第220話 開幕初戦
大阪ドームを満員のライガースファンが埋めている。
対戦相手がレックスという、通常とは異例のカードで開幕戦。
去年のクライマックスシリーズを思えば、何かを思わずにはいられない。
ただしピッチャーはレックスが直史なのに対し、ライガースは大原。
ここは開幕戦であっても、一つ落とすことを承知で、他の試合に勝ちに来た。
オフシーズンにはしっかりと先発にリリーフを補強している。
あとは打線に関しては、大介がいつも通りに機能して、適度な新陳代謝が起こればそれでいい。
ただそういったチームを作っても、果たして無事に機能するかどうか。
やってみないと分からない、というのは本当のことなのである。
そして一回の表から、レックスの打線は動いた。
先頭打者の左右田が、内野の間を抜けていくヒット。
単に塁に出ただけではなく、しっかりと球数を投げさせたことが大きい。
大原もベテランなのだから、粘られたなら早々に、歩かせてしまうという選択肢もあっただろう。
ただそこはやはりベテランとして、安易な逃げに走らなかったと言おうか。
二番の緒方は内野安打で、ランナー一二塁。
そしてそこから進塁打のゲッツー崩れなどがあり、結果的には一点を先取した。
もっとも西片としては難しい顔をする。
ノーアウト一二塁から、一点しか取れなかったのだ。
いくら直史が投げる試合でも、ここは二点はほしかった。
ビッグイニングを作るのが苦手なレックス。
もっとも一回の表であると、ビッグイニングと言うよりは、立ち上がりを攻めたと言った方がいいのか。
西片もレックスの持っているチームの空気には、戸惑うところがある。
自分がいた頃も確かに、投手を中心とした守備の堅実なチームではあった。
だが大量得点の試合はあったし、ビッグイニングもそれなりに作っていたのだ。
これは作戦の問題なのであろうか。
あるいはチームの空気が、それに慣れてしまっているのか。
(長期的に見れば、いいことじゃないな)
実際にレックスは、直史が戻ってくるまではBクラスが多かった。
長期政権を築くつもりはないが、FAで移ってきた自分を暖かく迎えてくれたレックスには、感謝の気持ちがあるものだ。
それ以前にいたライガースは、いい思い出もあるが、悪い思い出もある。
なにしろ日本で一番、ファンが過激なライガースであったので。
しかしこの試合の重要な点は、もっと他の部分にある。
直史と大介の対決である。
去年の二人の対決は、おおよそ直史の勝ちと言っていいだろうか。
ただ敬遠して勝負を避けた回数は、一昨年よりもずっと多い。
どちらにしろお互いが、お互いを特別と思っているのは間違いない。
親友であり、義理の兄弟でもある。
運命に絡め取られたように、高校時代からの付き合いが続いている。
一回の裏、直史はマウンドに登る。
マウンドの状態さえ、直史は球場ごとに変わっているのに気づいている。
一番投げやすいと感じるのは甲子園だろうか。
ただし投げやすい代わりに、ストレートのスピードがあまり乗らない。
1km/hや2km/hならば、差ほども変わらないのだが。
それにあのマウンドから投げたボールは、スピンはしっかりとかかるのだ。
レックスは大介を一番に持ってくるという、奇襲を今日はやってきていない。
一番多い二番打者として、打線を作っている。
先頭の和田に対して、直史は三振を奪ってスタート。
ファールを打たせてストライクカウントを稼いでからの、一球で勝負を決めるストレートであった。
球速表示は150km/h。
だがホップ成分が高かった。
それまでのボールはコーナーを突いたものであり、しかも手元で動いたというもの。
スラッガーのスイングスピードであれば、ヒットに出来たかもしれない。
そして大介こそはまさに、スイングスピードのお化けだ。
大介がバッターボックスの中に入る。
するとライガースのやかましい応援が、わずかに静かになる。
こういう時こそ盛り上がるのが、本来のライガース応援団である。
しかし直史の持っているプレッシャーが、それすらも許さない。
既に一点は取ってもらっている。
しかしまだ一点ということも出来る。
万全を期すならば、ここは申告敬遠でもしてしまえばいい。
少なくとも西片は、そう考えているのだ。
ただ直史とはそのあたり、しっかりとミーティングをしている。
本当に打たれたらまずい時以外は、勝負をしていくのだ。
ここで打たれるかもしれない。
だが打たれたら打たれたで、そこから修正していけばいい。
直史は今年から、かなり迫水にリードを任せている。
