第4話 紅白戦
二月も後半になると、紅白戦が行われてくる。
レックスもその例に洩れず、特にピッチャーに対する目は厳しい。
そんな中でも、まだ直史はマイペースであった。
そして投手陣が順調に調整されている。
先発としては直史、三島、オーガス、百目鬼までが確定。
昨年21先発し9勝5敗であった青砥も、おそらくは選ばれるであろう。
リリーフデーで乗り切るのか、それとも六人目の先発が用意されることになるのか。
このままならリリーフデーになりそうである。
なぜかと言うと、直史と豊田がリリーフ陣の質を、ものすごい勢いで上げているからだ。
とんでもなく競争の厳しい今年の投手の一軍枠争奪戦。
その中にまだ、大平は残っている。
(なんだか他にもクローザーが出来そうなやつがいるな)
直史はそう、メンタル的な面を観察している。
もっとも試合で使ってみないと、本当のところは分からないが。
開幕からクローザーを固定することはなく、数人の中で競争させるべきだろう。
経営者視点から直史は、そう考えている。
「俺もそう思う」
豊田と意見の一致を見て、直史は頷く。
「だけどさすがに、大平は若すぎないか?」
「世の中には生まれつきのクローザーみたいなのもいるし、それにあいつがどうしてクローザーを目指してるか聞いたか?」
「そういえば、そこまでは聞いてないな」
「一つでも多くの試合に投げたいからだそうだ」
「それは……なるほど」
自身もセットアッパーであった豊田には、なんとなく分かる。
高校までは当たり前のように、毎試合投げていた。
後輩などに任せるにしても、次の試合はすぐにまた自分の出番。
それがプロになると、基本的には先発を期待される。
そして先発になれば普通は中六日、場合によっては中五日と、投げない試合が圧倒的に増えていくのだ。
豊田としてはそれが、試合勘が鈍るようであった。
もっとも大平の場合は、もっと単純な理由も聞いている。
高校時代にまともに投げることが出来なかった大平は、試合で投げることに飢えている。
その飢えを上手くコントロールし、逸ることがなければ、まさにクローザーとして活躍することが出来るであろう。
実際に可能かどうかは、ここからオープン戦で知っていくことになる。
まずは紅白戦であるが。
他のピッチャーの面倒を、よく見ていた直史であるが、自身のことを疎かにしていたわけではない。
球速はそのまま145km/hほどであるが、毎日50球ほどのボールを、しっかりと投げ込んでいる。
肩と肘の調子を見ながら、日によっては左手で投げることもあったりする。
笑えることに左で投げる球速は、現在では130km/hに達しているのだ。
サウスポーの真琴に投げることを教えているうちに、こんな球速になってしまった。
これでちょっと変化球を使えれば、コントロール次第ではプロでも使える場面があるかもしれない。
もっとも右打者の代打を送られたら困るが、その場合は申告敬遠すればいい。
もちろんこんなことをやっていても、本気で両投げなどは考えない。
だが昇馬は別だろう。
短い間であるが、昇馬は直史の指導を受けた。
球数制限の問題を、果たしてどう考えるのか。
現在の文章をそのまま読むなら、両手に分けて投げたとしても、球数の上限は変わらない。
だがそもそもの根幹である、故障を予防するという点では、むしろ球数制限を変更しなければおかしなことになる。
紅白戦において直史は、わざと打たれるということを首脳陣に告げてある。
直史を打つということで、打線に自信を付けさせないといけないからだ。
調子に乗ってもらっても困るが、去年のポストシーズンは、打線がもうちょっと頑張れば日本シリーズには進めたのだ。
もっともその代償に、直史の右腕は壊れていたかもしれないが。
今年はもっと、余裕をもって戦いたい。
そんな直史は、3イニングを投げて毎回一失点。
あえて打たせて点を取らせて、それでいてビッグイニングを作らない。
基準を明確にして、守備にもしっかりと意識させる。
三振を狙うことはない。基本は内野ゴロを打たせていくのだ。
もっとも自分の守備範囲だと、自分で処理してしまったりする。
重要なのは単純に点を取られないことだけではない。
