第5話 マイペース

 レックスが内部の紅白戦を行っているということは、当然ながら他のチームも同じような時期になっているということである。

 その中で大介は、マイペースな調整をしている。

 マシンのボールならば、確実にジャストミートする。

 だが飛距離が伸びていかない。

 ライガースの選手たちは、特に去年のスタメン陣は、バッティングがいまだに不調である。

(いまだにトラウマになってんのか)

 自分のことだけではない。


 ライガース打線を呪縛する、昨年のレギュラーシーズン終盤からの試合。

 日本シリーズの後半である程度、それも解消されてきたと思ったのだが、どうやらまだまだであるらしい。

 当の大介がそうではないか、と言ってくる遠慮のない記者もいる。

 だが大介が不調であるのは、去年の影響が残っているからではない。

 明らかな直史の消耗を感じたからだ。

 オフシーズンで、おそらく回復しきらないほどに。


 オフシーズン中に、共に自主トレを行っていた。

 それは去年もある程度同じであったのだが、ブランクから復帰するよりももっと、オフシーズンの調子は悪かったように思う。

 もちろん去年のシーズン終盤の、無双具合が印象に残っているから、というのもあるだろう。

 しかしそれでも、直史はもっと圧倒的で、そして計算された存在だと大介の中でもあったのだ。


 直史との対戦では、大介もかなり消耗した。

 しかしどうやら、ライガース打線を完全に封じた直史の方が、さらに消耗していたらしい。

 消耗というよりはもう、完全に肉体を削っていくというレベル。

 命を削りながら投げる、というのなら分からないでもないのだ。

 直史はそこまで、自分の意地と他者のために、削っていくことが出来る。

 引導を渡してやるべきだ。




 これまで大介が直史に勝てたのは、ライガースのみならず、他のチームまでもが直史を削っていったがゆえ。

 それでも大介以外には、打てなかったのだ。

 決意した大介は、試合用に体が覚醒していくのを感じる。

 今年もおそらく、二番を打つことになるだろう。

 ドラフトやFAでライガースの戦力は、とにかくピッチャーの強化に大きく偏った。

 打線の方は二軍との入れ替えで、即戦力は取っていない。


 ライガースはレックスに比べれば、資本力が大きい。

 そのため育成選手もそれなりに取っているし、その育成に回せる力もある。

 一時期は圧倒的に、福岡が育成からの戦力抽出に成功したものだ。

 しかし実際は、トライ&エラーを繰り返し、多くの失敗の果てに成功が出来ているのだ。

 実際のところドラフトなど、支配下登録の指名でさえ、五年後に二人も残っていれば及第点だ。


 重要なのは一位二位の上位指名を、着実に育てること。

 もっとも大介と同期の選手は、もう大原しか残っていない。

 いや、四位指名で入団し、200勝を達成した大原など、本当に完全な例外と言えるだろう。

 今は昔と違って、調査書や志望届などがあるため、思ってもいなかった指名というのが減っていっている。

 

 どんな選手が成功するのか。

 それは大介でさえ分からないが、大原はそれなりに長く投げられるんじゃないか、とは思ったものだ。

 実際に高卒の選手などは、耐久力が圧倒的に足りていない場合が多い。

 伸び代とか可能性とかそういうものではなく、そもそもの143試合を戦い抜くだけの根本的フィジカル。

 そういうものが圧倒的に足りていないのに取ってくる。




 今年の新人にしても、一位指名の高卒などは、とりあえず一軍キャンプに帯同している。

 甲子園準優勝投手というが、つまりは司朗に打たれたわけだ。

 それでも150km/h台をコンスタントに出すのだから、確かに素質はあるのだろう。

 だが圧倒的な体力がなければ、野球選手は30歳程度で終わってしまう。

 大介が言っても、あまり説得力はないかもしれないが。


 その期待のドラ一から、大介はホームランを打っていた。

 場外まで飛んでいったホームランに、周囲は完全に呆れている。

 実際はネットがあるので、場外にまでは飛んでいっていない。

 だがボールを捜すのが面倒であろう。

(どうやったらピッチャーが育つかなんて、俺には分からないしなあ)

