第196話 日本一
高校、大学、プロでは日本一になっている直史である。
正確に言えば高校から大学、そしてプロにおいても世界一になっている。
ワールドシリーズ優勝だけではなく、WBC優勝。
そういったあたりの栄冠も全て、手に入れているのだ。
国内の大会で言うならば、U-15の大会はともかく、U-18以降は全ての大きな大会を、優勝していると言ってもいいだろうか。
取っていないタイトルは、社会人野球の全日本ぐらいであろう。
それでもその気になってさえいれば、間違いなく取れていた。
あらゆる栄光を手に入れた、と言っても過言ではない。
日本シリーズMVPとしては、二勝1セーブで当然のように選ばれる。
またシーズンMVPもおそらく、選ばれることは間違いないだろう。
それはもう少し先の話であるが。
直史が気にしたのは、それとは別のことである。
来年のレックスの戦力に関してだ。
直史が口を出すようなことではないが、日本シリーズ中にドラフトは終わっている。
レックスは競合で大卒の即戦力投手を逃してしまった。
もっとも本当に即戦力かどうかというのは、実際に投げてみないと分からないものなのだ。
一位指名で本命を取れなかった以上、外れ一位で大卒ピッチャーを獲得はしたが、二位でもピッチャーを指名していく。
高卒で都大会で破れはしたが、左腕として期待されているピッチャー。
早大付属の砂原が、レックスの二位指名である。
基本的にレックスは、素材型の選手はあまり取らない。
球団の収益などからも、それほど巨大なチームではないからだ。
また直史の年俸が、選手全体の年俸を圧迫しているとも言える。
高卒の二位指名は、基本的に大卒などよりも、やや契約金などが安い傾向にある。
レックスは先発に、サウスポーがほしいのだ。
サウスポーでこそなかったものの、変則派投手のサイドスロー青砥が引退する。
ポストシーズンで少し投げたのが、事実上の引退試合。
ただ来年のオープン戦で、正式な引退試合をやってもらえることになったらしい。
サウスポーの三島は、果たして今年、ポスティングを申請してくるのか。
そうなると先発に左腕がいなくなるので、どうしても左がほしいという理由はあった。
直史としては、今年のドラフトにはあまり興味がない。
重要なのは来年のことである。
どうにか司朗を取っておかないと、今後の数年は後悔することになる。
ピッチャーなどは先発は、中六日でしか投げないようなもの。
それよりも確実に、センターを広い範囲で守れて、しかも絶妙の打撃を誇る司朗を、なんとしてでも取っておいてほしい。
他のバッターはともかく、司朗との相性は、ひどく悪いのが直史なのだ。
今のところ司朗は、高校通算本塁打数は、そこまで突出したものではない。
だが公式戦での本塁打数が、練習試合に比べても多い。
また勝負強さという点でも、夏春連続で甲子園を制しているあたり、注目度は高いのだ。
高卒の野手がここまで注目されるのは、かなり久しぶりかもしれない。
さらに言うならあと一年、成長の余地がある。
日本一にはなったが、プロ野球関連の催しが、全て終わったわけではない。
ファン感謝祭などはあって、そちらには顔を出す直史である。
また沢村賞の選出や、各種タイトルの表彰なども、12月までには終わりとなる。
直史は実質的なオフシーズンのこの間、休養はほどほどに仕事を開始していた。
彼にとってプロ野球は、副業なのである。
本業は実業家であり、また政治家とのつながりを重視したりする。
特に来年は、衆議院議員選挙の予定。
上杉は野党の議員が選出されている、地元から与党公認として出馬の予定である。
直史は政治家にまでは、自分は向いていないと思う。
樋口などと同じで、秘書などの参謀タイプだ。
ただ直史は千葉の選挙区を、一つ潰してほしいなどと、言われたりもする。
もっともそれが可能になるのは、プロ野球を引退してからになるだろうが。
今年の直史の獲得したタイトルは、ピッチャーとしては最多勝、最高勝率、最優秀防御率の三つに沢村賞。
そしてシーズンMVPと日本シリーズMVPに、クライマックスシリーズMVPも受賞していたりする。
ただ満票受賞でないのは、大介が今年も三冠を取っているからだ。
投手と野手では評価基準が違うので、これも仕方がないだろう。
ただ最多完投も取っているので、最多奪三振まで取っていたならば、投手五冠で満票になっていたかもしれない。
大介は今年も、最多安打のタイトルは取れなかった。
それにしてもこれで四度目の沢村賞で、歴代単独二位に浮上である。
上を見れば上杉の記録が、あまりにも巨大すぎるものになっているが。
サイ・ヤング賞と合わせても九回目で、上杉の15回には到底及ばない。
もっとも上杉の沢村賞も、他のピッチャーでもいいのでは、という年が二回ほどあるのだが。
ただピッチングの内容を見るならば、やはり上杉であったろう。
