第10話 「それを異能と呼称する」
イグニッション。
点火魔術と呼ばれるこの魔術は、多くの場合碧色火薬を起爆する為に使用される。
実際それ以外で使う事がない為、魔術自体の仕組みを知る魔術師も少ない。
それ故に、誰かがこう呼んだ。
最も普及したが、最も知られていない魔術と。
しかし、イグニッションが開発された理由に碧色火薬は関係ない。
そもそも、この魔術の行なっている事は実に単純で、大気中のマナを適当に動かしているだけだ。
困った事に、効果時間もごく僅か。
瞬きをする暇もなく、マナの配置は元に戻る。
だが、それだけでも防御魔術に対しては絶大な効力を発揮する。
マナが動いたその一瞬。
その一瞬には、どんな防御魔術にも隙が生じるのだ。
「”イグニッション”」
魔術の刃は空気を切り裂き、ただ前へと進む。
進む。
進む。
––––––––刃を阻む為に生み出された防壁は、その役目を果たすべき瞬間に綻びが生まれて瓦解した。
* * *
「よし、そこまで!勝者は––––––––少年、君だ!うんうん、良いものを見させてもらったよ。それとレクシー、気分はどうだい?痛みもバングルで減っている筈だが、ちゃんと機能していたか教えてくれたまえよ!」
「……自分の弟子が負けたのに元気ですね、ヘルメス」
「そりゃあ当然、新しい弟子が増えたんだぞ?今喜ばなくていつ喜ぶと言うのだね?」
「一応聞いておきますが、その弟子とは誰でしょうか?」
「君に決まっているだろう、少年」
何もしていないのに弟子になってしまったが、魔術が学べるのなら何でもいいか。
「ノベル。私と戦ってみて、どうだった?」
「正直なところ、とても楽しかったです。僕の事を誘ってくれてありがとうございます、レクシーさん」
「……さん付けはしないで。あと、敬語も別にいい。うっかり吹き飛んで来た時の方が素、なんでしょ?」
「はは、そこまで分かってるなら触れないでください。いざという時に変な口調が出ない様、これでも苦労してるんですよ?」
「そ。まあ、好きにすれば?」
……なんか凄く恥ずかしい。
リアルの友人にSNSのアカウントがバレたとか、それに近しい何かを感じる。
まあ、それはそれとして。
今回の戦いで、一つだけはっきりした事がある。
俺は、戦いが好きだ。
命の奪い合いでは無い、純粋で対等な競技としての決闘。
娯楽の少ないこの世界において、間違いなく最も楽しい事の一つだ。
……命の奪い合いを楽しめるかは分からないし、知りたくもないが。
「少年。一つ、先程の戦いで気になった事があってね。話があるから、その間レクシーは自由にしていてくれたまえ」
「なら、適当に待ってる。私がいないと、ノベルは帰れないし」
「……すみません。生憎と、まだこの街の地理を把握しきれていないもので」
「大丈夫。一年もすれば完璧に覚えられるから」
謎の自信で断言されても困るが、記憶力の良さは俺の特技の一つだ。
実際一年あれば覚えられそうなので、否定も出来ないのが少し悔しい。
最も、それが証明される頃には”すぐ屋敷を抜け出す問題児”の称号が俺にも授与されていそうなのが困りものだ。
いつの間にかレクシーは一階に移動した様で、広い地下室には俺とヘルメスの二人きりになってしまった。
今はただ、話というのが説教でない事を祈るばかりだ。
「さてさてさて、まずは君に表彰を!先程の戦い、あれは実に見事だった!確かにまだ荒削りではあるが、そこは時間が解決してくれる。より具体的に今の君のレベルを答えるのなら、全魔術師の中で中の下と言った所だよ!」
「それ本当に褒めてます!?」
「褒めているとも!これから私が普通に鍛えれば、君が成人する頃には間違いなく上の下くらいにはなっているだろうさ!」
「おお……いや、やっぱ褒められてるのか分からないな!?」
それが凄い事なのは分かるが、暗にトップ層には敵わないと言われている様な気もして素直に喜べない。
俺は最強になりたい訳ではないが……それでも、もっと上を目指したい気持ちはある。
「……本題はここからだ。先程の評価はあくまでも、単純な君の魔力量と戦闘センスだけで判断したものだからな。なあ、お前はあの戦いの最後、何をした?」
突如として、ヘルメスの声色が変化する。
先程の様な愉快さも親しみやすさも存在しない、純粋な圧。
……でも、聞かれてる意味がわからないんだよな!?
