第163話 好調と不調

 エースの条件について、改めて考えてみる。

 やはりそれは、勝てるピッチャーであることだろう。

 だがさらに突き詰めて考えていけば、勝たなければいけない試合で勝てるということ。

 大事な試合で負けるのは、エースとしての絶対能力の差であろうか。

 むしろそういうレベルでこそ、精神力がものをいうのかもしれない。


 畑は今年、シーズン序盤に負けが込んだ。

 しかし、終盤にはしっかりと建て直し、充分に試合では勝ち星を重ねたのだ。

 ピッチャーの勝ちは、勝敗ではないというのは、現在では様々な数字で明らかになっている。

 だが結局のところ、あらゆる要素でもって評価しても、勝つか負けるかが結果として出てくる。

 勝ち運がない、などとして日本では、非科学的に評価されたりもしたものだ。

 しかもこの傾向は、いまだに払拭されてはいない。


 NPBの年俸体制だけではなく、MLBの年俸体制も、このあたりはまだまだ改善の余地がある。

 ただNPBの場合はさすがに、球団ごとの大きな評価の差は少なくなった。

 MLBの場合は優れた選手は、比較的頻繁にトレードされてしまう。

 なのでそのあたり、正しく評価をされることもある。

 若いうちは安い年俸で、というのがMLBの体制であったわけだが、エージェントを絡めることによってそこは、ちゃんとした評価もされるようになっている。

 だがMLBもアメリカの割には、意外と年功序列がある。

 その年齢まで働けている、というだけである程度の評価になるのだ。


 三回の裏もレックスは、先頭打者を出すことに成功した。

 そしてそこから中軸がヒットを一本打って、ゴロの間にまた一点。

 スコアは3-1と変化している。

 こんなにバッティングが点を取れる展開なら、オーガスか百目鬼を先発させた方が良かったかな、などとレックス首脳陣は失礼なことを考えているが、投打の連携はそれぞれが力を出してこそである。


 木津は大介相手に逃げていない。

 それが打線に伝われば、気合が入って集中して打っていけるというものだ。

 普段は計算通りに、冷静に試合を進めていくレックス。

 だがこのポストシーズンは、去年のリベンジという意味合いもある。

 また去年は打線が若返ったが、今年は投手陣が若返っている。

 新たな戦力で勝つ、というのは貞本などの意識しているところなのだ。




 四回の表、ライガースは四番の大館から。

 ここで注意して投げて、この大館をフォアボールでランナーに出してしまう。

(使ってる球数が、バッターによってバラバラだな)

 迫水はそれが心配であるが、総合的には平均的な球数だ。


 五番のフェスが内野ゴロを打ってしまい、ダブルプレイでランナーが消える。

 これは運のいいことであり、そしてこういった展開が、流れを引き込むことになる。

(まずいな)

