第169話 ファイナル最終戦

 コントロールは色々な条件が存在する。

 コースのコントロールは出来て当たり前、というのが直史である。

 ボール一個単位どころか、全盛期は数cm単位での変化までさせていた。

 第一打席で打つのは、完全にヤマを張っていなければ不可能。

 そして二打席目以降は、逆にその情報が仇となる。


 朝、目覚めた時にはもう、その日の調子がおおよそ分かる。

 ほんのわずかにではあるが、体のキレが悪い。

 原因として考えられるのは、昨日の試合の影響だ。

 もちろん試合では投げていないが、備えていたのは確かである。

 精神集中をしていれば、それだけ脳は活動を行う。

 そして肉体の制御をするのは、脳なのである。


 神宮球場まで、投げる日は必ず他の人間に運転は任せる。

 おおよそはタクシーを使うか、同じあたりに住んでいる選手に、相乗りさせてもらうこともあった。

 だがポストシーズンともなれば、やはりタクシーを利用する。

 もちろんこれは経費扱いだ!


 今日は天気も問題なく、他に懸念するようなポイントはない。

 わずかなイメージと実際の動作の修正のために、キャッチボールやシャドウピッチを行う。

 あとは数分間のジョギングなどをして、わずかな変化を微調整する。


 もちろん先発なので、ミーティングもしっかりと行う。

 ただ今日のピッチングについては、先に少しだけ、迫水に対して投げてみた。

 そして感触の感想を聞いたが、いつも通りであるという。

(体が少し、後ろに引っ張られる感じか)

 タメがむしろ利いている。

 だが思いっきり投げたとしたら、普段よりも負荷がかかりそうではある。


 球質のチェックなども行ってみた。

 もちろん本格的に肩を作ってはいないが、それでも普段からの数字と比較する。

 スピードもスピンも、普段の試合前と変わらない。

 コマンド能力も、この出力で投げれば問題はない。

 あとは試合の前に、しっかりと調整をしていくのみだ。


 重要なのは、まだ次があるということだ。

 これはあくまでも、日本シリーズ進出を賭けた戦いなのである。

 ペナントレース制覇で、既に一度は祝っている。

 だが日本シリーズの制覇は、直史は二度しか達成していない。

 三年の稼動で、二回というのは充分なのかもしれないが。




 【現在進行形】 神聖! 佐藤直史総合スレ part1069 【投神神話】


124 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 やっと荒しが消えたか


125 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 避難所からの帰還

 ……エースの帰還


126 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 あ、こっちでもう大丈夫なのか


127 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 やっとまともに書き込めるようになったか


128 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 一応ぎりぎり最終戦には間に合ったな


129 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 まだBANされてるIPとかあるらしいが


130 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 別に話したければSNSとか色々とあるしいいだろ


131 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 ここはまったりと楽しむ場所やで


132 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 最終戦までついに来たか


133 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 書き込みのペースゆったりしてるな

 試合前にまったり出来るわ


134 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 とりあえずスタメンの打順がどうなってるかだなあ


135 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 白石一番はもう機能してないからな


136 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 三番でいいんじゃね?

 かつてほど完全に封じてるわけじゃないし

 三番でも三人出れば四回目回ってくるし


137 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 三番は統計的にあかん

 そもそも初回で、ツーアウトからしか回ってこない


138 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 まあそれよな


139 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 練習時間もう終わるぞ

 果たして勝つのはどっちか!

 

140 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 いや普通にレックスだと思うけどな


141 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 盛り下がるけど勝つのはレックスに決まってるわな


142 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 ここはそういうスレですぞ?




 多くの人々が、レックスの勝利を確信している。

 レックスの首脳陣も選手たちも、ほとんどが勝利を確信している。

 それこそ大きな作戦のミスや、ひどいエラーが連発しない限りは。

 味方に対して、絶対の勝利の予感を感じさせる。

 それがエースの条件であろう。


 直史はそれでも、負けることはあるのだ。

 生涯無敗であるというのは、男の子が子供の頃に想像する、無茶な夢に過ぎない。

 ただレギュラーシーズンの無敗記録などという、そもそもほとんど存在しない記録を、直史はずっと続けている。

 それだけで奇跡であるのだが、まだ先がある。


 プロに26歳のシーズンから入って、途中で一度引退したのに、復帰して完全に無敗。

 勝ち星がつかなかった試合はあっても、負けてはいないのは確かなのだ。

 直史の考える、本当のエースの条件は、勝つべき試合に勝つというもの。 

 そう考えれば最強のエースではなく、どのようにでも使えるジョーカーの方が、直史には相応しい称号だ。

 実際のところはジョーカーですらなく、あるはずのない機能を備えたバグだとさえ思えるのだが。


 昨日の試合でパ・リーグは千葉が日本シリーズ進出を決めていた。

 これで勝てば直史は、球団の地元の東京と、自分の出身の千葉で、共に投げることになる。

 もっとも同じ千葉と言っても、直史の実家はかなり山に近い部分。

 今のマンションからならば、かなり近いとは言えるのだが、どちらかというと瑞希の実家の方が近い。


 この試合も瑞希や子供たちは、球場に見にきてはいない。

 だが日本シリーズにまで進めば、さすがにちょっとのお出かけで済む。

 もっとも日本シリーズの時期は、関東大会とも重なっている。

 そのため球場に真琴が見に来れるかどうかは微妙だ。

 明史は中学受験を控えているが、こちらは模試の成績もしっかりとしているし、一日ぐらいは気分転換をしても問題はない。


 あとは昇馬がどうするかだ。

 父と伯父の対戦するこの試合、昇馬は普通にテレビだけを見るつもりだという。

 確かに直史の実家から、東京の神宮まで来るのは、それなりに大変なのは確かである。

 そして関東大会は、まさに日本シリーズの日程と重なるので、ライガースが勝ちあがらない限りは観戦の必要もないだろう。

 直史はそう思っているのだが、実のところ昇馬の内心は違ったりする。




 昇馬にとってみれば、大介のバッティングというのは、あまり参考にならない。

 体格が違うということもあるが、あの瞬発力というのは、特別なものに間違いないのだ。

 学ぶにも真似るにも、限界があるのだと思う。

 対して直史のピッチングは、教材としては非常に優れている。


 試合などで見るよりも、むしろ中継で見た方が、そのピッチングの精密さは分かる。

 もっとも直史の場合、あえて適当なボールも投げていたりするので、そこまで計算しなければ意図が分からない。

 ボール半個のコントロールは、平気で行うことが出来る。

 昇馬としては学びたいのは、カーブの種類のコントロールなのである。


 ストレートとチェンジアップ、あるいはストレートとツーシームのコンビネーションで、三振や凡打の山を築くことが出来る。

 だがそれだけで満足できないあたり、昇馬は純粋に、技術の向上を楽しんでいる。

 スルーが投げられれば、それが一番効果的なのだ。

 160km/hのホップするストレートに、沈むジャイロボールが加われば、それだけで高速のスプリットよりも効果が大きくなる。

 またスラーブにしても、高速のスライダーを手に入れれば、使い分けが効果的になる。


 パワーとテクニックで、ピッチャーとしてのタイプが全く違う、ということもあるだろう。

 だがパワーピッチャーが、テクニックを手に入れれば最強ではないのか。

 もっとも変化球の投げ方というのは、人によって変わってくる。

 ツーシームを投げるにしても、腕のしなりが上手く伝わり、高速で鋭く変化するピッチャーもいれば、全く変化しないピッチャーもいる。

 昇馬の現在の球種からすると、やはりカーブをもっと磨きたい。

 そのあたりは真琴に聞いてみても、左のサイドスローであったりすると、投げ方が全く違うのだ。


 昇馬が最近、ちょっと気になっているピッチャーが、レックスの木津である。

 サウスポーで、ストレートの最速は136km/hというのだから、昇馬とは比べ物にならない。

 だがプロの世界では、それえしっかり通用している。

 上を見てそこを目指すよりも、上か下かも分からない、不思議なピッチャーを参考に出来ないか。

 昇馬はただのサウスポーではなく、ストレートで三振を量産するサウスポーだ。

 木津と共通するところは、三振が多く取れるというところにある。


 このファイナルステージ、この最終戦まで来てから見れば、第二戦で木津が勝ったことが、ものすごく大きい。

 あれがなければもう、ライガースが日本シリーズ進出を決めていたかもしれないのだ。

 そうでなくとも、先に追い詰められたのがレックスである可能性は高い。

 それこそ直史は、三試合に先発でもしない限りは。


 肩の駆動域が広いのだな、ということは分かる。

 そしてそれによって、リリースポイントが見づらく、リリースポイントが前になる。

 パワーだけで三振を奪うのではなく、もっと球数を節約していきたい。

 今年の夏は完全に三振の山を築いたが、関東大会はそう甘いものではないだろう。