彼はピッチャーとしてだけではなく、チームリーダーとしてのキャプテンシーが強かった。
直史も今年で、日米通算250勝を突破した。
しかしそれでも、歴代の数字には及ばない。
だが直史は、5シーズン以上投げたピッチャーの中では、シーズン勝利数が一位などになっている。
投げる試合の多かった、MLBでの30勝などが影響しているが。
そんな直史は例外的に、球団との契約更改を、先頭に入れてもらっていたりする。
直史の年俸が大きすぎるため、先に決めないと他の選手に使える金額が分からないのだ。
これでも去年よりは、成績は落ちている。
だが直史の年俸を下げるのは、ちょっと無理である。
実際に直史一人で、レックスの経済効果を上げているところはあるのだ。
日本一になったこともあって、今年は選手全体が上がるとも思われる。
ただ直史の場合は、年俸は据え置きである。
インセンティブがその代わりに入っている。
思えば復帰最初の年、最低金額でインセンティブもなかったのだから、あれは相当に安く直史を使えたことになる。
二年しか使えなかったが、ポスティングでもかなり儲けている。
そしてまた復帰しているのだから、総合的に見れば圧倒的に得であろう。
沢村賞の他、投手タイトルでインセンティブが加わる。
もっとも既に年俸が巨額のため、そのインセンティブはさほどのものでもないが。
一度は肘の故障で引退し、それから復帰してきた。
フィジカルのパフォーマンスは、さすがにやや落ちている。
特に今年はストレートの球速が落ちていた。
しかし本当に大切な時に、150km/hを投げてきたのだ。
また魔球であるスルーも、レギュラーシーズンはさほど使わなかったが、日本シリーズでは多投。
むしろ投げるのが厳しくなった、と思わせるためのような球種の変化である。
球団はむしろ直史と、来年以降の体制について、色々と話したがった。
なんといっても貞本の任期は、この年までであったからだ。
首脳陣についても、若返りを考えたいと思うのは当然だ。
本当なら球団フロントは、樋口にこそ監督なりの話を持っていきたかったのかもしれない。
ただ樋口はヘッドコーチとしてならともかく、監督としての適性は微妙である。
直史としては個人の選手である自分の意見で、首脳陣を決めるのはいけないと思う。
そもそもプロ野球界には、あまり知り合いはいないのだ。
正確に言うと、監督を任せられそうな人間は、とも言えるだろうか。
日本のプロ野球は監督に、どうしても選手時代の実績も求めてしまう。
ならばもう豊田でもいいのでは、とも思うのだ。
来年には42歳になる直史と、豊田の年齢は同じである。
ブルペンで豊田とは、2シーズンある程度過ごした。
先発である直史だが、豊田のリリーフを準備させる手腕は、かなり評価している。
またフロントとしても将来的には、豊田を監督に使うのでは、とも思っている。
直史の接点はとにかく、ピッチャーとキャッチャーが多い。
そして監督は基本的には、そのチームの出身選手が多く選ばれる。
あるいは実績を多く残していれば、出身以外のチームに行くこともあるが。
ただ監督としての適性などというのは、さほど変化はないものだ。
直史から言えるのは、誰を監督にするにしろ、豊田は先にブルペンコーチか投手コーチ、あるいは二軍監督として確保しておくことだ。
二軍で全体を見てから、一軍の監督になる。
これは昔から、それなりにあることなのだ。
ただ豊田を一度、二軍の監督にする。
そうすると一軍のブルペンを、統括する人間が必要になる。
いっそのこと引退する青砥あたりが、とも思ったりした。
青砥は基本的には先発であるが、リリーフ経験もそれなりに豊富だ。
もっとも引退したばかりの選手を、そのまま首脳陣に入れるべきか。
それに青砥とは、関係がそこそこあるから、悪くはないと思っているだけかもしれない。
本来なら選手と指揮官では、求められる適性が全く違うものなのだから。
分かっていたはずではあったが、レックスのフロントは残念だった。
貞本の後任の監督候補として、直史の名前もしっかりとあったのだ。
もっとも今の直史は、事業に関わっていたりもする。
試合に出場こそしないが、だからこそ日常が忙しいのが、監督という仕事である。
直史は元々、プロ野球にそこまで固執するタイプでもなかった。
純粋に野球は好きだが、別にプロにこだわっているわけでもない。
むしろフロントの方で、獲得した方がいいのかもしれない。
ただ直史は一度目の引退の直後、学生指導資格を回復していた。
つまりプロ野球にはさほど、興味がないということであろう。
そしてその洞察は正しい。
直史は日本のアマチュア野球、特に高校から大学までの問題を、よく知っている人間だ。
高校野球に関しては、例外的な指導者が続いた。
だが大学の監督は、まあほどほどに無能であった。