 その大介は現時点では、直史よりも速いボールを投げられたりするのだが。


 監督の山田が、対戦した感想を聞いてくる。

「ん~、一年は二軍で育てた方がいいんじゃないですか?」

 高卒の段階では、おおよその選手はまだ成長途中なのだ。

 いきなりプロで通用するなど、本当に怪物クラスの選手だけだ。

 そう言う大介が、まさに怪物クラスなわけだが。

 あとは真田も一年目から完全に主力であった。


 今さらであるが、大介は直史が高卒後にプロに入っていたら、という妄想をしたりする。

 もちろん実際は、大学で樋口と組んだのが、パワーアップの大きな要因なのであろうが。

 高卒時点とプロ入り時点で比べてみれば、かなり体重が増えていた。

 逆に西郷などは、高卒の時点でもうプロに来るべきであった。

 まったく直史は、周囲の人間の運命を乱しまくったものだ。

 大介自身を含めてそう言える。




 白石大介の最大の功績。

 それはさすがに、多くのバッティングに関する記録を塗り替えたことであろう。

 170cmもない身長で、巨人ばかりのMLBで毎年ホームラン王や首位打者。

 だが選手として以外の功績を言うならば、直史をプロの世界に引き込んだことだ。

 たとえ本人が、本気ではなく言ったとしても、直史はそれをそのまま受け止めた。

 だから多くの名勝負が、人々の記憶に残ることになったのだ。

 ただ同時代のバッターはもちろんピッチャーも、それは功績ではなく罪ではないか、と思ったりもする。


 真に絶対的なエースなど、存在はしないのだ。

 だが限りなくそれに近いのが、直史である。

 ただしハイペリオンは除くとか、ルドルフには絶対があるとか、そういうレベルの存在だ。

 結局そのキャリアの中では、毎年その年の最高のピッチャーに選ばれているのだ。

 こんな存在を果たして、一体誰が予想しえたであろうか。


 大介がそういうことを言うと、おおよその人間が奇妙な顔をする。

 いや、お前もそっち側だから、という感触である。

 サラブレッド同士が競走している中で、人間様と比べないでほしい、という心境とでも言うべきだろうか。

 人間は人間同士で戦いたいのだ。

 そこに宇宙人が割り込んでくるのは、なんか違う。


 本日も球団期待の新星のプライドを折ったかもしれないが、基本的に高卒選手は一位指名でも、期待値込みだということを知っておいた方がいい。

 もちろんこれも、大介が言ったりすると「お前がいうな」という大合唱が起こるのであるが。

 大介の場合は甲子園で場外弾を打ったり、ホームランの記録を更新したり、打率が軽く七割をオーバーしていたりと、11球団競合になったではないか。




 今年は高卒以外にも、大卒でいいピッチャーが即戦力級などと言われていた。

 ならば去年、ピッチャーが薄かったライガースは、即戦力に手を出すべきではなかったか。

 しかし指名をして競合でクジを外すのが、ライガースのドラフトであった。

 高卒でもいいピッチャーはいるので、そこを取ったというわけである。

 あとは新外国人に期待するか。

 まだ契約が決まってはいないが、交渉している選手はいるらしい。


 大介は今年、あまりチーム成績というのを気にしていない。

 主力が怪我でもすれば別だが、打線の方は本来の力を取り戻せば、大介への敬遠攻撃を減らせることが出来ると思っているぐらいだ。

 重要なのは直史との対決。

 果たしてどれだけ、レギュラーシーズン中に成立するだろうか。

 去年の勝負は、個人的には負けたと考えている。


 そんな大介はマシンではフェンス直撃がせいぜいであったのに、人の投げるボールになると、柵越えを連発した。

 マシンの球には殺気がないので、それを察知して打つということが難しいのだ。

 普通にゾーンに入ることが出来ていると、相手のピッチャーは多くの情報を与えてくれる。

 それがマシンよりも、対人で成績がいい理由である。


 直史はおそらく、このゾーンを使いすぎているのだ。

 本人はゾーンではなく、トランスという言葉を使っていたが。

 単純に言うと直史の弱点は一つ。

 心配性であるために、本来はそこまで警戒しなくていい相手にも、ある程度の力を使って投げてしまっている。

 そして完投するというのは、体力的にはともかく、精神の消耗が激しいのであろう。




 大介がポンポンと打っていくので、ライガースの首脳陣は頭を抱えている。

 ただ去年も69本を打っている化物なので、納得できないわけではないか。

