第206話 新戦力の入り方
年が明けるとすぐ、プロ野球は寮開きとなる。
一軍や二軍の新人が入ってくるのだ。
レックスは去年のドラフトで、八名の新人を支配下指名した。
そして無事に八人とも、契約に結びついている。
だがこれ以外にも、新しく加入する戦力はいる。
FA選手であったり、外国人選手であったり、トレードの選手であったりする。
その中に一人、少しだが異質の経歴を持つピッチャーがいた。
異質な経歴と言っても、それはまあそうだろうな、と多くの人間が納得する。
元福岡の育成契約選手で、三年を過ごしながらも支配下登録されなかった、須藤という左腕である。
スカウト部としては当然、選手を探すのは高校から大学、社会人といったところだ。
もっとも最近は、独立リーグからNPBに入ってくる、という選手もいたりする。
チェックしてくる対象が多くなってはいるのだ。
さすがに海外スカウトは、担当からは外れている。
だが須藤は元々、関東の出身。
高卒から福岡に育成でプロ入り。
そして三年目、再度の育成契約を打診されたが、そこにレックスが話を持っていったという次第である。
「計算通り」
鉄也はそう言ったが、実のところ当初予定では、まず大学野球に行ってもらうはずだったのだ。
素材としては素晴らしく、サウスポーのイニングイーター。
だが高校時代は無名であり、山梨県では公立高校で、甲子園に行くこともなかった。
それでも一度だけ、関東大会には進出している。
そこで調子が良かったのか、横浜学一を相手に完投勝利していた。
同じ年鉄也は、木津を育成でねじ込むことをしている。
いくら実績豊富のスカウトマンでも、一年に二人も育成をねじ込むのは、さすがに無理があった。
だから大学進学を須藤にも話したのだが、特待生で大学にねじ込むにしても、下に兄弟が多かったのだ。
ならば育成でも給料が出る、プロ野球を選択したのは、仕方のないことであったと言うべきか。
そして福岡では、しっかりと細かいところまで、育成で身につけることが出来た。
ただ福岡の育成というのは、とんでもなく層が厚い。
同時に支配下登録までの道は、とてつもなく遠かったというわけだ。
一応は来年も育成で。
そんな契約を持ち出されても、高校時代から顔見知りであった、実績豊富なスカウトが声をかけたらどうなるか。
それはもう福岡で支配下登録の契約を受けない限りは、他の支配下契約に頷いても当然であろう。
育成契約等のは、正直なところ飼い殺しの面がある。
まだしも一年ごとの契約や、あるいはトレードでもあるならば、MLBのように流動性があるだろう。
しかしNPBというのはいまだに、選手の流動性は低いものなのだ。
鉄也にしてもその主な担当地域は、東北から関東までと、九州は領分ではない。
しかしレックスの先発ローテ陣、それをどう強化するか。
リリーフ陣にしても、確かに平良は余裕で、開幕までに間に合う。
だが三枚のうち一枚が欠けただけでも、リリーフ陣は力が落ちる。
勝ちパターンのピッチャーが崩れても、そこを穴埋め出来る。
プロ野球の選手というのは、常に新陳代謝が起こっていなければいけない。
本当ならばいくら実力と実績が飛びぬけていても、直史がエースということに危機感を抱かなければいけないのだ。
42歳になるが、ようやくプロとしての実績は10年目。
勤続疲労が高校大学となかったからこそ、いまだに投げられているのでは、という分析はある。
高校時代はエースクラスのピッチャーが他に何人もいた。
そして大学時代は、土曜日に投げてはほぼ完全に勝っていたため、投げる試合がそもそも少なかった。
こちらも武史や淳が下に入ってきたため、あまり投げる必要がなくなっている。
練習ではいくら投げても、アドレナリンを爆発させる試合に比べれば、その筋肉の出すパワーは比べ物にならない。
むしろ練習で投げれば投げるほど、試合では精密さだけで抑えることが出来るようになった。
一度故障で引退しているが、保存療法で手術はせず、ブランクが大きいのに復活してきた。
とにかく経歴だけを見れば、訳が分からない存在だろう。
あれはもうなんでもありとして、普通にプロの選手を取っていかないといけない。
ドラフトで指名出来る選手というのは、もちろん限られている。
レックスはそちらでは、八人の選手を取ったのだ。
即戦力クラスと思えるピッチャーも、一人取っている。
だがこの育成から抜いてきたピッチャーは、プロの二軍戦になら、相当に投げているのだ。
球団によって選手の強化にかけられる予算は、当然ながら違うものだ。
だが今はサラリーキャップのないNPBの状況が、球団間の格差ではなく、歪みを生み出してしまっている。
福岡も素直に、一位指名や二位指名を育てればいいのだ。
しかし下手に育成上がりが支配下どころか日本代表にまでなってしまったため、期待するところがブレてしまっているようだ。
ここ数年、一位指名や二位指名で獲得した選手が、上手く育ちきっていない。
それでも去年は日本シリーズまで、ちゃんと進んで日本一になったのだ。
ただチームの選手事情を見てみれば、間違いなく歪な構造になっている。
球団政治まで加わってきて、こんないいピッチャーが流出してしまうわけだ。
鉄也は今年も、ドラフトに選手をピックアップしていた。
ただ現場の注文と、編成のデータ、また球団政治の力関係などもあると、上手く強化できないということもある。
そのため他の球団をクビになったり、あるいは飼い殺しにされる育成選手を、上手く取ってくることも重要だ。
タイタンズも球団の予算が潤沢なため、三軍を持っている。
それなのにタイタンズも、上手く補強が機能していない。
同じ関東のチームなら、タイタンズからも上手く選手を引き抜くことは可能だ。
ただそういうことは選手がアマチュアの時代にでも、ある程度は接触がないと難しい。
プロアマ規定で、指名がどうこうではなくて、チームの監督が教えてくれたりする。
そしてどれだけ期待しているかなど、指導者からは伝わっていくものなのだ。
今年のレックスは連覇を狙っている。
ドラフトではとりあえず、ピッチャーメインだが野手も取っている。
外野の選手やサードあたりが、固定化していないのがいいところだろうか。
なんだかんだレックスは、完全に守備的なポジションが、センターしかないのだから。
もちろん選手がシーズン中、故障することは考えている。
それに緒方などは、徐々に数字が落ちているのも確かなのだ。
安定感のあるベテランが、まだ動けるうちに若手を育成する。
球団としてはその新陳代謝が、上手くいっていないと困る。
このあたりスカウトは、二つの感情の狭間に立たされることになったりもする。
自分が発掘してきた選手が、長く活躍するのは喜びだ。
しかしいずれは衰えることを考えれば、そのポジションを脅かす選手を取ったりもする。
多くのプロ野球選手は、やりきって引退などということはないのだ。
ほとんどはまだやれると思いつつ、新しい戦力によって追い出される。
もちろん実際は、30代半ばぐらいまでもやった選手や、タイトルを取った選手に対しては、引退後のポストを用意したりするのだが。
勇退という言葉がある。
確実にもう、パフォーマンスが落ちてくれば、戦力外になることはある。
それでも充分にタイトルなどを取れば、完全燃焼したという扱いになるのだ。
ほとんどの選手は、それを待つこともなく、30歳までにはクビになる。
だから青砥は、充分にやり遂げた選手であるのだ。
緒方についても、かなり微妙なのだ。
毎年少しずつ、その成績は落ちてきている。
だが必死で力を維持しようとしていて、守備に走塁、そして打撃のバランスがいい。
若手との併用が、今年は多くなるかもしれない。
ただセカンドというポジションは、内野の全体の中で、判断力が必要なところでもある。
ショートを左右田に譲って、セカンドにコンバートされたこと。
これは確実に緒方の、選手生命を伸ばしたと思う。
ショートの運動量は、それだけ過酷なものだ。
キャッチからの体重移動など、膝への負担がかかったりする。
緒方よりもさらに年上で、スーパープレイを連発する大介は、もう人間の範疇にないと言ってもいいだろうが。
冷静に選手やチーム事情を見る鉄也であるが、直史のことだけは分からない。
偶然の故障などであったならともかく、果たして何歳まで通用するのか。
ピッチャーは何歳までが、果たして通用するのか。
パワーピッチャーの寿命は短いとも言われる。
直史がよく比較されるマダックスなどは、41歳のシーズンまでは、確実に戦力になっていた。
42歳のシーズンも、33試合に先発し、200イニング近くを投げている。
他にランディ・ジョンソンも、46歳まで投げている。
日本にしても50歳まで投げたピッチャーはいるのだ。
40代後半で、それなりの戦力にはなっていた。
直史の場合にしても、去年は確かにキャリアワーストではあったろう。
だがそのキャリアワーストが、他のNPBのピッチャーの最高のシーズンと、ほぼ等しかったりするのだ。
絶対的なエースが一人だけいても、チームが優勝出来るわけではない。
そんな野球の常識に、上杉や直史は喧嘩を売ったようなものだ。
ただこの絶対的なエースがいる間に、レックスは若返りを考えるべきだ。
