第218話 スカウトから見た高校野球

 関東はともかく関西は、この時期は高校野球である。

 夏ほどの活況はないが、今年は三月から暖かくなってきているため、観客数も増えるだろうと見込まれている。

 ライガースはこの時期、わずかだが大阪ドームで試合を行うことになる。

 ならば開幕は神宮でいいではないか、とレックスの人間は思うのだ。

 球場施設の不具合という突発的なものがあっても、なんとかなったのではないか。


 直史はそのセンバツのトーナメント表を見ていた。

 チェックするのは白富東と、そして帝都一である。

 白富東は一回戦、和歌山の公立校との対戦となっている。

 21世紀枠での参加であり、比較的楽な相手であると言えよう。

 だが帝都一は青森の青森明星が相手。

 昨年夏の準優勝校と、ベスト4のチームが、いきなりの再戦となったわけである。


 戦力的なことを言うなら、帝都一は三年生が抜けて、ほんの少し戦力が下がっただろうか。

 それに対して青森明星は、一年生エースの中浦が、どこまで成長したかで展開は変わると思う。

 ただ白富東は一回戦こそ比較的楽な相手だが、二回戦はおそらく福岡の尚明福岡。

 そして三回戦は、瑞雲か花巻平のどちらかが上がってくるか。

 もっとも強豪の多い広島代表もそこのブロックにある。

 二回戦以降はどこが上がってきても、強敵の連続となることは間違いない。


 それよりも問題なのは、日程であろうか。

 夏の暑さによる体力消費は、それなりに抑えられる。

 だが試合間隔は、中三日、中一日、中一日、中一日といった具合になる。

 昇馬はあの夏、似たような日程でもなんとか投げきった。

 しかしある程度は休ませなければ、さすがに苦しいだろう。


 対して帝都一は、一回戦を勝った後も、おそらく地元の近畿勢と戦うのではないか。

 センバツというだけあって当たり前だが、楽に勝てる相手などいない。

 それでも21世紀枠に当たる、白富東は有利と言えようか。

(和歌山で公立が決勝まで進んだんだから、あまり油断も出来ないか)