 もしも大介の勝負してもらう打席が、もう少し多かったなら、80本にいっていてもおかしくはない。

 外に外れたボール球なら、普通にホームランにしてしまうのだ。

 低めもおおよそ、長打になることが多い。

 ボール球にするなら、上に外すのが一番いい。

 これをやってくるのが直史である。


 ゾーンに入っていると思って、あるいは外れていても打てると思って手を出したら、バットが空振りしてしまう。

 ホップ成分が多いのかとスピン量を甲子園で試合をした時にデータを取っても、そこまで極端な数字は出ない。

 それがなぜなのかというと、単純にリリースポイントの差であるのだ。

 より前に、より低いところから高めに投げる。

 すると錯覚が生じるのは、当たり前のことである。


 ただオフシーズンでは、司朗にポコポコと打たれていた。

 まだ本調子ではなかったとはいえ、そしておそらく高校一のバッターが相手であったとして、あそこまで打たれるとは。

 もちろん大介にしても、直史が回復していないことは分かった。

 しかし時間をかければ、本当に回復するものであるのか。

 純粋な衰えであったら、もうどうしようもない。


 そんな大介は、あんたこそいつ衰えるのだ、と思われていたりする。

 今年でもう41歳になるのだ。

 確かに過去には、40歳を過ぎても活躍していたバッターはいる。

 だがそれにしても、この数字は人間としておかしすぎるものだ。

 ドーピングを疑われて、何度も検査をされたのも仕方がないだろう。




 ホームラン王の最年長記録は、まだ40歳でもあった。

 しかしそもそも、年間に60本以上を打っているバッターが、大介以外には一人しかいない。

 西郷も50本までは打てたが、そこからさらに10本というのは無理であった。

 大介は去年で10度目のホームラン王となったので、NPBの記録では史上単独二位となった。

 もっともMLBを足してもいいなら、大介は全ての年にホームラン王になっている。


 大介の恐ろしいところは、自分が作った記録を、自分で更新したことが何度もあるということだ。

 シーズン三年目で67本を打ちホームランのシーズン記録を更新。

 翌年にはこれを、68本で更新した。

 その後に69本72本と更新していき、いまだにこの72本を超える可能性さえ見せるバッターがいない。

 MLBでも同じく、移籍初年に74本を打って更新。

 二年目に81本、四年目に82本を打ち、これも永遠のアンタッチャブルレコードだと言われている。


 大介の場合はその記録が更新できなくなったのは、衰えたからではない。

 敬遠の数が圧倒的になってきたからだ。

 三冠に関わる記録以外は、出塁率やOPSはずっとトップである。

 また四球や敬遠の数も、大介が記録を持っている。

 長打率が10割を超えているシーズンが何度もあるのは、果たしてどう計算するべきであるのか。


 大介の成績がこの年齢でもさほど衰えないのは、才能とか素材とかではなく、おそらく遺伝子レベルの問題だ。 

 一般人でもやたら老化の遅く見える人間はいるので、大介の場合はそれにあたるのだろう。

 あとは体重があまり重くなかったため、体の各所にかかる負担が小さいというのもある。

 逆に老化の早い遺伝子を持つ人間、というのもいる。

 このあたりはさすがに、遺伝子ガチャとでも言うしかない。




 理論的にはバッターよりもピッチャーの方が選手寿命は長くなるはずである。

 なぜならバッターは鍛えるのが難しい目の筋肉が衰える。

 肉体の出力はともかく、ボールが見えなくなればおしまいた。

 それに比べるとピッチャーは、技巧を高めていくことが出来るし、経験はどんどんと蓄積する。

 出力は下がっていっても、どうにか打ち取れるのだ。

 実際に晩年のマダックスの球速は落ちていたし、山本昌は50歳まで現役であった。


 若く見える大介であるが、それでも45歳ぐらいまでが限界だろうな、とは推測できる。

 あぶさんのような無茶は通用しないであろう。

 だがもし昇馬が高卒でプロ入りしてくるなら、ぎりぎりで対決の機会はあるかもしれない。

 自分の息子との対決。

 今の段階ではまだ、全く敵ではない。

 しかし三年後であればどうか。


 プロに入ってからも、とにかく上ばかりを目指して、野球を楽しんでいた。

 だがもう、登っていく肉体は衰えて、はるか後ろに追随する者が見えてくる。

(去年はまだ、思った通りに体が動いた)