何、戦いの最後って。
もしかして俺が事故って吹き飛んだアレ?
だとしたら、この後待っているのが説教で確定するじゃないですか。
「……ええと、一体何の話でしょうか?」
「はー……一番最後、レクシーの防御魔術を無効化した手段を聞いている」
「ああ、アレの事です?普通にマナを乱して妨害しただけですよ、点火魔術で」
え、この人にも分からないレベルでマイナーなの、あの魔術って。
旅立つ数日前に古い魔導書を書斎で見つけて読んでたら、既存魔術の面白い使い方が載っていて確かに衝撃だったけど……そんなに知られてなかったのか?
普通に書斎にあったんで、珍しい本じゃないと思うんだがな。
……まあ、俺には三割程度しか翻訳出来なかったけど。
「……あの魔術の本来の使い方を知っていたのか。いや、ならば何故分からない?お前がやった事は、異常だ」
「何が?普通に使っただけじゃないですか」
「それだよ。何の準備もなく、普通に使える事自体が異常だ。だが、どうやら分かっていない様だな。……少しばかり、座学といこうか」
ヘルメスはゆっくりと、以前までの調子に戻って話し始める。
「イグニッション。この魔術は当初、大気中のマナに干渉する呪文への対抗策として作られた。大体、二千年程前にね。それはもう画期的な魔術だと、方々で持て囃されたものだ!」
「……え、ならどうして今は使われてないんですか?いや、使われてはいますけど」
「その理由は簡単……何だが、多分君はそこを分かっていない。そもそも、この魔術を使ってどう碧色火薬を起爆すると思う?」
「そんなの、こう……火薬のある所に集中しながら魔術を発動するだけですよね?」
あ、ヘルメスがめっちゃ分かりやすく頭を抱えてる。
なるほど、今言ったことのどこかがヤバかったんだろうな!
「はー……うん、君は一つ誤解している。間違えて覚えてしまった、と言うべきだろうね。そして幸運にも、間違えたやり方で出来てしまった」
「はい?」
「いいか、よーく聞きたまえ。イグニッションは、発動したい場所へのマーキングが必要な魔術なんだよ。そもそも、君の言うように好きな場所のマナを乱せるのなら廃れる訳が無いだろう?」
「え、何ですかマーキングって。普通に初めて聞いたんですけど!?」
一部の魔術は、発動に必要な魔法陣とは別にもう一つ魔法陣を描く必要がある。
その大半は、
過去に作られた魔術には、魔術の位置を指定する為に専用の魔法陣が必要な物が多く存在する。
問題となったのは、その魔法陣を描く方法。
マーキング用の魔法陣は基本詠唱に対応していない為、描くには手で触れる必要がある。
……詠唱魔術が主流になった今の時代に、予め使いたい場所を触れておける事は滅多に無い。
よって、その様な魔術は人知れず消えていったのだ。
「––––––––だが、イグニッションだけは現代で再就職先を見つけたという訳さ!ここまで話せば分かったかい?改めて、君は異常なんだよ」
「つまり、僕はマーキング用の魔法陣無しでもそれが必要な魔術を使える、と?」
「ま、そういう事だ。細かい事は試してみないと分からないが、この世界に偶然は無い。一度でも実現した以上、それには再現性があると見た方が妥当な判断だ」
確かに、思い返せば僕だけその手の魔法陣を使っていなかった。
プロスパシア家への移動中、野盗に襲われた際も––––––––普通に、何の前準備も無く起爆した覚えがある。
それが異常な事だったとは、灯台下暗しとはこの事か?
「ああ本当、困った困った。この世界に天才はいる。何なら私もその内の一人だ!が、天才とはあくまでもルールの中で好き放題できるだけに過ぎない。故に、その手の力を才能と呼称するのは相応しくないのさ。強いて言うなら––––––––」
ヘルメスはどこか苦虫を噛み潰した様な顔で、自嘲気味に話す。
「––––––––異能、だよ」
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