ショートとキャッチャーが同時に埋まり、あとの問題はピッチャーである。
先発はあと数枚、ローテ候補に入れていいだろう。
そしてリリーフにしても、誰かが故障することは考えておくべきだ。
七回からはリリーフが抑える、というのが首脳陣としてはありがたい展開だ。
六回まで試合を崩さず投げてくれることが、まずは大切なのである。
ただ五回まで投げた時点で、悪い感じがすることもあるだろう。
そういう時に六回を投げられる、もう一枚のリリーフがいたら嬉しい。
チームとしてはおおよそ、戦力の補強は出来たと思う。
しかし監督の方針によって、必要とされる選手は変わったりするのだ。
野球に関してはそれでも、まだある程度の需要は決まっている。
サッカーなどだと監督の方針によって、選手の出場時間が完全に変わる。
そのためサッカーは、野球などよりもずっと、移籍が多くて簡単なのだろう。
レックスはなんだかんだと、いつもそれなりのチーム体制は出来ているのだ。
それでも上手くいかないのは、主力の離脱などが多い。
チームスポーツであるのだから、一人が欠ければそこを埋めればいい、という単純なものではない。
周りとの連携が、特に守備などは重要になってくる。
そして優勝するチームというのは、特別な誰かが引っ張っていく必要がある。
本当はそれは、監督の役目であるのかもしれない。
しかし監督だけでは、足りない部分もある。
また今のレックスの場合は、直史が特にキャプテンシーなどは発揮していないが、とにかく絶大な安心感を首脳陣にも選手にも与えている。
途中で引退していたが、単純に長さだけでは、一番の付き合いになってしまった。
そんな鉄也の、最後になるかもしれない仕事は、その子供世代をレックスに持ってくることだ。
昇馬と司朗、共に10年に一人レベルの才能である。
今の時点でそう言われているが、鉄也は冬の対外試合禁止期間でも、息子から司朗のことは聞いていた。
秋に比べれば完全に、パワーが一段階以上上がっている。
既に充分長打力はあったのだが、さらにそれが上がっているというわけだ。
ただそうなると、故障もしやすくなっている。
そこを上手く育てて、プロに送るか大学に行かせるまでが、指導者の仕事だとは言ってある。
息子が高校野球の指導者になるというのは、鉄也にとっては自分にとってもプラスであった。
だがジンの高校野球の指導者になるという選択は、かなり難しいものではあるとも思ったのだ。
帝都一に、特待生はともかく一般で進み、野球部に入れば、という考えはあった。
そもそも肩がよかったので、最初はピッチャーもやっていたのだ。
早々に適性はないと気づいて、キャッチャーにコンバートしたが。
白富東を選んだのは、高校野球のレベルであっても、強豪ならとても自分ではレギュラーになれないから。
白富東からなら推薦枠で、六大学や東都の大学へ推薦で行く枠がある。
そのあたりは強かだなと思ったものだが、まさか同学年にあんな化物が二人もいたとは。
運命的な出会いと言うべきだろう。
そして今、司朗を預かっている。
帝都一はここのところ、何人ものプロ野球選手を輩出している。
ただジン自身は大学を経由した方がいいのでは、という選手もいたりするのだ。
また高校野球などの短期間のトーナメントでは通用しても、プロのシーズンでは通用するのかどうか。
そのあたりの見極めは、親子で一緒にやってきた。
昇馬ははっきり言って、訳が分からない育ち方をしている。
正直なところ鉄也にとっては、直史や大介と並ぶ、底の見えない存在だ。
司朗はそれに比べれば、父親のパワーに母親の柔軟性などを、上手く遺伝で受けついだ。
おそらくここからパワーをつけても、関節が負荷を分散してくれる。
選手の育成というのは、本当にそれぞれによって別なのだ。
ジンは関節の駆動域などを見て、とりあえずパワーはミートで補うようにと言った。
高校野球でも低反発バットになってから、大学やプロで全く通用しない、ということはなくなりつつある。
甲子園でも何本も放り込んでいるのだから、今でも充分にパワーはある。
それでも本人としては、やはりパワーが欲しいのか。
鉄也の目から見ると、司朗はスラッガータイプではなく、トリプルスリータイプのバッターと思うのだ。
単純なスラッガーよりも、よほど珍しいタイプである。
そもそも純粋なアスリートとして、肉体の基本性能が優れている。
実際に子供の頃は、他のスポーツでも一番になっていた。
体操選手などには熱心に誘われたそうだが、それは両親が、特に母親が断っている。
遺伝的にあの両親から生まれたのだから、将来は大きくなるのが分かっていたのだ。