 だが今年は41歳のシーズンなのだ。

 衰えている部分は必ずある。


 ライガースも若手が、多く成長してきている。

 大原などはピッチャーが不足しているライガースだからまだローテにいるが、昔からの売りであったイニングイーターっぷりが低下している。

 それでもピッチャーの中ではまとめ役になっている。

 やはり200勝投手というのは強い。

 長く続けるということ自体が、プロ野球においては難しいことなのだ。




 大原はこの年齢で、まだ150km/hが出ている。

 ただMLBの記録などを見れば、ランディ・ジョンソンも相当に長くプレイしているのだ。

 MLBは実は、NPBよりもずっと、活躍し始めるのが遅いプレイヤーが多い。

 ルーキーリーグなどで、確認が過ぎているのかもしれないが。

 アーロン・ジャッジなども主力になったのは四年目からで、24歳から活躍し始めている。

 

 MLBは新人育成のことをメイクアップというが、この育成にかなり時間と労力をかけているのだ。

 だが改善したといっても、メジャーとマイナーでは大きな格差がある。

 若手のマイナー選手の日本移籍などは、ステップアップのための一手段。

 日本人選手が実質的に、25歳からしかMLB移籍が難しいというのは、むしろありがたいことであったりする。


 大介は最年少記録は全く取れていないが、メジャーデビュー後の最速記録はおおよそ更新した。

 もっとも記録としてはそれ以外の部分で、圧倒的であるのだが。

 ショートという負荷の強いポジションをしていることは、それほど影響を与えられていない。

 むしろここで鍛えられているからこそ、バッティングにも熱が入るというものだ。


 大介がすべきことは、とにかく直史との対決。

 第二目標としては、去年果たせなかった日本一になることである。

 そう、あくまでも直史に勝つことを、第一目標にするのだ。

(いつまで経っても負けないなんて、むしろ呪いみたいなもんだろ)

