第204話 復活の新年

 年末、クリスマスが終わったあたりから、武史の家族も佐藤家の実家に戻ってくる。

 今年のアイドルは生まれてからまだ、四ヶ月ほどの赤ちゃんである。

 恵美理が第四子を産んだのは、ぎりぎりまだ30代。

 もっとも実家で育っていれば、シッターが主に面倒を見てくれる。

 むしろ赤ん坊の扱いは、佐藤家四兄弟を育てた祖母の方が、分かっているだろう。

 さすがに恵美理もオムツの替え方ぐらいは知っているが、田舎で赤ん坊の世話なども任された佐藤兄弟の方が詳しかったりする。


 次世代で一番年上なのは司朗だが、そのすぐ下には真琴と昇馬がいる。

 そして四人の子供を産んだ佐藤兄弟の母は、今では養子も込みで14人の孫がいるのである。

 とんでもない数だ、と現代日本の感覚なら思うだろう。

 しかし直史の祖母の世代であると、孫が20人という人間もそれなりにいたのだ。

 さらにそれ以前だと、成人する前にかなりの数が死んでいる。


 戦後の日本の、高度経済成長。

 それは日本の国民性などに求めたりもするが、もっと簡単な理由がある。

 つまり人口増加ボーナスである。

 戦前の富国強兵の意識が、まだまだ残っていた世代だ。

 五人や六人の子供が生まれることは珍しくなく、そしてその幼児死亡率が低下した。

 今では四人兄弟であっても、ちょっと珍しいぐらいになっているが。

 子供の数で言えば大介は、養子も含めて七人の父親である。

 今はもう花音は、ほとんど武史の家の子のようになっているが。


 少子化が著しい現代の日本。

 その理由はなんなのか、と理由を探してみれば、色々とそれらしいものは挙げられるだろう。

 だが根本的なものはやはり、社会体制の変化の失敗、価値観の変化を間違えたというところだろうか。

 晩婚化に伴い少子化となったというが、極端な話労働力が不足している。

 そのため女性まで働きに出なくてはいけなくなり、さらに少子化に拍車がかかっている。

 あとは結婚に対する価値観なども、悪い方向に変化があったと言っていいだろう。

 恋愛結婚至上主義によって、結婚観が一度変化した。

 そして経済的な理由によっても、また結婚の条件が変化した。

 しかし田舎のヤンキーの家などは、普通に早くに結婚し、子供もしっかりと複数生まれていたりする。


 男社会、などと今の働く現場のことは言われる。

 だが女社会、というのも昔はちゃんとあったのだ。

 井戸端会議であったり、近所の主婦がまとめて面倒を見たりと、家事は分担してまとめた方が楽になる。

 これが核家族化、孤立化によって難しくなっていった。

 結局人口の多さというのは、ある程度の力になるのは間違いないのだ。


 佐藤兄弟も子供の頃、近所の家にお世話になっていたことがある。

 もっともここは四人が、直史の指示に従っていたため、特に大人の手がかかることは少なかったが。

 いっそのこと金のある男が、第三婦人ぐらいまで持てる方が、少子化には歯止めがかかるのかもしれない。

 現実には絶対に不可能なプランではあるが。




 年末になれば翌日は、近所の神社に初参りに行く。

 この辺りは田舎ではあるが、集落のようになっているため、寺や神社が近くにあるのだ。

 母屋の方の座敷を二つ、襖を除いて大きな空間を作る。

 葬式も法事も、ずっとそこでやってきた。

 さすがに結婚式は、若者に合わせて専門の施設でやるが。

 ただたまに、実家で結婚式までやってしまう家もある。


 直史の家も祖母の時代までは、自宅で行っていたのだという。

 両親の代からは、ホテルでやるようになってきた。

 実際のところ直史と瑞希はともかく、武史と恵美理の場合は向こうの親戚や関係者も多く、ホテルでやるしかなかったが。

 大介とツインズは、結婚式自体がアレである。


 子供たちの世代も、こんな田舎まで関係者を呼ぶのは難しくなるだろう。

 そもそも結婚式をしない夫婦さえ多い時代だが、直史の子供たちの場合は、それはやるべきであろう。

 ただ微妙になりそうなのは、大介の子供たちである。

 両親と言いつつ、果たして産みの親の方の母親だけを出席させるのか。

 もちろん親戚枠には入るが、どちらが誰を産んだのか、自分たちでも分かりにくくなっているツインズである。

 大介としてはどうでもいい。ひどい話だが。


 大晦日になる前に、女衆が指示を出して、男衆は重い荷物などを運ぶ。

 そして掃除をするのだが、このあたりの指示を出すのは祖母である。

 まだまだ矍鑠とした様子を見せるが、それでもやはり老いは隠せない。

 死が近づいているのだな、と直史は感じることがある。

