第9話 「決闘」
「––––––––ノベル。君に、決闘を申し込む」
普段の様な無気力さは一切感じられないはっきりとした声色で、彼女––––––––レクシー・スティル・プロスパシアは俺に決闘を持ちかけた。
……俺に、その誘いを受ける必要性は存在しない。
この決闘で死ぬかどうかは問題ではなく、戦いそのものが苦手なのだ。
命のやり取り。
あるいは、それに準ずる何かを楽しむなんて……どうかしている。
「受けますよ、その申し出。ですが、やるからには僕が勝ちます」
––––––––最も、この時の俺はどうかしていた様だが。
* * *
「さてさて、それじゃあルール説明といこうじゃないか!動ける場所は地下室一帯、互いに武器は一切無し!それ以外のルールは特に無いが、一応は私が審判だ。ああ、後は二人ともコイツを腕に巻いてくれたまえ」
そう言うと、赤髪の自称天才錬金術師はバングルを投げ渡してきた。
特に飾りなどはない金属製の物だが、異様な程細かく呪文が刻まれているのは気になる。
害になる様な物でない事は分かるが……何を条件にどんな魔術が発動するのか、全く検討が付かない。
「そいつは私お手製の魔道具でね。同じバングルを付けている相手からの攻撃で死ななくなる優れ物さ!ま、魔術攻撃以外なら普通に死ぬが……今回は互いに武器無しなんだ、多少の欠点には目を瞑ってくれたまえよ」
多少と言うにはデカすぎる欠点だが、それを差し引いても凄い魔道具だ。
魔術師が実践形式で訓練しやすくなる上、戦場でうっかり味方を殺す心配も消える。
最後の心配も消えたのだから、後はどう勝つかを考えるのみ。
「それじゃあ二人とも、適当に離れてから構えてくれ。それじゃ、開始!……って言ったら初めるから、よろしく頼むよ」
……紛らわしい。
* * *
まず、戦う前に俺の出来る事を整理しないと。
防御面で基礎になるのは、広域防御魔術アーモリング。
他の防御魔術と比べて取り回しは悪いが、とにかく巨大で硬いバリアを出せる。
攻撃魔術は複数使えるが、一番得意なのは斬撃魔術アクスト。
魔力の塊を鋭い刃に変えて飛ばす、単純明快で高威力な魔術だ。
補助魔術に関しては、獣神ベスティエ由来の物が大体使える。
獣の力を自身の体に宿すタイプの強化魔術だが、難点は大抵どの魔術も一箇所しか強化出来ない点だ。
それを差し引いても強力なので、使えそうなら戦略に組み込みたい。
その他、一応点火以外にも使えるイグニッションや、光を出すだけの魔術ライトも使える。
(メインプランが一つ、サブプランが一つ……だが、サブプランの方はちゃんと発動するか不安だな)
勝ち筋は十分存在する。
なら、後は実行するだけだ。
「––––––––それでは、決闘を開始する!」
レクシーとの距離は約十メートル程。
部屋の空間はまだまだ余裕があるので、最悪の場合逃げの一手も取れる。
いつでも防御できる様に集中し、まずは相手の出方を伺うか。
「星神シュテルンの名の下に、レクシー・スティル・プロスパシアは告げる」
おっと、初手から完全詠唱か。
何の魔術かは知らんが、星神由来の魔術は総じて面倒だからな。
とはいえ対策は簡単、発動前に潰せばいい。
「強くあれ、疾くあれ––––––––」
「火神フォイアの名の下に告げる。断て、”アクスト”」
レクシーの詠唱を遮り撃たれた魔術の刃は、彼女の首筋目掛けて炎を纏い飛ぶ。
無防備な詠唱中への攻撃。
本来であれば杖無しで防げる筈のない刃は、彼女に触れる事なく打ち消された。
(無詠唱の防御呪文!?だが、自分の周囲にバリアを出すタイプなら対策できる。というか、好都合だ。一応詠唱の妨害も出来たし、これで無闇に大魔術は使わんだろ)
魔術師同士の戦いは、一瞬の油断が命取りになる。
その理由は簡単で、初級魔術であっても何の対策もなく食らえば死ぬからだ。
よって、勝ち方というのもある程度は固定化される。
一つ目はゴリ押し。
相手の防御魔術を物ともしない火力を押し付け、突破する。
二つ目は搦め手。
時間差攻撃にフェイント、多様な妨害を駆使して隙を作る。
三つ目は持久戦。
とにかく堅実に戦い続け、相手の魔力切れを狙う。
……俺が即興で考えただけなのでいくらでも穴はあるだろうが、見当外れでは無いだろう。
その上で、今回俺が取れるのは二つ目のフェイント作戦のみ。
俺は高火力な魔術が使えないし、持久戦に持ち込める程の魔力量も俺にはない。
だが、一度きりの初見殺しで防御の穴を作れる手段は持っている。
(それを通す為にも、まずはサブプランを成功させないと)
レクシーとの間に
「獣神ベスティエの名の下に、ノベル・サルファー・アルフレッドが告げる。全てを見通す眼を、俺に––––––––"ゼーエンオイレ"」
これで、俺の目の強化は完了。
他の獣魔術と比べるとあまりパッとしないが、大気中のマナの流れや人の持つ魔力が見えるのは中々に便利だ。
まあ、今回この魔術を使った目的は別なのだが。
てか、俺の張った壁が壊されていないな?
