第10話 春の選抜
五回勝てば優勝。
また夏と違い、暑さもない。
センバツの方が夏よりも、実力差が明確になりやすいのではないか。
そうかもしれないが、そもそも選手が参加可能なのは、二回だけ。
夏とは条件が違うのだ。
(こいつ、秋の練習試合より、強くなっていないか?)
マウンドからバッターボックスを見下ろすのは、群馬県の代表である桐生学園のエース相馬である。
試合自体は今のところ、桐生学園がリードして中盤に入っている。
だがここでエラーの後にフォアボールで、ツーアウトながら四番の司朗を迎えることとなったのだ。
ここは敬遠した方がいいな、と考えるべきか。
ランナー一二塁であるので、単打でも一点が入る。
単純に勝敗だけを考えるなら、満塁にしても勝負を避けるべきか。
(だけどなあ。よりにもよって三番打者にしてきてるんだよなあ)
ベンチの中で、桐生学園の監督は、少し苦笑いをする。
強打者を三番に置く。
一時期「白石スタイル」と呼ばれていたものだ。
そもそもの発端となった、大介を三番で起用し続けていた、白富東のMLB移籍前のライガース。
だが現在の大介は、二番を打つようになっている。
これはMLBの影響であり、統計的には確かに二番に置くのがいい。
ただそれはチームの選手事情によるものだ。
帝都一は三番と四番を、新二年生としている。
試合は中盤であり、また好打者を抑えることで、よりピッチャーに自信がつくこともある。
「重要なのは夏なんだ」
口にしてから、勝負のサインを出す。
このあたりの判断は難しいのだと、逆側のベンチでジンも考えている。
(俺なら司朗のことを知ってるから、敬遠出来るんだけどな)
力勝負を挑んできたピッチャーのボールを、司朗は三塁線の外野に流し打ちした。
中盤で逆転し、そこから試合を動かすことなく、終盤にダメ押し。
まさに横綱相撲、といったところであろうか。
司朗はこの試合、ヒットは一本しか打っていない。
だが凡退も一度しかしていなかった。
出塁率という基準が、今では存在する。
そして一本のヒットで、一気に逆転したのである。
打つべき時に打つ。
まさにそれに成功していた。
最初の打席では凡退していたというのも、あるいは相手の判断材料になったのかもしれない。
(まだまだ先は長いけど)
春のセンバツは出場校は少ない。
それでも頂点に立つには、あと四回も勝たなければいけない。
司朗は集中しているが、二回戦は先発でも投げる。
実際にチームのエースと、ほぼ差はないぐらいの力は持っているのだ。
ただそちらまでやると消耗が激しいのも確かだ。
三番手のピッチャーも作れているのが、帝都一の強いところ。
スカウトも育成も、上手くいっているからなあ。
もっとも帝都一にも、弱点らしい弱点がないわけではない。
ジンは基本的に、現段階での能力でもって、選手をスカウトしている。
素質は超大物というのは、年に一人もいればいいぐらいだ。
司朗の場合は素質と言うより、センスでとったといったところか。
そもそも司朗の場合、通える範囲内の強豪、という視点で選んだというのもある。
いわゆる「近いから」である。
だがそういう理由で、圧倒的な選手が入ってくるというのも、奇妙なものだ。
野球の甲子園は、序盤は試合間隔が長い。
なので調整が重要になってくる。
食事なども火がよく通ったものがマストであり、絶対に食中毒になどなってはいけない。
飲み物にさえ、かなり気を遣うのだ。
春ならばまだいいが、夏であればそれも当たり前のことである。
それでも食欲があるうちは、勝てる流れの中にあると言ってもいいだろう。
帝都一は地味にテンションが落ちている。
そこそこ頻繁に、差し入れとして飲み物などを持ってきてくれている司朗の母が、妊娠のために応援に来れないと言われているからだ。
母が若く見えて美しいのはいいが、それにテンションを上げる上級生や同級生。
実の息子としては、どうにも反応に困るところだ。
「くっそー、誰だよあんな美人落とせるような男って」
司朗の父に決まっているではないか。
武史は当たり前だが、春から秋にかけて、日本に姿を現さない。
また司朗が特別扱いを嫌っているので、冬場なども練習などを見ることもなかった。
