第223話 勝っても負けても
圧勝しても惨敗しても、次の試合がやってくるのがプロである。
高校野球ならばもう、負けてしまえば多くの場合は、次の大会に備えるしかない。
負ければ終わりであるからこそ、プレッシャーのかかった状況で投げることとなる。
だから日本のピッチャーは、国際大会にも強いのだ、などと言われたりした。
直史を相手に、ライガースは完敗した。
しかしその翌日も、レックス相手の試合はあるのだ。
ライガースの先発は畑で、レックスは三島。
ここの試合は勝っておきたい、と考えるのは両チーム同じである。
畑と三島のピッチャーとしての力量は、一応三島の方が上と思われる。
各種数値からすると、そのように結論付けられるのだ。
もっとも勝敗については、ほとんど変わらない。
畑にしても打線の援護があるため、こういう結果になっている、と言えなくもない。
もっと投打のバランスが普通のチームに行けば、結果も変わるかもしれないのだ。
大介はこの試合、勝つ方向で考えている。
それは当たり前のことであろうが、根拠もちゃんとある。
オフの間には直史と、少し話もしていた。
さすがにお互いのチームの戦力については、話してしまうようなことはない。
だが三島がポスティングで、メジャーに行きたいということは、自然の話の流れで出てきたのだ。
三島が今のままメジャーに行って、通じるかどうか。
微妙なところだろうな、と大介は考えている。
実力的にはメジャーのローテを守ることは出来るだろう。
だが実力とは別に、適応力や耐久力が、メジャーの世界では必要になる。
またポスティングをするにせよ、高い金額をレックスは付けたがるだろう。
その実力を認めさせるためには、大介を打ち取ることが重要である。
昨年の三島は、レギュラーシーズン中にライガース相手に、六試合先発していた。
そしてそのうちの三試合では、クオリティスタートを決めている。
ライガース打線相手なら、充分とも言えるであろう。
ただ勝敗だけを見るなら、一つも勝てていない。
もっともそれは主にリリーフに、負け星がついているのだ。
三島自身は二敗しているだけだ。
ライガースとの相性なら、オーガスの方がいいぐらいだ。
ただオーガスはアメリカを知っているので、日本で安定してもう少し稼ぎたい。
既に30代であるというのも、オーガスが挑戦をためらう理由だ。
もっとも本当にいい条件が来たならば、すぐにでもメジャーに移籍するだろうが。
第三試合はそのオーガスが、投げることとなっている。
大介を打ち取ったならば、自信をもってメジャーに行ける。
またメジャー側の持ってくる条件も、いいものになるだろう。
そういった個人的な事情が、三島を好戦的にしている。
だがそれはあまりにも、大介を甘く見ている。
あるいは三島に、焦りがあったと言うべきか。
MLBに行くのは年齢が遅いほど、より成功する確率は減ると言われる。
ただそれは対応に時間のかかるバッターの話で、ピッチャーはそれなりの年齢であっても、しっかりと通用する。
それでも年齢を考えれば、どれだけ稼げるのかが重要なこととなる。
レックスが一回の表、一点を先制したということもあった。
だが先頭打者の和田が、しっかりと出塁している。
ランナーがいる状況で、大介のゾーンに投げ込むのは、あまりにも迂闊だと言えた。
バットが一閃し、打球はバックスクリーン直撃。
破壊こそしなかったものの、はっきりと痕が残ることとなったのである。
大介としては今季一号目。
三島はもっと、注意深く投げるべきであった。
オーガスはMLBでの大介を知っているため、三島よりもさらにその実力を、はっきりと理解している。
そんなバッターに向かうのは、あまりにも安易であった。
外角をもっと上手く使えば、ホームランまでには至らなかったろう。
もっともそんな都合のいいコントロールまでは、三島は持っていないのだ。
ここから双方の打線陣が、それなりの点をとっていく展開となった。
三島は今日、あまりいい出来ではないと言うか、試合自体が打ち合いになっている。
そしてこういう勝負になると、ライガースの方が向いているのだ。
もっとも今年もレックスは、殴り合いを沈静化させるのに、かなりの手を打ってくる。
リリーフ陣をかなり、実戦で試していくのだ。
試合の流れとしては、かなりライガース向きであろう。
しかし点差が広がっていかない。
レックスもまた打線の方が、粘り強く打っているのだ。
五回を投げたところで、リードはしているが畑の球数が多くなっていた。
そこでリリーフ陣に代えたのだが、このリリーフでレックスは、もしも追いつけたら勝ちパターンを使えることになる。
直史のおかげで、開幕戦は勝ちパターンも含めて、他のピッチャーを使わずに済んだ。
昨日の圧勝と違い、今日は見ていて面白い殴り合いだ。
三島もここはいまいちと認めて、五回で降板した。
一応立場としては、負け投手の状態である。
だがここからレックスは、同点に追いつくことに成功。