 人はいずれ誰もが死ぬのに、こんなにも悲しい。


 両親はもう仕事は定年となったが、直史が役員をする農業法人で、ボランティアスタッフとして働いていたりもする。

 体を動かしていないと、人間はすぐに動けなくなるのだ。

 自分の肉体の衰えは、訓練をすることによって、どうにか防げている直史。

 それでも昔の頃のような、無理が通用する年齢ではなくなってきている。


 お節料理まで作って、しっかりと日本の正月の準備をする。

 そして揃って紅白を見たりするのだ。20人以上の大人数が揃っている。

 さらにちょっと寄るだけだが、年始には親戚が来たりする。

 これでも昔に比べれば、親戚づきあいは少なくなったものだ。

 今では集落の親戚を除けば、よほど近い血縁以外は、あまり来ないようになった。

 正月までやっている仕事が増えたからだ、と直史などは言われることがある。


「紅白かあ。カノも将来はこういうのに出る?」

「興味ない」

 玲と花音のやり取りであるが、この二人は母親と違い、クラシックの路線からは外れているらしい。

 長女の沙羅の方は、しっかりとピアニストを目指しているのだが。

 直史が考える範囲では、音楽の世界というのはクラシックとポップスでは、明確な違いがあると思う。

 もっともそれは、ピアノを習っていたことがあるとはいえ、門外漢の直史には、あまりはっきりとは言えないものだが。

「永劫回帰出るまで暇だな~」

「最近は本当に売れてるバンドとかミュージシャン、あんまり出てないだろ」

「ナオ伯父さん、音楽って聴く?」

「……最近のはあまりな。だいたい高校時代で止まってる気がする」

「そういう人多いみたいだよね」

 ちなみに瑞希の両親などは、ジャズかクラシックしか聴かない。

 恵美理とは話が合うが、あまり会う機会がないのだ。




 お節の他には餅も、既に作成は終了している。

 これは本当に祖母にしか出来ない、熟練の手つきである。

 年に一度だけ使われる、餅の製造機。

 たださすがに佐藤家でも、臼と杵で餅をついたりはしない。


 やろうと思えばパワーのある野球選手と高校球児が、しっかりといたりする。

 だがさすがにもう、時代が違うとは言える。

 蔵の中にしまってはいるが、ほとんど骨董品扱いだ。

 ただ捨てるにしては、古くから伝わりすぎているので、それも出来ない代物だ。


 ぼんやりと紅白を見ながら、蕎麦を食べたりする。

 お気に入りのミュージシャンが出てきた時だけ、しっかりと画面を見る。

 アイドルグループが多いものであるが、昔に比べれば紅白も視聴率が落ちたものだ。

 それでも充分に高いのだが、両親が子供の頃に比べても、知らない曲ばかりになっているという。

 直史としては興味は全くないが、家族で過ごしている時間は心地いい。

「そういや大介、昔この審査員やったことあったな」

「あ~、去年もそんな話はあったんだけどな」

「え、お父さん、芸能界に伝手あるの?」

「その年の有名人を呼んだ中の一人だな。芸能界には……」

 大介の視線に、恵美理が答える。

「そうね、ポップスの業界にも何人か知り合いはいるけど」

「そもそも私の遺伝子上の母親が」

 花音の出生の秘密については、特に隠されているわけではない。

 もちろん変に勘繰られるのも嫌なので、身内以外にはあまり話さないが。


「沙羅ちゃんはコンクールに色々出てるよね?」

「私はクラシックが主だから。次のショパンコンクールが一応大目標かな」

「それって凄いの?」

「若手にとっては凄い」

 現役の野球のスーパースターがいても、音楽の方に話がいく女性陣。

 ただ真琴はやはり、野球の人間だが。

「マコちゃんもテニスとかゴルフとか、個人競技の方が良かったんじゃないの?」

 そんなことを言う大介の娘は、ダンスなどをやっていたり、格闘技をやっていたりする。

「ダンスはともかく女子格はなかなか人気も出ないでしょ」

「俺はやっぱり心配だよ」

 さすがに大介もそこは、娘を持った父親ではある。


 空手だのレスリングだの、そういったあたりをやっているのは、やはり母親の血であろうか。

 武史のところは司朗以外、音楽の道に進みつつある。

 司朗にしても子供の頃は、それなりに楽器を触ったりしたのだが。

「あ~、紅白終わった」

「眠っちゃった子達どうする?」

「あの、私が留守番していましょうか?」

「恵美理さんはいた方がいいか」


 そのまま年が改まるタイミングで、近所の神社へと向かう。

 このあたりは神仏習合がなされておらず、神社は1000年以上の歴史があったりする。

 こんな山際の集落にと思わないでもないが、昔は今の三倍以上の人口がいた。

