めるという手段は、それだけではない。

 よりリリースポイントを、前にすることだ。

 すると低い位置からボールが投げられることとなり、つまり地面と平行になりやすい。


 スピンにしても直史は、ライフル回転とバックスピンとを、しっかり両方使っている。

 極端な話、自分のような多彩な球種を、直史は必要と思っていない。

 ピッチャーに必要なのは、ただひたすら勝つことなのである。

 それも踏まえて他に必要なのは、安定感であろう。

 長いイニングを投げられること、そしてローテーションを守ること。

 ピッチャーというのはその二つが出来れば、あるいは勝利さえも必要とされない。


 だがそれはプロになってからの話で、プロになるまでに既に選別は済まされている。

 高校や大学で通用しなければ、プロでも通用しない。

 そこはさすがに、常識的なところなのだ。

 もっとも配球を考えれば、生まれ変わったように投げるピッチャーもいる。

 そこは本当に、指導者の大切さを教えるところである。




 大介の場合は、体の小ささを理由に、将来を閉ざされることなどないように、という希望を与えている。

 実際に身長はともかく、体重がある程度はないと、パワーがつかないのは筋肉の面で当たり前なのだ。

 しかし実際に大介だけではなく、それこそMLBにも、170cmもない強打者はいる。

 内野を堅く守る選手は、巨体過ぎても故障の危険が多い。

 大介が長く活躍できた理由の一つには、体重の軽さが関係しているのだ。


 またバッティングとピッチングのみで、野球は成り立つわけではない。

 過去にはドラフトで、野球選手ではない陸上選手を、指名したなどという時代もあった。

 大介は高校の時点で、既に充分に完成した選手であった。

 だからこそ一年目の開幕から、スタメンに座っていたのだ。

 しかしその成長は、まだまだ完成のその先にあった。

 大介の達成した多くのことは、プロ入り後の経験での成長によるものだ。


 相手が強ければ強いほど、自分はさらに強くなっていく。

 NPB時代よりもMLB時代の方が、成績が上がっていったのが大介だ。

 リーグのレベルというのは、あまり関係がない。

 ただ大介からすれば、なぜそうなったのかには、明確な理由が存在する。

 キャッチャーの存在である。

 正確には配球の問題であろう。


 アメリカはチームが多すぎて、ピッチャーもバッターも多すぎる。

 キャッチャーが自軍のピッチャーを把握して、相手のバッターに合わせたリードを行うのが、不可能な規模なのだ。

 なのでデータによって、そのバッターを打ち取る球を計算する。

 しかしバッターが、自分の苦手な部分などを承知していれば、そこから逆算して投げられる球も分かるのだ。


 野球は将棋ではない。

 AIが計算しようが、つまるところは本来、ピッチャーとバッターの読み合いのはずであるのだ。

 配球は存在するが、リードは配球に反することがある。

 裏をかくということが出来ていないのなら、その分析は意味がない。

 もっとも大介の場合、根本的に間違っている点がある。

 大介は勝負してもらえないから、ボール球も打っていくしかないのだ、という部分だ。


 外角に強い大介は、時折内角を攻めるべき。

 コンピューターの計算では、そんな分析がされてしまう。

 だが大介にデッドボールを当てようとしないのは、もしも当てればバッティングで、報復をして来るからだ。

 その打球速度でピッチャーを狙われたら、下手をすれば死人が出る。

 もっとも大介はデッドボールが本当に嫌いなので、こういった報復は出来ればしない。

 そもそもピッチャー返しを狙えるようなボールであれば、そのままバックスクリーンに放り込むことが出来るからだ。




 第三戦、レックスとライガースの勝負は、かなりもつれ込んだものとなった。

 先発の二人には、ともに勝敗がつかないという試合。

 ただロースコアのゲームには変わりなく、これはオーガスが頑張ったとは言えるだろう。

 また前日に大平と平良を使っていないので、レックスは同点の展開からも、二人を使うことが出来た。


 最後にはやはり、ピッチャーの存在が大きかったと言えようか。

 大介は大平との対決で、まさかそんな甘いところには、というボールを投げられてミスショットをしてしまった。

 これがベテランのピッチャーであれば、むしろ計算して甘い球を投げる。

 それこそ直史が、開幕戦でやったように。


 この大平の幸運なピッチングもあって、レックスは3-2で勝利する。

 大介は打点は稼いだが、ホームランは出ていない。

 ここでホームランを打っていたら、また143本ペースなどと言われたかもしれない。

 だがこの試合はオーガスが、六回までを頑張ったからと言えるだろう。

 ライガース打線をそこまで、一点に抑えた。

 同点の状況で、後続につなげる。

 立派なピッチングであったが、残念ながら勝利投手にはなれていない。


 だが、それでいいのだ。

 クオリティスタートを決めたし、他の数字も悪くはない。

 NPBの査定というのも、さすがにそれだけ分析するようにはなっている。

 もっともそうなると木津などは、相当にランナーを出してしまうので、ちょっと計算の仕方が複雑になるのだが。


 レックスは次戦、本拠地開幕で、スターズと対戦する。

 スターズはスターズで、順調に二勝をしていた。

 ただここから両チーム、ピッチャーは少し弱いところが当たる。

 レックスの首脳陣が気にしているのは、二戦目の木津。

 この木津のピッチャーとしての実力を見極めるのが、今年の前半のベンチの仕事の一つであるのだ。

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