第199話 新監督
レックスの次の監督は、既にある程度候補は絞られていた。
いずれは豊田がとは言われているが、まだ40代の前半というのは若い。
コーチの経験か二軍監督あたりをやってもらって、それからの話になる。
そして公表された名前は、なるほどと思えるものであった。
60代の貞本からは、およそ10年ほど若い。
レックス一筋ではないが、しっかりとレックスでも結果を残していた、西片が監督となったのだった。
首脳陣もおおよそ若返る。
そんな中で豊田は、コーチとして残留した。
実績を残しているだけに、ブルペンだけではなくピッチングコーチとしても兼任。
もっとも試合となればやはり、ブルペンを任せられることになったが。
「ライガースと取り合いにならなかったのかな」
直史はふと呟いたものであるが、そもそも西片は関東の出身であったはずだ。
だからこそレックスに、FAでやってきたのだし。
来年のレックスは、首脳陣の体制が大きく変わる。
直史としては知っている顔なので、少しは安心だ。
好打のリードオフマンとして、ライガースとレックスで活躍した西片。
引退後には解説者などもしていたのは知っている。
少し二軍の監督などもしていたはずだが、フロントにも入っていなかっただろうか。
編成に入ってスカウトもしていたはずだ。
そしてまたユニフォームを着ることになった。
考えてみれば複数のチームを渡り歩いているというのは、それだけ接点が多くなっているということでもある。
タイタンズなどは長らく、生え抜きの選手ばかりを監督としてきた。
しかしそれでは、もう通用しなくなってきたのが、ここ最近の凋落に結びついているのだろうか。
変化を恐れるようになれば、人も組織も弱くなる。
少なくともレックスは、そのあたりは柔軟だ。
変なこだわりを持っていれば、勝てなかったからだとも言えるであろうが。
任期が切れたとはいえ、日本一になったチームの監督が代わる。
フロントは貞本に対して、慰留の声などはかけなかったのだろうか。
かけたかもしれない。
ただ貞本としては、優勝争いをするようなチームで、試合の采配を取るのは苦しい、とこの二年は思っていただろう。
ピッチャーがフォアボールでランナーを出すたびに、寿命が一日縮んでいくのがプロ野球の監督だ。
直史を抱えた上でシーズンを戦うしんどさを、きっと感じていたのだろう。
西片としては数年ぶりのユニフォームで、しかも一軍の監督である。
自分が現役であった頃、新人であった緒方などが、まだ残っている。
直史がいるという時点で、おおよそ20勝は期待できるだろう。
レックスの今年のドラフトも見た上で、西片は監督を引き受けた。
投手陣がしっかりと機能すれば、少なくともクライマックスシリーズまでは進めると考えたのだ。
ただ、直史がいる。
プロにおいてはほとんどの年、所属しているチームをチャンピオンまで導いてきた直史。
MLBでもワールドシリーズに五回出場し、四回はワールドチャンピオンになっている。
つまり去年の日本シリーズに進出出来なかったのが、一番プロとしては悪い成績であったわけだ。
西片から見ても、貞本は凡庸ではあるが、それほど悪くはない指揮官だと思っていた。
それが散々に叩かれていたので、確かにちょっとは躊躇したものなのだ。
しかし結局は引き受けたのは、やはり大介の成績の低下による。
三冠王ではあるが、ホームランの数ははるかに減少した。
そのあたりを計算し、レックスの戦力の低下はほとんどないと判断したのだ。
だからこそ引き受けられた、とも言える。
西片もまた、比較的選手寿命の長いプレイヤーであった。
30代の半ばになっても、チームの主力として活躍。
とにかく外野を走るプレイヤーであったのだ。
打力が落ちてからも、守備固めや代走としては、充分に通用していた。
それでもいつかは、限界が来るものなのだ。
樋口が去った後に、直史は首脳陣を確認する。
自分より年下のコーチがいたりして、それもちょっと驚いたものである。
基本的に日本のプロ野球は、コーチまでならまだしも、監督となると選手としての実績が必要になる。
逆にコーチは20代であっても、いきなり抜擢されたりするのが最近の状況だ。
直史にとってはコーチというのは、基本的に自分には必要のないものだ。
選手としてのあり方、ピッチャーとしてのあり方が、根本的に他とは違いすぎる。
