第24話 「万年金欠一応貴族」

 延々と続くかと思われた責め苦––––––––結局は俺が自らの首を絞めていただけなのだが––––––––はようやく終わりを告げた。

 多くの商人と魔術師、そして馬車で賑わうアムレト西門へと辿り着いたのだ。

 

 アムレトはその立地上、東西南北で四つの区域に分かれ、またそれぞれで大きく性質が異なる。 


 鉱山に接しており、多くの鉱山労働者が住む北部。

 冒険者ギルドを中心に、冒険者や旅人向けの店が立ち並ぶ南部。

 鉱山で産出される宝石により、巨万の富を得た商人や貴族の屋敷が密集する東部。

 

 魔術街ベンターナから様々な理由で移住してきた魔術師と、ベンターナの周囲を囲む大結界を通れなかった魔術師。

 そして、そんな彼らを対象に定め商売を行う魔術に精通した商人が住まう、西部。

 学院へ挑む夢に敗れた者が、学院で夢から覚めた者が、夢を見る暇もなく生活の為奮闘する者が集う、誰も夢見ぬ夢の跡地。


 あまり、長居したくはないな。

 未来への展望を多少なりとも持ってしまっている今の俺では、ここの雰囲気が毒になる。

 前世のままならば、恐らくすぐに馴染んだのだろうが。


「んー……いつもならこの辺に居るんだけど……今日はもう仕事中?」

「テラスさん、誰かお探しですか?」

「そうそう、贔屓にしてる馬車のおっちゃんが居るんだけどね?今日はもう––––––––いや、居た!ちょっと話つけてくるから、ここで待ってて!」


 テラスさんはすぐさま走り出し、人混みへと飛び込む。

 ここで待っててとは言われたものの、流石に道の真ん中で棒立ちになる訳にもいかない。

 レクシーと一度顔を見合わせ、すぐ後を追う。


「––––––––いやー、もうちょっと安くならないです?一応今回は私の連れが払うらしいんですけど、金貨三枚は流石に高いですよ!」

「いんやあ、嬢ちゃんの頼みは聞いてやりたいんだがね。こんなんでも一応商売なんだよ。馬の世話代に俺の生活費、護衛の魔術師を雇うのだって安くないんだ」

「私だって魔術師で冒険者なんだけど!?」

「でもよ、嬢ちゃんの獲物は斧じゃないか。ぽーしょん?の事には詳しくないが、ぼくが求めてるのはこう……火の玉とかを飛ばしてくれる人なのよ」

「わ、私だって火の玉くらい頑張ったら出せますけど!?」


 テラスさんと初老の男性が、壮絶な舌戦を繰り広げている。

 ……うん、子供を嗜める父親みたいだ。

 多分あの人がテラスさんの話していた”贔屓にしているおっちゃん”なのだろうが、もしや普段からあのような会話を繰り広げているのだろうか。

 

 それと、金貨三枚はそこまで高くない気がする……いやまて、今の俺達の全財産っていくらだ?

 父上が金貨を数千枚単位で動かしていたせいで、微妙に金銭感覚も狂っている気がする。

 食べ物の値段から考えると、銀貨で一千円、金貨が一万円くらいの感覚で考えるのが妥当なのだろうが、やはり本当にプロスパシアって大貴族だったんだな。


 ––––––––なお、俺達の全財産は金貨が一枚、銀貨が三枚、銅貨が七枚だった。

 うん、思っていたよりも払えそうにないな!


「すみません、ご歓談中失礼します。テラスさんの話していた連れ、というのは俺達なのですが……これでも一応、魔術師の端くれでして。モンスターや野盗から馬車を守る程度の仕事であれば、十分に遂行できますよ」

「本当か?あんたらを疑ってる訳じゃねえんだけどよ、無条件に人の言葉を信用するってのも土台無理な話ってんだ」

「……それはその通りで、返す言葉もありません。ですが、そこをどうにか信用して頂きたいのです。魔術の腕とほんの少しのお金以外だと、こうして頭を下げるしか出来る事がありません」


 とりあえず下げられるだけ頭は下げて、駄目そうだったらテラスさんに泣きつこう。

 普通に張り倒される可能性はあるが、それはやらない理由にはならない。

 貴族の誇りなんて物は、旅に出る時に投げ捨てた。

 どうせ減るのは俺の信用だけなので、真面目かつ気楽にやればいい。


「……あんたら、貴族じゃないのかい?身なりからして金は持ってそうなのによ」

「俺達が貴族だったのは、つい先日までです。今は、ただの旅人でしかありません」

「そうかい。ま、詮索はしねえよ。試すような真似をして悪かったな。嬢ちゃんが連れてきた以上、無下にはしないから安心してくれ。馬車の護衛として働いてくれるんなら、別に金を取る気はないさ。そんじゃ、付いて来てくれ」


 ……いい人だ。

 すごくいい人なだけに、こちらが騙しているみたいで心苦しいな。 

 

 とはいえ今更申し訳なくなった所でどうにもならないので、厚意にはしっかり甘えさせて頂こう。

 

 おっちゃんの後を、三人で黙って付いていく。


 * * *


「ほらよ、こいつが俺自慢の馬と……荷台だ。お貴族様が普段乗ってるのと比べたら貧相だがよ、慣れれば意外と悪くないぜ?」


 おっちゃんに連れられ、街の外へ。

 周囲に様々な馬車が立ち並ぶ中指差されたのは、実に元気な馬と、板を貼り合わせて作られた荷台でした。

 天井ナシ、座りやすそうな場所もナシ、当然クッション性もナシ。

 

 間違いない。

 高速バスなんて目じゃないレベルの地獄を、俺はこれから味わうことになる。


 前回馬車に乗ったのは実に九年前、プロスパシアの屋敷へ移動する時だった筈だが、あの時乗った馬車は多分とんでもなく豪華だったのだろう。


「どうした、感動のあまり声も出ないか?……なんて、貴族様の乗る様なモンじゃないのは俺が一番分かってるがよ。ま、よろしく頼むわ」

「いえ、お気遣いには感謝しますが、別に気にして頂かなくて結構ですよ。俺も俺の後ろにいるのも、こう見えてしぶといですから」

「……私は君ほどしぶとくないよ。見た通り、か弱いからね」

「そうですね、図太いの間違いでした。ふてぶてしいの方がいいですか?」

「なんか当たりが強すぎない?ま、別にいいけど」


 この先に待ち受ける絶望を予見しながら、荷台へ乗り込む。


 さようなら、俺の尻。

 どうか、無事学院に辿りつけますように。  

 

 


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