 大介が、ほぼ互角の条件で、直史を打って勝つ。

 それが果たされてやっと、直史は偶像化から逃れられるのだろう。

 神のままで引退させたりはしない。

 大介の決意は固い。




 キャリア終盤の大原は、毎年一桁勝利が精一杯であった。

 それでも安定して投げられたことにより、200勝に到達したのだ。

 どの時代も、ライガースのエースではなかった。

 だがどの時代も、ローテからは離れていない。

 そうやってローテを回したからこそ、この大記録にも到達したのだ。


 真田などは14年で既に到達して、そして先にこの世界からは去っていった。

 また直史などはMLB込みであるが、たったの七年で200勝に到達している。

 言うまでもなく上杉は、NPBの記録を大きく更新した。

 これらのピッチャーは、確かに勝ち星が凄い。

 しかしそれ以上に、勝率が圧倒的に高いのだ。


 上杉も真田も、勝率は80%以上あったのだ。

 特に選手生活の前期、肉体的な全盛期で会った頃は、毎年ほぼ90%勝っていたのだから驚きである。

 なおこれはMLBに行った武史もおおよそ同じ数字である。

 一度も負けていない、直史という存在が同時代にいるので、意味が分からないことになってしまっているが。


 高校時代には、一度も甲子園に来れなかった大原。

 SS世代の同年であったことが、彼にとっての悲劇である。

 しかしSS世代に関わったからこそ、プロの目にも止まったと言えるであろう。

 ドラフトで甲子園にも行っていない、それどころかボコボコに打ち込まれたピッチャーが、四位指名された時点で、かなりの期待値はあったということなのだ。




 大介も大原も、共通しているところはある。

 ポジティブでありながら、ストイックなところである。

 もっとも大介の場合はストイックと言うより、野球が下手になる要因を、出来るだけ避けたがっていただけだが。

 それは信念とか執着ではなく、もはや本能のレベルでの話だ。

 生まれてから今まで、もう30年以上になるのか。

 一つのスポーツにここまで打ち込むというのは、なかなかある話ではないだろう。


 悔いなく生きたい。 

 もちろん細かいところで、後悔はいくらでもある。

 だが後悔というのは、ただそれに拘泥して、何も教訓をえないからこそ後悔になるのだ。

 大介は多くの失敗をしてきて、そこから立ち上がってきた。

 そもそもバッターというのは、どうやっても五割以上は打てないのだ。

 ……ポストシーズンに限って言えば、大介の打率は五割を超えているのだが。

 ちなみにOPSも2を超えているので、期待値では全打席で出塁していることとなる。


 欲深い存在でいたい。

 それがちょっと言い方が悪いなら、ハングリーでいたい。

 満足してしまったら、人の成長はそこで止まる。

 企業は常に成長していかなければ、存続しないのと一緒であろうか。

 だがそれでは、いつになれば足りることになるのか。

 この道には終わりはないのか。


 終わりなどはない。

 終わらせることは出来るけれど。

 三冠王になろうが、チームが優勝しようが、MVPに選ばれようが、記録をどんどんと更新していこうが関係ない。

 この道は永遠に続いていく。

 大介は今、その先頭にいるのだ。

 やがてはここで倒れて、道の一部となる。

 果たしてこの記録を破る選手が、今後出てくるのかどうかは分からない。

 あるいはスーパースターの引退は、このスポーツの人気を一気に落とすことになるのかもしれない。




 直史が言っていたことを思い出す。

 目的を果たした彼が、なぜまだ野球の世界にいるのかということを。

 今までであれば直史は、もう球界を引退していただろう。

 息子のために投げるというのは、大介にとっても良く分かる道理であった。

 MLBで二年延長して投げたのは、一つには年金を得るため。

 だが実際のところは、仕方がない状況であったとはいえ、大介に打たれて敗北したことに納得していなかったからであろう。

 分かりやすいところもあるのだ、直史は。


 去年は確かに、不完全燃焼な勝負とはなった。

 だがチームとしては負けても、直史はむしろ大介に勝ったと言えるだろう。

 直史はレックスに対して、それほどの愛着があったのだろうか。

 確かに大学時代から、神宮球場をホームとしてきていた。

 二年連続日本一など、いい記憶も多かっただろう。

 もっとも答えとしては、上杉との協力というのが大きかったが。


 上杉は今後、代議士選挙に出馬する。

 保守与党からの出馬で、今の野党議員を落馬させるだろう。

 そしてその後、千葉県の議会や知事の選挙への応援に来るという。

 直史にとっては故郷である千葉のために、上杉の協力というのは大きなものになるのだ。

 そういった打算があって、上杉から球界の未来を託されたというのである。

 どうにも大介としては、分かりにくい価値観だ。

 MLBのスポーツなどでは、リベラルが多かったと思う。


 もっとも日本の場合、本当の意味でのリベラルはない。

 また与党議員であっても、保守であるとは限らないのが、また面倒なところだ。

 そのあたりは大介も、面倒だなとは思っている。

 とりあえず言えるのは、野球選手などは現役期間が短いのだから、もうちょっと税制に手心を加えてやれと思うぐらいだろうか。