 ライガースのベンチでは、監督の山田も苦笑いを浮かべていたが、内心ではそれどころではなかっただろう。

 木津は早めのイニングで、あっさりと攻略しておかなければいけないピッチャーだった。

 評価を過小にしすぎて、今はこういうことになっている。


 第一戦で直史が、完封したのが大きい。

 いや、完投でも充分であったのか。

 リリーフピッチャーを一人も使うことなく、一勝を掴んだわけだ。

 この第二戦は木津を出してきて、どちらかというと捨ててきた試合かな、という印象を持ってしまった。

 ライガースは第二戦、勝てる確率の高い先発を出す、とレックスも予想していたはずだからだ。


 スターズ戦での投手陣の消耗も、ライガース側は考えていた。

 ハイスコアゲームで殴りあうなら、むしろ望むところであった。

 しかし大介のパンチ一発でダウンを取ったが、あとはガードの上から殴り続けるのみで、有効打は向こうばかりが続けてきている。

 フライを打てているので、打たせて取る、というのとはまた違う。

 野手の守備が間に合う程度のフライというのは、かなり運の要素もある。

 だがジャストミートして、ライナーに近い打球になるのが少ないのだ。


 この四番から始まって、そして先頭が出たというイニングを、ライガースは活かすことが出来なかった。

 レックスは初めて、三人でライガースを封じたことになる。

 助っ人外国人にありがちなのだが、とにかく振り回していくという要素が強い。

 もっとも木津のピッチングの傾向を思えば、それも間違いではないはずだったのだ。

 まさにこれは、流れがレックスに向かっている。


 ただ四回の裏は、レックスも下位打線から。

 畑はようやく調子を取り戻してきたのか、ここで三者凡退にしとめた。

 四回で既に打者二巡。

 普段ならばライガースの側が、やっているようなことである。

 レックスの打線がいいというのもあるし、畑の立ち上がりが悪かった、とも言える。


 シーズン全体で見れば、畑は三連敗して始まり、三連勝してレギュラーシーズンを終えた。

 オカルトめいているかもしれないが、その立ち上がりからの不調が、この試合にも反映されているように見える。

 だいたい野球というのは、運の要素がかなり強いスポーツなのだ。

 なので意外と、ゲン担ぎなどをする選手は多い。

 老人ほどその傾向は強く、精神論が生きていたりする。

 そういう老害が消えるまで待つか、実力で排除するか、最近は後者が多くなってきている。




 五回の表、今度はライガースが下位打線から始まる。

 ここは三人で終わらせておかないと、また上位の和田に回る。

 しかしそれでも、別にいいのではないだろうか。

 和田で終わったならば、次はランナーのいない状況で大介だ。

 ホームランを打たれても、まだ一点差というスコアになるだけなのだ。


 もっとも和田を、確実に打ち取れる保証もない。

 ここまでの二打席はミスショットしてきたが、そもそも出塁に徹するならば、木津を削ってくる可能性は高いのだ。

(ここを三人で終わらせられるか、微妙に重要かな)

