第18話 「船旅途中の或る一幕」
基
船で船長の帰りを待っていた海賊達は、その様子を見て皆驚き––––––––船長の後ろに立つ見慣れない人間の姿を見つけるや否や、すぐさま武器を構えた。
一応、ここまでは想定通り。
既に
ゼロイバの話によれば、この船の船員は皆強い奴と戦い、財宝を探し、偶に街から物資を強奪する事が生きがいの模範的海賊らしいので、力を示せば自ずと着いてくる……らしい。
俺は既に魔力切れなので、武力行使はレクシーに任せる他ないのだが。
「船長、そいつらは?見た感じ金は持ってそうですけど、捕虜とは船長らしくない。俺らも面倒事は御免なんで、反乱しますよ?」
「そうだそうだ!」
「さっきまで寝てた奴は黙ってろ。そしてお前らもだ。いいか、何度でも言うがよーく聞けよ?コイツらは、俺様の客人だ。殴りかかる分には止めないが、寝込みを襲ったりしたら––––––––殺すぞ」
「げ。船長、いつになく本気じゃないですか。それにその腕、さては彼らに一本取られて気に入ったんですね?おーい、そこの二人組!良ければ船長をボコった時の事でも教えて下さいよー!最っ高の酒の肴になりそうですからね!」
……意外にも好感触。
自分達の船長が負けた事を疑っていないばかりか、なんなら軽口を叩いて笑っているあたり、こいつら全員船長の事を全然慕ってないな?
とはいえ嘲笑っている訳ではないし、ゼロイバも本気で怒っている様子は無い。
これが彼らの日常であるのなら、確かに少し楽しそうだ。
そして、ほんの少しだけ羨ましい。
「阿呆な事言ってないで、さっさとこの港から離れるぞ!酒を飲みたきゃ捕まるな、自分らがお尋ね者である意識を持て!」
「へいへい、分かってますよ。あ、今度はどこ目指して進みますか、船長!」
「フォルゲン大陸西部、アムレトだ。正確にはその手前まで、だがな。客人を送り届ける重要任務だ、今回ばかりは安全に頼むぞ!」
* * *
それから、日が沈むまで航海は続いた。
夜の海にはクラーケンが出る可能性があるらしく、安全を取って今夜は無人島の近くに停泊する運びとなった。
この世界には、前世で遊んだテレビゲームに出てくる様な怪物––––––––所謂、モンスターも存在するらしい。
街の付近に出没する事はごく稀なので、幸か不幸かこの目で見た事は無いのだが。
中には魔術を使うモンスターもいるらしいので、叶うのならば戦ってみたい。
……それで一つ、思い出した事がある。
俺がこの世界に来てから九年も経ってしまったので、考えるには遅過ぎるかも知れないが、それでも気になったので仕方がない。
––––––––何故、この世界には神話が存在しないのだろうか。
魔術師達はいつも、魔術を使う為に神の名を口にしていると言うのに。
悲劇も、喜劇も、寓話も、英雄譚も、口伝や書物で語られていると言うのに。
何故、物語に神が登場しない?
そもそも、この世界には信仰という概念が存在していない様にさえ思える。
宗教やそれに準ずる物は見た事がないし、それ以前にこの世界には宗教という意味を持った単語が存在していない。
考えれば考えるほど、歪に思えてくるな。
この世界の”神”について、学院に入ったら調べてみるか。
「……ノベル、ここに居たんだ」
船から離れ島の浜辺で一人思索に耽っていた所、横から聞き慣れた声に話しかけられる。
彼女も、宴の喧騒から逃げてきたのだろうか。
「レクシー、何かありましたか?特に急ぎの用事がないなら、話し相手にでもなって下さい。船酔いが酷くて、精神的に船の上に居たくないんです」
「そ、分かった。船長が探してたけど、緊急性はなさそうだったから安心して」
「それは良かった。……では、一つ聞いて良いですか?」
「なんでもどうぞ。今更、質問を渋る間柄でもないんだし」
「……今回の旅、楽しめています?旅立つ前から、多くの事を俺の独断で決めてしまっていて……貴方が少しでも、楽しいと思ってくれていればいいのですが」
父上と話し、俺達の進路を決めた時から。
いや、遡ればもっと昔から。
常に、引っかかっていた事がある。
彼女が俺に判断を丸投げするのは、前々からままある事ではあった。
それ自体に、今更どうこう言うつもりは無い。
それだけの信頼を向けて貰えているのも、正直悪い気はしない。
でも。
俺の判断に、彼女は満足しているのだろうか。
昔から定期的にこの疑問を投げかけているが、その度にはぐらかされている為、彼女の真意は分からない。
前々から、それだけが怖い。
分からないのも、知ってしまうのも怖い。
「楽しいよ。君がいる限り、多分何をしても楽しいと思う。私がやりたい事は、魔術の探求と––––––––君のやりたい事を、手伝う事だから」
「……俺は、そんな崇高な人間じゃないですよ。多分、着いてきたって碌な事になりません。そんな事、貴方も分かっているでしょう?」
「うん、分かってる。君だって、私が聖人の付き人になりたい訳じゃない事くらい、とっくの昔に知ってるでしょ?私はただ、君の傍で楽しみたいだけ。その過程で少しだけ、君に恩を返したいだけだから。気にしないで」
「……貴方に恩を売った覚えはないんですけど」
「そうだね。確かに、助けられたりした事はないけど……うん。やっぱり君は、私にとって無二の友人で、恩人で、大切な人だよ。だから、気にしないで」
やっぱり俺は、彼女の事がよく分からない。
彼女が何をしたいのか、何を考えているのか。
俺の事をどう思っているのかが、やはり掴みきれない。
第一、俺の前世は友人に恵まれなかったので、人から好意的に接される事自体未だ慣れていない。
表面上の関係を長続きさせる事は出来ても、内面へ踏み込まれるのは依然として苦手なままだし、自分から踏み込むなんてもっての外だ。
人の好意を捌ききれるほど、俺は器用ではないらしい。
……その好意の種類が、たとえどんな物であろうと。
「やっぱりノベルって、私よりも人見知りだよね」
「そんな事はないですよ?互いに建前がある状態なら別に問題ないですから」
「……今日のところは、それでもいいよ。それより、私一個気になってた事があるんだけど、聞いていいよね?」
「俺だけ質問して逃げるのも変ですからね、いいですよ」
「じゃ、手短に。街に居た時の事だけど、魔術を使った訳でも無いのにどうして海賊が来たって分かったの?あの時の体調不良とも関係あるのか、気になってて」
あ、そういや説明忘れてた。
とはいえ、”目に魔力を込めたらなんか見えた”以上の説明もできないので、如何したものか。
「あ、そういえば船長が呼んでるんですよね?とりあえず戻りましょうか」
「……いいけど、はぐらかしても無駄だからね」
「ははは、説明はまた別の機会じゃ……駄目ですか?」
「流石に駄目。話してくれるまで、寝れるとは思わないで」
困った事に、夜はまだ長そうだ。
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