11章 復活
第219話 ありふれていない開幕
今年の開幕は三月の末から始まる。
通常は前年の成績から、開幕の対戦カードは決まるものだ。
だが今年は球場の修繕などの予定で、変則的な始まりとなっている。
レックス対ライガース。
いきなり昨年の、シーズン一位と二位の対決である。
レックスの新監督の西片は、当然ながら直史を先発投手に任命した。
地元開幕の先発に、というのも選択肢としてはあったろう。
だがいかに無理をかけず、直史をたくさん使うか。
そこがペナントレースを制することにつながると、西片は判断しているのだ。
ライガースの方もこの時期は、高校野球で甲子園が使えない。
開幕戦であるのに、お互いのホームではない。
もっともライガースファンというのは、兵庫だけではなく大阪にも大量にいる。
実質大阪ドームの方が、交通の便はいいと考えている人間も多いだろう。
先発として投げるのは当然だろうな、と直史も考えていた。
この二年を戦って分かったのは、アドバンテージの重要さ。
ライガースがペナントレースを制した年は、直史が投げても追いつけなかった。
逆にレックスが制すれば、無事に日本シリーズに進んだ。
ただライガースは、直史のピッチングによって、バッティングの調子を崩されたとも言われている。
まあ直史は確かに、試合の中でズタズタに、ライガースの打線を切り裂いた感触はあったのだ。
それと引き換えに、三ヶ月休んでも回復しないほど、体の芯にダメージを負ったのだが。
開幕まで二週間を切った。
そして甲子園ではセンバツが始まる。
一回戦の第一試合は、いきなり帝都一の登場である。
直史にとってはおそらく、大介よりも苦手なタイプのバッター。
直感でこちらの配球を読んでくるバッターだ。
また対戦相手も、相当の強豪である。
昨年の夏、ベスト4まで進んだ青森明星。
帝都一に敗北したが、その雪辱を果たすことが出来るか。
一年生エースであった中浦は、新二年生として背番号の1を背負っている。
既に安定して140km/h台の後半を投げていたが、冬の間にどれだけ伸びてきたか。
ただ上背が昇馬よりもあるので、無理なトレーニングはさせなかったのかもしれない。
練習試合ぐらいは当然ながら、一試合か二試合はしただろう。
だがほとんどのチームが、秋の大会からどれだけ成長したか、それを基準にしている。
(司朗が来年プロに入ってきたら……しかもライガースなんかが獲得したら、無敗記録は終わるだろうな)
これは直史には珍しい、弱気の確信である。
相手が厳しければ厳しいほど、慎重に勝ち筋を探っていく。
しかし大介と司朗が同じ打線にいると、どうにもイメージの範囲に収まらない。
もちろん練習での対戦と、実戦での対決は違う。
いざとなれば司朗の読心能力を、上回る組み立てが出来るかもしれない。
また全盛期のような、分かっているのにバットが動かないという、金縛りのようなピッチングにまで潜れるかどうか。
トランス状態に入ってしまえば、直史の思考は直史のものではなくなる。
機械的に動く直史のピッチングを、司朗が読むことが出来るのか。
もういい加減に、打たれて負けて引退してもいい、という気もしてくる。
だが実際にそうなることを想像すると、気分が悪くなってくるのだ。
無敗のピッチャーは直史以外にもいた。
しかし10割バッターというのは一人もいないし、それどころかプロの世界なら、五割のバッターさえいない。
大介が完全にボール球を捨てたなら、その領域に至るかもしれないが。
開幕三連戦がライガース相手という変則的な事態。
あるいはここでスイープするようなことがあれば、一気に序盤の勢いがついてしまうかもしれない。
直史としては考えるのは、いきなりライガースの打線陣を、エラー状態に貶めること。
もしもそれに成功すれば、本当に序盤、ライガースを連敗に落とせるかもしれない。
そこでのリードを、どうやって維持するか。
(まあ難しいか)
ライガースは打線が爆発すれば、一気に連勝していくチームでもあるのだ。
レックス側は直史を開幕投手とするのに、何も迷いなどはない。
だがライガースの方は、少し考えることがある。
開幕戦というからには、エース同士のバチバチの対決が見たいだろう。
地元の関西だけに、そう考えるファンは多いはずだ。
しかし現実問題として、直史と投げあいたいピッチャーがいるだろうか。
そして直史を相手に勝てるだろうか。
勝たなければいけないとは思いつつも、勝てないだろうなと現実的に考える。
ならばローテの中でも裏ローテの、負けても仕方がないピッチャーを当てていく。
