第209話 チームカラー

 現在進行形のレジェンド選手は、主に直史、大介、武史の三人である。

 そして一番取材のしにくいのが直史だ。

 秘密主義というわけではないが、過去にやらかした記者が完全に取材拒否をされたこともある。

 またいざとなれば平気で訴訟などもしてくるからだ。


 もちろんその弟と義弟の二人も、下手にいじるのはまずい。

 それでも基本的には、明るくて開放的な性格の二人である。

 武史の場合は逆にマスコミの方が、いや、これは流出したらまずいなと思ってしまうことがあるが。

 MLBの有名選手を10人言うより、NBAの有名選手を100名言う方が簡単、などという発言がそれである。


 さすがにNPBに復帰すれば、選手のデータには目を通していくものだ。

 しかしNPBのキャンプの頃は、NBAであればシーズン真っ最中。

 それだけにネット接続で、NBAの試合を見たりする。

 キャンプ中はさすがに、それを熱心に見ることなどはないが、順位がどうなっているかなどは注目しているのだ。


 もしも高校でバスケを続けていたら、とはさすがにもう思わない。

 身長は190cmに及ばず、完全に小柄なままに終わったからだ。

 そう、NBAというのはまさに巨人の世界。

 2mの選手が五人のうちの三人はいる、というのが当たり前なのだ。

 野球とバスケでは、必要とされる肉体の要素が、ある程度は違う。

 日本人でもわずかにNBAで活躍する選手は出ているが、それはMLBとは比較にならないほど少ない。


 武史の取材をすると、日常の話題としてはNBAの行方がどうのとなるし、あとは生まれたばかりの子供の話をしていく。

 本当にこれから野球をするのか、と不思議に思うほどである。

 ただブルペンで投げれば、キャンプインの初日から160km/hオーバーのストレートは投げてくる。

 全盛期に比べれば衰えたというが、それでもNPBでは最速のレベルだ。

 これでもまだ、肩を作り始めたところ、なのである。

 ゆっくりと上げていけば、いまだに165km/hオーバーを一試合に何度も投げる。

 MLBであっても充分に通用する、そんなレベルのピッチャーだ。


 ただこの球速に関しては、現役中に追い抜かれるかもしれない。

 甥である昇馬が、高卒でプロ入りすれば。

 ただあと二年もすれば、武史も引退している可能性が高い。

 その後の人生設計が、はっきりと決まっていないのも、武史らしいと言うべきか。

 こんな年齢になっても、未来は定まっていない方が面白い。

 もっとも何をやっても大丈夫なほど、生涯の収入は稼いだであろうが。

 MLBで10年以上もプレイするというのは、そういうものなのである。




 大介もまた、話を聞きやすい選手ではある。

 ただこれまであまりにも多くのインタビューなどを受けているため、うんざりとしている質問などはある。

 どうとでも答えられる質問に対しては、適当に答えることが多い。

 中にはちゃんと調べた上で、個人的な意見を聞きたい、という記者もいたりするが。


 今年のライガースの課題は、やはりピッチャーである。

 もっともピッチャーに関しては、一年を通じて全く問題なく組める、というチームなどはないと言ってもいいだろう。

 ライガースが今年取った選手は、レックスより多い10人。

 うち二人が育成である。


 神奈川の四番や京都のサウスポーなど、高卒選手も取っている。

 昨今は高い順位で取った高卒でも、しっかりと一年目は育成をしたりする。

 ただサウスポーの方は、キャンプから一軍に合流していた。

 開幕までいられるかはともかく、サウスポーというのは貴重であるのだ。

 特に今のライガースは、先発に左が少ない。


 昔からずっと変わらず、強力な桜島打線を封じた。

 甲子園ベスト8まで勝ちあがったのだから、相当の実力ではある。

 先発に右が多いから、左はどうしても欲しいというところがあった。

 そこそこ豊作と言われた去年のドラフトだが、ライガースはやはりピッチャーを取っている。

 高卒ピッチャーを一位指名したのだから、それだけ期待度は大きいのだ。