野球というのは多くの試合で、ビッグイニングが発生する。
それを最少失点で防ぐというのが、最終的には勝率を上げていくコツだ。
もっともこれは、言うは易し、行うは難しの代表例のようなものである。
直史個人に限って言うなら、一点もやらないピッチングをする方が簡単である。
(でもこれからは、どんどん球速も落ちていくんだろうしな)
筋力の低下による。
重要なのはスピードだけに頼らないこと。
緩急をもっと極めていくならば、スピードは必要ない。
そして先発である直史が遅いボールを投げれば、その後のリリーフはボールのスピードで勝負することが出来る。
そんなことも考えて、まず3イニングを投げたのだ。
試合は進み、こちらのチームが逆転する。
ここからはリリーフの出番である。
直史と樋口が組んでいた、レックスの黄金時代。
確かに強力な先発ピッチャーがいたが、リリーフ陣、特に勝ちパターンのリリーフ陣も強力であった。
あとはビハインド展開でも投げられる、メンタルのめげないピッチャーもいた。
青砥などは中継ぎと先発、両方をやっていたものだ。
確かに今でも、先発投手というのはNPBでは特別ではある。
なんせ100球投げたら、次の日はまずベンチに入らないのだから。
豊田は新人から少しの間は、先発もやっていた。
だが途中からは完全に中継ぎで、セットアッパーが主なポジションであったが、クローザーとしても投げて、それなりにセーブを挙げている。
そんなリリーフの酸いも甘いも味わったからこそ、今のブルペンコーチのポジションがあるのだろう。
そして豊田としても、大平の能力は認めている。
既に出力は高いが、大成するのはこれからであろう。
将来に期待と、本当なら言ってやりたい。
だが今のレックスの状況を考えると、そんなことも言っていられない。
何より今の大平は、投げることに飢えている。
育成契約のままでは、一軍に入れることは出来ない。
そのあたりの最終的な判断は、首脳陣にあるのは間違いない。
直史がやるべきは、大平の実力が既に、実戦レベルと首脳陣に思わせることだ。
なんだか贔屓しているな、とは自分でも思わないこともない。
なぜかと言うと、それはまず大平が育成契約だからであろう。
基本的にレックスは、最近はもう育成で選手を取ることが少ない。
それだけ育成の限界があるからだ。
しかし鉄也が、育成でもいいからと取らせたこの大平。
それを使えるようにするまでは、自分なりの鉄也への恩返しになるとも思うのだ。
試合の終盤八回、大平の出番が回ってくる。
「肩を作るの、本当に早いやつだな」
そう豊田は感心しているぐらい、大平は肩を作るのが早い。
五球もあれば出来る、などと言っていたが、さすがにそれは言いすぎだろう。
ただそういったビッグマウスなところは、最近の新人にはなかなかいないものだ。
おそらくプロ野球以外の世界では、まともに生きていけない。
あるいはあの体格を考えれば、格闘技なども良さそうではあるか。
おそらく反抗期がやってこないであろう明史。
しかしまだ一人下に男の子がいるのだ。
直史にとっては、唯一特に異常もなく、年齢相応に育っている次男。
これの反抗期に対して、自分はどう対応すればいいのか。
それの練習を若手への指導で練習している、と言えなくもない。
最近の若手は元気がないという言説があるが、実際のところはクレバーなだけである。
昔は科学的なトレーニングがなく、素材だけで勝負をしていた。
なので素材が飛びぬけていれば、多少の不摂生をしようが才能の差でどうにかなった。
しかし今は、その才能の差をどれだけ縮めるか、もしくは才能同士の中で、どれだけ成長できるかが重要になっている。
大平はなんだかんだ言いながら、練習は絶対にさぼらない。
ビッグマウスに実力は伴っていないが、練習量は伴っている。
(守備や連携はしっかりしてるんだけどな)
ピッチャーが一番重要なのは、投げることである。
そこがしっかりしていないと、他の練習を必死になっても評価は上がらない。
マウンドに立つ。
これはまだオープン戦の紅白戦で、単純にマウンドに立つだけなら、バッティングピッチャーとして立ったものである。