野球というスポーツに関しては、日本はその合理性においてまだまだ昭和の感触が生きている。
軍隊の教練の一環であった、とスポーツのことなどはみなされているのだ。
実際に今でも、一糸乱れぬランニングなどは、相手を威嚇するのに役に立つ。
しかし日本はおおよそ、海外からの影響で変化を遂げる。
起こらなくてもいい変化もあるのだが。
最近と言うほどでもないが、日本のプロ野球を巡る環境で、大きく変化しているもの。
それは社会人野球チームの減少とクラブチームの増加。
そして独立リーグの存在であろう。
かなりの人間が勘違いしているだろうが、独立リーグは本物のプロ野球である。
何が違うかというと、給料が格段に違うのが大きいが。
社会人野球いわゆるノンプロなどは、トップレベルであるとプロと変わらない。
ただ社会人野球が独立リーグ、あるいはNPBと比べて違うもの。
それは年間の試合数だ。
ピッチャーなどは当然ながら、どんなリーグであろうとローテーションの間隔はさほど変わらない。
だがノンプロと独立リーグやNPBを比べたら、圧倒的に試合数が少ないのだ。
そもそも働きながら野球をしてるので、当たり前と言えば当たり前かもしれないが。
またノンプロの場合は、練習試合や敗者復活もあるが、基本的にトーナメント制の大会が多い。
このあたり出力はあっても、耐久力の微妙な選手であれば、ノンプロでの方が活躍出来るのかもしれない。
あくまで野球をやるために、社会人に入ってきて、NPBを目指すという選手もいる。
だが社会人で入ってきて、そのままノンプロで引退し、引退後には普通に仕事をするという人間もいるのだ。
もっともこういったキャリアの野球好き人間には、監督やコーチの声がかかることも、かなり多いのである。
高校や大学の監督やコーチには、ノンプロ経験者がかなり多い。
実際社会人として、ある程度会社の中で働いた人間は、野球ばかりをしてきた人間より、視野が広かったりもする。
直史の契約が終わると、他の選手の契約もどんどんと決まっていく。
日本の場合は年俸について、推定金額となっているが、ほぼ間違いはなかったりする。
これがMLBであると、完全にオープンになっている。
日本でも普通に、年俸金額を言う人間は増えているが。
直史としては今年と同じで、ただしインセンティブ条件を増やしてもらった、というのみである。
マスコミは嫌いであるが、完全に敵に回すのも面倒だ。
ほどほどの情報は与えてやる。
あちらとしても直史が本気になると、ものすごいことをしてくるのは知っている。
なのでそこそこの関係を維持、というのが現状なのである。
そもそも直史はスキャンダルなど全くない人間だ。
せいぜいがあったとしても、夜中の赤信号の歩道を渡る、という程度のものである。
さすがにこれを記事にするほど、馬鹿なマスコミなどはいない。
基本的に直史は法律の徒であるが、完全な法律馬鹿でもない。
もっとも夜中の赤信号を、車で無視することはない。
それはリスクが高いからだ。
シーズンが終わってから直史は、地元の千葉であちこちを動き回る。
法人農家の大規模化というのが、今の直史の一番大きな仕事だ。
また年明けには明史の、中学受験も控えている。
このあたりさすがに、父親として息子を支えてやる用意はしてあるのだ。
とは言っても佐藤家でも、基本的に家庭を采配しているのは瑞希であるのだが。
レックスについての話題も、そこそこ入ってはきている。
おそらく今年、パーセンテージで一番年俸が上がったのは、大平であろう。
そもそも育成契約であったのが、序盤から一軍に合流。
ほとんどが一軍に帯同していたので、結果的には最低年俸に近い1500万程度にまでなっている。
そこから倍増以上の、3000万円で契約更改。
高卒育成が一年目から結果を出すというのは、あまりにも印象的なことである。
あとは緒方など、今年と同額を維持。
彼はそもそもがそれなりに高いので、年齢的にこれを維持できれば充分なのだろう。
最後の試合での怪我についても、特に問題ないと診断された。
二週間ほど安静にした後、しっかりと体を作っていく。
緒方も緒方の年齢なので、成績が前年度を維持できているだけで、充分とは言える。
もっともポジション的にも、新しい戦力はほしいところだろう。
緒方ほど安定して、バッティングから守備、走塁までのバランスがいい選手が、そうそうはいないだけで。
バッティングもだがより守備が重視されるセンターライン。
レックスはここにそれなりに打てる選手を揃えているから、強いのだとも言える。
だがパンチ力もちょっとは追加したい。
なのでドラフトでは、長打のある社会人なども指名していた。
それでもやはり、最優先なのはローテを埋めるピッチャーであろう。
一時期のレックスは、先発の六枚全員が、かなり勝率の高いピッチャーであった。