……まさか。
「星神シュテルンの名の下に、レクシー・スティル・プロスパシアは告げる。強くあれ、疾くあれ。無数の星々は、これより我が敵を打ち砕く!」
そりゃそうだ、思いっきり詠唱の隙を与えてしまったもんな!
どう考えても死ぬだろ俺、だって防げる気がしないもの!
「滅ぼせ、”ガラクスィアス”!」
レクシーの頭上に、魔法陣が描かれる。
……マナの流れが見える状態だったのは、一応幸運と言うべきだろう。
魔法陣のサイズは普通だ。
だが、この現象は異常という他ない。
大気中のマナが、例外なく魔法陣へ吸い込まれていく。
(何が起こるかは分からん。だが、手を打たないと。どうすればいい?考えろ……)
恐らくだが、防御は無駄。
あの壁を破壊せずに詠唱しているという事は、そもそもアレが”気にするべき障害”ではないという事。
今から魔術で妨害するのも、多分無駄。
詠唱が終わっている以上、魔法陣から魔術が放たれるのは時間の問題だ。
「……はは。いいさ、だったら二倍返しだ。ま、返すのは魔術じゃなく––––––––」
無詠唱、かつ昨日見た魔術の見様見真似。
成功するかは不明。
極めて分の悪い賭けなのは一目瞭然。
それでも、今が楽しくて仕方が無い!
「––––––––昨日食らった分の膝蹴りだけどな!」
魔法陣にマナは満ちた。
たった一本でも人を優に殺せるだろう光の線が、雨の様に降り注ぐ。
––––––––それはそれとして、俺はレクシー目掛けて吹っ飛んだ。
「あああああああ!?なんか思ってたのと違うなこれーーーーーー!?」
「……は!?え、ちょっと待って弾け、”シュラック”!」
全身を活かした俺の体当たりは不発に終わった。
急に人間が飛んできてもしっかり防御できるのは普通に尊敬する。
何とか受け身も取れたし、やばそうな魔術も回避できたのでとりあえずオーケー。
後は近距離での魔術戦に勝利すれば良いが、それに関しては秘策がある。
「あー、死ぬかと思った。それと、残念ですが今回は僕の勝ちです」
「……醜態を晒した直後にそれを言えるのは凄いと思うよ、ノベル」
「ええ。でも、真実ですから。魔力、過剰使用。照らせ、”ライト”!」
辺りを光が包む。
攻撃性能は一切存在しない、ただ死ぬ程眩しいだけの光が。
魔術版閃光手榴弾……と言うには本当にただ眩しいだけだが、それでも一時的に視力を奪える位の出力はある。
そして、どんな理屈かはよく分からんが、獣魔術"ゼーエンオイレ"の効果中は目がどんな状態だろうと視界が悪くなる事がない!
さて、後は適当に後ろに回って良い感じに拘束すれば良い筈。
「っ––––––––”トランスファー”!」
……なんて、甘い考えは許されないか。
俺が見事に失敗して回転しながら吹っ飛んだ例の魔術を、彼女は目が見えない中自身の後ろに向かって使用し、逃亡した。
とはいえ、レクシーにはもう余裕が無い。
目が使えなくなっている以上は、取れる行動も限られている。
「断て、”アクスト”!」
「詠唱!?君、意外と学ばないんだね!」
魔術の刃は空を切る。
狙うは当然彼女の首筋。
今回は炎こそ纏っていないが、最初と同じ展開だ。
刃を防ぐ為、レクシーは自身の周囲に障壁を展開する。
無詠唱で作られた、術者の周囲を守るバリア。
これも同じ。
「”イグニッション”」
魔力で作られた刃を阻む障壁に、ほんの一瞬綻びが生まれる。
––––––––俺の、勝ちだ。
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