幕間 「告白」
私という存在は、彼の目にどう映っているのだろうか。
ここ最近は、目を瞑る度にそんな意味の無い自問自答を繰り返している。
そして、今日もその例に漏れず。
ぱちぱちと小気味良い焚き火の音を聞きながら、自分に問いを投げかける。
私は、彼の事をどう思っているのだろうか。
義兄弟。
これに関しては、ただの紛れもない事実だ。
私の方が姉だと九年間主張してきたのに、未だ聞き入れて貰えないのは大変遺憾だが、他の問題と比べれば些細も些細なので気にしないでおこう。
好敵手。
私が一方的にそう思っているだけの可能性も否めないが、幾度となく魔術の腕を競った仲であるのは間違いない。
ちなみに、勝率は六対四で私の方が勝ち越している。
友人。
誰が何と言おうと、これだけは譲れない。
始まりは、ほんの些細な気まぐれと偶然によるものだった。
名前も覚えていなかった彼を、私は何となく師匠の元に連れ込んで。
その後はとんとん拍子に話が進み、気付けば無二の大親友!
––––––––向こうにも、同じように思っていて欲しいな。
ああ、それと。
彼との関係性を語るのならば、避けては通れないものがある。
結婚相手。
彼がプロスパシアに来た理由を考えれば、実に自然で当然の事だ。
政略結婚の為の婿入り。
それが彼に課せられた運命であり、アルフレッド家にとってはそれが彼の全て。
プロスパシアに来たのも、結婚が先か養子になるのが先かの話でしかなく、これは彼がプロスパシアの名を名乗る以上は避けて通れない事象なのだ。
そんな事は分かっている。
例え私が拒否したところで、彼は姉妹のうちの誰かと結婚するだけの話。
……父上は、私達が学院に所属している間は干渉しないと約束した。
だがそれも一時的なもので、遅いか早いかの違いでしかない。
––––––––本当に、嫌になる。
正体は分かりきっている嫌悪感が、腹の底から湧き上がる。
私は、彼……ノベルの事を、何よりも愛している。
それだけは断言出来る。
たまに羨ましくなる時もあるが、それを差し引いてもまあ大好きだ。
それでも。
未だに、話せていない事が––––––––
* * *
ふと、動物の鳴き声で目が醒める。
いつの間にか、眠りに落ちていたらしい。
空の様子を見るに、朝まではあともう少し時間があるみたいだ。
(……ノベル、結局一人で起きてたのかな)
木にもたれ掛かって寝ていたせいで凝り固まった体を伸ばし、焚き火を見つめながらぼんやりしている彼の元へ近付く。
寝る前に考えていた事のせいか、普段の様に話しかけるのすら難しい。
何とか平常心を取り戻そうと必死に足掻いても、悪循環に陥るばかりだ。
もう、腹を括るしかないか。
このまま何日も何年も悩むくらいなら、全てを吐き出して楽になろう。
今はまだ夜なので、今の表情が見られる事がないのは救いだ。
多分、酷い顔をしているだろうから。
「や、ノベル。流石にそろそろ話し相手がいないと眠いでしょ?……少しだけ付き合ってもらっていい、かな」
「……はい。いいですよ、何でも話して下さい」
「そっか、ありがとう。本当に唐突で、脈絡もない話なんだけど……本当に、聞いてもらっていいの?」
「当然です。貴方が話したいと思ってくれたのなら、俺は何でも聞きますよ」
手が震える。
声も震える。
それも当然だ。
今から私は、九年間ずっと隠していた事を告白する。
自分以外の誰にも知られたくなかった事なので、怖いのは当然とも言える。
でも、彼には知ってほしい。
彼にとって何の価値もない情報でも、いつか忘れられてしまうとしても。
それでも、私は––––––––私の事を、知ってほしい。
「実は私、嫌いなものが二つあるんだよね」
そう。
これは、罪の告白。
誰よりも愛しているから。
何よりも信じているから。
幾度となく救われたからこそ、彼にだけは知られたくなかった
「嫌いなものの、一つは貴族。貴族に生まれたから、という理由で課せられる使命が。掛けられる重圧が、どうしようもなく嫌い。煌びやかな屋敷と、貼り付けた笑顔の裏に隠された権謀術数が本当に嫌い」
ああ、言ってしまった。
これでもう、後戻りはできない。
「そして何より、自分が嫌い。求められる事を完璧にこなせる自分が怖くて、怖いからって魔術に逃げる自分も気持ち悪くて」
後悔、羞恥、自己嫌悪。
色んな感情がごちゃ混ぜになりながら、震える喉から言葉として出力される。
「その癖、私は。面倒臭そうなフリをして、君への好意すら自分へ嘘を吐く材料にして!何度も、何度も、何度も君に決断を任せた!依存していたんだよ、ずっと!」
それこそが、私というちっぽけな存在の全てだ。
ノベル。
私という存在は、今まで君の目にどう映っていた?
「……聞いてくれて、ありがとう。軽蔑したかな、嫌いになったよね。それでも、学院に入るまでは一緒にいてくれないかな。最後まで、自分勝手でごめん」
涙が溢れそうになるのを、必死に堪える。
彼に、私の事を知ってもらえた。
もう罪悪感に悩まされる事も、意味の無い自問自答を繰り返す事もない。
なら、これでいい筈だ。
「––––––––レクシー。やっぱり、俺を聖人か何かだと思っていますよね?」
「……え?どういう、こと」
「折角弱みを握った相手の事を、そう簡単に手放す訳ないでしょう。というか、勝手に逃げようとしないで下さいよ。唯一の友人を失ったら何もできませんよ、俺」
「ええと、つまり?」
「……貴方が想像する十倍くらい、俺が駄目で弱い人間だという話です。お願いですから、勝手にどこかへ行かないで下さいね?ええ、出来れば一生傍にいて下さい」
なにこれ、プロポーズか何か?
……いや、ノベルに限ってそれはないか。
恐らくは言葉のあやなのだろうが、先程まで全身全霊で落ち込んでいた私にとって、彼の持つ感情が友愛か恋愛かは些細な話である。
––––––––唯一の友人、か。
流石に誇張表現な気もするけど、何にせよ嬉しい事には違いない。
「……うん、分かった。その……これからも、私に出来る事があれば何でも言ってね。私にも、君のやりたい事を手伝わせて欲しい。罪滅ぼしが、したいから」
「そもそもの話、それほど罪悪感を抱くべきでもないと思いますけどね。人に言えない秘密なんて、俺も沢山持ってますし。まあ、これからも俺を振り回しながらついてきて下さいよ。その分、俺もこき使ってやりますけど」
「……うん。それでいいし、それがいい。ありがと、ノベル」
「どういたしまして。それじゃあ手始めに、夜明けまで話し相手になって貰えますか?流石に、話し相手がいないと寝てしまいそうですから」
それからは、二人でぽつぽつと様々な事を話した。
食べ物の話に、旅の話。
これまでの話と、これからの話。
好きなものの話……は、結局いつもの魔術談議になってしまったな。
途中でノベルが寝落ちしてしまったのは残念だけど、彼の疲労を考えたら当然か。
ずっと私の話に付き合って貰った訳なんだし、起きたらもう一度感謝を伝えないと。
「––––––––おやすみ。愛してるよ、ノベル」
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