 そのあたりの分析は、果たしてどうなっているのだろう。


 センバツの始まる前に、明史は東京に引っ越している。

 神崎家に下宿し、今後の六年間は過ごすことになるだろう。

 そこから東大を目指すのか、それとも海外留学でも考えるのか。

 幼少期をアメリカのカリフォルニアで過ごしたことは、明史の記憶にもあるのだろうか。

 物心が付く前に帰ってきているが、強い印象ぐらいは残っているかもしれない。




 ごく一部を除いて、都道府県の春の高校野球は三月から始まる。

 プロのスカウトは基本的に、年中無休であると言ってもいい。

 もちろん実際は、ちゃんと休みをとっている。

 そうでなければどれだけブラックなのか、という話になる。

 センバツと春の大会、どちらが重要視されるのか。

 世間の目は当然ながら、センバツの方に向いているだろう。

 しかしスカウトはこの春季大会、大学のリーグ戦なども重なるため、甲子園は後回しになる。


 全試合がテレビで放送されて、さらに誰かがバックネット裏からも撮影している。

 それである程度は、野手の動きなどは見たりする。

 ただプロの世界というのは、やはり打撃を重視しているのだ。

 なお夏の甲子園も、スカウトにとってはさほど重要ではない。

 そこまでもう見ているなら、おおよその結論は出ているのだ。

 それでも一応は見ていくのは、答え合わせの結果を知りたいということ。

 あとは夏の甲子園などでは、爆発的に成長する選手がいたりするからだ。


 ついこの間引退試合をしたばかりであるが、青砥はもうスカウトとしての活動を始めていた。

 もっともまだ先輩スカウトというか、超ベテランスカウトである鉄也の、後を付いて回るだけだ。

「スカウトの仕事なんてものは、一年目で選手を引っ張るのはまずないからな」

 鉄也はそういうが、それはプロを経験していない人間の目である。

 もっとも鉄也も大学野球で、故障さえなければプロの声はかかったのでは、などという選手であったが。

「たとえば今は冬を越えて、どれだけ成長したかを見る時期。高校野球の方は夏の地方大会が本命だ」

「甲子園は」

「むしろ甲子園に行っていない選手を、どう取っていくかが重要だな」

 そもそも青砥自身がそうであるのだ。


 大阪などはただでさえレベルが高いのに、それでも大阪光陰がトップを走っている。

 理聖舎との私立二強という状況に近いが、他のチームにもいい選手がかなりいる。

 そもそも高校入学時点で、その後の能力など分かるはずもない。

 同じようなことは、一時期の千葉にも言えた。

 白富東の黄金時代、千葉県からはセンバツでしか出場が出来なかった。

 170近くチームがあるのだから、その中には原石がいっぱいいたはずだ。


 甲子園はどうしても注目されてしまう。

 そこで活躍してしまえば、他の球団も獲得の順位を高めていく。

 本当にいいスカウトは、狙われていない選手を、下位指名で取る。

 青砥もそうであったし、レックスはそういう選手が多い。

 またそういう案件の多くが、鉄也によるものであった。


 名スカウトなどと言われても、限界はあるものだ。

 鉄也はライガースの大原のことも、ドラフト候補として入れていた。

 だが完全にSS世代とかぶった彼の高校時代は、あまり恵まれたものではなかった。

 七位か八位ぐらいで取れると思っていたのに、ライガースは四位で取っていった。

 五位ぐらいまでなら取るように調整はしただろう。

 だがライガースはそんな高い順位で取り、しかも大成功した。

 もっともあの年は、甲子園で故障した金原を取るために、注力していたのが限界だった。


 いい選手だから取るのではない。

 必要な選手だから取るのだ。

 たとえばいいピッチャーが五人いても、四人を既に取っていたなら、八巡目は野手を取る。

 そういったバランスにおいても、ドラフトは左右される。

 仕方のないことと言えばそうなのかもしれないが、運の良さというのはあるのだ。

 確かに大原は、上杉全盛期にかぶった中で、数少ないタイトル獲得者。

 しかし全盛期の輝きという点では、金原の方がずっと上であった。


 20年以上プロにいる選手など、鉄也の目から見ても分かるものではない。

 頑健であるにしても限度がある。

「選手の潜在能力、数年後の姿、そういうことを考えた上で、スカウトは取るわけなんだが」

 ここで編成においては、球団内の政治力が関係する。

 スカウト自身が結果を出していないと、意見もあまり通らない。

 俺はあんなに推していたのに、という案件が多くなってくるわけだ。




 今年のドラフトの注目株は、高校生の神崎司朗である。

 ピッチャーは高校生でも、一年にそれなりの数が出てくる。

 ただ野手であり、バッティングだけではなく守備と走塁も傑出しているという点では、競合が起こる可能性がかなり高い。

 センバツと夏の結果次第では、ものすごい競合になるかもしれない。