「俺も将来はプロになって、あんな美人を嫁さんにするんだ」
なんだか同級生がとち狂ったことを言っているが、司朗も恵美理が美人過ぎて、マザコンの気があるのは自覚している。
共学なので、司朗は普通にモテてもいるのだが。
ただ両親の馴れ初めは、色々と伯父などからも聞いている司朗である。
「うちの母親、女子野球やってたからなあ」
「は? あんな美人が?」
美人は関係ないだろう。
「俺ら世代だと知らないだろうけど、権藤明日美とバッテリー組んで日本一になったし女子野球でアメリカ代表にも勝ってる」
「つまり野球をやればモテるのか!?」
「まあうちの父親とは、野球が縁で出会ったことは確かなんだけどな」
嘘は言っていないが、そもそも全てを説明する義務などもないのだ。
ピッチャーとしての司朗の資質は、どれぐらいのものか。
「タイプとしてはナオに似てるんだよな」
球速よりもキレで勝負して、クレバーに打たせて取る。
二年の春に140km/hが出ているので、あるいはこれから筋肉がついていけば、もっと伸びていくのかもしれない。
ただ本人はバッティングの方に強い興味がある。
もちろんピッチャーをやって、モテているという現状は知っている。
強豪校のエースレベルではある。
だが高卒でプロ入りするような、化物ピッチャーというわけではない。
まだ一年以上あるので、さらなる上積みはいくらでも期待出来るが。
しかしバッティングの方は、おそらく既にドラフト確定レベル。
ここからまださらにパワーがついていけば、体格的には150km/hまで上げていくかもしれない。
ただバッティングのミート力は、本当にセンスを感じさせる。
ジンの見てきた中で、一番近い選手というなら、織田になるであろうか。
大介のようにボール球にさえ手を出す、というところはないクレバーさがある。
本当にもう、大介はボール球を打つしかないという、悲劇的な存在になっている。
やはり織田が似ているかもしれない。
アレクもミートは上手かったが、ボール球でも打てる球は打ってしまっていた。
だから評価が微妙になってしまうのだが。
フォアボールとヒット、どちらが重要かというと、今はフォアボールと言われることが多い。
キャッチャーであったジンも、フォアボールの方が困る。
特に高校野球では、球数制限があるからだ。
エースが二人いなければ、勝てない時代とも言われる。
もちろん実際には、上手く継投が出来た方が勝つのだ。
フルイニングを投げさせる時代ではない。
そのはずであった。
ジンはシニアでの、昇馬のピッチングを見ている。
そして全国制覇常連の、横浜シニアを完封して勝った試合も、ちゃんと確認してある。
まず両手利きであるという時点でおかしいが、その両方で150km/hが出せるというのが一番おかしい。
おそらく同年齢での、上杉を上回る。
しかし左で投げれば武史のタイプに似ていて、右で投げれば上杉のタイプに似ている。
コントロールのいい左右の本格派だが、微妙に違うところはあるのだ。
あんなチートユニットを手に入れても、羨ましいとは思わない。
あまりにもフリーダムなため、野球部の枠には入らないのだ。
白富東の校風であれば、どうにか可能だろうが。
(鬼塚も大変だ)
それだけに面白いであろうが。
ともあれ今は、目の前の二回戦である。
一回戦よりは、ほんの少し相手のチーム力は弱いと思われている。
だからこそ司朗を先発で使うのだが。
司朗の父親に似なくて良かった点。
それはやはり試合序盤からの集中力であろう。
武史はもう、はっきりと分かるスロースターターであった。
だが実際は守備に就けた状態からマウンドに送れば、それなりに最初から投げられる。
プロではそんなことは不可能であるが。
司朗のピッチングは、試合開始直後から安定している。
そう、父親のような爆発力ではなく、最初から最後まで続く集中力の持続。
これはまさに直史のようなタイプと言えるだろう。
直史はさらに、好き勝手にギアチェンジをしていたものだが。
まずは一回の表を三者凡退に抑えて、ベンチに帰ってくる。
今日の司朗は四番打者である。
バッターの負担というのは、ピッチャーに比べれば圧倒的に少ない。