プロ野球史上最高とも呼ばれた、あの時代の先発陣。
またあの頃は勝ちパターンのリリーフも、圧倒的に揃っていた。
来年の課題はリリーフをさらに安定させること。
そして先発を固定させることであろう。
契約更改で一番評価の難しいのは、木津であろうと思っていた。
シーズン終盤まで一軍登録は一度もなかったのだ。
だが終盤の三勝によって、レックスはペナントレースを制した。
それも運のいい勝利ではなく、内容を伴った勝利である。
またポストシーズンも、直史以外に複数勝利しているのは、木津だけであるのだ。
変則的なサウスポーということはある。
体格的にまだ球速が伸びると思われていたのだ。
実際に球速は少し伸びたが、それ以上に結果が出ている。
青砥が引退することもあり、先発に入れるかリリーフで投げるかはともかく、支配下登録はすべきではないか。
問題はその年俸の評価だ。
さすがに一軍の最低保証額、というのは甘すぎるだろう。
しかし実績が少なすぎるというのも、確かなことなのだ。
よって最低保証よりちょっと上の金額で、しかしインセンティブをしっかりと付けた契約となった。
直史としては木津のようなピッチャーは、案外長生きする例があることを知っている。
それに先発が足りないというのは、確かなことなのである。
他には左右田や迫水などは、順調に上がっている。
そしてもう一人、契約の難しい選手がいる。
それはポスティングも噂されている、三島のことであった。
今年が26歳のシーズンで、ピッチャーとしてはまさに最盛期に近かった。
実際に24試合に先発登板し、15勝5敗。
157イニング、181奪三振 防御率3.19 奪三振率10.38 WHIO1.00
これは充分にエースとしての数字であるが、印象としてはやや弱い。
やはり同じチームに、直史がいるからそう思えてしまう。
ちなみに直史は218イニングも投げているが、奪三振率ではやや負けていたりする。
この数字は普通なら、ポスティングで手が上がるところだ。
ちなみに去年も15勝5敗であった。
しかしピッチングの内容自体は、去年の方がずっと上である。
食ったイニングの数が、今年よりも20イニングほど多い。
確かに今年は、ペナントレース終盤に、離脱してしまったことはある。
だが奪三振率も防御率も、やや悪化している。
年齢的にはまだ衰えるようなところではないが、それでも去年より落ちているとは言える。
防御率などは守備も関係しているし、勝敗も打線やリリーフが関係する。
しかし分かりやすい奪三振率と、WHIPの数字が悪化しているのは、もう盛りを超えたのだと思われてしまうかもしれない。
それでも日本人のピッチャーとしては、かなり上位のピッチャーに思える。
レックス全体が守備力の高いチームで、それの恩恵も受けてはいるのだろうが。
実は直史も、日本シリーズ後に少し、相談のようなものを受けていた。
なぜMLBに、たったNPBで2シーズン過ごしただけで行ったのか、また自信がそれだけあったのか。
もっとも直史はあの時、二年連続で沢村賞を取っていた。
また三島とは比べ物にならないほど、圧倒的な数字を残していた。
「俺は大介との決着をつけるつもりだったから、全く参考にならないと思うが」
直史としては、まず枕詞にそう付ける。
「絶対的な自信がないなら、行かない方がいいんじゃないかな」
ただこれだけだとなんなので、少しは付け足した。
「ポスティングすれば、興味を示してくれるチーム自体は出てくると思う」
三年連続で15勝以上をしているし、またその内容も悪くはない。
ただ去年より数字が落ちたというのが、どう評価されるかは問題かもしれない。
そもそも今のセ・リーグのピッチャーは、先発はポスティングに不利なのだ。
直史と武史がいるせいで、先発のタイトルが取れないのであるから。
もちろんこれは野手にとっての、大介の存在も同義であったりする。
最終的に三島は、ポスティング申請をすることなく、残留を決めた。
レックスが日本一になったことにより、年俸がややアップしたということもあるだろう。
そもそもメジャーに行くような人間は、どこか頭のネジが吹っ飛んだ、野球馬鹿でないといけない。
その意味では実は、直史だけではなく大介なども、他の理由があってMLBに移籍したものだ。
単純に実力だけというのなら、武史などが分かりやすいのではないか。
またNPBを経由せずにいきなりMLBに行った、坂本などもかなりのぶっ飛び具合だ。
ともあれこれで、レックスはほとんど戦力ダウンすることなく、契約更改を終了。
あとはドラフト指名した選手を、しっかりと契約するところに持っていくことだ。
ドラフトでは指名されても、順位縛りで下位指名なら行かない、などという選手もいたりするのだから。
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