 しかし本人がプロ入りか進学か、まだはっきりと表明していないというのもあるのだ。


 鉄也は司朗の秘密を知っている。

 もちろん他の人間には、その父親が誰であるのかなど、教えているはずもない。

 他のスカウトでも、何人かは気づいた者がいるはずだ。

 しかしやはり秘密は洩らしていない。

 情報こそはスカウトにとって、最大の宝であるのだから。


 去年のドラフトは、高校生の野手がかなり不作であった。

 ただ本当に実力がなかったのかというと、そうでもないと思うのだ。

 もっとも関東大会や夏の甲子園で、昇馬がプロ注目のバッターをほとんど、抑えてしまったということがある。

 普通は一年生であれば、夏に140km/hも出れば充分なはずなのだ。

 それが160km/hを投げるピッチャーが登場したため、自信喪失した者も多かった。


 大学進学を選んだ高校生野手が多い。

 それこそ四年間で、どれだけ成長するかが重要になる。

 もっとも直接対決していないバッターや、そしてピッチャーはそれなりに獲得している。

 今年もおそらく、新たなスターは生まれるだろう。

 ただスカウトは、スターをそのままプロ入りするのが役目ではない。

 原石を発掘して、それがプロで通用する素材なら、そういうものをこそ下位指名で引っ張ってくる。


 ただ最近は順位縛りというか、下位指名では大学を経由する、と考える高校生も多いのだ。

 大学側ではスカウトが積極的に動く前から、高校生を狙っていたりする。

 今でこそ相当にクリーンになったが、昔は高校生を囲い込むため、大学に進学させたりしていた。

 逆指名があった時代は、それこそ大学や社会人の受け皿を、球団のスカウトが陰ながら斡旋していたものである。


 今年もまた関東でスカウトが注目するのは、東京と神奈川である。

 東京は帝都一が強いが、夏には東西の東京で分かれる。

 西東京のチームがどうなるかは、夏にならないと分からない。

 そして神奈川は、桜印がまだしばらくは強いだろう。

 なにせ神宮大会を優勝し、帝都一にも勝っているのだ。


 そんな日本一になった秋から、どれだけ上積みがなされているか。

「まあ来年を考えると、今年のスペックも確認しておく必要はある。ただ今年のドラフトについては、神崎が一番の注目株だな」

 現時点で既に、プロでも通用するバッターだと思う。

 少なくとも高校生レベルのピッチャーでは、まともに抑えたのは昇馬と将典ぐらいだ。

 将典にしてもかなり、勝負を避けたピッチングをしていた。

 実際にそれで神宮を優勝したのだから、試合の勝敗としては間違いではない。


 ピッチャーとしても150km/hを出しているのだから、通用するのではないかとも思う。

 ただピッチングに関しては、ややコントロールに甘いところがある。

 高校レベルでは充分に通用しても、やはり外野を駆け巡っていた方が役に立つ。

 肩の強さはそういう場合、やはり役に立つものなのだ。

 ピッチャーの投げ方とは、根本的に異なる。

 外野の肩はストライクしか必要ないのだ。




 スカウトはまた上位はともかく下位に関しては、どれだけ必要な要素の選手をもってくるか、が重要になる。

 上位はそれこそ誰もが認める、将来のスター候補か既にアマチュアでスターになっている選手。

 これが案外そこまで育たなかったりするのが、プロの怖いところである。

 下位指名の選手というのは、現在の球団に必要な要素を取っていく。

 このあたりは原石であっても仕方がない。

 あるいは一芸特化型というのも、下位指名には入ってくる。


 今のレックスに必要なもの。

 それは当然ながらピッチャーである。

 投手陣は最強ではないか、と思われるかもしれない。

 確かにそうなのだが、スカウトは少なくとも、即戦力と数年先、二つの視点で見なければいけない。

 まず直史があと何年投げられるか。

 ちょっと過去に例のないピッチャーではあるが、それでも年齢を考えれば、いつ引退してもおかしくない。

 三島はポスティングの可能性があるし、オーガスも契約次第で他のチームに行く可能性がある。

 数年間は期待できるのは百目鬼だが、それも故障でいついなくなるか分からない。


 先発ローテのピッチャーは、今年は若手と新人で、埋められるのではと予想されている。

 だが若手も新人も、実際に通用するかは、レギュラーシーズンを見てみないと分からない。

 またリリーフピッチャーであれば、先発よりも故障しやすい。

 ピッチャーの新陳代謝は、絶対に必要なことである。

 なのでどの球団も、おおよそ一位か二位指名には、ピッチャーを入れるものだ。

 それ右か左かが、チーム事情によって変わってくる。


 レックスは和製大砲を欲しがっている。

 助っ人外国人が二人、クリーンナップにいる状態だからだ。

 もちろんスラッガーなどというのも、探すのは難しい。

 しかし司朗はパワーがある上に、それ以外の部分も全てある。