他には来年のオープン戦で、青砥が一試合だけ引退試合をする、という話も伝わってきた。
そして球団職員として、ポストを用意されているのだ。
直史は青砥に関しては、そこそこ認識している。
先発としてそれなりに長く投げて、100勝に到達しているのだ。
年俸もそれなりに貰っていたのであろうから、野球以外のことも出来たであろう。
しかしやはり野球に関わるらしい。
人格的に明るく、人当たりも良かったので、スタッフとしては悪くない人選だ。
ただ青砥にとりあえず期待されているのは、南関東地区のスカウトであるらしい。
確かに出身にしても、ずっとレックスにいたことから考えても、そこは地元と言えるであろうが。
そろそろ鉄也がさすがに、スカウトも引退する年齢になってきている。
定年後の年齢であり、一年ごとの契約で働いているのだが、いまだにその才能を見抜く目は鋭い。
そのノウハウをどうにか、他の人間に伝えることが出来ないものか。
レックスはかなり本気で、それを考えているのだ。
新陳代謝が起こるのは、何もチームの現場だけではない。
編成もそうであるし、一般の職員もそうである。
今年のレックスはドラフトで、支配下指名の選手を八人取った。
そして青砥以外にも、引退というか戦力外になった選手は、10人もいる。
クビになった選手が多いではないかと思われるが、そこは色々と手段があるのだ。
FA移籍や外国人獲得など、そういった派手な金銭の使い方だけではない。
他のチームをクビになった選手に、目をつけていたりもする。
また外国人を取る前に、トライアウトというものもあるのだ。
レックスをクビになった選手で、まだ年齢が若く怪我などもしていなければ、そちらに参加したりもする。
このあたり直史には、どうにも理解しがたいのだ。
それは直史が、プロ野球選手という職業に対し、そもそもヤクザに似たようなものだ、という極端な偏見を持っているからであるが。
ヤクザはさすがに言い過ぎであるが、将来性が不安定なことは間違いない。
だからこそ直史は、プロ入りを人生の選択には入れなかったのである。
既にセカンドキャリアが決まっている今だからこそ、逆に安心してプロで活動できる。
つくづく直史という人間は、異例な存在なのである。
来年の戦力について、レックスはちゃんと考えている。
貞本は年齢的なこともあり、三年の任期で勇退。
最後に日本一になれたのだから、何も悪いことなどはないであろう。
西片とは事前に、ちゃんと話はしてある。
そして現場から見て、どういった選手が必要なのかを、ちゃんとフロントは編成陣に共有しているのだ。
まずは何がなくともピッチャー。
平良が問題なく、来年までには充分復活しそうなのはありがたい。
ただ緒方はポストシーズンで怪我をしたのを除いても、そろそろ後釜を探さなければいけない。
来年一年ぐらいはかけて、しっかりと二軍で育成する。
そもそもは最初、左右田をその枠として取ったのだが、下位指名にかかわらずオープン戦から結果を出し続けた。
社会人からのプロ入りなので、ある程度は期待していたのは確かだ。
しかし迫水と共に、大当たりであったのは嬉しい誤算だ。
上位指名でピッチャーを、特に先発のローテを埋められそうなのを確保する。
実際のところは即戦力といっても、本当にいきなり通用するようなピッチャーは、なかなかいないものだ。
大卒と高卒を上位で二人指名し、内野の野手をその次に、そしてまた期待枠でピッチャー。
とにかく西片の時代と比べても、ピッチャーが足りないようになっている気がする。
確かに昭和の時代に比べれば、ピッチャーの無茶な運用は少なくなっていった。
それでもピッチャーの高速化は進んでいって、つまりパワーが増すということは、そのまま故障する可能性も増えているのだ。
実際のところプロのレギュラーシーズンでローテを守るピッチャーなど、アマチュアでは分からないのかもしれない。
しかしピッチャーはとにかく必要なのだ。
今年もピッチャーを上位で確保して、野手は素材レベルを下位で指名した。
このあたりは西片も、GMに話してはいる。
もっとも今年は珍しく、高卒スラッガーに複数球団が群がった年であった。
ここ数年は高校野球が、また少し盛り上がってきている。
スターの存在というのは、それだけ世間から求められるものなのだ。
神崎司朗が一年生四番として、帝都一を夏春連覇に導いた。
しかしその次の夏、白石昇馬が一人で全試合を完封した。
