第184話 波乱の第四戦

 この試合に負けたら、レックスは本当に後がない。

 しかも監督の貞本は、明日は木津でいくと直史に言ってしまった。

 第五戦を直史に投げてもらって、中二日で第七戦にも投げてもらう。

 そんなことも考えたりしたが、それでも直史に三勝してもらうことになる。

 六戦目までに試合が終わってしまえば、その第七戦もない。

 今日と明日は直史に、リリーフとしてクローザーの予定で調整してもらう。

 そして第六戦は、一日だけだが休みがあるので、そこに先発用の調整をしてもらう。


 はっきり言って無茶苦茶な起用であるが、これなら直史はいけると言うのだ。

 もっとも第六戦目までに決めなければ、第七戦はどうすればいいのか。

 それを考えた場合、貞本としてはこの運用が、成功であったとは思えない。

 だが正解と失敗というのは、結果からしか導き出されないものだ。

 レックスが日本一になったなら、直史を温存しておいて成功。

 そうでなければ失敗というわけでもない。

 単純に監督の選手起用の失敗ではなく、純粋に力量不足というものもある。

 レックスの先発投手は、重要な試合を落とすことが多い。

 確実に勝てる、直史という存在がなければ、当然ながらレギュラーシーズンも優勝は出来なかった。


 たった一人の選手に、これだけの試合を勝たせてもらったのだ。

 もちろん守備力の高さも、重要な点ではあったが。

 この時代のと言うよりは、全時代を通じても、最も支配的なピッチャー。

 単純にこの時代、他の選手のレベルが低かった、とは絶対に言えない。

 大介のホームラン記録や、上杉や武史といった170km/hオーバーの先発のいる中で、圧倒的に勝っていったのだ。

 もっとも圧倒的過ぎて、周囲には良くも悪くも、大きな影響を与えたのは間違いないが。


 直史はブルペンにいる。

 クローザーとして起用されると、その予定であるのだ。

 このクローザー用にメンテナンスされた思考を、負けたからといってすぐに、先発型に変えることは難しい。

 投げるのは第四戦と第五戦はクローザー。

 そして第六戦では先発と心の準備をしている。


 まさに野球というのは、メンタルスポーツなのだ。

 ここで先発やリリーフとして、器用に回していくこと。

 これはメンタルにかかるプレッシャーが凄い。

 直史でさえも今は、ちゃんと準備をしなくてはいけない。

 これが30歳頃の全盛期であれば、もっと力任せにやってしまえたのだろうが。




 実際のところ、ここで負けたら三連敗となる。

 初戦で勝ったことは関係なく、もう王手がかかっている状態だ。

 第五戦で投げる予定の木津には、大きな責任がかかってくる。

 ただ木津は今年、二軍から上がってきてから一度も、まだ負け星がついていないのだ。


 データが少ない軟投型のサウスポーなので、相手も苦労する。

 しかしもう四試合分のデータが集まっているので、分析はかなり可能になっているだろう。

 そもそも木津はライガース相手にも、直史以外で一勝しているピッチャーだ。

 他の先発陣と違って、勝ち運に恵まれていると言ってもいいだろう。

 もっとも軟投派でありながら、同時に本格派の要素も持っている。

 フォアボールが多くて、奪三振も多いという部分である。


 迫水としても、かなりリードには気を遣うピッチャーだ。

 あまりコースを指定することはなく、内角か外角か、あるいは高めか低め、そういった漠然としたものになる。

 しかしそれがかえって、バッターの読みを外すことにつながる。

 遅いストレートでも三振を取れるのだ。

 だが貞本としては、負ければ追い詰められる明日の試合、直史を置いた方が良かったのではないか、とも思う。


 ここも結局は、結果からしか正解が分からない。

 ただ負けたら終わりな試合になるなら、直史を使うのが当たり前にはなる。

 素人はおろかプロのピッチャーからしても、直史に投げさせるべきだと思うだろう。

 しかし直史のルーティンなどを、詳しく知っているチームメイトは、それが難しいとも分かっている。

 去年とは違うのだ。

 今年はとにかく、勝つためのピッチングをやっている。


 ブルペンでは今日、明日とリリーフのつもりでいる。

 リリーフ用の回路に、脳内を変えているのだ。

 しかしオーガスか木津で勝って、第六戦も直史で勝ったら、第七戦はどうするのか。