 日程も面倒なものだが、それよりはさらに神宮大会の日程だ。


 打たせて取るなどというのは、もっと限界が見えてから考えればいい。

 今の昇馬は若者らしく、パワーの上限を上げていけばいいのだ。

 しかし本人がどういう意志を持っているかは、練習の効果に如実に影響する。

 今年の秋は、とりあえず関東大会ベスト4を目指せばいい。

 そして冬の間に、あらゆる上限を上げていくのだ。




 直史はもう、あらゆる出力が落ちていくのを、必死で止めている状態である。

 もっとも数字が落ちていっても、試合に勝つという意思だけは通す。

 そのためにはやはり、点を取られないのが重要である。

 しかし今年は、奪三振律が10を切ってしまった。

 打たせて取ることをメインとしていたMLB時代さえ、10を下回ることはなかったのに。


 もちろん必要な時は、三振を奪いにいっていた。

 だがそんなボールでさえも、内野フライになったり、さらには外野にまで飛んでいったしまったものだ。

 全盛期であれば、しっかりと三振に取るか、キャッチャーフライであったろうに。

 ただ壊れないように投げていれば、さすがにこれが限界であるとも言える。


 試合が近づいてくると、肩を本格的に作っていく。

 だがそれでも速い球を投げるのではなく、少しMAXに満たないボールを、ゆっくりと投げていくのだ。

 昔のようにいきなりマウンドに上げられて、それでも小手先の技術でどうにかする。

 そういったことが通用しないのが、肉体の衰えなのであろう。

 もっとも直史は充分に、年齢に比較すれば高い、身体能力は持っている。

 そうでなければさすがに、プロでは通用しないのだ。

 一般人は140km/hのボールなど投げられないのだから。


 試合の時間が近づいてくる。

 肉体のわずかな違和感は、どうにか消すことが出来た。

 完全なコントロールを、脳の制御下の肉体は、可能とするようになっていた。

 あとはメンタルの問題である。

 わずかにライガースの企みが気になったのは、今日のライガースの打順。

 大介は一番ではなく、二番にいたのだ。


 これまで大介は、ほとんどの試合で二番に入っていた。

 MLB時代もおおよそ二番だが、一番でほぼシーズンを通したこともある。

 直史と対決する時は、パーフェクトに近い試合を避けるため、一番に置かれることが多かった。

 だがこの最大の山場において、二番に打順を戻している。


 これにどういう意図があるのか、いまいち掴みきれない。

 単純に考えるならば、今年の直史は27人で終わらせる試合など、ほとんどしていないからだと言えるであろう。

 だが重要な試合にこそ、パーフェクトなどをしてしまうのが、直史であったりする。

 さすがにもう、今年は衰えたと見たのか。

 武史との投げ合いという試合などもあったのに。

 そこが分からないライガースの考えは、ほんの少しだが不気味であった。




 ライガース首脳陣は、レックス首脳陣に比べれば、はるかに勝負師としては優れていたであろう。

 この打順というのは確かに、直史が以前ほどには、完全試合ペースの試合をしていない、ということはある。

 だがそれよりももっと単純に、こちらの考えを相手が読めなければ、それだけでプレッシャーになると考えたのだ。

 直史はデータを蓄積して、鋭く洞察していく力がある。

 しかし復帰して以来、配球の相談相手としては、迫水はまだまだ力不足だ。


 考えさせることによって、少しでも脳の疲労を増やし、メンタルを揺さぶっていく。

 野球はメンタルスポーツであるのだから、そうやって揺さぶりをかけていく。

 プロ野球と言うよりは、高校野球に近い感覚であるだろう。

 しかしもう、この一戦で日本シリーズ行きが決まるのだから、やれることは全てやってやる。

 大介を簡単に敬遠されてしまったら、それでもう試合は終わるのだ。


 甲子園のマモノは、高校野球においてよく見受けられる。

 プロ野球でも時々発見されるが、他の球場にまで出張してくることはない。

 だがここは神宮である。

 学生野球の聖地としては、甲子園と同じものがある。

 ならばここにも、何かが棲んでいるのではないか。

 それはむしろマモノと言うよりは、神が祭られていてもおかしくはない。


 ピッチングの神様は、佐藤直史である。

 実際はフィジカルに優れた人間が、そのままパワーを増やしていくという、単純なものが今の主流だ。

 しかしそれは、効率的なものでもある。

 教育の一環としてのスポーツ、などというのはお題目に過ぎない。

 勝利を追求するならば、やはりフィジカルに優れた選手を、ちゃんと鍛えていくべきなのだ。


 上杉の後には、左ではあるが武史のようなパワーピッチャーが出てきたし、それ以外にもパワーピッチャーはいる。

 だが直史の後には、一人も似たようなピッチャーが生まれていない。

 軟投派でも技巧派でもなく、変則派と言うべきでもない。

 まさにたった一人の、孤高の存在であるのだ。


 これに勝っても、まだ日本シリーズがある。

 だがこれに勝つことを、今年の最大の目標にすべきであろう。

 壊れてしまう可能性はある。

 それでも負けてしまうよりは、よほどいいと考えるのが直史であるのだ。

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