第17話 「無益なる争い」

 意味は無い。

 名誉も無い。

 俺と、金髪の海賊ゼロイバと、完全に野次馬気分で観戦しているレクシー。

 その三人以外の人間にとっては、完全に無益な戦いが今始まった。


「––––––––取り敢えず死ね、小僧!」


 開始と同時に、ゼロイバは迷いなく突進する。

 目標は当然俺、見据える先は––––––––心臓。


 俺の心臓目掛け、徒手による鋭い突きが繰り出される。


「弾け、”シュラック”」


 しかし、彼の拳は俺に触れる事なく弾かれた。


 ––––––––ああ、実に防ぎやすい攻撃だ。

 憎悪とも、敵意とも無縁の、純然たる殺意。

 研ぎ澄まされた拳があるのなら、武器は不要なのだろう。

 

 俺がゼロイバと戦うのは、これが初めてだ。

 何なら、レクシー以外との戦闘経験は片手で数えられる程しか無い。 

 それでも、彼の動きは手に取る様に分かる。


「弾け、”シュラック”」


 何故ならば。

 今のゼロイバは、まだからだ。

 興が乗っていないから、攻撃が事務的なのだ。

 淡々と、ただ高速で心臓を狙うだけの機械と化した人間の攻撃なんて、簡単に防げるに決まってる。

 

 ……つまらない。

 もっと本気で、俺を殺しにこい。


 ああ、それとも。

 俺が先に、殺しにかかるのが礼儀だろうか?


「縮め、”トランスファー”」

「逃げるのか、小僧。そんなに俺様と殴り合いたくなかったか!」

「一方的に心臓を狙っておいて、何が殴り合いですか。、開始。獣神ベスティエの名の下に、我は不可視の鉤爪を招来する。裂け、”ムートクラオエ”!」


 五つの魔法陣を、空中に描く。

 魔力消費も、俺の体調も、相手の生死も知ったことか。

 何が何でも、奴に全力を出させてやる。


 透明の鉤爪以外の器官を持ち得ない何かが五匹、ゼロイバに襲いかかる。


「っ!?」


 一瞬にして、ゼロイバの全身に複数の切り傷が発生する。

 頭から足に至るまで、三十は優に超える切り傷の数々。

 普通なら当然死んでいるが、彼は当然普通ではない。

 

 全身から血を滲ませながらも、生き生きとした表情で俺を睨みつけてくる。


「その様子だと、ようやく本気を出す気になって頂けたみたいですね」

「……ああ、お陰様で絶好調だよクソ野郎!小僧、まさか勝ったつもりでいるんじゃないだろうな。あれだけの大魔術、魔力消費も辛いだろう?」

「さあ、どうでしょうね。こう見えて魔力は多い方ですから」

「はっ、嘘だな。確証は無いが、俺様の勘がそう言ってる」


 実にタチの悪い勘だな、戦う側としては厄介この上ない。

 そうだ、俺の魔力は先程ので七割は消費した。

 これでも貴族の生まれなので、生まれつき一般的な魔術師の二、三倍は魔力を保有しているが、それでも無茶をした事に違いはない。

 まあ、レクシーならこの程度涼しい顔で連発できるかもしれないが、それは一旦置いておこう。


「仕方ない。俺様も少しばかり、本気を出さねばならん様だな。流れよ、”ヒュグロン”!さあ、本当の勝負を始めようじゃないか!」


 ゼロイバの手足を、魔力の渦が覆う。

 ……自己強化魔術、ヒュグロン。

 自身の魔力を体内で循環させ、身体能力を上昇させる基礎的な魔術か。

 本来の効果だと渦は発生しないので、彼独自のアレンジが加えられている様だな。

 

 まさか魔術まで使えるとは、思いの外多芸の様だ。


「……そのような正攻法で、俺に勝てると?」

「俺様が、負ける気で戦う愚者に見えるか?」


 ゼロイバは、俺を目掛けて突進する。

 最初とは比べ物にならない速度で、俺の心臓を狙う。


 瞬きする間も無く、詠唱する暇も無く、間合いが詰められる。


 俺の負けだ。

 ……使う気は、無かったのだがな。


 懐から、杖を抜く。

 その瞬間。

 

 俺の前方を覆う様にが起こる。


 * * *


「––––––––何で生きてるんですか、貴方」

「……魔術を使ってなけりゃ死んでたさ。それに、防御に使った腕はこれ、多分折れてる。悔しいが、俺様の負けだ。俺の船ごと、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

「あの船、貴方の物だったんですか?という事は、もしや船長!?」

「なんだ、そんなに意外か?」

「ええ、それなりに。……折角です。見逃す代わりに、俺達を手伝って下さい」

「いいぞ。そろそろ兵士も来る頃合いだ、要件は早めに伝えてくれ」


 そういえば、彼らは海賊なのだ。

 最初は適当に捕らえて引き渡すつもりだったのだが、気が変わった。

 折角だ、彼らの事も利用しよう。

 俺の勘でしかないのだが、ゼロイバは約束を守る人間に思えるしな。


「何、簡単な話です。俺達は訳あって学院に行きたいので、向こうの大陸まで運んで頂けないかと」

「ああ、いいぞ!まさか海賊に頼むとは、その頭の可笑しさも気に入った!……が、お前の連れはそれで良いのか?」

「……そういや居るんだった。レクシー、別に良いよな?」

「んー、好きにして。いざとなったら壊滅させれば大丈夫だし」

「だ、そうです。それじゃ、急いで小舟に乗りましょうか。いやあ、愉快な旅になりそうです!そういや、兵士って船で追ってきたりするんですかね!」

「……お前、多分海賊向いてるよ。下手したら、俺様以上に」


 ゼロイバの部下たち––––––––彼のアッパーカットで気絶した奴と、死んだふりをしていたらいつの間にか寝ていた奴––––––––を不本意ながら回収し、小舟に乗って彼の船へと移動する。


 改めて、学院を目指す俺達の旅が始まった。


 


 


 

 

 

 

 

 

 


 

 



 

 

 

 









 


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