 一応直史としては、先発で完投した試合の翌日、リリーフぐらいなら投げてしまえる。

 去年もライガース相手に、長めのリリーフなどをやっているではないか。

 もっともそれでは試合に、勝てなかったのも事実である。


 レックス首脳陣は、勝負の勘所を間違えることが多い。

 それでも今年はしっかり、勝ち星を増やしてきた。

 セーブ王がいなくなった年に、しっかりと勝ちパターンのリリーフが使えるのが、奇跡であると言ってもいいか。

 去年の百目鬼以上に、今年の大平は拾い物であった。

 育成で取ったピッチャーが、完全にセットアッパーとして機能したのだから。


 これに対してオーガスは、MLBでは通用しなくなったが、日本ならばと思われて拾われたピッチャーだ。

 しかし去年に続いて今年も、大きな貯金を作ってくれている。

 MLBに復帰してしまうのでは、とレックスのフロントなどは思っている。

 しかし今年もまた、レックスで投げているのだ。




 オーガスもまた、日本でなければ勝てないピッチャーなのだろう。

 なぜかは分からないが、そういうピッチャーは確かにいる。

 単純に移動が多いため、体力の問題でもあるのか。

 直史としては単純に、環境の変化が大きいのだと思う。

 また日本は外国人選手の扱いについて、かなり理解しているのだ。


 今日のオーガスの試合前の練習を、直史は見ていた。

 ライガース戦は六回三失点と、そこまでひどい成績でもなく、負けの星もついていない。

 レギュラーシーズンの成績は立派なものであった。

 ただ外国人助っ人だけに、活躍されたらそれに相応しい、年俸を払っていく必要がある。

 そしてレックスはそれほどの、金持ち球団というわけではない。


 直史がいることで、球団の財政を圧迫している。

 もっとも活躍度に比較すれば、これでも安いとは言われる。

 武史までをレックスに引き取れなかったのは、このあたりの事情がある。

 最初に直史が二年間だけいた時も、三年目からはとっても年俸の総額に見合わない金額になりそうだった。

 ポスティングは早かったが、それでも仕方のない面があった。


 それでもまだしも日本の球団は、ある程度の余裕を持っていると言うか、のん気なものなのである。

 MLBであると事実上のサラリー上限が存在する。

 もちろんそれ以上を、ぜいたく税を払ってでも、戦力を確保するチームはあるが。

 逆に弱いチームであっても、儲かる手段が存在してしまったりする。

 そのあたりはMLBの歪さなのだが、結果的にMLB全体が儲かれば、それでいいと考えるのがアメリカだ。


 小さな日本のプロ野球市場。

 そしてプロ野球人気も、昔に比べれば落ちてきていると言われる。

 それは確かにそうであろうし、娯楽が多様化していること自体は、悪いことではないのだろう。

 しかしそれでもプロ野球は、大きな産業の一つである。

 また熱烈なファンや、親子代々のファンというのも、それなりにいるのだ。


 この試合もまた、神宮がレックスのホームのため、マリンズが先攻となる。

 まずは初回、どう入っていくのか。

 また緊張感のある試合になるのか、と観戦する者は考えている。

 だがこの試合は、意外な展開になっていった。




 一回の表、ツーアウトまで問題なく取ったところで、ホームランが出てマリンズが先制。

 出会い頭の一発と言うのだろうが、一点は一点である。

 ただこの一発だけで、あとは問題なくアウトにした。

 最少失点で終わらせたことは、悪いことではない。

 野球はどうしても、ピンチやチャンスがやってくるスポーツだ。

 その時にどう対応するか、それが問題なのだ。

 日本も長いオーガスは、失点を引きずらなかった。


 そして一回の裏、今度はレックスの攻撃。

 マリンズ先発の杉本は、初球から少しボールが浮いていた。

 ツーボールからカウントを取りに来たところ、左右田はそれをジャストミート。

 けっこう飛ぶかなと思ったボールが、そのままスタンドにまで届いたのである。


 先制されたが、即座に取り返す。

 これは悪い展開ではない。

 さらにここから逆転すれば、それはむしろいい展開だ。

 だがその後の三人が凡退。

 波乱を感じさせる、一回の攻防である。


 そして二回の攻防からも、おかしな傾向があった。