190cm近い身長に、やや細身に見える体格。
だが今の時点でもパワーは、充分にあると思える。
これは他のスポーツをやっていた時に、インナーマッスルが鍛えられていたからだろう。
体の使い方が上手い、何をやっても一流になっていたであろう、という感じのポテンシャル。
気をつけるのはその成長曲線が、どこで最大化するかということだ。
成長途中の過度な負荷は、特に関節部分に悪影響を与えることがある。
筋トレが悪と見なしていた昔の指導は論外だが、単純にパワーは筋肉を鍛えるだけではいけない。
それぞれの部分をしっかりと鍛えた上で、バランスよく連動させることが大事だ。
あとはプロのシーズン、143試合に出られるだけの、スタミナが備わっているかどうか。
昔の高校野球の無茶な練習などは、一つだけ良かったところもあると言っていい。
それはプロでもついていける、無茶な肉体の選手を選別していたということだ。
ただ大学に入って卒業する頃にやっと、成長期が終わるというのはおかしくない。
男性の身長の伸びは、23歳ぐらいまで続くとも言われているのだ。
それでは社会人までやってやっと、本格派するということでもなかろうか。
プロのシーズンに付いていきながら、さらに成長していく。
それよりは大学で、順調に育ててもらえる環境に行くのもいいのではないか。
あの昇馬の方がむしろ、そういう方向に興味を持っているというのは、鉄也にとってはちょっと意外であった。
本能的に生きているな、という印象が強かったのだ。
あの二人をどうやって獲得するか。
おそらくプロのスカウトで、あの二人と一番付き合いの長いのは、自分であるという自信はある。
また特に司朗に関しては、息子の監督するチームの選手であるのだ。
どれぐらい成長するかというのも、はっきりと分かってくる。
こっそりとプロである父や伯父に指導を受けていそう、という情報も当然ながら知っている。
鉄也はあくまでも、プロ野球のスカウトだ。
やることは選手を、しっかりとプロの世界に入れることである。
そのためにはぶっちゃけ、プロアマ協定などどうでもいい。
自分がやってさえいなければ、問題だとは思わない。
いや、自分でも普通に、息子の相談には乗っている。
綺麗ごとで、選手の可能性を閉ざしてはいけない。
そしてプロとして、選手を引っ張ってこなければいけない。
そもそも逆指名時代などは、裏金がものすごい勢いで横行していたものなのだ。
それに比べれば今のドラフトは、随分とクリーンだ。
なにしろ強行指名さえ、出来なくなってしまったのだから。
司朗も昇馬も普通に考えれば、ドラフト一位で競合して、クジを当てるしかないと思う。
ただ司朗はともかく昇馬は、行きたくない球団などは、はっきりと言ってしまいそうだ。
それに司朗については、あくまでも練習においてではあるが、簡単に直史を打っているという話を聞く。
そのあたりを考えると飛ばす力はともかく、打率や出塁率では、大介をも上回るのでは、という可能性さえ感じさせる。
もっともこの二人を、たとえスカウトに成功したとしても、今度はまたどこからか、面白い選手を見つけてきてしまうのだ。
スカウトの仕事の醍醐味というのはそこである。
そしてこの世から、才能のある選手がいなくなる、ということは絶対にない。
鉄也にとって会心のドラフトというのは、やはりいまだに直史を、社会人として指名させたことであろうか。
普通ならば地元のクラブチームに入っていたピッチャーなど、どれだけの経歴であっても取るのは難しい。
二年しかいなかったが、その二年で50勝をして、日本一を二度持ってきたのだ。
今はもう選手が、MLBに行くのが当たり前になってきた。
本当なら日本も、もっと年俸を上げてやりたい。
鉄也にしてもNPBならばともかく、MLBでは通用しないのでは、という選手が分かってきている。
通用しても一年か二年、という選手もかなり多い。
データを重視するという点では、MLBはNPB以上だ。
もっともその重視されたデータを、逆手に取っていたのが樋口や坂本であるのだが。
MLBはキャッチャーに、リードというのを求めていない。
だからこそ逆に、リードの出来るキャッチャーとして無双した、というのはある。
ただあの二人は、キャッチャーの中でも特に、頭脳派であったというのはある。
(今年の新人からは、どれだけのスターが出るのかな)
そう考える鉄也であったが、入団する前から微妙だな、と思っている選手も個人的にはいるのであった。
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