だがこれはたかがオープン戦、たかが紅白戦と言っても、本当の勝負の舞台なのである。
(ついに来たぞ)
新人合同の自主トレから、この一軍キャンプに合流しているのは、ドラフト上位の二人と、下位指名が一人に育成枠の大平だけ。
上位の二人は即戦力を期待されたものであり、そして下位指名は自主トレの中で頭角を現した社会人出身。
上位は野手と投手として分かれていて、共にレックスに必要なポジションを期待されている。
大卒出身のクローザー登板が多かった選手は、まさにクローザーを期待されているのだろう。
だが大平はクローザーを譲るつもりなどないし、そもそも譲るようなものではないだろう。
プロのポジションは勝ち取るものだ。
(クローザーはチームに一人)
そう考えると、クローザーこそがそのチームの、本当のエースであるのかもしれない。
高校時代はまともに投げる機会もなかった自分が、あえてクローザーを狙う理由。
それこそクローザーが、エースであるからという理由による。
尊敬する大投手は、もちろん先発としても傑出した、空前前後のレジェンドだ。
しかしクローザーとして投げた場合、その全ての試合を勝たせている。
特別な一人に、多くの人間はなりたいのだ。
ナンバーワンではなくオンリーワンなどというが、オンリーワンこそ即ちナンバーワンであるのがプロの世界だ。
ピッチャーに多様性はあるが、その中で一番の実力と言えるのが、オンリーワンでありナンバーワンになるのだ。
優勝チームのクローザーこそ、ナンバーワンであろう。
少なくとも大平はそう思っている。
マウンドに立つ大平の姿を見て、直史はその適性を察する。
まだ一球も投げていないが、既に貫禄めいたものを発している。
もちろんその雄大な体格が、相手に与える威圧感というのもあるだろう。
しかし空気がぴんと張ったのを、直史は感じている。
(これを埋もれさせたのか)
高校の監督というのは、どれだけ無能であったのか。
だが大平はプロのトレーニングを経験し、そして直史に接したことにより急成長したのだ。
元々フィジカルは、干されていた頃もずっと鍛えていた。
そこに適切な指導が加わったのである。
メカニックがまともになってきて、パワーもしっかりと伝わるようになった。
160km/hオーバーという、才能がなければ到達しないという世界。
直史などは154km/hがほんのわずかに計測されただけ。
それでもあの体格からすれば、奇跡のようなものなのだが。
大平は恩を感じている。
それは自分をプロの道に導いてくれた人と、プロで自分を鍛えてくれた人。
ヤンチャというのは高校生ぐらいまでは普通にあることだ。
全くヤンチャではなかった直史だが、それは分かっている。
また最近のヤンチャというのが、ただの馬鹿であることも分かっている。
家庭環境から、親の関心を強く引けなかった。
そういう人間は多いのだろう。
大平はもう、プロの世界に来ている。
ここでは言い訳など通用しない、結果が全ての実力社会。
むしろシンプルで分かりやすいだろう。
自由ではあるが、責任は自分にある。
コーチなどの指導についても、それを取り入れるかどうかは自分の責任になる。
大平は練習量が多く、それでいて集中もしているので、あとは練習のしすぎを注意するぐらいだ。
野球に飢えていた大平は、止めないと本当にやりすぎる。
その大平の第一球。
ほとんどど真ん中のボールを、相手バッターは見逃した。
(速い)
だが簡単に打てそうなコースではある。
150km/hの半ばは軽く出ていそうであるが、プロであればそれぐらいなら対応出来る。
だが二球目、手前でわずかに変化したクセ球。
ミスショットで、ファールにしかならない。
本気で投げているのに普通に当ててくる。
これがプロのレベルなのだと、大平は改めて痛感する。
高校野球をほぼ飛ばして、一気にプロの世界にやってきた。
そしてこれは一軍のオープン戦であり、対戦相手は同じく自軍の一軍候補。
競争相手は対戦する球団ではなく、味方の中の同じポジションのピッチャーたち。
試合の前の段階から、本当の勝負は始まっているのだ。