 昇馬が一年で160km/hを投げているから錯覚するが、サウスポーで150km/hが投げられたら、一位指名競合の可能性は高い。

 もっともその年の選手の数や、チーム事情などで獲得する選手の種類は、どうしても変わってくる。

 高卒か大卒でいいショートがいたら、特に高卒でいたならば、ライガースは絶対に取っている。

 大介の後釜は、絶対に必要であるからだ。


 その大介も自分なりに、調整をしっかりとしていた。

 とりあえずマシンのボールであれば、160km/hを軽々とスタンドに放り込む。

 スピード自体ならもっと上でも、簡単についていけるのだ。

 動体視力はまだ、落ちる兆しを見せていない。

 しかし長年のレベルスイングが、やや変化しているのは確かだ。


「う~ん」

 唸った大介は、右打席に入ってみた。

 ぎょっとしてそれを見ている周囲であったが、右打席でもスタンドまで運んでいく。

 素振りは両方でやっているし、昔はスイッチヒッターでもあったのだ。

 ただプロではよほどのことがない限り、左打席に入っていた。

 しかしそろそろ、工夫していく必要があるのかもしれない。

 自分の決めた道を、ずっと続けていけるのなら、その方がいいであろう。

 だがそれに固執するのもよくない。


 大介としては一日でも長く、野球選手として過ごすのが目標だ。

 ただ40歳を過ぎると、バッターは急激にパフォーマンスが低下することがある。

 ピッチャーの場合は年代よりも、個人差で一気に変化することがある。

 怪我をしたらすぐに終わるのは、野手よりもピッチャーであろう。

 バッティングでも、小さな骨が一つ折れただけで、一気に成績が下がるということはある。

 人間の手というのは、とても小さな骨の集合であるのだから。


 ただ少し右で打った後、左に戻る。

 それからまた打っていくと、違和感は消えていた。

 バランスの調性なのか、肉体の平衡感覚なのか。

 衰えてきたわけでなくても、少し調子の悪いという時はあるのだ。




 ライガースの監督は、今年も山田である。

 去年はクライマックスシリーズのファイナルステージ、その前は日本シリーズと、惜しい年が続いていた。

 ただレギュラーシーズンがものすごく盛り上がっていたため、経営的には全く問題はない。

 よってフロントは特に問題もなく、続投してもらうこととした。

 しかし山田自身は、悩ましいと思っていたのだ。


 ライガースは昔から、攻撃力の高いチームだ。

 監督が変わろうと主力選手が変わろうと、この傾向はほとんど変わった期間がない。

 甲子園の大応援団が、攻撃と守備に影響する。

 バッターもピッチャーも、真っ向勝負を選んでしまう。

 バッティングはそれが上手く働くが、ピッチングは狙われてしまう傾向にある。

 ストレートで押せるピッチャーがいいのは、確かに間違いではない。


 若いうちは真っ向勝負、という考えはある。

 それぐらいのポテンシャルがないと、どのみち長くは通用しない、と考えてのものだ。

 そんな試合の雰囲気に、相手を付き合わせてしまうのも重要なのだ。

 プロの勝負であるのだから、力と力の対決も見せなければいけない。

 ただ完全な技巧派でも、それはそれで面白い。

 ライガースのチームカラー自体は、間違っているというわけではない。

 だが雑になっているな、というのは確かだと思うのだ。


 戦力の更新をきっかけに、チームカラーを少しずつ変える。

 あるいは監督の交代のきっかけに、という場合もある。

 だがシーズンの始まる前、このキャンプが始まったばかりの時期に、首脳陣の意見を統一しておかなければいけない。

 常勝軍団とまではいかなくても、毎年Aクラス入りが出来るようなチーム。

 それを上手く作っていかなければいけないだろう。


 攻撃に関してはライガースも、外国人を慰留することに成功し、打力は低下していない。

 もっとも去年の大介が、圧倒的にホームラン数が減ったのは気になる。

 それでも最強のバッターであることは変わらず、おかしな練習も自分で試したりしていた。

(選手時代から面識があるっていうのは、コミュニケーションを上手く取れるってことだからな)