秋季大会では怪我もあって、昇馬は関東大会で破れている。
だが高野連は観客を動員するためにも、絶対に白富東は選抜に入れるだろう。
そもそも関東ベスト4なので、問題なくセンバツには出場するはずだ。
西片は社会人からプロに入っているが、少なくとも昇馬は既に、プロレベルのピッチャーだと思う。
今の夏の甲子園で、全試合を完封するなどというのは、ちょっと他にいないからである。
しかも球数制限に引っかからないよう、最後まで投げぬいた。
上杉などは球数制限で、最後の夏は不完全燃焼であったのだ。
高校野球の人気というのは、プロ野球とはまた違ったものがある。
今は高卒だとまだ体が出来ていないなどと言われることもあり、確かに野手で一年目から活躍する選手は少ない。
ただピッチャーはそれなりに、一年目から活躍する者もいる。
実際に西片がこれから就任するレックスは、高卒でしかも育成であったはずの大平が、相当のホールドを記録している。
西片からすると、なんじゃこれはという感じである。
ピッチャーをしっかりと揃えて、あとは打撃の強化であろうか。
レックスほどセンターラインが、打てる選手で揃っているチームは、他にないと思う。
その割にはあまり、得点力が高くない。
これは前任の貞本が、石橋を叩いて渡るタイプであったからだ。
そのため最低限の点を取っていくという攻撃のパターンを使っていた。
ここをどうしていくかが、おそらく来年の一番の課題である。
レックスで打力の低いポジションは、センターとレフトである。
センターはまだ守備範囲の広い選手を置いているので分かるが、本来はレフトなど、打てるバッターを置くポジションだ。
またサードなども守備力による貢献度を考えれば、もうちょっと打てるバッターを入れておきたい。
そこもまた貞本が、守備力を重視した結果となっている。
もっともそうやってベンチに打てるバッターを置いていたため、代打として出せたものである。
あとは今年のポストシーズンでは、代走が試合を決める働きをしたりもした。
戦力のバランスを、考える必要がある。
日本一になった翌年だけに、スタメンを変更するには勇気がいる。
だが少なくともオープン戦では、打力の高いバッターに、もっと機会を与えて行きたい。
バッティングコーチの坂口は、年齢が比較的若いこともあるが、そのまま慰留されている。
彼はかなりコーチとしての仕事をしたのだが、貞本とは方針が合わなかった。
この時期はまだ、一部の戦力の契約更改が終わっていない。
他の選手の中で、トレードに出してもいい選手など、いたりはしないだろうか。
レックスでは代打が主であったが、スタメンに入れていいのでは、というバッターもいる。
むしろ他のチームに行けば、活躍してしまいそうな感じさえする。
それを飼い殺しの状態にしていた、とも言えるのだ。
難しい問題なのだ。
それに日本一になったと言っても、その功績の半分近くは、直史にあると思う。
九人でやるスポーツで、さらに先発はローテーションなのに、それだけ直史の貢献度は突出している。
一人で20個以上の貯金を作る先発が、多くの完投までしてくれている。
貞本が優れていたのではなく、戦力が充実していた。
それが正しい見方なのでは、と西片は思うのだ。
「まあ、彼は異常ですから」
バッティングコーチ坂口は、このように答えている。
直史よりは少しだけ年上であるが、直史が復帰してきた年齢の時には、既に引退していた。
「チームバランス的に、もっと点が取れるスタメンにするべきとは思います」
そして守備力の高い選手は、終盤の守備固めで使えばいいのだ。
野球は点を取り合ったほうが盛り上がる。
ただ貞本の気持ちも、分からないではない。
直史が投げると、完封ぐらいは普通にやってくる。
それどころかノーヒットノーランやパーフェクトが、普通に毎試合のように機会がやってくるのだ。
そのためには少しでも、守備力の高いスタメンを用意したくなる。
直史が投げて勝てない試合など、首脳陣の采配ミスとしか言えない。
そこで攻撃ではなく守備に意識がいってしまうのが、直史の罪作りなところである。
ノーヒットノーランをエースに達成させたくない監督など、いるはずがないのだ。
特に貞本は、それなりにまだ思考が、古い野球に囚われていたことであるし。
先発のローテについても、色々と考えることはある。