 川の流通も使えたため、それなりに米を運ぶのも簡単であったのだ。 

 また山の幸なども豊富であったため、江戸時代に目立った飢饉も訪れていない。

 佐藤家は戦国時代、違う名字で豪族であったりもしたし、さらに遡れば源平の先祖にもなる。




 直史はこのあたりは、農業法人の事業をメインに考えている。

 地理的なことを考えても、工場などを誘致するのは無理だと思っているからだ。

 江戸時代などは峠道があって、一度山の集落に入ってから、向こうの土地に抜けていたりもした。

 ただそこまでやって法人化しても、果たして将来性があるのかどうか。


 この集落近辺の農家が、法人化して楽になることは確かだ。

 しかし少子化によって、集落の人口自体が減っている。

 実際のところこの事業によって、収入などは下手に街で仕事を探すより、利益は出せるようになっている。

 そもそも国の農業支援というのが、かなり大きなものであることもある。


 インフラにしても充分、車で移動することは出来る。

 おそらく今後も30年ぐらいは、これでどうにかなる。

 ただ新しく生まれた人間が、ここに残ってくれるかどうか。

 直史自身が仕事の関係上とはいえ、今はここから遠い土地に住んでいるのだ。

 過去の日本列島改造計画。

 あれは人口が増加している時だったからこそ、出来たものである。


 直史はここで死ぬかどうかはともかく、ここの墓に入る。

 だが小学校も中学校も、直史のいた頃よりさらに、人口は減っている。

 一応はバスがあるので、そのうち統合されるのでは、という話も聞いている。

 一つ事業を作っただけでは、その土地を守ることは難しい。

 しかし直史の考えとしては、人口が都市部に集中しているというのは、やはりまずいことなのだ。


 ネット環境は重要なものである。

 それが存在していれば、リモートワークが可能になる。

 出勤への時間がそのまま、他のことに使えるようになれば、生活は楽になると思うのだ。

 ただこのあたりは幼稚園にしても、寺が副業のような形でやっている。

 法人格としてやっているため、しっかりと利益が出しやすくなっていて、人も集めやすいのだ。


 ただ田舎というのは、いいことばかりでないのも本当だ。

 村八分というのはさすがにないにしても、村社会というのは残っている。

 ちょっと人間関係がこじれたら、どう解決していくのか。

 一応は祖父が亡くなった今、祖母がこのあたりの一番の顔役ではある。

 また父の代にしても、それは問題ないだろう。

 直史もこちらに戻ってくるなら、元地主ということもあって、敬意を払われるだろう。

 オラが村の英雄であるからだ。


 ただ瑞希の両親も、もう70歳ほどになる。

 検事や裁判官と違って、弁護士には定年などない。

 なので今も元気に働いていて、特に健康に問題もない。

 直史の方の両親も、元気は元気である。

 祖母はさすがに年齢が年齢なので、いくら元気に見えても心配ではあるが。


 年を重ねるということは、こういうことまで考えるということなのだ。

 真琴や明史は、この家は田舎であって、実家という認識はない。

 二人とも千葉の中でも、そこそこ街の中で育っていて、特に明史は東京に出る予定だ。

 直史が整備した法人や、また田舎の実家について。

 あるいはこの土地の顔役の立場など、明史には務まらないだろう。

 頭はいいが明史は、運動のコンプレックスなどがあったため、ちょっと難しい性格をしている。

 分かりやすい反抗期になってくれていれば、まだマシだったのかもしれない。




 大介の家の方は、逆に放任に近い。

 そして今、直史の実家では大介の家族が暮らしている。

 昇馬はこのあたりの山々について、もう直史よりも詳しくなっているかもしれない。

 あるいはこのあたりの顔役は、昇馬あたりがいいのかもしれない。

 彼もまた千葉県の英雄ではあるのだ。

 甲子園は直史はほとんど見れなかったが、この家から白富東に通っている昇馬は、まさに実家に近所の人が集まって、試合の様子を見ていたらしい。

 夏休みとはいえ平日の昼間から、おっさんや爺さんが野球を見ていたのだ。


 かつてほどの人気はないと言っても、高校野球はそういう楽しみ方が出来る。

 また今年は日本シリーズも、随分と千葉では盛り上がった。

 フランチャイズのマリンズは優勝出来なかったが、直史がここで優勝を決めたというのが、千葉県民にとっては重要であったのだ。

 もちろん野球に興味のない人間も、たくさんいることはいるのだが。


 スタープレイヤーの存在が、その競技の知名度を高める。