 ツーアウトまで取れたら、畑は打順調整のために、凡退してくれるだろうが。


 変化球を上手く使って、カウントをピッチャー有利に調整させる。

 こういったリードに関しては、本当にプロでのデータは役に立つ。

 大学時代もリーグ戦であったので、相当にデータ野球はしていたものだが、プロのデータ量は桁違いだ。

 それを上手く利用することによって、キャッチャーの価値は決まる。

 もっとも迫水の場合は、直史に鍛えられている面が強い。


 レックスは他に青砥なども、ベテランの域にあるピッチャーであった。

 そのため一年目から、かなりの出場機会を与えられた。

 打撃には期待されていたし、キャッチングなどの技術も高かった。

 問題となるのはやはりリードであるが、それも長い経験が積まれていた。

 おかげで平均的な、併用型キャッチャーぐらいの力量はある。

 ならば打撃が優れていれば、自然と使われる機会は多くなるわけだ。


 終盤などはもう打順が回ってこないと、リリーフと一緒に代えられることなどもあった。

 しかしそれも二年目からは、かなりなくなってきている。

 圧倒的な実力差、というほどでもないだろう。

 しかし総合的に見て、間違いなく優れたキャッチャーになりつつある。

 ここまでの実績を積んでも、まだキャッチャーというのは修行中なのだ。


 この表、三振を二つ取って、三者凡退にやっと抑えた木津である。

 だがライガースとしては、次の六回のために、打順調整をしただけとも言える。

 五回の裏、レックスは一番からの好打順。

 しかしここで先発の畑は、やっと調子を取り戻してきたらしい。

 スロースターターっぽいとも思えるが、こういう力投が流れを変えることはあるのだ。




 そして六回の表である。

 ライガースの攻撃は、一番の和田から。

 この回を無失点に抑えられれば、レックスが勝てる可能性は一気に高くなる。

 もちろんまだ、あと一打席、上位に回ってくるのは分かっているが。


 たまかずはそれなりに多くなってきているが、木津の球威は衰えていない。

 球速はともかく、球の力がなくなったら、それはさすがに終わりだと迫水も考えている。

 この六回をどうにか抑えたら、あとはもう勝ちパターンのリリーフにつないでもいい。

 勝っている状況でリリーフに継投できたら、木津としては充分な仕事をしたと言えるだろう。。

 ただこの2イニング、木津は運もあるが、三人で終わらせているピッチングが出来ている。


 まずは先頭の和田。

 二打席連続でフライに倒れているので、かなり慎重にはなっているだろう。

 初球はストレートを入れていったが、これをしっかりと見ていった。

 おそらくこの打席は、ストレートを投げたら打たれると、迫水は思っている。

 だがこの初球だけは、しっかりと見てくるだろうとも思っていた。

 ただこの見せたストレートは、球速が130km/hしか出ていないもの。

 それなりの球数にはなっているが、まだ木津は135km/hまで出すことが出来る。


 また最後には、ストレートを投げてくるつもりなのか。

 木津は五回までで、六つの三振を奪っていた。

 これはピッチャーとして、かなりの奪三振率である。

 ストレートで三振が奪えるというのは、いくらサウスポーだと言っても、このスピードでは珍しい。

 タイミングが上手くあっていないのと、軌道のイメージがリリース時と合っていない。

 それがこのような結果につながっているわけだ。


 和田に対しては初球以外は、ストレートはボール球として使う。

 特に内角に外したボールは、当たっていけばデッドボールにもなったはずだ、

 そこに投げ込めとサインを出して、平然と投げ込んでくるあたり、木津もいい神経をしている。

 だがここに投げ込むコマンド能力があるなら、もっとピッチングのバリエーションが増やせるのではないか。


 カーブとフォークも使って、フルカウントに追い込む。

 ここから使うべきは、ストレートかスライダー。

 和田が待っているのは、もちろんストレートである。

 だからこそ迫水は、ゾーンに入る範囲内で、スライダーを要求した。


 プロの球種としては、平均的な精度の、木津のスライダー。

 しかしサウスポーが左打者に投げる場合は、それなりに有効である。

 和田はこの、ゾーン内のスライダーをミートしてきた。

 鋭い打球であるが、それはショートの守備範囲内。

 左右田は確実にキャッチして、一塁に送球。

 和田の足が速いといっても、打球の速度もあそこまで速ければ、一塁も悠々とアウトになるのだ。




 ランナーのいない状況で、大介の打席を迎えることが出来た。

 ここで重要なのは、大介の打席だけではなく、ライガースの攻撃をどうにか抑えることだ。

 既にワンナウトは取っているが、大介に長打を許せば、ヒット一本でホームにまで戻ってくるかもしれない。

 また下手にランナーがいると、ピッチングの方にも影響が出るか。

 ただ木津はピンチの場面でも、そのピッチング内容は安定している。

 怖がって腕が振れていいない、などということはないのだ。


 木津はどうやら、和田にとってはかなり相性の悪いピッチャーのようだ。

 もちろんこの一試合だけで、その評価を定めることは出来ない。

 それに対して大介は、二打席連続で長打を打てている。

 パワーピッチャーには確かに強いが、それ以外のピッチングにも充分に通用する。

 技巧派や軟投派などのピッチャーであっても、直史に比べればずっと打ちやすいのであるから。


 ここはもう、歩かせてもいい場面である。

 ただ歩かせると、三番からの中軸になる。

 それを考えに入れたとしても、木津はクリーンナップ相手に、そこそこ抑えているのだ。

 贅沢を言うのであれば、ここで大介をホームラン以外に抑えれば、木津の評価はもっと高くなる。

 本人も大介相手に投げることに、それほどの恐怖感を抱いていない。


 たとえ相手がどれだけの強打者であっても、チャンス自体が与えられなかったころからすれば、充分に楽しめる場面だ。

 ピッチャーは強打者相手に楽しんで投げてこそ、本当の力を発揮することが出来る。

 あとは上から目線で、完全に見下して投げることか。

 木津はそういう傲慢さはないが、マウンドに対する執着はある。

 大卒育成選手が、三年目で一軍で投げているというのは、それだけ野球に飢えていたということだ。

 今年の成績は、三戦三勝。

 またその内容も、かなり奪三振が多い、評価出来るものだ。


 ただ木津は、フォアボールもそこそこ多い。

 ストレートのキレが武器ではあるが、ゾーンの中で自由自在に投げ分けられるわけではない。

 ゾーン際を投げても、入れるはずが外れてしまうことがある。

 もっとも少しコントロールはアバウトな方が、相手の予想を外せて空振りが取れたりするのだが。

 速く見えると言っても140km/h程度の体感なので、手を出してしまうわけだ。


 大介としてはこの打席、長打を打つ必要がある。

 ホームランならばいいが、あとはツーベース以上が必要だ。

 中軸が打っていっても、木津のボールは上手く捉え切れていない。

 なので大介が、確実に点を取れる場面を作り出す必要があるのだ。


 出来ればスリーベースを打てば、犠牲フライ以外にも様々な状況で、一点が取れることとなる。

 とりあえず一点差に迫っておけば、もう一打席、大介には回ってくるのだ。

 申告敬遠を使うのが、レックスとしては一番安全なはずである。

 しかしここで使わないあたり、レックスの首脳陣の勝負判断は、大介の目から見ても理解しがたい。


 だが、もちろん打つ側とすればありがたい。

 特に木津は、あのストレートをしっかりと投げ込んできている。 

 遅くても三振の取れるストレートを、ここで打ち砕いておく。

 そうすれば後は、他のバッターにも投げにくくなるだろう。

 もっとも第一打席のホームラン以降も、木津はしっかりと投げ込んできているのだが。


 メンタルの強さだな、と大介は判断した。

 打っても打っても、折れないピッチャー。

(星を思いだすな)

 軟投派に近いが、あれで星も意外と、空振りを取っていたのだ。

 大介の膨大な経験の蓄積の前には、木津はそれほど難しいピッチャーとも思えないのであった。

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