 大介本人は、全くそのあたりは困っていないのだが。




 大介が大介なりに理解していること。

 それは野球の盛り上がりを、どうにか維持していこうという話であろう。

 国際大会での活躍というのが、その中では一番分かりやすい。

 だがおそらく自分はともかく、直史はもうWBCには出てこられないのではないか。

 調整に時間をかけるのが直史である。

 昔ならばともかく今であれば、WBCに合わせて調整し、そこからまたシーズンを戦っていくなどということは出来ないだろう。

 やったとしても相当に無理をすることになる。


 大介は直史の消耗度が、自分よりもはるかに大きなものだと、直接目にしていた。

 試合が終わって倒れたことがある直史だが、大介にはそんなことはない。

 ピッチャーとバッターでは、消耗度が明らかに違うのだ。

 なのでWBCに直史が出るとしたら、引退が決まった翌年にある場合、ぐらいであろう。

 WBC後に引退式をするというものだ。

 もっともWBCで通用する選手が、引退するというのもおかしな話だが。


 柵越えを二打席連続で打ったりすると、やはりスポーツ記者が寄ってくる。

 なんだかんだ先発ピッチャーよりは、毎試合出る野手の方が露出は高くなりやすいのだ。

 そのかわりにピッチャーは、大記録を成し遂げた時ほど、より注目されたりもする。

 さすがに今の直史に、過去の自分を超える力はもう残っていないと思う。

 もしそれが達成されるとすれば、それは命を削る時だ。


 直史は去年と同じように、キャンプではまだゆっくりと調整しているらしい。

 ピッチャーの方が普通は早く仕上がって行くが、それはもう一般論でしかない。

 直史は一般的なピッチャーではないし、ベテランの調整は違う。

 直史は高齢なだけで、ベテランと言うのとは違うのだが。

 まだプロとして九年目のピッチャー。

 それがここまで注目を集めるのだから、それは不思議なことでもある。




 大介もそれなりに、味方のバッターにコーチをすることがある。

 またピッチャーにもアドバイスは出来る。

 とは言っても直史が、何をやってきたのかを教えるだけだが。

「バッピやってやるぞ~」

 気分転換に、バッティングピッチャーなどをやってみたりもする。

 もちろん事故を防ぐため、ネットはしっかりと使うが。

 お願いしますと、入ってくるバッターがいる。


 大介はこの年齢、しかも内野が本職なのだが、MLBでは消化試合で投げていることもあった。

 今でも150km/hが出るあたり、肉体の出力という点では、やはり直史よりもずっと上なのだ。

 しかし球速が、ピッチャーの価値を決めるというわけでもない。

 ただゾーン内に150km/hを投げてくれるバッティングピッチャーというのは、それなりに貴重である。


 周囲からすると、何をやっているのか、というようにも思える。

 だが大介は、気分転換をしたいのだ。

 ここから直史が、どういう調整をしてくるか。

 ついでと言ってはなんだが、武史も今年は帰ってきた。

 もう入り婿に近いような状態で、スターズまで出勤する武史。

 今はレックスやライガースと同じ、沖縄でキャンプをしている。


 こちらは順調に、160km/hオーバーを軽く投げているそうだ。

 全く、この年齢になっても、普通に奪三振王をMLBで取るだけのことはある。

 ちなみにMLBでは、この年齢の奪三振王は過去にちゃんといる。

 1947年生まれのノーラン・ライアンは、1987年から1990年のシーズンまで奪三振王であった。

 特に89年は300奪三振を達成している。




 武史が直史に上回るのは、この奪三振数である。

 イニング数でも上回られることが多いが、奪三振だけは確実に上だ。

 もっとも直史の場合、必要なところではしっかりと三振を奪うのだが。

 そのため必要な球数も、直史の方が相当に少ない。

 当たり前と言われるかもしれないが、直史が300奪三振を達成した年は案外少ない。

 しかし武史は、400近い奪三振を記録しているシーズンがある。

 これは地味に、上杉のシーズン最多記録より多かったりする。


 それでも届かない、昭和のピッチャーは化物である。

 もっとも投手生命などを考えず、奪三振のみに絞っていけば、達成することは出来たのかもしれない。

 あとは登板間隔を短くするか。

 どちらにしろ人間業ではなくなる、という点では同じだ。

 

 昨年の直史の奪三振数は、332個。

 二位の上杉に、かなりの差をつけて一位であった。

 上杉はもう、打たせて取るということも多くなっていたのだ。

 球質が重いため、打球があまり飛ばないから、それが可能になった。

 武史の場合は、ストレートが綺麗にバックスピンがかかっているので、それなりにホームランは打たれる。


 どちらにしろ、化物であることは変わらない。

 日本シリーズを勝つよりも、セ・リーグを勝つことの方が難しいとまで言えるのかもしれない。

 実際にライガースは去年、ファイナルステージで燃え尽きて、それで日本シリーズには届かなかったとも言われているのだから。

 大介としては燃え尽きたと言うより、直史のかけた封印が、強力すぎたというのが実際ではないかと思っている。

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