 誰にも出来なかったことをすることは、人間の限界を高めることであり、尊いことだ。

 その中で直史は、球速がとんでもないわけではないし、大介のようにホームランで飛距離を出すわけではない。

 それぞれのボールは、誰かが投げられるものである。

 しかしそれを組み合わせて、誰にも出来ないことをやっているのだ。


 昨今は高校野球についても、フィジカルを高める練習は普通にやっているが、同時に変わらず緻密な野球はやっている。

 また直史を目指す技巧派のピッチャーはいる。

 ただ直史の甥である昇馬が、完全なパワーピッチャーであるというのは、ちょっと皮肉かもしれない。

 しかし娘が県大会では投げているし、甲子園でもキャッチャーをやっている。

 このあたりはやはり、頭を使って野球をやっているという認識なのだろう。


 直史は大学入学後、ほぼ実家では生活していない。

 野球をやっていなかった時期も、市内の方の事務所近くにマンションを借りていた。

 それでも連休があれば、実家に戻ってはいた。

 子供と一緒に休みをすごすというのは、彼にとっては当然の未来像ではあったのだ。

 もっとも真琴も明史も、心臓の病気で苦労したが。


 瑞希の遺伝子には、疾患というわけではないが、50人に二人程度しかない、ちょっとした特徴がある。

 そこから少しだけだが、遺伝子由来の疾患が出る可能性はあった。

 だが三人目の子供は、特に何も問題なく元気に育っている。

 この子は幾つか習い事をさせたが、野球に興味を持っている。

 父親がテレビに映っていれば、それだけで凄いことと思ってくれる。

 そんな単純な感想をこそ、直史は求めていたのだが。


 彼が本格的に野球をやるような年齢になれば、さすがにもう直史は現役を引退しているだろう。

 義父の事務所を継ぐつもりではあるが、休日にでもなれば野球を教えてやってもいい。

 アメリカの父親が息子に教えるのは、キャンプでの火の熾し方と、釣りとキャッチボール。

 今どきキャンプや釣りはともかく、キャッチボールは教えてもいいであろう。

 もっとも子供が高校野球をやると、プロアマ協定で堂々と教えることは出来なくなるが。




 年が明けて、新年がやってきた。

 直史としては復帰してから、三年目のシーズンとなる。

 通算としては、プロ10年目。

 早ければ高卒や大卒がクビになる年齢で、ようやくプロ入りした。

 そして相当のスタープレイヤーでも、さすがに引退という年齢で、また復帰したのだ。

 ついでに思われるかもしれないが、地元に貢献することはしている。

 また野球を通して生み出された人脈は、今の直史のやろうとしていることを、全て後押ししてくれる。


 結局直史は、単純に野球が好きで、故郷が好きで、家族が好きなのだ。

 そのために日本という国自体も、守らなければいけないと思う。

 この冬も昇馬は、山々を歩いては罠にかかった害獣を駆除するのを手伝っていた。

 勘違いする人間が多いが、山というのは人間の手が入らなければ、しっかりとは管理出来ないものなのだ。

 江戸時代が終わっても昭和の初期ぐらいまでは、しっかりと手が入っていた。

 そのため害獣の数なども、ある程度は抑えられていた。


 別に昔が良かった、ということを言いたいわけではない。

 単純に生活環境などを言えば、今の方が直史の子供の頃と比べても、色々と便利ではある。

 上杉や樋口などと話せば、何が悪かったのかというのは、だいたい分かってくる。

 一番純粋な問題は、人口構造であるのだ。


 若者が結婚して、子供をたくさん産める環境を作る。

 しかしそもそもの価値観自体に、子供がいて当たり前、というものを疑うことすらあるのだ。

 直史としては弁護士として、子供が生まれないことなどによる、離婚案件も受けたことがある。

 単純に子供がいないだけであれば、それこそ養子という手段もあるであろうに。

 基本的に両親が揃っていれば、ある程度の経済状況で、養子を迎えるのは難しくない。


 ただ自分の周りは、子供がたくさんいる家庭が多い。

 あとは嫁さんが美人であったり、男が金持ちであったりと、単純に需要と供給が一致している。

 そのあたり周囲の同調圧力であっても、結婚して子供を持つということが、社会としては重要なのだと政治家の立場からは分かる。

 もっとも弁護士としては、そういった価値観に縛られすぎるのも、かえって不幸になると思うが。

(とりあえず今年は、明史が志望校に合格できますように)

 それを第一に考え、あとは家族の健康を願う直史であった。

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