 このあたり、やはり出身球団のユニフォームをもう一度着る、という意味はある。

 またピッチャーであったからこそ、今の状況をどうにかすべきと思うのだ。


 首脳陣でのミーティングでも、それを話した。

 山田が現役であった頃に比べると、確かに失点は増えている。

 もっともあの頃は、ピッチャーの質も今よりよかったと思うのだ。

 そして今年も契約を更新したが、おそらくキャリア晩年の大原も、これには参加してもらった。


 去年の4勝2敗という数字は、これだけを見ればあまり良くないと思えるだろう。

 だが先発で投げたのが、24試合もあるのだ。

 そんなに投げているのに、勝敗があまりつかない。

 五回まではなんとか、投げることが出来ているのにだ。

 やはりリリーフ陣が安定していない、という部分が大きいのだろう。




 大原もさすがに、引退を考えてきている。

 球速は落ちてきたものだし、むしろコントロールで勝負するようになったとは言える。

 需要の多いサウスポーでもないのに、ここまで続いてきたこと自体が凄い。

 それに試合を壊さないので、首脳陣からの信頼もあるのだ。


 200勝は達成したし、タイトルも取れた。

 年俸も充分に稼いだし、いい選手生活だったと言える。

 それだけにライガースには、全力で貢献したい。

 大介が戻ってきた今、日本一のチャンスはあるのだ。

 レックスさえどうにか出来れば、なんとかなるだろう。


 ピッチャーの補強はドラフトだけではなく、FAも行っている。

 ライガースは人気球団であるだけに、子供の頃からライガースに行きたかった、という選手は多いのだ。

 そして球団の経営も上手くいっている。

 大介が戻ってきてからこっち、ファンクラブの人数も増えて、グッズの売れ行きもいい。

 たった一人の選手であっても、いい影響は出てくる。


 ピッチャーを今は優先するしかない。

 そして意識改革も必要だ。

 山田の言っていることに、首脳陣もおおよそは同意する。

 ただこのライガースは、良い状態だからこそ、大きく変革させるのは難しい。

 それが分かっていた上で、山田はリリーフ陣を強化するように編成に頼んだ。


 大原に頼まれたのは、やはり先発陣のまとめ役だ。

 なんだかんだ言って200勝というのは、実績として凄まじい。

 今は100勝するだけでも、充分に凄い時代である。

 大原の新人であった時代と比べても、そこはやはり変わっている。


 名球会入りの条件を、150勝にすればという意見が出た時代であった。

 しかし上杉、武史、真田、大原、直史などといったように、ほぼ同年代のところから、200勝投手が一気に出てきた。

 あれが悪かったな、などと大原も思うのだ。

 特に大原は、ローテと言っても裏ローテを投げていて、相手のエースクラスとの対決が少なかったのも、ここまで勝ち星を稼げた理由だ。

 それに無事是名馬というように、故障による離脱が少なかった、というのはある。


 今年のライガースの一番重要な点は、おそらくリリーフ陣の起用法である。

 これはいまだにローテに入っている大原には、なかなか分からないところだ。

 ライガースの試合はシーソーゲームが多い。

 そのためリリーフ陣がしっかりすれば、逆転されることは多くならない。

 ただビハインドの時のリリーフも、それなりに重要になる。

 捨てるべき試合の判断というのが、とても難しいのは確かだ。




 平均的なビハインド展開のリリーフピッチャーが重要になる。

 防御率は4ぐらいでもいいから、炎上はあまりしないというピッチャー。

 ライガース打線は爆発力では、リーグナンバーワンではあるのだ。

 ただそういったことを、先発の大原では分かりにくい。


 コーチ陣もほとんど、大原と年代は変わらなかったりする。

 監督の山田は少しばかり上の年齢で続投だが、基本的にコーチ陣はちょこちょこ変わっている。

 そのあたりライガースは、コーチとして招聘する人材も、かなり豊富ではあるのだ。

 真田などは経歴からして、コーチになっていずれは監督、というルートだと思っていた。

 出身は長野だが、高校は大阪で、今は兵庫に自宅を持っているのだ。

 ただ息子に野球を教えるのに合わせて、プロの世界から離れてしまった。

 もちろんまた将来的に、プロのユニフォームを着ることはあるのかもしれないが。


 アマチュアに元プロの指導者が行くというのは、全体的には悪いことではない。

 またそこから人脈が、つながっていくということはあるのだ。

 真田の双子の息子は、意外と言ってはなんだが、プロに来るほどのポテンシャルはないとも聞いた。

 ただそれはまだ、高校一年生なのだ。

