第16話 「多分海賊界の三馬鹿」

 複数の帆船が泊まる港には、普段と違う騒がしさが満ちていた。

 今この場の主導権を握っているのは、商人でも船乗りでもなく、小舟で港へ乗り込んで来た海賊の三人組。

 今はたまたま兵士が出払っていたらしく、彼等は悠々自適に積まれた木箱を漁っている。


「……無防備ですね。これ、何かの罠だったりしません?」

「軽く絞めてから考えたらいいよ、そういうのは。向こうの方に商人のじゃなさそうな船があるし、あいつらは捨て駒なんでしょ」

「あの様子だと、先兵の自覚も捨て駒の自覚もなさそうですけどね。最近思いついた魔術を試すには丁度いいですし、悪いですが有効活用させて貰いましょう」


 頭に赤いバンダナを巻いた金髪の海賊に指先を向け、詠唱を始める。


「風神ヴィントの名の下に、ノベル・サルファー・プロスパシアが告げる。理をも弾く盾は今、風の導きにより敵を撃ち倒す矢とならん!」

「お?なんかブツブツ唱えやがって、俺様に喧嘩でも売ってんのか?全く、最後に見るのがこの俺様の顔とは、お前もつくづく幸運な––––––––」

「弾け、”シュラック”」


 俺の指先を中心に作られた魔法陣から、実に小指の爪程度の大きさしかない光弾が放たれる。


 その光弾は風を纏い、目にも止まらぬスピードで海賊に接近し、接触と同時に円状の障壁へとし––––––––哀れな海賊を、海目掛けて弾き飛ばした。


「り、リーダー!?実に見事な放物線を描きましたね、流石でっす!……じゃねえっすよ、何してくれたんっすかお前!?」

「そうだそうだ!」

「降参するなら命までは取りません。この街で殺しはしていない様ですし、今なら罪は軽いですよ。貴方達も、絞首台に立ちたくはないでしょう」

「……リーダー、惜しい人を亡くしたっす……あ、俺たちは降参するので殺さないでくれっす、ハイ」

「そうだそうだ!」


 そう言いながら、出っ歯の男は流れる様に土下座する。

 ……腰に下げたそのカットラ舶刀スは飾りかよ。

 覆面をした男の方は、土下座している相方を囃し立てるばかりで何もしない。

 ……こいつらも海に叩き込んでしまうべきだろうか?


「ノベル、さっきの魔術はどういう仕組みなの?物体反発魔シュラック術を使ったのまでは分かるけど、それ以外が謎」

「物体反発魔シュラック術で作られる盾を圧縮し、風神の力で強引に飛ばしたんですよ。早い話、弓矢に使うエンチャントの応用です」

「あ、なるほど。矢を遠くに飛ばしたりするのだっけ、それ。大昔、エルフって種族が作ったとか言われている奴」

「そう、それ!紐解けば案外簡単な魔術だったので、前々から魔法陣に仕込んで応用できないかと思ってたんですけど……最近ようやく実用化できまして!」

「……二人とも、俺らは無視っすか。この世の無情を感じるっす」

「そうだよ、そうだよな!」


 もはや無害な二人組は一旦置いておいて、問題は港から少し離れた所に泊まっている船、即ち奴らの本拠地たる海賊船だ。

 ここから魔術で吹き飛ばす事も可能だが、今回の目的は死者ゼロでの捕縛。

 俺が爆破するのも、レクシーが光線で焼き払うのも論外だ。


 魔術談議の合間に海賊船の対処法を考えていた所、海から人が上がってきた。

 ……無駄に長い金髪に、主張の激しい赤のバンダナ。

 間違いなく、俺が海に突き落とした哀れな海賊その人じゃないか。


「よくもやってくれたなクソ野郎共が、俺様が逆境に立たされよりカッコ良くなるじゃないか!いいさ、俺様の名乗りを聞かせてやろう!俺様こそは––––––––」

「リーダー、すいませんっす!多分あの人たちの方が強くてカッコいいっすから、ここでお命頂戴っす!」

「そうだそうだ、死に晒せリーダー!断て、”アクスト”!」


 唐突に、出っ歯の男はカットラスを抜き彼等のリーダーへと切り掛かる。

 覆面の男もそれを止める事はなく、それどころか魔術で追い打ちを掛ける始末。

 ああ、人望ってのは大事なんだな。

 自らの部下に襲われた男を見て、俺はそう実感した。


 しかし。

 戦いの結果だけは、一切想定していない方向へ転がった。


「馬鹿か、お前らは。雑魚が二人で来た所でなあ、俺様に勝てる訳ないだろ」


 放たれた魔術を軽々と避け、首筋を狙った斬撃を躱しては顎目掛けて拳で強烈なカウンターを喰らわせる。

 実に美しいアッパーカット、あれを受ければひとたまりも無い。

 裏切りが失敗に終わった事を悟った覆面の男は、相方と同じ体制に移行する。

 

 ……死んだふりだ。

 野生動物にも通用しないのに、まさか人間相手に通用すると思っているのか?


「邪魔が入ったが、改めて自己紹介といこうじゃないか!俺様の名はゼロイバ、世界にその名を轟かせる大海賊––––––––の、卵だ!」

「……俺はノベル、横で暇そうにしているのがレクシーです。貴方が聞き入れるとは思いませんが、一応は降参を進めておきますよ。俺としても、殺したくはありませんから」

「言うじゃないか。だがお前、魔術師だろ?それにその服、貴族のお坊ちゃんだと見た。魔術に自信があるみたいだが、そういう奴こそ真っ先に死ぬ。慢心、実戦での経験不足、何よりも……覚悟。そういう物が足りないんだよ、分かるか?」


 ゼロイバと名乗った金髪の男は、まるで品定めするかの様に俺の事を注視した後、意気揚々と俺の欠点を捲し立てる。

 無論、その言葉は全て彼の妄想に過ぎない。

 無下に出来るほど的外れでもないのだが、鵜呑みにして引き下がれるだけの説得力も存在しない。


 だが、そんな事はどうだっていい。


「レクシー、我儘なのは承知の上ですが……手出ししないで下さい」

「はー……分かった。いいよ、その代わり面白い勝負にしてね」

「善処します。あ、俺が負けたら尻拭いは頼みますよ?」

「君ごと吹き飛ばして良いなら、喜んで」

「……話は済んだか?あまり俺様を待たせるなよ」

「ええ、待たせてしまい申し訳ありません。一対一なら、貴方も言い訳が出来ないと思いましたから」

「言うじゃないか、小僧!良いさ、俺様と戦う名誉をやろう!退屈させるなよ?」


 今は何よりも、この人と戦いたい。

 

「それは俺の台詞ですよ。––––––––始めましょう」

 

 

 

 


 


 



 















 

 

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