直史が技術を全く隠さず開帳するというのは、どうせ真似は出来ないということもあるし、自分のポジションに固執していないからでもある。
圧倒的な差があれば、チームの勝利のためにそれを伝えていく。
どうせ自分は、プロ野球においてはワンオフの存在。
そこからどうデータを取って活かしていくかは、球団のデータ班の仕事でもある。
ただ、もっと分かりやすいピッチャーである武史を手に入れた、スターズはどうなっているか。
あちらもピッチャーの出力は、おおよそ生来の才能に由来するので、あまり参考にならないかもしれない。
そもそも肩の駆動域の広さが、武史のピッチングのポイントなのだ。
下手をすれば肩が故障するだろうが、スロースターターであることが幸いになり、酷使されることがあまりなかった。
大平は特大の素材だ。
そしてメンタルは、ハングリー精神が旺盛であると言えよう。
問題はその肉体のコントロールと、闘争心のコントロールだ。
直史はいざという時に引き出すタイプ。
対して大平は、常に闘争心に満ちている。
そのいきすぎた闘争心を、果たしてどれだけ抑えることが出来るのか。
あるいは抑えず、そのメンタルのままに力を引き出すことも重要だ。
コントロールはボールのコントロールではない。
肉体のコントロールと、メンタルのコントロールを指す。
そしてそれを活かすのはインテリジェンス。頭脳のコントロールだ。
ただ大平は今のところ、圧倒的に経験が足りていない。
バッターとの駆け引きなど、まともに出来ないであろう。これは何より経験がものを言うからだ。
そのあたり先発ではなく、パワーだけで押すリリーフというところを目指すのは悪くない。
直史としてはむしろ、羨ましいぐらいである。
サウスポーで、体格も充分。
そして足が高く上がる、柔軟性も持っている。
それでも自分は、野球以外の道を選んだ。
引退後には野球からは離れるだろうが、野球の経験は多くのつながりを生んでくれた。
ないものねだりはするべきではない。
最初のバッターのバットを折って、次のバッターは内野ゴロ。
そして最後には三振と、なかなかの登板であったと言えるだろう。
「次のイニング、もう一人だけいかせてみよう」
「ん? 回またぎを出来るかどうか試すのか?」
「いや、集中力がどうなっているか、それを確認したい」
「なるほど」
クローザーであっても、回またぎで投げなければいけない場面はある。
それを確かめるのが目的だ。
予想通りであった。
次のイニングも一人、と言われて少しだけ不思議そうにしながらも、それに従った大平は、二者連続でフォアボールを出してしまう。
そこでピッチャー交代である。
この、前のピッチャーがランナーを二人出してしまったという状況を、どう切り抜けるか。
これもまた適性を量るためには、いいシチュエーションである。
去年はセットアッパーとして投げていた平良が、ここでマウンドに立つ。
厳しいシチュエーションであるとは、誰もが分かっている。
一方の意気消沈している大平には、直史が声をかける。
「一度集中力が途切れてしまったかな?」
「うす……」
「落ち込むのはやめて、平良のピッチングを見ておけ。ああいう割り切ったピッチングが必要になることもある」
今の大平はまだ、どんどんとインプットをしていった方がいい段階だ。
平良は高卒三年目。二年目で既に、リリーフとしてはかなりの役割を果たした。
前のピッチャーがフォアボールでランナーを二人も出してしまっている。
基本的にはラストイニング、頭からいくクローザーよりも、状況は厳しいであろう。
だが試合の状況を考えていけば、最低でもどういうピッチングをすればいいか、それが分かってくる。
「点差はこちらが二点勝っていて、そして最終回。つまり一点は取られてもいいと考えていくんだ」
1イニングで一点を取られれば、一気に防御率が上がってしまう。
だがクローザーとして重要なのは、試合に勝つことである。
防御率が4だろうが5だろうが、セーブに失敗しなければ良し。
直史もそう考えているが、実際のところクローザーとしての直史は、防御率が0であるので皮肉になりかねない。
ハイスコアの殴り合いでも、スミイチの1-0でも、勝ちは勝ち。
そう割り切って考えるのが、プロとしては重要だ。
プロとして重要なのは、もう一つ敗北を引きずらないことである。
負け犬根性が染み付いてしまうならば問題外だが、負けてもその要因を分析し、次につなげられるのが長く生き残る。
常識的に考えて、スーパースターのエースであっても、年に何回かは負けて当然なのだ。
それを直史が言っても、自慢か何かにしか聞こえないが。
分かってはいるのだが、一般論として直史は話している。
ここは一塁ランナーがホームに至る前に、スリーアウトを取ればいい場面だ。
進塁させてもいいから、まずワンナウトを取る。
基本的にゴロを打たせるべきと考えればいい。
もっとも進塁も出来ない、内野フライの方がさらに確実だが。
「相手からするとゲッツーだけは避けたいとか、そういう思考も働いてるからな」
あちらのチームにとってはチャンスだが、バッターにはプレッシャーがかかってもいるのだ。
キャンプで一軍にいる選手は、ある程度は開幕一軍が決まっている者もいるが、ある程度は当落線上にいる。
そういったしぶとい選手を、打ち取っていくのがピッチャーの役目。
ここでもまた、違うポジションではあるが、競争が繰り広げられる。
「ナオさんはどうして、三点も取られたんですか?」
大平は時々、こういう直球の質問もしてくる。
直史としては、別に隠しているわけではない。
それが今日の課題であったからだ。
「相手が一点を取った後、追加点を許さないための守備練習をしてたからな」
そんな直史は、ホームランでの失点と、フォアボールでの出塁は許していない。
平良のピッチングは、まさに直史が予想したものとなった。
内野フライでまずはアウトを取って、次が外野フライ。
これで二塁ランナーは三塁に進んだが、ツーアウトとなってしまう。
ツーアウト一三塁であると、ヒットが出ても一点まで。
長打にさえ警戒すればいい。
「あいつもクレバーなピッチャーだからな」
前年に30個以上ものホールドを、伊達に記録していないということだ。
大平にもその堅実さが、分からないわけではない。
だがそれでも、一人のランナーも出したくない、という気持ちがある。
自分がフォアボールで出しておいてなんだが、野球のピッチャーというのはもっと、圧倒的なものではないのか。
そんな不完全燃焼の大平の気持ちを、直史は感じている。
どんなピッチャーを目指そうと、それは自由だ。
自分のようなピッチャーを、というならさすがに止めるが。
直史の真似をしていたら、確実に故障する。
それが分かっているのだから、止めるのは当然である。
平良はどちらかというと、直史タイプではある。
セットアッパーではあるが、上手く打たせて後ろにつなぐ。
本来ならば、クローザータイプではないと言えるだろう。
球速があり、さらにサウスポー。
左バッターが増えている現在、どんどんと需要が高まっている。
もっともピッチングフォームは、もうちょっとスリークォーター気味にした方が、ボールに角度がついて打ちにくいだろう。
しかし一年目から、そこまでいじっていくつもりはない直史だ。
結局平良は、最後も内野ゴロを打たせて試合を終わらせる。
大平は一回と1/3イニングを投げて2四球である。
成果は出ていたが、課題もはっきりした。
もっともそれは、どんどんと潰していけばいい程度のことではある。
当初の予定では1イニングだけであったのだから、集中力が途切れるのも無理はない。
むしろこれを、オープン戦の初登板で仕掛けた直史の意地が悪い。
だがこれで、自分の弱点も分かってくれるだろう。
「状況によっては同点の場面で投入され、延長ということもあるからな」
去年の最終戦の直史がそうであった。
九回に投入され、3イニングを投げたのだ。
レックスもライガースも、レギュラーシーズンは一度も引き分けがないという、奇妙なシーズンではあった。
だがその唯一の引き分けが、よりにもよってポストシーズンクライマックスシリーズの最終戦になるとは。
正確には引き分けですらなく、日本シリーズ進出条件を満たしたため、試合終了となったわけだが。
ルールに詳しくない観客からの怒号などは、たいそう甲子園に響いたものである。
ライガース応援団からさえ。
スーパースターの対決。
それが明らかに成立するのは、普通ならば個人競技だろう。
だが集団競技の中でも、野球のピッチャーとバッターの対決は、かなり特殊な絶対的価値を持つ。
去年のファイナルステージ、直史は第六戦までに三勝して、レックスの全ての勝ち星を上げていた。
そしてあの試合も、3イニングパーフェクトピッチング。
4イニング目に大介との勝負が待っているはずであったのだ。
実戦であれば、クローザーはほぼリードした場面で最後に投入される。
だが状況によっては、クローザーとセットアッパーが入れ替わることもある。
特に大平はサウスポーなので、左が続くところで使われる可能性が高い。
よってまだ一年目のこの年、チームの優勝に貢献するには、自在性のあるリリーフであることが必要なのだ。
どちらをクローザーにするか、おそらく豊田の意見が強く通る。
そして豊田は直史の意見に、ある程度は配慮してくれるだろう。
ただ直史はプロの、生きたシーズンとしては短いし、また指導者としてもそれほど活動はしていない。
だが豊田は知っている。人間は何を言ったかではなく、誰が言ったかでその言論の重要度を判断する生き物なのだと。
技術論をさせたら、他の誰よりも直史に説得力があるだろう。
また直史は、自論を押し付けるタイプでないことも知っている。
言動は論理性があるため、説得もしやすい。
ただ人間は、自分自身がやりたいことかどうか、それが未来を決めると思っている。
自分の意思が一番重要なのだ。
大平の場合は、それ以前の問題で学ばなければいけないことが多い。
中学生レベルで止まってしまっているのだ。
だからこそ育成でしか取れなかったというところだろうが、育成でも取るべきだと判断された。
鉄也ももう60歳の半ば、本当なら定年であるのだが、いまだに契約して発掘に励んでいる。
今では関東だけでなく、全国を回っているのだとか。
直史も世話になったし、このキャンプにも顔を出した。
大平曰く、新人の合同自主トレ中も、何度もその姿を見せたらしい。
還暦になってもまだ、自分のしたことを仕事にしている。
なんとも羨ましいことだが、おそらくジンも同じであろう。
あそこの親子は、本当に野球に魅入られた人間なのだ。
それを理解してくれる配偶者を得たというのも、同じであるか。
今のところクローザー候補は三人。
大平に加えて、去年のセットアッパーであった二人である。
もっともセットアッパーと、クローザーの間では負担がかなり違う。
それとレックスのスカウト陣も、まだ外国人を諦めていないらしい。
確かに今のレックスでは、主力と確実に言える外国人は、二人しかいないのだが。
日本のトップレベルがMLBに移籍し、MLBの落ち目の選手がNPBにやってくる。
なんだか二つのリーグの間に、一軍と二軍という分類が発生しそうだ。
ただ日本からアメリカに行くのは、どちらかと言うと敷居が高い。
それはもちろん、トップレベルでないと通用しないから、というものがあるのだろう。
それでも大金を稼ぐなら、MLBに行くしかない。
NPBがMLBの選手の育成に使われている、という見方もある。
だがポスティングによって、NPBはどうにか維持できているのだ。
あとは出来れば、球団数を増やしたい。
今の日本は、野球の人気が戻ってきている。
それでも少子化や選択肢の多様化によって、どうしても衰えというのはあるのだ。
別に日本だけの問題ではないだろうが、野球のようなスポーツ、芸術である音楽、またサブカル分野なども、全て経済状態がいいところで盛んになる。
実業が盛んであってこその虚業。
直史はそう思うからこそ、実業の方に力をかけようとしていたのだ。
それがこのように、何度も呼び戻される。
おそらく今の日本に必要なのが、虚業であるからこそなのか。
今の日本に一番不足しているのは、ポジティブシンキングだとは思う。
それで直史も、銀行との交渉などに同行したりもしたのだ。
(新しい時代、もう近づいてると思うんだけどな)
目の前には、若手たちが並んでいるのだ。
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