第3話
「ゆうたっ!」
聴きなじみのある声が蒸し暑さにうだる騒音の中から突然、町の喧騒の中から独立して響いた。
僕には高校生から付き合っている彼女がいる。「瞳」という名前に負けない、大きくて美しい目の女性だ。同じ高校で大学受験を共に乗り越え、東京都内の違う大学に通った4年を経て、ともに就職活動を乗り越えた。彼女と結婚する未来を、僕はひそかに思い描いている。金曜日の夜、今日は僕の家に来ることになっていた彼女を駅まで迎えに来ていた。
「仕事、ちょっと長引いたんだね。お疲れ様。」
「つかれた!ありがとう!つかれた~~!」
「なにいってるの。」
僕は少し笑いながら答えた。彼女は、あらゆる新社会人がそうであるように初めての上司からの命令に戸惑い、不満を感じ、それでも日々奮闘している。かくいう僕も、もれなくその新社会人の一人なのだが。
彼女の愚痴を聞きながら徒歩10分ほどの自宅アパートに歩みを進めていた。彼女の愚痴を話す口が軽いうちは、まだ大丈夫。口数が減り、愚痴を話し始めるまでに時間を要するようになると真剣に話を聞いてやる必要があるということを,僕は6年以上にわたる経験から導き出していた。
「今日は何食べさせてくれるの?」
彼女が目を輝かせながら聞いてくる.今日は僕が彼女のために夕食を用意する予定だった.
「夏野菜カレーだよ.完成させてから出てきたから,あとは食べるだけ.」
「ほんと!昨日インスタで夏野菜カレー作る動画みてたの.」
彼女の明るいリアクションに心が洗われる感覚を覚えているうちに自宅アパートに到着した.
長くなった日も落ち,僕はソファに座り食器がぶつかる音を聞いていた.キッチンでは夏野菜カレーに汚れた食器や調理器具を洗ってくれている.1LDKのアパートではどこにいても生活音は聞こえてくる。家に満たされた穏やかな空気が、ほんのりと暖かな眠気を纏っていた。瞼が重たくなるにつれて、食器のぶつかる音が遠くなる。
ピンポーン,ピンピンポーン
突如鳴り響いたチャイムに目を覚ます.
「だれかきたよ?」
いつの間にか食器洗いを終えた彼女は,僕の隣に座っていた.
「でてくるよ。」そう答えた僕は,扉の向こうにいる人物を予期して気を落としていた.来訪の際にわざわざ3回もチャイムを鳴らす人間を,僕は一人しか知らない.
いつかどこかのタイミングで紹介する必要があることはわかっていた。何となく機会を伺っているうちに,そして何となく避けているうちに6年も経過していただけだ。
「ゆうたあ!来たぞ~!」
「あぁ、うん。久しぶり。」
兄がリビングからこちらを覗くように見ている彼女に気づいた。
「おぃ、誰や?初めまして!」
「うん、彼女の瞳だよ。ずっと付き合ってる。」
「おお!瞳ちゃんか、初めまして!」
兄には彼女の存在を伝えていたが、二人が対面したことはなかった。また、彼女のほうもそうだった。
「お兄さんですか!初めまして、東田瞳と申します。ゆうたくんとお付き合いさせていただいています。」
「聞いてる、聞いてるよ!初めましてどうも!」
兄は僕を押しのけるようにして、ずかずかとリビングまで入ってきた。二人にばれないようにため息を吐いた僕は、兄の背中を追ってリビングに入った。できることなら、彼女と兄を合わせるのは両親のいる場にしたかった。両親のいる場では後ろめたさからか兄は少しおとなしくなるが、弟の僕では制御しきれない。
ふと、兄が提げているコンビニのビニール袋が目に入った。水滴のついた白いビニール袋が透けて、缶のアルコール飲料が透けて見えた。「あぁ、、」はっきりと声になったため息は、兄が閉めたリビングの扉にさえぎられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます