第22話 「Go To アムレト」

 実に、心地の良い朝だ。

 多少肌寒くはあるものの、クロイゼルンの街と比べれば許容範囲。

 葉擦れの音と動物の鳴き声も、聞くことで自然と心が落ち着く。


 だが、俺の心はそこまで清々しいものでもなかった。

 別に不安があるとか、困り事がある訳ではないのだが、一つだけどうしようもない悩みがある。

 テラスさんが取ってきた握り拳ほどの大きさの黄色い果実を齧りながら、俺の右側に明確な質量を持って存在している悩みの種から目を逸す。


「やっぱり、私が寝ている間に何かあったよね!?出会ってからほとんど経ってない私にも分かるよ、だって昨日と明確に距離感が違うもの!」

「別に、何もなかったけど。ね、ノベル」

「そうですね、何もなかったと主張するならせめて俺の右腕を離してからにして下さい。あと力も強すぎますよ、流石の俺でも逃げはしません」

「……本当に昨日、私の知らないところで何が。普段から人の恋路を茶化して回る私でも、一日でここまで変わられると流石に驚くかなー!?」


 ––––––––そう。 

 絶賛対処法が分からず悩んでいるのは、に関してだ。


 朝起きてからというもの、なんかやたらレクシーが距離を詰めてくる。

 物理的に。

 別に会話の内容も声のトーンも普段通りなのに、ただひたすらパーソナルスペースという概念が無視されている。


 そしてまあ困った事に、こうなった原因も分かりきっているんだよな。


 昨夜何故か急に打ち明け話をされたと思ったら、長年積み上がった諸々の感情が爆発したのか大変な事になってしまったし。

 俺も俺で死ぬ程焦った上、彼女があれだけ抱え込んでいたのに今まで気付けなかった自分が不甲斐なくて、何をすれば良いのか分からなくなってしまった訳で。


「……テラスさん。こういう時ってどうしたら良いのか知りませんか?」

「知りませんって、なんですか惚気ですか!?嫌なら強引に引き剥がせばいいと思うな!どうせ別に嫌がってはないんでしょうけど、お幸せに!」

「大丈夫。言われなくても幸せだよ、私は」

「うん、一目見たら分かるくらいには幸せそうだもんね、今のレクシーさんは!」


 ––––––––そして、焦りと勢いのままプロポーズ紛いの事をしてしまった結果が、これだ。

 いやあ、寝不足って怖いな。

 何の躊躇いもなくあんな事を言えるとか、気が狂っているとしか思えない。

 別に後悔はしていないし、言った言葉も全てが掛け値なしの本音であるのは間違いない、が。


 ……こうして腕を掴まれていると、流石に冷静で居られないので困る。


 * * *


 と、まあ。

 その後も色々とあったが、何とかレクシーとの最低限の距離を確保してからキャンプを離れる事ができた。


 今日の目標は森を出る事。

 そして、アムレトに辿り着く事だ。

  

 魔術で上空に吹き飛び周辺の地理を確認する、という俺が考案したまるで罰ゲームみたいな手段を使わなくて済む様に、テラスさんには是非とも頑張ってほしい。

 ……本当に、お願いします。


「この森で迷わない為に大事なのは、私たちがさっきまでいた様なキャンプの位置を覚える事。冒険者達の長年の努力により、この森には結構な数のキャンプが設置されているのです!」

「なるほど、どこかの冒険者が残したのだとは思っていましたが……意図的なものだったんですね」

「そ!この森は結構広いから、一定間隔でああいう場所が作られたんですよー。探索の拠点兼、いざという時に救助を待ちやすくする為の場所って感じ?ちなみに、私は訳あってこの森のキャンプは大体把握していますから、頼ってください!」


 ああ、なら最悪の場合はあのキャンプに戻って救援を待てば良いのか。

 少なくとも、森を焼き払うよりは現実的で罪にも問われない。

 テラスさんがいる限り、そんな事態には陥らないだろうが。

 

 なんて、高を括っていたら失敗するのが世の常––––––––


 * * *


「よーし、着いたよ!ぶっちゃけ何もない街だけど、旅の疲れを癒すには丁度いいんじゃないかな?少なくとも、酒場と宿にだけは困らない街だし!」


 ––––––––本当に、一切トラブルが起こらない事ってあるんだな。


「ここまで案内していただき、ありがとうございました。テラスさん、またご縁があればよろしくお願いしますね。俺達はこの街で一泊した後、明日にはベンターナへ向かおうと思いますが……テラスさんの方は?」