 割とあっさりアウトを取れたりもするのだが、ツーアウトからホームランが出てしまったり、もしくは長打が二連発して、とにかく一点が手に入る。

 しかしその一点だけで終わってしまい、ビッグイニングがやってこない。

 大味な攻撃に見えないこともないが、奇妙に試合は拮抗している。

 あるいはこれこそ、野球の見所と言えるであろうか。

 ヒットの数自体は、それほど多いというわけではない。

 だがそれが長打であり、連続した長打で一点が入る。

 あるいはホームランが出て一点となる。


 ここまでのスモールベースボールが、嘘のような試合になった。

 しかしどちらのベンチにしても、選手たちに意識改革を迫ったことなどはない。

 いつも通りにやって、力でしっかりと立ち向かう。

 同じプロの舞台であれば、それほどの力の差はないはずなのだ。

 直史はそれを見ていて、珍しい試合だなとは感じている。

 確かにレギュラーシーズンの試合であれば、こういう試合もそれなりにあるのだが。


 どちらのベンチも、チャンスを上手く活用することを、考えているのが首脳陣である。

 そして逆に相手のチャンスを、拡大させないことも考えている。

 ピッチャーもキャッチャーも、それが分かっていないはずもない。

 リードもそれほどおかしなことはないので、上手く打線の思考と、噛み合いすぎてしまったのか。

「これは終盤、リリーフの出番はあるな」

 ブルペンで直史はそう言ったが、この二試合は終盤にビハインド展開であった。

 せめて引き分けている状態で、終盤を迎えるとしたら。

 それならば継投をどうするかによって、試合の結果は見えてくるだろう。




 難しい試合になってきた。

 シーソーゲームにはなっているが、それほど一気に点が入るわけでもない。

 ややマリンズが有利な場面が多いが、それでもこのまま延長にでも入れば、後攻の方が心理的に有利。

 それぐらいの回数で、引き分けの場面が出てくる。

 六回が終わったところで、スコアは4-4の引き分け。

 ヒットの数の割には、点が入っているという、面白い試合になっている。


 長打が多くなっているが、ホームランは二本ずつ。

 中軸もまた、そこそこ長打を打っている。

 七回の表、マリンズの攻撃。

 同点の場面ではあるが、レックスはセットアッパーの国吉を投入する。

 ここからは一転も取られたくはない。

 そういう気持ちでの起用である。


 際どい展開になってきた。

 元々勝ちパターンのリリーフなどは、一点もやりたくないという状況で、使われることがほとんどだ。

 直史もこの試合の先は、予想するのが難しい。

 だがさすがに、ここまで来れば肩を作り始めるのだ。


 判断がとても難しい。

 今日の試合、クローザーとして投げる準備はしていた。

 しかし引き分けの状況で、直史を使うのかどうか。

 また一点でもビハインドであれば、使うのかどうか。

 そして延長になれば、どこまで使うのか。


 直史はロングリリーフも出来るというか、本質的にはそちらの方が得意だ。

 だが回またぎで投げて、明日の試合はどうするのか。

 この試合に勝てば、まだもう一つ負けてもいい。

 だが負けてしまったならば、完全に追い詰められた展開となる。


 先に一勝していながら、そこから四連敗する確率。

 ホームゲームではあるが、ないとは言えない。

 もっとも日本シリーズにおいては、ほとんどそういうことはない。

 まして直史が投げて勝った、初戦の後になるのに。


 果たしてどちらが勝つのだろうか。

 勝つにしても、どういう場面で自分の出番が回ってくるのか。

 あるいは出番が、あるのかどうか。

 そういったところまで全て、直史は考えていく。


 ブルペンとしては念のために、リリーフ陣が他にも肩を作り始める。

 まずは国吉を出していったが、リードされてしまえばまた変わってくる。

 大平は確かに、レギュラーシーズン中に使うならば、それなりに統計的に勝てるセットアッパーだ。

 しかしこの日本シリーズでは、使うのに勇気がいる。

 直史としてもその、首脳陣の気持ちが分かってしまう。

 今やるべきことは、肩を作っておくことだけ。

 試合の展開次第で、その登板の内容は変わってくるのは間違いないのだ。

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