オープン戦はそれで良かったし、先頭の和田に対しても問題なかった。
しかし大介が相手となると、さすがに話は変わってくる。
(150km/hか……)
球速自体は現代プロ野球では、それほど特筆すべきものでもない。
だが球速は問題ではないのだ。
直史の持っている球種の中での、相対速度が重要になってくる。
上限の球速が上がったとしても、遅い球が投げられなくなっていれば、それはそれで問題。
スローカーブやチェンジアップを、どれだけ遅く投げることが出来るか。
(さて、最初の球種は何を投げてくるかな)
厄介ではあるが、とてつもなく楽しい勝負である。
初球から何かを仕掛けてくる。
大介は直史のピッチングの本質を、ある程度は見抜いている。
対決が進むごとに、つまり同じ試合の中でも後の打席こそ、よりバッター不利になる。
普通ならば逆なのだが、直史は布石を打っておいて、それを利用する。
だから最初の打席の初球が、一番狙いやすい。
分かっていても打てないところが、呪いとまでいわれるゆえんであるのだが。
初球狙い。
直史は基本的に、ストライク先行で投げてくる。
そしてそのボールは、速球であることもあれば、遅い変化球であることもある。
あまりそれは意識しすぎない。
とりあえず速球のタイミングに合わせられるようにしておいて、変化球が来ても対応する。
オープン戦ではレックスと対戦している。
ただオープン戦の直史は、全く参考にならない。
もっとも大介は、オフに一緒にトレーニングなどはしている。
なので他のバッターに比べれば、マシと言えばマシではあるのだ。
おそらく最初は変化球を投げてはくるだろう。
可能性として高いのは、ものすごく遅いスローカーブあたりであろうか。
力感のないフォームから、ゆっくりと足が上がる。
普通ならここから、スピードボールを投げてくるのが、一般のピッチャーなのだが。
リリースの瞬間から、遅い変化球でないことは分かった。
そしてそのままであれば、やや高めのゾーンに入ってくることも。
ここからどう変化してくるのか。
ぎりぎりまで見極めて、スイングしていくのだ。
(いや、これは――)
変化しない。
大介はスイングしていったが、それでもタイミングは狂っていた。
そして打球はゴロとなって、セカンド正面。
あっけなく処理されて、まずはワンナウト。
(打たされた)
打てるボールであった。
球速表示はなんと、ただの130km/hであったのだから。
ある意味ではチェンジアップであったのだろう。
だがほんの一瞬のタイミングの違いで、打たされてしまったボールに変わっていたのだ。
球種的にはただの遅いストレート。
しかし意味的にはチェンジアップ。
わずかに落ちたというか、自然に落ちたのだからゴロを打ってしまった。
たったの一球でアウトになってしまったというのが、また計算高い。
あれは気づいた瞬間、どうにかカットするべきボールであったのだ。
打つという気持ちが、やや前のめりになりすぎていた。
だからこそあんな球を投げてきたのだろうか。
マウンド上から、バッターボックスの大介の、意識を感じ取った。
戦意を洩らしすぎていた、大介の敗北である。
ほとんど棒球と変わらないストレート。
それをミスショットするというのは、大介を見てきたならとても信じられない。
(どういうメンタルしてるんだ)
迫水はそう思いながらも、一回の裏を三者凡退で終わらせた。
ツーアウトから三番のアーヴィンは、明らかに戸惑っていた。
大介ならばあんなボールであっても、普通に打ってしまうはずであったのだ。
スローカーブの後のストレートを打って、平凡な外野フライ。
外野に飛んだというだけでも、まだマシであったと思うべきか。
試合はそこから、レックスが一方的な攻勢になっていった。
大原はなんだかんだ、失点を少なくするのに長けている。
だが毎回のようにランナーを背負ってしまう。
そして三回の表には、レックスがようやく追加点。
監督の西片は、釈然としない様子も見せていたが。
このままならば勝てる。
二点差があるのならば、直史ならばライガース打線でも封じてしまうだろう。
今日の直史は、とにかく球数が少なく済んでいる。
このままのペースでいけば、サトーの達成だ。
だからこそライガースは、二巡目あたりで動きを変えてくるのだろうが。
ランナーが一人も出ないまま、ライガースは二巡目となってくる。
ここで大介の二打席目であるが、先頭打者の和田には粘っていけ、という指示が出ている。
直史を相手にすると、ノーヒットノーランをされてしまう可能性を、常に考えておかないといけない。
そういった試合の後は、どうしても打線の調子が狂ってしまうものだからだ。
開幕スタートダッシュに失敗すれば、そのままリードを守られてしまうのではないか。
レックスというチームは、そういう安定感のあるチームだ。
和田の二打席目は、確かにツーストライクからも粘っていった。
だが六球目で空振り三振し、さほどの粘りとも言えない。
三振の少ない和田が、カットするのにも失敗する。
確かに球速は、149km/hとそれなりには出ていたが。
開幕からいきなり、10人連続で問題なくアウト。
それも球数が少ないのに、三振もそれなりに奪っている。
この相反することを、直史のピッチングはやってしまっている。
打ち崩すことが出来るとしたら、やはり大介なのであろうか。
どこまでもアウトを積み重ねていく。
今日のこの調子だと、四打席目が回ってこない可能性も高い。
今、自分が打っておくべきだ。
トップを作るのを見越しておいて、スイングスピードは犠牲にしてもいい。
まずはワンヒットで、パーフェクトとノーヒットノーランを崩す。
大介に求められているのは、やはり盛大なホームランではあるのだろう。
しかしチーム全体の空気を考えれば、ここで打っておくのは重要だ。
パーフェクトをされるわけにはいかない。
そう考えて、大介はバッターボックスに入る。
戦意をむき出しにするのではなく、とにかく打ち返すことに集中する。
ヒットの先にホームランがある。
スラッガーの考えとは逆のことを、大介はこの打席では考えている。
大介が集中していることは、直史にも分かった。
だが普段のような、ゆったりとしていながらも大きく見える、あの構えではない。
(ヒット狙いか)
そう思って気を抜いてしまうと、それを狙い打たれてしまうというのが、大介というバッターであるが。
単打であるならば問題はない。
出来れば大介との対決は三打席までに抑えたいが、それも難しい話であろう。
初球から投げていくボールは、ある程度予定していた。
そしてこのボールならば、大介はホームランは打てないであろう。
上手く力が抜けた、スローカーブ。
大介はそれをじっくりと懐に呼び込む。
だが速球に合わせていた踏み込みは、どうしても待ちきれない。
上手く合わせてしまった。
ボールはそれでも鋭く、セカンドの頭を越えて行く。
ライト前へのクリーンヒットで、パーフェクトもノーヒットノーランも阻止。
そして足のある大介が、一塁ランナーとなったわけである。
ノーアウトのランナーではない。
出来ればここで、盗塁して二塁にまで進みたい。
だがピッチャーは直史である。
正直なところ大介は、ここから点を取るイメージが出来ていない。
単純に点を取るだけなら、バッティングでホームランを狙った方が、まだしも可能性は高かったと思うのだ。
初球を打ったために、球数もそう増えてはいない。
そしてここから直史は、クイックでしっかりと投げていく。
球速はここから、150km/hオーバーのストレートも投げていく。
クイックが早いというのもあるが、直史はそのフォームの始動が分かりにくく、それゆえスタートも切りづらい。
なんとか一度は盗塁し、ここでは点に結びつかなくても、プレッシャーぐらいはかかるようにしたいのだが。
直史はプレッシャーとは無縁の人間である。
万一プレッシャーがあったとしても、そこでむしろ力が引き出される。
火事場の馬鹿力ではなく、極限まで集中していく。
だからこそ直史は、極限での対決に強い。
盗塁は無理だな、と大介は判断した。
そしてそれと同じく、せめてダブルプレイは防ごうとも考えた。
アーヴィンが内野ゴロでも打てば、大介の俊足でも二塁でフォースアウトになる可能性がある。
しかしアーヴィンが打ち上げたのは、内野のファールフライ。
さすがにタッチアップも出来ない、そんなポイントでボールはグラブに収まった。
確かにパーフェクトもノーヒットノーランも妨害には成功した。
また点差も二点差であったため、ホームランを打っても意味はなかったろう。
たとえホームランを打たれても、そこでショックを受ける直史ではない。
結局ランナーは一塁にいるまま、この回のライガースの攻撃も終わる。
打ったと言うよりは打たされた。
打率は上がって安打とは記録されても、この勝負は直史の計算内のものであったろう。
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