失礼な話であるが、今年のライガースは四枚までは、計算できるピッチャーを集めた。
そして新人を一人が開幕ローテに入っている。
残りの一枚には、大ベテランを選んだ。
つまり大原を、直史に当てるわけである。
勝率が五割ほどで、おおよそ五回以上までは投げてくれる。
もちろんこれはライガースの、強打の援護があってこそだ。
しかし六回まで投げた時、クオリティスタートをそれなりに達成している。
ローテの六枚目としては、このベテランを使いたいわけである。
大原としては今年、試合を崩すことが多くなれば、すぐにローテからは外されると思っている。
そうでなくとも大原は、もう次の世代に場所を明け渡す年齢だ。
いつまでも大ベテランが居座っているのは、新陳代謝が上手くいっていない。
もちろんわざと負けて、この椅子を渡そうなどとは考えていないが。
それに同じ年齢の直史が、圧倒的なピッチングを見せているのだ。
40代のピッチャーというのが、そもそも一軍にはほとんどいない。
スターズの武史に、あとはパ・リーグに二人ほどか。
35歳までやっていれば、それで充分にすごいというものであるが。
クオリティスタートで投げれば、おおよそ負けることがないのがライガースである。
大介が復帰して、その得点力はさらに高くなった。
大原としてもどうせなら、もう少し年俸を稼いでおきたい。
とりあえず一生分の貯金は作ったし、子供の学費なども計算した。
ここからは自分が、いかに野球を好きでいられるか、というのが重要になる。
開幕戦というのは、ただの143試合の中の一つに過ぎないのか。
開幕投手を務めたこともある山田は、そうは思っていない。
その年を占うという上で、重要な一戦になることもある。
それが分かった上で、大原に泥をかぶってもらうことにした。
ただしその代わり、残りの二試合をどうにか勝つ。
野手出身の西片は、このライガースの狙いを読めていない。
そもそも今のライガースには、絶対的なエースというのがいないのだ。
畑と津傘はエース級だが、確実にエースとは言えない。
またFAで獲得した友永という、これまたエースクラスのピッチャーがいる。
そして即戦力の大卒ピッチャーもいるのだ。
普通にエースクラスの誰かを投入するだろう。
このあたり西片は、新監督として甘いと言えるであろうか。
もっとも西片からすれば、ピッチャー出身の山田が、いきなり開幕戦を捨てるという、そんな選択をするとも思っていない。
思っていないのだが、そういう事態も発生するのだ。
直史としてはとりあえず、ライガース対策を色々と考えている。
オープン戦からこちら、ライガースの分析はチームの分析班がしっかりと行っている。
あとはそれをどう活用するかが、首脳陣やバッテリーの仕事である。
とりあえず重要なのは、新しいピッチャーの攻略法だ。
データがまだ不充分であるし、バッターとの直接対決もほぼない。
初対決はピッチャー有利。
そう考えるとライガースが開幕に持ってくるのは、パのチームから移籍してきた友永になるかもしれない。
さすがに大卒新人は、開幕には持ってこないであろう。
もっともスポーツ新聞の取材において、ローテで試すことは決まっていると報じられているが。
そしていよいよ開幕の予告先発。
ライガースが大原と発表して、レックス首脳陣は唸ることとなった。
やられたな、という感じは強い。
どうせなら畑や津傘、そして友永あたりを当ててきて、強いピッチャーを片付けたかった。
ライガースの他の補強としては、新外国人をリリーフで連れてきている。
逆転勝ちが多かったが、逆転負けも多かった、ライガースとしては当然の補強である。
相手が大原ならば、少なめに見て二点は取れるだろう。
そして二点あれば、直史なら問題なく勝てる。
もっとも勝ち方という問題はある。
大介をどのように封じていくか、というものだ。
単純な勝負をしたなら、ホームランを三本打たれて負ける。
そしてライガースのホームなので、レックスは先攻である。
開幕に向けて両陣営、故障者も復帰している。
万全の体制で、お互いに勝負することが出来るのだ。
オープン戦では直史は、かなり打たれている。
しかしそれがただの練習であることは、NPBの誰もが分かっていることだ。
開幕戦に向けて、レックスは大阪に向かった。
甲子園ではないので、大阪のホテルで宿泊することとなる。
その中で直史は、ライガースの分析だけに専念するのが、少し難しかった。
センバツの高校野球についてを、少し考えていたからだ。
司朗は来年、プロの世界に入ってくるのかもしれない。
