第8話 「”錬金術師”ヘルメス」
眠い。
つい先程目が覚めたばかりなのに、俺の脳内はソレで埋め尽くされていた。
怠い。
原因ははっきりしている。
昨日、屋敷にいる人達ほぼ全員に挨拶回りをしたせいだ。
前世と違って今世の俺はそこそこ喋れるが、それでも体力消耗が大きい事に変わりは無かった。
「朝食……食べに行くか……レクシーと会えたら挨拶もしないと……あー、眠い」
すぐ重力に負けてベットへ倒れそうになる体をなんとか動かし、立ち上がる。
これほどまでにコーヒー、というよりカフェインが欲しい朝は前世以来だ。
目を擦りながらなんとなく部屋を見回していると、置かれた鏡にふと目が行く。
そこに映っていたのは、黒髪黒目の美少年。
……誰?いや、俺に決まってるんだけど。
「このまま成長すれば俺はイケメンになるのでは?よし、自分の将来が楽しみになって来たぞ」
くだらない事を考える事でなんとか眠気をとばし、ホールへの移動を始める。
* * *
抗いがたい眠気と格闘しながら廊下を歩いていると、運が良いのか悪いのか、一応目当てにしていた人物の姿を見つけた。
レクシー・スティル・プロスパシア。
プロスパシア家の三女で、年齢は俺と同じ六歳……だが、纏っている気品と風格は並の貴族をも凌駕しているだろう。
大人しくしていれば、の話だが。
雰囲気は深窓の令嬢っぽいが、実際のところはとんでもない問題児。
すぐに屋敷を抜け出しては非正規品の魔道具を貰ってくると、当主であるアストロ氏も頭を悩ませていた。
話す際も基本的に無気力だが、魔術の話をする時だけは生き生きとしていた。
……ちなみに俺は彼女の熱意にあてられたのか、昨日から魔術の勉強を真面目にするべきか悩んでいる。
「レクシーさん、おはようございます。本当は昨日、夕食の際に改めて挨拶させて頂こうと思っていたのですが……遅れてしまい、申し訳ありません。ですが、今後ともよろしくお願いしますね」
「……君、誰だっけ」
「はい?え、本当に覚えてないです?確かに服は違いますが、街から屋敷まで一緒でしたよね!?僕が一方的に会話が弾んでいると思っていただけなのか……?」
「あー。もしかして、私が膝蹴りを当てた人?」
「……それで合ってます。あれは実に見事な飛び蹴りでしたよ。それはもう、一生喰らいたくない程度に」
このタイプの悲しみを味わったのは、今世だとこれが初めてだ。
別に俺が嫌われている訳ではなく、彼女の興味が人間に向いていないだけだとは思う。
思うが、それでもやはり悲しいものだ。
「そうだ。ねえ、戦いに興味はある?」
「急に殺伐とした話題を振られても困りますよ。僕は基本、平和主義なんです」
「でも、決闘は魔術師の嗜みだよ。君も魔術師なら、わかるよね」
「わかりません。そもそも、僕は無闇に人を殺したくは無いんです」
「……君、最新の決闘事情も知らないんだね。朝食の後、私について来て。最高の店を教えるから」
「一応聞いておきますが、その店は法的に問題のない所です?」
「当然。私の髪色くらい潔白」
「
何となく勢いでツッコミを入れてしまったが、彼女も何故か自慢げな顔でこちらを見つめているので……まあ良いか。
話を否定するタイミングを失い今日の予定が確定してしまったが、元よりやりたい事は無かったんだ。
やるべき事には目を瞑り、今日一日は彼女に付き合おう。
* * *
彼女と二人で屋敷を抜け出し、街の大通りから路地に入る。
迷路の様に入り組んだ路地は似た景色ばかりで、本当に目的地へ近付いているのか不安しか無い。
彼女が手元で魔法陣を浮かべているので、恐らく目的地までの方向を示してくれるタイプの魔術を使っているのだろうが……それでも、十分ほど路地を彷徨い続けていると流石に不安だ。
確認を取っても”大丈夫”の一点張りだったが、帰り道が分からない俺は信じてついて行くしか無い。
「よし、着いた」
「え、本当にここで合ってます?普通の民家じゃないですか」
「いや、ここは店だよ。正真正銘、錬金術師の」