 どの球団でも欲しいものは欲しいのだ。


 かつては高校野球は、金属バットを使っていたため、意外とプロの木製バットに慣れない選手もいたりした。

 しかし現在は低反発バットを使うようになったため、プロでの適性もある程度分かる。

 もっともホームランが減ったせいで、そこは面白くないと言われていたりするが。

 大介の作った高校通算記録や、甲子園通算記録というのは、絶対に抜けないであろう。

 大介も最後の一年は、もう木製バットを使っていたのだが。


 高卒野手はまさに、これから育てるべき素材なのだ。

 一年目から本当に大活躍した選手など、数人しか思い浮かばないだろう。

 その中の一人である大介は、木製バットに慣らしていた。

 そして司朗はホームランも打てるが、それ以上に打点が多い。

 ケースバッティングで点を取っていくことが出来るのだ。


 高校生なのだから、小賢しいことを考えることなく、フルスイングで行け、という指導者もいるだろう。

 それはそれでいいことなのだろうが、本人の性格の問題もある。

 点を取れる場面で、しっかりと点を取っていく。

 ホームランは野球の華だが、クリーンナップ適性を見るならば、打点の数などを見てもいいだろう。

 どういった場面において、ホームランが打てたりしているのか。

 そこをしっかり見ないと、プロのスカウトとは言えない。




 高校生は今の新二年生に、逸材が多いと思われる。

 白石昇馬を別格としても、神宮で帝都一に投げ勝った上杉将典。

 他にも190cmオーバーで、一年の夏から150km/h近くを投げているピッチャーが多いのだ。

 一年生で150km/hオーバーなど、歴代でも数人しかいない。 

 ただこの世代は少なくとも、四人が150km/h以上を投げている。

 しかしこれをもって、誰もがドラ一候補と言うには早い。


 江川の最盛期は高校一年生の秋であった、という乱暴な説がある。

 単純にその時期、一試合で奪三振を20個以上、無失点イニングをずっと続けていたから、というものだ。

 無茶な練習試合の日程で、むしろ三年の夏には馬力が落ちていた、ということは言われる。

 また大学時代に骨折をしていたという、使われ方の無茶はあるのだ。


 ただそういうことがあったにしても、投手五冠を達成している。

 沢村賞クラスのピッチングをした年が、少なくとも二年はある。

 全盛期を過ぎていてこのピッチングというのは、ちょっと無理がある話だ。

 もっとも比較的若い年齢で、二桁勝利を続けていたのに、引退したと言うのは事実である。


 昇馬の場合は確かにスピードもあるが、そのスピードでしっかりと三振を奪っている。

 一年夏の甲子園は、一回戦から登場したということもあるが、一大会で106個の三振を奪っている。

 一年春の関東大会では、三試合で20個以上の三振を奪った。

 ここで負けた桜印と帝都一は、対策を立てたはずであったのに、夏の甲子園で勝つことは出来なかった。

「来年のドラフトは凄いことになりそうですね」

「けどなあ、どうもプロにはあまり興味がないみたいなんだよな」

 このあたり目をぱちくりとさせてしまう青砥である。


 プロの野球選手というのは、基本的にアマチュアに注意している余裕はない。

 若手であればレギュラー争いが熾烈であるし、一流選手は所詮アマチュアと思うからだ。

 青砥としても自分のキャリアに、昇馬が絡んでくるとは思っていなかった。

 なので基礎的なことも、こうやって知らないのである。

「父親がほら、白石だろ? そんでその同級生がうちの息子だから」

「そこから情報が入ってくると?」

「白富東と帝都一は、それなりに練習試合をしてるからな」

 このあたり親子でプロとアマに分かれていると、色々と融通が利く。


 鉄也は大学時代の故障で、プロ入りがかなわなかった。

 だからこそ選手を上手く、故障もさせずにプロ入りさせることに、強い信念を抱いている。

 対してジンは高校野球に憧れが強い。

 そして将来のことも考えて、甲子園優勝キャッチャーにまでなった。

 大学進学後は、主に情報分析を得意とし、二番手キャッチャーとなっていた。

 そこから帝都大系列のチームの監督をして、実績で帝都一の監督にまでなったのだ。


 青砥からすると、一年生から甲子園でポンポンとホームランを打ち、160km/hを投げるピッチャーが、どうしてプロを目指さないのかが分からない。

 ただ鉄也はそのあたりに、大成しないかもしれない理由を見つけている。

 早熟であるために、一年の夏こそが全盛期であったのか。

 このセンバツの大会で、果たしてどういう結果が残せるのか。

 それを確認したうえでないと、このとんでもない才能の塊であっても、スカウトとしては推薦できないと考えているのだ。

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