第25話 「唐突なるワイバーン」

 アムレトから馬車で旅立ち、体感ではもう半日くらい経った気がする。

 ベンターナに着いていない以上その体感は間違いなのだが、見える景色が先程から全然変わっていないので感覚が狂うのも仕方がないだろう。

 

 ここ数時間で見た景色と言えば、森と森と森。

 稀に川と、遥か上空を飛行するが見える程度だった。


「……本当に実在するんですね、ワイバーンって。分類としては一応、モンスターに入るんでしたっけ?」

「うん、確かその筈。ワイバーンと違って、ドラゴンは遥か昔から存在する生物らしいけど……そっちは半分くらい空想の存在。いつか、会えるといいけど」

「詳しいんですね、お二人とも!私も一応学院生なんですけど、伝承方面の座学はどうも苦手で。あ、ワイバーンの魔石を利用したポーションなら作った事ありますよ!」

「テラスさんは確か、魔術薬学が専門なんですよね。俺、昔に貴重な素材を駄目にして以来どうにも苦手で……」


 魔術薬学とはその名の通り、魔術や神秘に関連する薬物––––––––ポーションを作り、その理屈を解明する為の学問だ。

 魔法陣が関わらない為厳密には魔術でないのだが、まあそこを突き詰めると面倒なので世間一般では魔術の一種として扱われている。

 回復薬ヒール・ポーションなどは生活にも溶け込んでいる為、魔術の中では最も認知度が高いのだが……魔術薬学には、一つだけ重大な欠点がある。

 

 ポーションを作る為の素材が高いだの副作用が致命的だの、細かい欠点も挙げればキリが無いが、それらがどうでも良くなる程度には重大な欠点。


 それは即ち、何故ポーションがポーションとして機能するのかが分からない、というものだ。

 圧倒的なブラックボックス、でも動いているし便利なんだから使うしかない。

 モンスターの核である魔石と、魔力を含んだ薬草やら鉱石やらを適当に混ぜ合わせたら作れる事さえ分かっていればそれでいい!


 ––––––––それでいい訳ないんだが、でも実情としてそのノリでポーションが運用されているんだから仕方がない。

 少なくとも、魔術薬学の事を大して知らない一魔術師が解決出来る問題ではないのだ。


 * * *


 何やかんやありながらも、体感では更に半日経過した。

 ベンターナに着いていなければ日も暮れていないので、その体感は絶対的に間違いなのだが。

 俺とテラスさんが見事に撃沈している事実は、どう足掻いても変わりようがない。


「……大丈夫?」

「あ、はい……私は何とか……レクシーさん、お気遣いありがとうございますー……久しぶりなのに油断してた、私の落ち度ですね……」

「そう。私に出来ることは少ないけど、何かあったら言ってね」

「……でしたら、私じゃなくてノベルさんの方を心配してあげてください……さっきから一言も発さず虚空を見つめているので……」

「別にノベルなら大丈夫でしょ。あ、遺言があるなら聞くよ?」


 何で遺言なんだよ、勝手に殺すな……と言いたい所だが、本当に死にそうなくらい三半規管と尻がダメージを受けている。


「––––––––流石に死因が乗り物酔いは格好つかないので、俺は魔王か何かと刺し違えて死んだと記録しておいて下さい––––––––あっやべ、また吐き気が……」

「それだけ喋れるなら無事無事、そんな事よりも目前の危機だよ。ノベル、それとテラスも警戒して」

「え、警戒って何を!?」

「静かに。ワイバーンの群れ、来るから」


 馬車の荷台の端っこでうずくまっていた俺は当然、レクシーの言葉を疑った。

 ワイバーンの、群れが、来る。

 なるほど嘘ではないのだろうが、危機が迫れば敵と現実から逃避したくなるのが人の性。


 もう一度問いただそうと口を開いたその瞬間、おっちゃんに先を越される。


「……おいおい、本当に来やがったよ。進路前方、低空飛行してるワイバーンが三……四……いや、六匹だ!どうする、馬車止めた方がいいか?」

「そうだね、一度止まってくれると楽かも。後は私とノベルが何とかするよ」

「そうかい、信じてるからな!」

「ちょっと待ってください、まだ吐き気が治ってないんですが!?」

「なら、ノベルは戦力外って事で」

「––––––––は?戦えないとは一言も言ってませんよ。貴方こそ、見せ場が消えても恨まないで下さいね。まあ、酔いが醒める気配がないのは事実ですが」


 ふらふらと立ち上がり、前方を見据える。

 俺の知らない内に森を抜けていた様で、現在馬車がいるのは開けた草原。

 そして悲しいかな、聞いた情報に齟齬はなかった様で。

 蛇の様な尾を持つ茶色の竜が六体、こちらに敵意を向けて飛んでくる。


「とはいえ、俺じゃ出来る事は少ないんですよね。ワイバーンの鱗、生半可な魔術は無効化する筈ですし。そうだ、テラスさんは何か出来ます?」

「私は……ワイバーンの首なら落とせるけど、近付けるかが微妙かな?手持ちのポーションを全部使っても、一度空を飛ばれるとどうにも」

「だったら、私がワイバーンを撃ち落とすよ。撃ち落とした後は、ノベルが拘束したらいける筈。出来るよね?」

「……出来なきゃ駄目なんでしょう?大概無茶振りですが、やるだけやってみますよ。腐っても、アレの弟子なので」


 深呼吸。

 

 レクシーの事は心配しなくても良いだろう。

 どれだけワイバーンの鱗が優秀でも、彼女なら撃ち落とす程度はやり遂げる。


 テラスさんも、多分心配しなくて良い。

 あの戦いぶりを見てしまった以上、彼女の言葉が事実なのだと理解できる。


 故に、問題となるのは俺だけだ。

 もう一度深く息を吸い込み、手元に複数の魔法陣を出現させる。


「それじゃ、私から。十二連並列重唱、開始。光神ゾンネの名の下に、レクシー・スティル・プロスパシアが告げる。大地をも穿つ槍よ、我が敵を追え––––––––”スクリロス”!」


 六対の光の槍が、ワイバーン目掛けて軌跡を描く。

 光の槍はまるで流星の様に宙を翔け、竜の翼に穴を空ける。

 ワイバーン達は、空を飛ぶ術を奪われ地面へ落下する。


 ……しかし、それも一時的なものだ。

 ワイバーンが多くの冒険者にとって脅威とされる理由は、その鱗と翼だけによるものではない。

 圧倒的な回復力こそが、ワイバーンの真の強み。

 こうしている間にも、翼の傷は見る見る塞がっていく。


「次は俺が働く番、ですね。これでも世界最新のなんです、未熟でも拘束程度なら出来ますよ。俺を、舐めないで下さい」


 再度深呼吸し、手元の魔法陣––––––––に、指を触れる。


 

 

 

 





  

 

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