「錬金術師!?その話が本当なら、何故こんな場所に店を……部外者が言うことでは無いですが、それこそ場所次第では一日に金貨百枚は手に入る職業ですよ!?」
錬金術師とは、大雑把に言うと物質変換魔術と呼ばれる形式の魔術を扱える魔術師の総称だ。
物質変換魔術。
それは、全ての物質に四つの属性を割り振り、物質毎の属性の配分やパターンを弄ることで他の物質へと変換する魔術––––––––だと、入門用の本で読んだ。
魔術自体の仕組みが難解なのは当然で、かつ習得出来るかはほぼ全てが才能で決まるらしい。
その才能というのも単純な魔力量とは別の物で、天性のセンスに近い何かが求められる––––––––と、本には書いてあった。
「その辺は君も話せばわかるよ。あの人、根本的に接客とか向いてないから」
「……まあ、魔術師にはそういう人も多いですよね」
「そ。じゃあ、行こうか」
流れる様に店へ入った彼女に続き、店へ足を踏み入れる。
店の中は……普通だった。
良くも悪くも、どこにでもある普通の武器屋。
床には雑多に武具が置かれていて、端にある棚にも複数の魔道具が詰められている。
魔道具の多くは砥石型なので、恐らくは研ぐだけで武器への
……当然の様に、置かれている魔道具は全てが非正規品。
入り組んだ路地の先にある店とはいえ、流石にここまで堂々と売ってあるのはどうかと思うが……刻まれた魔術は実に丁寧で高出力なものばかり。
高位の魔術師でないと作れない様な品々なので、ここが錬金術師の家だというのも嘘では無さそうだ。
「ヘルメス。居るんでしょ?まだ課題は終わってないけど、人を紹介しにきた」
「ここの店主、ヘルメスさんと言うのですね。それと、課題とは?」
「……ヘルメスは魔術の師匠だから。課題と言っても、渡されたメモに書いてある事を実行するだけ。書かれた魔術を覚えたり、魔導書を解読したり」
「解読?流石にそれは難しい様な……最低限、魔術学校を卒業できる程度の知識が求められますし」
「その通りだよ少年。だが、彼女にはそのくらい朝飯前らしい。いやはや誰が育てたんだろうねえ、師匠の顔が見てみたい!」
突如として、店内に芝居がかったハスキーボイスが響き渡る。
「さてさて、自己紹介をしようじゃないか。私はヘルメス。本名ではないが、本名の百万倍は知れ渡っているからそう呼んでくれたまえ。そして何より、私こそが自他共に認める稀代の天才錬金術師だ!」
––––––––と、奥の部屋から出て来た自称錬金術師は名乗りを上げた。
この世界の魔術師にとってはある意味正装である黒のローブに、彼女の背丈程の高さがある巨大な杖。
手には大量の指輪が嵌められているが、最も目を引くのはとても長く癖の強い赤色の髪。
そして何より、胡散臭さが桁違いだ。
気のいい人物の様に思えるが、言葉の裏に隠された本心は一切分からない。
……何なら、裏があるのかさえ不明だ。
「少年、君は何故ここに来た?君は何を求める?今日の私は気分が良い!力も叡智も巨万の富も、何だって与えてあげようじゃないか!」
「はい?いや、俺はレクシーさんに連れて来られただけで……」
「ノベル。私にさんは付けなくていい。後、ヘルメスはいつもの準備をお願い」
「仕方のないお嬢様だ。それで相手は?また私お手製のゴーレムで良い?」
「いや、今日の相手は決まってる」
ヘルメスを名乗る女性は、部屋の端にある下階段へと手招きしながら移動する。
”いつもの”が何を指しているのかは不明だが、俺も取り敢えず着いていく事にした。
それと、レクシーが俺の名前を覚えてくれていた事が今は一番嬉しい。
異様に長い階段を下り、建物の規模に対してどう考えてもおかしい規模の地下室へ足を踏み入れる。
空間拡張の結界って、普通の地下室を王宮の広間サイズに出来るほど万能じゃない筈なんだけどな。
そんな訳で俺が辺りを見回していると、突如としてレクシーが俺の方へ振り向く。
「––––––––ノベル。君に、決闘を申し込む」
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