でなければピッチャーと違い、毎年普通に100試合以上出場しているプロの選手の説明がつかない。
昨日はバッティング専念で、今日は先発に加えて四番。
このあたりに柔軟に対応するところも、武史には似ていない。
なんだか悪いところばかりが似ていないように思える。
この試合も安定したピッチングで、五回までを投げて無失点。
もちろん守備の安定したチームだからこそ、こういう結果になる。
(高校野球はチーム的には、守備が一番重要だからな)
とにかく確実にアウトにしていく守備力がないと、投手も打者もそれ以前のものとなってしまう。
司朗は足もあるので、ピッチャー以外の時はセンターを守っていることが多い。
最初は内野も考えたのだが、肩を活かすことを考えたのだ。
帝都一は五回までに三点を取ってリードしている。
ここからさらに点を取って、相手の攻撃を抑えていく。
計算できるピッチャーが四人もいるというのは、本当にありがたい。
(そう考えると白富東はおかしかったな)
自分たちが三年の時点で、直史に岩崎、武史にアレク、淳にトニーとプロ級の素材が揃っていたのだから。
プロではピッチャーとしては投げなかったアレクは、メジャーリーガーになった。
その後にジンの世代が卒業してからも、何人もプロにピッチャーを送っている。
大学を経由したりもしているが、MLBに移籍した者さえいる。
まったくもって、どういう理由であんなことになったのか。
ある程度はセイバーの力もあるが、自然と集まってきた才能も多かったのだ。
(あれには勝てないなあ)
ジンでさえも、そう思う昔であった。
試合前に選手たちを見るとき、ジンがまず考えること。
それはどうやったら、あの当時の白富東や大阪光陰に勝てるか、ということである。
あの当時の、である。
まだ直史がかろうじて、人類の側に足を半分入れていた時代だ。
意外とそれは限られているがあって、直史以外のピッチャーから打つか、球数制限で交代させるというものだ。
実際に春日山は、岩崎を相手に点を取って勝ったのだ。
常に万全の状態でいることは難しい。
直史の指が問題なくても、あの延長の翌日に投げさせるのには無理があった。
あの場面では岩崎が投げるのが、一番疲労が少なく、そして安定しているとも思えたのだ。
だがそれでも、勝ったのは春日山である。
今なら言えるが、大阪光陰との試合で力を使いすぎ、集中力に欠けていたところがあるのだろう。
だからこそあの安易な配球を選んでしまった。
野球はミスや敗北の中から、学んでいくスポーツだ。
もっともその敗北が許される回数が、高校野球ではあまりにも少ない。
どれだけ上手く負けるか、そしてそれを活かせるか。
白富東の自分の代は、常に前の大会の結果を上回ってきた。
もちろん優勝したその次は除いてだが。
国体から神宮まで、五連覇というのは例がない。
さて、この試合も予定通りに勝てそうだ。
(勢いがあって、勢いだけではない)
流れというものが、試合には存在する。
たまにそれをぶった切る、空気の読めない怪物はいるものだが。
今日の対戦相手にはいないようだし、変な油断もしていない。
出来るだけ消耗せずに戦っていきたい。
春のセンバツであっても、体力の消耗を避けることは、トーナメント戦では重要なことなのだ。
そうは言っても、いきなり流れが変わってしまうのも、高校野球ではよくあることなのだ。
だから最後まで、油断はしないというのはもちろんである。
どこまで余力を残して戦うか、その判断が難しい。
余力を残して勢いで負けるというのが、監督としては一番恥ずかしい。
甲子園にはマモノが棲む。
(そうは言っても、全ての場面で全力でいくのは難しいからなあ)
全盛期の白富東は、まさに全力でも余裕があった。
助っ人外国人という裏技を使いはしたが、それでも年に一人まで。
既存のルールをちゃんと利用したものである。
(そうか、確かに昇馬一人では勝てないかもしれないけど)
帰国子女枠は昇馬で一人、つまりもう一人分空いている。
昇馬のボールを捕れるキャッチャーがいて、あと留学生を一人連れてくれば。
そしたら白富東が甲子園に出られる確率は、相当に高くなると思う。
(ん~、でもナオも大介もそういうこと考えるかなあ?)
考えそうなのはむしろセイバーや、あのツインズのような気がする。
目の前の試合に注意しながらも、夏のことを想像する。
もちろんこのセンバツで勝つのも、重要なことではある。
だが高校野球の本番が夏という認識は、ほとんどの球児にとって共通のものであるだろう。
春も確かに休みの間の試合であるが、夏はそれ以上に盆休みなどがある。
これで盆休みがなくなってしまったら、色々困るだろう。
注意深く試合の動向を見て、しかし先のことも考える。
捨ててもいい公式戦があるプロとは違って、高校野球は大変だ。
実力通りの結果が出ない試合というのもある。
だからこそ逆に面白い、というのは確かに言えるので、否定できない。
二回戦も無事に突破。
これでベスト8であるが、ここからが本当に難しい。
連戦ではないにしろ、せいぜい休みは一日だけ。
ここでどれだけ回復するか、そういった時間の使い方も重要になってくる。
試合の勝敗というのは、球場の中だけで行われるわけではない。
バックアップ体制までも含めて、甲子園は戦っていかなければいけないのだ。
思えば自分たちは、随分と贅沢にバックアップしてもらった。
白富東は公立校であるが、直史と大介の親としてのバックアップは入るだろう。
特に直史の方は、なんだかんだ言って娘にはかなり甘い。
出生時に既に死に掛けていたのだから、心配になるのも無理はない。
ただ甘いとは言っても、甘やかすのとは違う。
生きていくための力を身に付けさせるためのことをしている。
昇馬の方は、完全にあれは天性である。
そもそもの肉体のスペックが圧倒的に高いのに、さらにそれを上手く操作することが出来ている。
男親よりも接することが多い、女親の影響によるところが大きいのだろう。
そういえば司朗に関しても、武史の影響をあまり感じないところはある。
別に親子仲が悪いというわけではないようだが、司朗はあまりに父が有名人のため、周囲にはそう思われているようだ。
間もなくプロ野球もレギュラーシーズン開幕となる。
(準決勝の日が開幕で、その日はスターズが大阪にやってくるわけか)
そこまで帝都一が勝ち残っていれば、武史がこっそりと試合を見に来ていてもおかしくはない。
そしてついでに大介も。
母親に似て顔のいい司朗は、かなりアイドル的な騒がれ方もしている。
もっとも本人は、そのあたり関心が薄い。
開幕戦の翌日が、甲子園の決勝である。
上がりの日である武史は、その日は自由になるはずだ。
やはり恵美理は動けないということで、妹たちは叔母が面倒を見てくれることとなった。
今、こちらにいるのは椿である。
(あいつら、もうあっちにいるのか)
そう思う武史であるが、チームに合流しているので、この時点では甲子園には向かえない。
帝都一は準決勝まで進んでいる。
春夏連覇より難しいと言われる、夏春連覇まであと二戦。
だがプロになった武史の目から見ると、ピッチャーが本当に大変だなと分かる。
武史ぐらいにおかしな体力を持っていないと、投げ続けるのは難しいだろう。
エースに任せておけばよかった、昭和の時代とは違うのだ。
(俺だってそこまで圧倒的なピッチングはしてないしな)
ただ武史は、高校時代に甲子園で敗北したことがない。
一年の夏は岩崎が負けたし、他の大会では優勝しているからだ。
帝都一は層が厚いと言われているが、それでもプロに届きそうなのは三人ぐらいか。
その基準で言うと、あの時代の白富東と大阪光陰がおかしすぎる。
春日山も一時期、後にプロに行く選手が三人いた。
あとは帝都一も本多を筆頭に、大学を経由したがそれなりにプロに進んだ。
この帝都一は、確実に優勝出来ると断言できるチームではない。
それでも他のチームと比べれば、やはりチーム力はナンバーワンか。
ジンは上手くここまで育成したものだ。
重要なのは、弱点をなくすこと。
正統派の高校野球チームを作っている。
もっとも司朗がいる時点で、それなりにチートではあるらしい。
ホームランはともかく、打率がほぼ高校時代の大介である。
宿泊所にて帝都一の選手たちは、体を休めていた。
ここまで三年エースも無事に体力を温存出来ている。
日程的に準決勝と決勝が連戦になるのが、かなりきついところではある。