「今回の事をギルドに報告した後は、また普段の生活に戻るだけかなー。お二人も学院生なら、またいつか近い内に会えるかもね!その時はよろしくー!」

「うん、よろしく。短い間だったけど、テラスとの旅も楽しかったよ」

「無事入学できましたら、次会えた時に報告しますね。それでは、またいつか」


 軽く手を振りながら別れ、俺達も宿探しを兼ねた街の観光へと乗り出す。

 いつか冒険者になるのなら、その時はテラスさんとも肩を並べて戦ってみたいものだ。

 ……彼女は確か、自身がBランクの冒険者だと言っていたな。

 若さ故の経験不足はあるのかもしれないが、あの怪物の如き戦いようでもBランクで、AランクやSランク––––––––勇者の称号を得るには、実力不足なのだろうか。

 冒険者ギルド、予想以上に魔境な気がする。

 

 だからと言って、別にやる事は変わらない。

 少しずつ着実に、一歩一歩積み重ねていくだけだ。

 ……まだ、勇者を目指すと決めた訳ではないが。


「ノベル、これからどうする?まだ夜までは時間あるし、私は露店とかを見て回りたいんだけど。……あと、私のこと避けてない?」

「人気の多い所で引っ付かれても恥ずかしいんですよ、分かって下さい。露店には元より寄るつもりでしたし、宿に目星を付けてから行きましょうか。後は––––––––」

「––––––––ちょっと待って二人とも、確認したい事があるんだけど!」

「え、テラスさん!?何でしょう、俺達に問題でもありましたか?」

「いや、そうじゃなくてね?私、てっきりお二人とも学院生だと思って今まで話していたんですけど、もしかして入学前だったのかなーって!?」


 なるほど、微妙に話が食い違う訳だ。

 テラスさんは完全に、俺達を学院生だと思って接していたらしい。 


「その通りですが、もしやそれを確認する為だけに?」

「ううん、ただ入学試験の内容は知ってるのかなーって思って。余計なお世話かもしれないけど、私が力になれる事もあるかもしれないから。私、一応は学院生だからくらいは持ってるしね!」

「鍵……ベンターナに入る為の?結界は強引に破る気で来たので、持ってませんね」

「……まあ、それでも良いんだけどね?折角だから、明日私が入る時に一緒に来ない?その方がより確実だし、私がベンターナの案内も出来るし!」


 これ以上テラスさんに頼るのも申し訳ないのだが、断る理由も見つからない。

 楽に済むならその方が良いし、ご厚意に甘えるとするか。


「でしたら是非、宜しくお願いします。せめて、道中の馬車代くらいは出しますよ」

「ほんと!?じゃあ明日の朝、できれば早いうちに冒険者ギルドまで来てもらえる?待ち合わせ場所なら、多分一番分かりやすいんじゃないかな」

「うん、了解。それとテラス、気になったんだけど聞いていい?学院の入学試験についてなんだけど。確か、ベンターナに入った後にもあるんだよね?」

「……あ、二次試験の事?あるある、それはもう面倒なのが!簡単な話、学院の教師から気に入られれば良いって事なんだけど、それがまあ最っ高に面倒で!錬金術師を名乗る赤い髪の人に目を付けられてさあ。うん、凄く辛かったなー……」


 赤い髪の錬金術師。

 大変良く知っている人間……いやあの人って本当に人間なのか?

 ともあれ、知り合いの顔が脳裏をよぎる。

 学院で教鞭も取ってるとか流石にない、とも言い切れないほど多芸なんだよな、師匠は。


「……ちなみに、その方の名前は?」

「名前?結構有名な人らしいし、もしかしたら知ってるかもね。って言うんだけど」

「……え?……嘘?」

「レクシー、言わんとする事は分かりますが恐らく現実です。学院に行くと伝えなかった事は、まあ間違いなく怒られるでしょうが……腹を括りましょう」

「あれ、もしかして知り合いだった?学院での居場所は知ってるし、明日案内してあげようか?」


 善意で言っているのは分かりますが、謹んでお断りさせて頂きます。

 ……と、言ってしまいたい気持ちはあるのだが。

 どうせ遅かれ早かれ会う羽目にはなるので、早めに会っておかねば余計面倒な事になるのもまた事実。

 

 思いがけず増えてしまった今後の用事に胃を痛めながら、テラスさんと別れて街の観光へと戻る。

 






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