 ここから急激に伸びていくという選手も、いないはずもない。


 山田は高卒育成からの叩き上げだし、大原も当初の期待値はさほどでもなかった。

 甲子園にも出ていないのだから、もっと低い順位でも取れただろう、などと言われたのだ。

 しかしあの年のドラフトで取ったピッチャーで、200勝したのは大原のみ。

 もっともキャリアハイなどでは大原をはるかに上回るピッチャーは多くいる。

 そして社会人から入ってきた、大原と同年の怪物が直史。

 そのキャンプの様子は、自然とライガースにも伝わってくる。


 あの年齢で150km/hオーバーまで球速を戻してきた。

 大原は全盛期なら、直史よりもずっと速いボールを投げてきた。

 しかし今はもう、150km/hは出ない。

 パワーピッチャーであったのに、今は技巧派というのでもなく、どうにか通用している。

 投球術というものを、身につけているからだ。


 あとは心理戦もある。

 ぶっちゃけた話、審判はベテランのピッチャーやバッターに弱い。

 若手に対して厳しく、ストライクゾーンが変化する。

 大原はそこまで計算して、審判ごとのストライクゾーンを計算している。

 もっともそこまで細かいコントロールは、やはりないのだが。


 高めや低め、そしてアウトロー。

 そういったコースを一試合に二度か三度、有利にストライクと取ってもらえる。

 それが積み重なっていくことが、案外馬鹿にならないのだ。

 技巧だけではなく、頭脳も使っていく。

 本質的には頭のよくない大原であるが、長くプロでやれる人間が、馬鹿であるはずもない。

 少なくとも周囲の意見を、上手く採用するだけの能力はある。




 ピッチャーが足りないというのは、どの球団も毎年言っていることだ。

 そして特にリリーフは、早めに使いすぎて壊れてしまう。

 それでも投げろと言われれば、投げてしまうのがピッチャーだ。

 本能的に投げるのが好き。

 でなければプロの世界まで、ピッチャーなどやっているはずもない。


 リリーフの中でもセットアッパーのホールド記録は、比較的少なめである。

 セーブ記録なら200を超えたピッチャーはそれなりにいるが、ホールドの記録は少ない。

 便利屋的に使われることが多いのが、ホールドの数を増やすこととなる。

 だがしっかりと肩を作って、最後に投げるクローザーに比べれば、中継ぎの疲労は大きなものとなる。


 投げてる試合数も多ければ、回またぎなども多くなる。

 どうしても選手寿命が短くなるのは、仕方がないと言えるのだろうか。

 結局は先発とクローザー、この二つのポジションが重要ではある。

 長くプロで大金を稼ぎたいなら、中継ぎはあまり良くない。

 貢献度も高く負担も大きいのに、年俸はやや微妙。

 直史がシーズン終盤以外には、先発しかやらないのもそのためだ。


 ライガースは現在、三軍体制になっている。

 そのため使えるピッチャーは、どんどんと試していく。

 結果として上手く、中継ぎが回ることもあるだろう。

 ただピッチャーをやっていた山田としては、消耗品のようにリリーフを扱うことはしたくない。


 上手くピッチャーを回していって、それで試合に勝って行く。

 ただ今のライガースには、かつてのような山田や真田のような、圧倒的なエースクラスがいない。

 畑と津傘は、充分にローテを守れるピッチャーではある。

 しかし今年のキャンプから、アピールしてくれるピッチャーがどれだけいるか。


 優勝ももちろん目指さなければいけないが、投手陣はやや年齢が高くなってきている。

 選手の新陳代謝は、プロスポーツなら当然のこと。

 そして今回のキャンプには、臨時コーチを呼んでいたりもする。

 かつては不動の四番として、大介の後ろを打っていた金剛寺だ。


 ユニフォームを脱いで、フロントに入っていたこともあった。

 だが数年前にはそれも終え、母校の臨時コーチなどを務めたりしている。

 アマチュア野球の育成環境を、とにかく重視しているのだ。

 主に中国圏のチームなどには、どの高校でも影響力があると言っていいだろう。


 なんらかお刺激があって、チームが良い方向に向かう。

 今年のライガースは安定して、勝つ試合を多くしたい。

 そのためにはまず、失点を防ぐことである。

「チームカラーがイケイケドンドンだからなあ」

「投手陣までそれに染まるのが、まずいんですけどねえ」

 ライガースは多少の波があっても、ファンが離れていくことはない。

 しかしそんな状況に、甘えていてはいけないのも確かであるのだ。

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