もっともそれは、向こうも同じことだ。
「なんかでも、意外なところが残ってるよな」
帝都一以外には、山梨、静岡、奈良が残っているのだ。
この中では奈良が、比較的地理的に有利ではある。
あと二試合で、全国制覇に手が届く。
ベンチメンバーの半分以上は、夏は応援席で応援していた選手たちだ。
「順当なら、天凛が決勝の相手か?」
「その前にまず、山梨との対決だろ」
「そりゃそうだけど、大阪光陰相手の延長で、エースがもう限界だろ」
そのあたり、帝都一にはくじ運があったとも言える。
山梨のエースは同年代最強とも言われているが、大阪光陰相手にタイブレークになるまで投げている。
二回までは他のピッチャーだったのだが、そこで先制されて交代したのだ。
そこから追いついて、延長戦で勝ち越しと、かなりの熱戦で勝利した。
確かに言われている通り、球数制限には引っかからないものの、かなり消耗しているとは考えるべきだろう。
もっとも高校野球の場合、接戦を制したその勢いで、一気に頂点まで駆け上る、という場合もある。
しかしそれは一回戦などで強敵に勝った場合で、明らかにエースは圧倒的に消耗していた。
一日の休養で、果たしてどれだけ回復しているものか。
あるいは回復していても、司朗を抑えることが出来るのか。
チーム力で、一人に頼っているのでは、甲子園は勝てない。
ジンもおおよそ、山梨の件は計算している。
戦力的にもその消耗度でも、おそらく勝てるだろう。
だからといって研究をしていないわけでもない。
(高校野球はトーナメントなだけに、情報を多く収集できた方が勝つな)
山梨とは、次の春の関東大会で当たるかもしれない。
その時に圧勝するため、ここでもしっかり勝っておきたい。
ただあの消耗度合いだと、春の大会で関東大会まで出てくるのも厳しいかもしれない。
比較的選手層が薄いチームではあった。
「ま、こうするか」
ジンはまた、打順をいじって司朗を三番に置いた。
どうせ勝てるなら早めに叩き潰して、交代させてやった方がいい。
今はもう、高校野球で選手が燃え尽きる時代ではない。
ただ他の、プロにまでは行かない選手にとっては、どういう感じであろうか。
プロにまでは届かず、高校で野球を辞める選手というのは本当に多い。
そもそも高校野球が、選手を野球漬けにしすぎる、という批判もあるのだ。
昔なら甲子園に行けば、推薦で大学に受かったかもしれない。
ただ昔と今では、日本という国の経済状態が違うし、そもそも大学は勉強をするべきところだ。
ジンにしても大学野球をしていたので、あまり説得力はないかもしれない。
だが高校時代から、それ以前の中学時代から、指導者になることを考えて進路は選択していったのだ。
プロにも入らず、大学でも正捕手であった期間は短いジンだが、その後の指導者としての活躍と、高校時代のまとめ役としての活躍を思えば、実は日本の野球に与えた影響はかなり大きい。
そのジンにしても、おそらく天凛が上がってくるだろうな、とは考えている。
甲子園では基本的に、近畿のチームが有利ではあるのだ。
(馬鹿な指導者に、壊されないようにな)
今の時代は、本当に老害が減ってありがたい、とジンは考えていたりするのであった。
春のセンバツも、ついに準決勝。
事前の予想通りに、第一戦は奈良の天凛高校が勝利。
そして第二戦、帝都一の出番である。
(う~ん、試合が気になる)
武史としては見たかった試合であるのだが、さすがに開幕戦に遅刻の可能性があってはいけない。
勝てば明日の決勝を、武史は見ることが出来るのだ。
「ピッチャーは大変だなあ」
そういう大介は、しっかり最後まで見ていくつもりなのか。
卒業後の武史は、甲子園の高校野球を現地観戦することなど、ほとんどなかった。
元々野球には関心が薄かったので、せいぜいが大学時代、後輩たちを見たぐらいであろうか。
夏休みエンジョイ勢の武史であったので。
ただ息子が出るとなると、話は変わってくる。
司朗自身はあまり分かっていないが、武史としては自分より恵美理に容姿の似た息子が、可愛くないわけがないのだ。
それにしても開幕戦の日に、甲子園で高校野球を見物する。