ならばと勝ちパターンのリリーフの準備が始まる。
ところがまた、ライガースは勝ち越しに成功。
国吉には負け投手の状態がくっついてしまっている。
レックスの首脳陣は、ここで迷うことになる。
勝ちパターンのリリーフを使っていくのか、それとも今日は敗北の日と諦めるのか。
ただここで本日二発目、大介のソロホームランが飛び出した。
去年はホームランの数が減り、開幕戦も直史のボールを打てなかった。
しかしそれによって、甘く見ることになったのも確かなのかもしれない。
三冠王に対して、あまりにも迂闊。
ただリリーフピッチャーとしては、ベンチからも指示が出ていれば、勝負するのは間違いではない。
試合の勝敗は、結局監督の責任になるものだ。
ならば先発でも勝ちパターンのリリーフでもないピッチャーは、アピールしてくことが重要になる。
もっとも結果が伴わなければ、あまり意味はないのだが。
大介には打たれて当たり前。
それぐらいのメンタルを持っていれば、どうにかプロで続けていくことが出来る。
西片としてもここで、しっかり切り替えていければ合格と思っている。
プロの世界というのは、どれだけ上手く負けるか、というのが重要とも言えるのだ。
最終的なスコアは6-5となった。
大介は五打席四打数二安打の2ホームラン。
打点が三点もついて、しかもホームランは143本ペースになっている。
しかしこのホームランによって、また次の試合からは、敬遠の嵐になるかもしれない。
勝負してくれなくては、打てないのがバッターなのだ。
それに大介もそろそろ、盗塁の数は控えめにしたいと思ってきている。
敬遠しても走られてしまうと考えれば、勝負してくるしかないのだ。
なのである程度は、走っていくしかない。
ただどうせなら、点につながるところで走りたい。
今日はその必要はなかったが、一試合に二回も歩かされることがあれば、積極的に走っていくしかないだろう。
ヒーローインタビューは、当然ながら大介に回ってくる。
一点差での勝利なので、クローザーにもマイクが向けられる。
今日のレックスは、後手後手であったな、と大介は考える。
もっとも初回に点を取ったのに、すぐに逆転されたところで、どうしようもないのかもしれないが。
あの場面、直史ならば絶対に、先頭の和田を出さなかっただろう。
万一出してしまった時は、大介を歩かせることも考えていたはずだ。
ランナーがいるところで、大介にホームランを打たれる。
これをやってしまったため、直史もワールドシリーズで一度負けてしまったのだ。
レックスはそのまま、ホテルに戻る。
そして直史は、翌日のセンバツ決勝戦に向けて、タクシーの予約などをしておく。
電車で行けないこともないが、関東在住の直史は、基本的に関西の電車には疎いところがある。
開幕戦を勝ったので、最低限のスタートは切れたと言えよう。
去年もペナントレース、直接対決ではレックスは、ライガースとあまり相性が良くなかった。
クライマックスシリーズにしても、直史がほぼ一人で奮闘した。
あとは期待されていなかった木津が、意外にも勝ってくれたというぐらいか。
直史以外のピッチャーで、ライガースに勝つこと。
これは今年の、レックスの大きな課題だ。
そもそも去年はレギュラーシーズンもポストシーズンも、直史がいなければ優勝出来なかった。
ピッチャーの究極の形として、投げた試合に必ず勝つ、というのが直史なのである。
今日の試合は点の取り合いだっただけに、色々とデータが取れただろう。
しかし失点の半分は、大介のホームランによるものだ。
結果論ではあるが、二本目のホームランがなければ、レックスは勝てたかもしれない。
そのあたりのデータを蓄積していって、シーズン中盤にはチームに反映させていくべきだ。
第一戦では、大介に勝つことが出来た。
ただ他のバッターと違い、大介は勝負を重ねるごとに、勝つのが楽にはならないのだ。
何をどうしても、圧倒的に大介は攻略の難しい相手。
大介を攻略することを考えていたら、他のバッターを相手にすることは楽になった。
直史としてはその中の例外が、司朗になりそうなのだ。
司朗は進路について、まだ迷っているらしい。
だが夏にかけて最後のシーズン、まだ成長していくのではないか。
少なくともこのセンバツ、圧倒的にパワーは増している。
正確に言えばパワーではなく、長打力が増しているのだが。
昇馬がピッチャーに専念すれば、対決することはない。
また昇馬はバッターとしては、完全にフィジカルに頼ったバッティングをしている。
もしも大学を経由したら、さすがに自分が引退するのが先ではないか、と直史は思っている。
どんなスーパースターも、やがては衰える。
直史はそれが分かっていたからこそ、余力を残して引退したのだ。
それがこんなことになっているのだから、未来は本当に分からない。
今年のシーズンがどうなるかさえ、直史には分からないことであるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます