第23話 「タチの悪い愉快犯」

「師匠……本当に学院に?一日経っても信じられないんだけど。だってほら、あの人が店を出てるとこって……ノベルも見た事ないよね?」   

「あそこが店として機能している所も見た事がないですけどね、俺は」

「あ、確かに。そうだ、一応言っておくけど……宿の件、まだ根に持ってるから」

「それは知りませんよ。第一、先にあんな事をしたのは貴方でしょう?枕投げの枕に魔術を付与エンチャントするとか、何食べてたら思いつくんですかこの魔術狂」

「う……でも、枕を基礎空間圧縮魔トランスファー術で飛ばすのも大概インチキだと思うな、私」


 雨が静かに降り注ぐ早朝、冒険者ギルド付近の木陰で雑談しながら暇を潰す。


 セル・ウマノ魔術学院、及びその周辺に作られた魔術街ベンターナまでの案内をテラスさんにしてもらえるという事で、待ち合わせ場所に指定された冒険者ギルドの前に来たのだが––––––––


 どうやら、早すぎたらしい。


 一応これでも道中で買い食いなどをしてきたのだが、それでも早すぎた様で。

 この場所に着いてから、既にかれこれ数十分は経過している。

 屋敷にいた頃は二人して睡眠時間を削っては魔術の研鑽に没頭していたので、どうにも時間感覚が狂っている気がしてならない。

 ……いやしかし、普通に屋台は開いていたんだよな。


 正直認めたくはないが、今現在の俺達は世間知らずのお坊ちゃまとお嬢様でしかないのかも知れない。

 少しずつでも学んでいくしかないな、この世界の一般常識。


 * * *


 その後も待つ事一時間、約束そのものを忘れられてしまったのではと俺達が勘繰り始めた頃、冒険者ギルドの方から一人の少女が何かを話しながら走ってくる。

 どうやら、心配は杞憂に終わったらしい。


「––––––––遅れてごめんー!ちょっと手続きに手間取っちゃって、思ってたより遅れちゃった。待ったよね、ほんとにごめん!」

「いえ、大丈夫ですが……手続きとは?」

「ほら、ベンターナに入る為の鍵ってあるじゃん?あれ、実はギルドに預けていたので……受付の人が新人だったみたいで、時間が掛かっちゃって。でもばっちり受け取れたので、もう大丈夫です!それじゃ、行こっか!」

「おー。あ、馬車代はノベルが出すらしいよ?」

「……らしいので、テラスさんは安心して下さい。ですがレクシー、俺と貴方の財布は共通ですよ?」


 と、いう事で。

 俺達二人だけだった旅の仲間に、一時的ではあるがテラスさんが加入した。

 ベンターナまでは馬車を使えば半日程で着くので、その後に街の中を案内してもらう所まで含めても数日間の関係だろうが、頼りになる事この上ない。

 

 ……何せ、最近はレクシーと二人きりでいるのが少し気まずいからな。

 テラスさんが居るのなら、レクシーも少しは人目を気にしてくれる筈だ。

 そうなれば俺も平常心を保てるので、最早何も怖いものはない。

 ––––––––と、思っていたのだが。


「ところで。お二人は昨日、何か進展はありましたか!」

「何のですか!?一日では何も変わりませんよ、何の話かは知りませんが」

「ほんとー?昨日と比べて距離感が元に戻ってるし、逆に何かあったと思ったんだけどなー。そういや、宿はどうしたの?やっぱり二人一緒?」

「うん、そうだけど。普通に二人用の部屋があったから、少しだけ節約になったらしいよ?まあ、お金の話はよく知らないけど」

「ふーん?二人部屋とは、やっぱり何か面白い事に––––––––」


 ……テラス・ディーロシー。

 間違いなく、彼女は敵だ。

 どうしようもなく俺にとっての天敵だ。 

 人の恋路の邪魔はしないが、茶化して回る愉快犯なんて。

 そんなの、タチが悪いにも程がある。


 別に悪意はないんだろうが、それでも悪性だと言いたくなる様な質問の数々が止まる事は、なかった。


「ちなみに、お二人の出会いのエピソードみたいなのはあるんですか?もしよろしければ、人に話しても大丈夫な範囲で教えてください!」

「……そう、これはまだ私達が幼かった頃の話。たまたま外に出ていた私は、ノベルと実に衝撃的な出会いを果たしたんだよね」

「衝撃的な出会い、ですか。そういうの、本当にあるんですね!」

「……出会い頭に魔術で超加速した膝蹴りを叩き込んだのを、美談っぽく語らないで下さい。いやまあ、衝撃的ではありましたけど」


 しかも困った事に、ノリノリのテラスさんに同調したのかレクシーのノリも良くなってしまった。

 これにより俺の味方はゼロ、俺の視点ではラブコメディからラブもコメディも抜き取ったかの様な地獄が開幕した。

 他人が見ればさぞ愉快だろうが、俺にとってはまごう事なき公開処刑だ。


「じゃあ、今度はいつ好きになったのかも知りたいです!」

「了解。でも、具体的にいつってのは無いかな。ノベルは、色々なものに嫌気が差していた私と向き合って、話し合って、そして対等な関係で競い合ってくれた。それに私は何度も何度も救われたし、その度に好きになってしまったから」

「おおー!あ、ちなみにノベルさんの方はどうなんですか!?」

「……え、俺ですか?話を振られても困りますよ。そもそも––––––––いえ、忘れて下さい。明確にいつ、みたいなのがないのは俺も同じですから」


 思わず口から出掛かった単語を呑み込み、適当に誤魔化す。

 この流れで、つい最近まで一切恋愛対象として見ていなかった、と言えるだけの度胸は俺に備わっていなかった。

 というより、そんな事を口走ったら面倒な事になるのは火を見るより明らかだ。

 良くて何時間も問い詰められた後半殺し、最悪の場合レクシーの精神状態が地に堕ちる。

 

 流石にそこまではないと信じたいが、俺の思っていた以上に彼女の闇が根深そうなのもまた事実。

 数年単位で拗らせたものを一朝一夕で片付けるのは不可能だし、今の状態で安定しているとはとても思えない。


 問題の根幹にあるのは自己嫌悪と罪悪感なのだろうが、両方とも本人の問題なので俺がどうにか出来る訳でもなし。

 結局、支えられるところを少しでも支えていく以上の方法は無いんだよな。

 焦っても仕方がないのは分かっているが……せめて、誰かに相談できないものか。


「––––––––あ、そうだ。テラスさん、恋愛相談とかって受け付けてます?」

「はい?いやまあ、恋バナならいつでも大歓迎ですけどー……だからって今その話します?しかもなんか真面目な顔で言われても困るんだけど!?」

「……浮気?」

「何故に!?いやそうはならないでしょう、普通はならないんですよ分かって下さい。相手だっていませんし、そもそも別にまだ結婚した訳ではないでしょう!?」

「まだ?まだって事は、今後そうなる気はあるんだよね?ふふ、また一つ楽しみが増えた。君のお陰だよ、ノベル」


 よし、つい先程の思考は全て撤回しよう。

 こんな急アクセルを踏めるのなら、多分そこまで気にしなくても大丈夫だ。

 昨日は物理的に距離を詰めてきたが、今日は精神的に堀を埋めるつもりなのか?

 どちらにせよそれだけ想ってもらえるのは嬉しいが、やはり心臓に悪いので、もう少し距離を取って欲しいものだ。


 無論、精神的にも物理的にも。

 

 

 

 

 

 






   



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