なんと優雅というか、プロをも舐め腐った真似をしている。
一応二人とも、ちゃんと許可は取ってあるのだが。
特に武史の場合は、アメリカ帰りの知識を活かして、自由時間をどれだけ取るかということもしっかり契約に入れている。
契約社会で鍛えられたのである。
大介は本能的に、ピッチャーの方を警戒する。
いくらいいバッターがいても、それ以上に自分が打てばいいと考えるからだ。
ただテレビでも見ていたし、去年も見ていた司朗のバッティングは、大介の注意を喚起させるものであった。
得点圏、または勝負どころでの圧倒的な強さ。
もちろん打率も凄まじいが、長打は比較的少ない。
高校二年の春のセンバツで、大介は五本のホームランを打った。
最終的には30本以上を打って、更新不能と言われた記録を作っている。
本人は数えていないが、高校通算では130本以上を打っているらしい。
そのあたり参考資料は瑞希のものなのだが、練習試合のスコアまでは、全て集めたわけではない。
果たしてどれだけ打ったものであるのか。
20年以上前のことなので、練習試合などのスコアは消えているだろう。
司朗は一年の夏、二本を打っている。
あの線の細さで打っていたのだから、完全にセンスで打っていると言ってもいいだろう。
さすがにそう、ポコポコは打てないのか。
そもそもあまりに打ちすぎていては、勝負を避けられるだけだ。
だから大介は三番を打っていたのだが。
後ろで打ってくれる好打者がいないと、強打者は辛い。
帝都一は強い。
ただジンの選手の集め方なのか、それともスカウトの失敗なのか、スケールの大きな選手はさほどいない。
もちろんこの大介の考えは間違っている。
いくら強豪校でも、スケールの大きな選手ばかりを集めるわけにはいかない、というものだ。
白富東にいて、全盛期の大阪光陰と対戦しているだけに、そのあたりが完全に麻痺している。
試合は山梨のエースが投げている序盤は、確かに拮抗するかのように見えた。
だが一回の裏から、三番に入っている司朗が、上手くボール球を選んで、出塁する。
それでもツーアウトであるので、さほど気にする必要はない。
大介はそう思うのだが、それはプロ野球に慣れた人間の思考だ。
高校球児は、死に物狂いで挑んでくる。
このランナーが邪魔になるのは仕方がない。
司朗も一塁ランナーであることに満足はしない。
足のある彼は、大きくリードを取る。
ここから走って二塁に達すれば、ワンヒットで同点になるかもしれない。
このランナーに出してしまっても、走力が高いので対応が難しいというのは、現在の好打者の条件になっているかもしれない。
大介が三番を積極的に打っていた理由である。
牽制をされてもアウトにならない。
ぎりぎりのラインを司朗は見極めている。
(ここまでかなり投げて、体力よりもむしろ、精神力が疲弊してるだろうな)
案外この場面、盗塁を一度決めただけで、一気に崩れるかもしれない。
走らないとしても、常にベース上からプレッシャーをかけ続けることは重要だ。
このエースを崩せば、試合は終わる。
どのみち向こうさんには、連戦で決勝まで戦うほどの余力はない。
ならば監督の判断としても、無理はさせないのではないか。
山梨は野球大国というほどの強豪県ではない。
それがベスト4まで来れたのだから、監督としては打算が働いているかもしれない。
そしてもう、本番ともいえる夏を見据えている。
そのためには絶対に、ここでエースを潰してはいけないはずだ。
ピッチャーの球威というのは、間違いなくもう落ちているはずである。
それでも先発で持ってきたのは、序盤でリードしようという腹づもりであったのだろう。
だが現状を見れば、初回に先制点を取るのには失敗している。
(監督の言ってる通りの展開なのかな)
ジンは先取点を取れば、九割がた勝てると言っていた。
九割というのは言い過ぎではないかとも思ったが、現状としては間違っていないとも思える。
ここで帝都一は、ランアンドヒットに成功。
ツーアウトながら一三塁となる。
試合をコントロールするのに、成功しようとしていた。
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