去年の夏に比べると、長打力をかなり高めている。
下手にパワーをつけると、故障もしやすくなってしまう。
しかし強敵相手の一回戦から、そのバッティングを見せ付けていたのだ。
今年で42歳のシーズンになる。
時代を代表するようなエースであっても、この年齢まで主力であるというのは、まずないことだ。
壊れてしまわないように、慎重に調整を行った今年のオフ。
球速はもちろんボールのキレなどが、全盛期に近くなっている。
首脳陣はそう判断したのだが、直史の全盛期はどこと考えるべきなのか。
単純に数字だけなら、MLBの四年目か五年目ということになる。
シーズンを通してほとんど、敗北はもちろん失点さえ許さなかった。
何をもって全盛期とするべきか、その時点から考えていかなければいけないだろう。
豊田以外にもコーチ陣は、その力感のないフォームから投げられる、ストレートに唸ってしまう。
150km/hオーバーが普通に存在する現代プロ野球であるが、直史の場合は球速はあくまでおまけ。
コントロールもおまけであって、コンビネーションが真骨頂と言えるであろう。
大阪ドーム近くのホテルから、甲子園までは行けなくもない。
だが決勝を見るためであっても、そこは迷う直史である。
一日目に投げれば、三日目に直史が投げることはない。
そしてその三日目が、決勝なのである。
今年のセンバツは、好投手による投げ合いが多かった。
ただその中でも司朗は、バッティングの力を見せ付けている。
去年の秋に比べても、明らかに長打力が高くなっている。
いざという時には、自分のバットだけで決めてしまう。
そんな覚悟が感じられる、勝負強いバッティングをしているのだ。
上がりの翌日なので、直史には仕事はない。
だがブルペンには入っていてくれ、と言われている。
ベンチメンバーではないが、そこからブルペンを見るわけだ。
すると調整だけはして、昼の間に甲子園を見ることが出来る。
そういうスケジュールでいこう。
直史はそう判断した。
直史の年俸には、実質的なコーチ代金も入っている。
そもそも直史は、自分の真似を誰も出来ないので、技術を教えることに抵抗がない。
技術の一部だけでも、教えることに抵抗はない。
ただ下手に変化球を教えると、故障につながるのが恐ろしい。
直史のピッチングの強さというのは、インテリジェンスとメンタル、そしてそれに伴うコントロールだ。
パワーは基本的に、そこまで必要なものではない。
直史のピッチングスタイルであれば、という前提はあるが。
体格に優れていて、関節の駆動域も広い選手などは、まずはパワーを追及していく。
細かい技術は後回しでいい。
肉体の成長する時期でないと、パワーはなかなか付けられないのだ。
直史にしても骨格だけから言うなら、本当は150km/h台の後半まで筋肉がつくはずだったのだ。
しかし腕の撓りなどを考えると、そこまでのスピードと引き換えに、失うものが多くなると思った。
そのあたりの限界と、目指すべきピッチングスタイルは、直史が中学生の時点で、既に方向性が決まっていた。
セイバーなどはピッチャーを精密に分析すると、おおよそどういう完成形になるかが、はっきりと分かっていた。
だから彼女は代理人として働く時でも、成功する選手しか相手にしなかった。
特にピッチャーである。
そんな彼女であっても、予測の限界はある。
突発的な故障が、命取りになってしまうことはあるのだ。
もっともそれでも、彼女の担当する日本人ピッチャーは、基本的に半分以上成功する。
そういった信用があったからこそ、買う方も金を出したわけだ。
直史のようなスタイルは、MLBのスカウトであっても、評価が難しい。
フィジカル偏重の時代であるから、そういうことになる。
ただフィジカルが全てではないのだ。
もっと正確に言えば、体格が全てではない。
逆に木津などは、体格を理由にして獲得したが、パワーピッチャーとしては期待していなかった。
本質はその柔らかなサウスポーにあったからだ。
今年のリリーフ陣は、勝ちパターンはおおよそ去年と変わらない。
幸いなことは大平が、ストレートとツーシームのコマンドが、ある程度良くなってきたことだ。
もっとも大平の使い方は、ゾーン内ならどこでもいいから投げてこい、というものである。
実際にそれで、結果は残せるのだ。
プロで戦力となりながらも、まだまだ発展途上。
19歳にもなっていないが、おそらく大平は大器晩成型である。
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