まず何よりも、来年には42歳になる直史には、無理をさせるわけにはいかないということだ。
幸いと言ってはなんだが、三島はポスティングを断念した。
オーガストも契約は延長し、百目鬼までの四枚は、かなり勝てる先発が揃っている。
残りの二枚をどうするか、といったところだ。
西片は投手の運用に関しては、あまり専門ではない。
また豊田もリリーフ陣については分かるが、先発のローテにはそこまで詳しくはない。
だが少なくとも木津に関しては、今年の実績からしても、来年も試してみるべきだとは思っている。
勝ち運がついているというだけではなく、純粋にピッチャーとして面白いのだ。
さほど角度はついていないのだが、左バッター相手には強い。
西片が見ていて思ったのは、大平を先発で使えないか、というものであった。
本来はあそこまでフォアボールが多いピッチャーは、リリーフではなく先発向きである。
もっとも奪三振能力が高いので、リリーフとして使うというのも分からないでもない。
しかし豊田が大平を先発に回さないのは、今はまだ無理だと思っているからだ。
ストライクゾーンに入る程度には、コントロールもついてきた。
だが問題はその集中力なのだ。
「1イニング限定かあ」
「去年の落とした試合は、2イニング以上投げた試合が多かったので」
豊田の説明を受けて、改めて記録を確認する西片である。
あそこまでのポテンシャルを持ちながら、高校野球で実績が出来なかったのは、そういうことであるのか。
確かに言われてみれば、そうだろうなと思うところだ。
本来なら育成での二軍戦で、そういった経験を積ませていくはずであったのだ。
しかしキャンプのブルペンなどを見て、短いイニングで試してみたくなった。
実際にそこで成功したので、支配下登録されたわけであるが。
将来的にはセットアッパーではなく、クローザーとして育て上げたい。
そもそも適性で言うならば、セットアッパーよりそちらに向いているのだ。
上手く集中力をコントロールすること。
それが出来るようになれば、あの球速は間違いなく武器となる。
しかもサウスポーなのだ。
また平良なども短いイニングが向いている、などと言うタイプである。
意外とリリーフ陣の中では、国吉が先発に向いているのではないだろうか。
ただフロントの編成としては、ピッチャーを一枚外国人選手で、使おうかという話になっている。
確かに今はオーガスとクラウンが固定で、一人は時々試しては無駄になっている。
アメリカのマイナーから、日本向けのピッチャーを引っ張ってこれないだろうか。
MLBはNPBからピッチャーを引き抜いていくが、NPBはマイナーから選手を奪っていく。
そして日本流に染まって、MLBでは通用しなくなっていくということもあるのだ。
そもそも体力的に、MLBでは無理、という話は聞く。
移動も多ければ試合数も多く、それだけ体力が必要なのだ。
専用ジェットでアメリカの、広大な国土を動き回る。
マイナーの選手はバスで移動なので、余計に体力が必要であったりする。
それに年俸もおおよそ、日本の方が恵まれている。
期待値にもよるがマイナーの選手は、オフにはアルバイトをしている者もいたりするのだ。
日本ならば選手寮があるので、よほどのことがない限りはそんなことはしない。
もっとも日本でも、独立リーグなどは別の話だが。
まだキャンプ入りどころか、寮開きにさえも時間がある。
開幕までにはアメリカから、あるいは台湾あたりから、新戦力を取ってこれるか。
ただレックスは日本一になったため、ある程度の年俸が高くなっている。
そのため外国人をどんどんと試す、などという戦略は使えない。
新人にも即戦力として、期待しているピッチャーはいる。
また若手の中にも、去年の実績がそこそこであったピッチャーはいるのだ。
あるいはロングリリーフなどを、先発として持ってくるか。
とりあえず六回までを、しっかり投げてくれる先発がほしい。
勝ち星が確実につくわけではなくても、それだけで充分に計算が出来てくる。
プロ野球は全ての試合に勝てるものではないのだ。
だいたい六割ほどを勝てば、問題なくペナントレースは優勝出来る。
ライバルであるライガースも、打線に頼っているため安定感がない。
そういった比較をしながら、新チームの構想を考える西片であった。
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