第7話 「挨拶回りに向いてない奴」

 食事。

 それは生存の為に必要不可欠な栄養を摂取する為の行為であり、根源的な欲求に基づいた娯楽であり、また貴族社会においては礼儀作法が最も重視される瞬間である。

 前世ではテーブルマナーを一切知らなかった俺としては、ルールが知らされていない理不尽なデスゲームにも変容しかねないのだが––––––––


 俺の意識が戻る前の俺、即ちノベル・サルファー・アルフレッドの涙ぐましい努力により、大抵の動きは体が覚えてくれていた。

 ……それでも、言葉遣いだけは意識していないと素が出そうになるので危険だ。


「それでは、我がプロスパシアに新しい家族が加わった事を記念しまして……何て、流石に堅苦しいですね。結局のところ、料理が豪華なだけですから。皆様、どうか気負わず、普段の様にお召し上がりください」


 ただ、ここの当主を見ていると、多少砕けた言葉遣いでも問題ない様に錯覚する。


(ああ……保存食以外を食べたのはいつぶりだろう。美味しい……酢漬けじゃない野菜が食べられるなんて……いや、ザワークラウトは酢漬けじゃないらしいけど)


 * * *


 さて。

 思っていた以上に食事を楽しんでしまったが、今日の本題は他の所にある。

 今回、絶対にやろうと思っていた事、それは––––––––


 だ。

 義兄弟に義理の母上、そして使用人や執事の方々が集まり、食後の雑談に興じているこのタイミング。

 一人でも多くの人に”まだ子供なのに礼儀正しいな”と思って貰える大チャンス、逃していい訳がない。


 そもそも、僕の立場としては一応婿養子的なものにあたる。

 しかも、アルフレッド家が裏切った際に責任を取って首を落とされるであろう立場……即ち、人質でもある。

 二重に風当たりが強くなりそうな立場である以上、俺の事を庇ってくれる人を少しでも増やしたい。


(さて、最初に話すべきは……まあ、一番偉い人だな。つまり、義理の母上か)


 貴族の方と話すのは既に慣れたが、それでもやはり緊張する。

 深呼吸して、冷静に。

 そして、見かけだけでも堂々と。


「––––––––エリピア様。貴方への挨拶が遅れた事、誠に申し訳ありません。僕はノベル・サルファー・アルフレッド……いえ、ノベル・サルファー・プロスパシアです。まだ未熟な身ではありますが、今後とも宜しくお願いします」


 ––––––––堂々と話しかけた筈なのだが、黒髪の貴婦人がこちらを気にする事はなかった。

 俺の声が届かなかったのか、それとも普通に無視されたのか。

 少しおっとりとした雰囲気の人なので、たまたま届かなかっただけだと信じたい。

 ……最初から無視されているのだとしたら、なんかもう詰みだしな。


「その……エリピア様?ずっと天井の隅を見ていられるのには理由があるのでしょうか……?それとも、体調が優れなかったり……」

「––––––––あ、もしかして私に話してた?ごめんねー、気がつかなくって。ノベル君だっけ?礼儀正しくて良い子だねー。あ、お母さんにして欲しい事があったら言ってねー?血の繋がりが無くっても、プロスパシアを名を持つのなら私の息子だから」


 ……貴族とは、どんな世界であろうと基本的には”血統”を重視するものだ。

 何故ならば、それこそが貴族の証であり……逆を言うと、それを重視しないのならば貴族制は崩壊する。

 ただ、貴族における血統主義というのは”優秀な人間の子孫も優秀である”という一種の幻想を元に作られている物であり、それ故に現代へ近付くにつれて消えていったのだが……この世界の血統主義は、困った事にある種正解ではある。


 ……魔力量の七割が遺伝で決まる以上、この世界から貴族制が消える日は来ないだろう。


「ありがとうございます。ですが、あまりその様な事は言わない方が……場合によっては、貴族制への反抗と捉えられかねません」

「そうね。でも、私は母だから。君にも、他の兄弟達にも、使用人のみんなの子供だって––––––––私は、愛さないと」

「……僕がわざわざ言わなくても良い事でしたね。失礼しました、母上」

「あら、別にいいのよ?でも、心配してくれてありがとう。それより、挨拶するなら兄弟のみんなにしてきたら?特にレクシーちゃんとかは、今を逃すと探すのが面倒よー?」

「そうなんですね、ありがとうございます。それでは、また明日」


 母上に一礼し、気持ち足早にその場を去る。

 ……この世界における実の母に殆ど会ったことが無いからか、この人を母上と呼ぶことへの抵抗が全然ないな。

 この人の言う愛には強迫観念じみた何かが含まれている気もしたが、気軽に踏み込んでいい物でも無さそうだ。


 ひとまず、今は挨拶回りに集中しよう。


 * * *


「……あー、死ぬ。無理。慣れたとは思ってたけど、流石に多すぎるっての……」 


 現在位置は俺の寝室、無駄に大きいベッドの上。

 一、二時間掛けた挨拶回りは、無事大成功に終わった。

 終わった、のだが……


「ああもう、絶っ対にもう二度とやらねえ!社交界とか一生行かねえ!そもそも、兄弟姉妹達の中で唯一会えなかったのが話そうと思ってたレクシーとか……運まで無いのかな、俺。……そういや、なんで話そうと思ってたんだ?」


 個人的な感想としては、地獄の一言に尽きる。


 第一、ずっと気を張るのにも慣れてないんだ。

 元々コミュニケーション能力が高い訳でも無いんだから、会話に関してはこっち来てからの俺が知らない積み重ね分で綱渡りしてる様な物なんだし、無理ゲーにも程がある。


「もういい。寝る。寝てやる。今日の頑張りを無に帰すレベルの大寝坊をやらかそうがもう知らん!」


 完全に自暴自棄となり、毛布に包まる。

 

 ……明日、何もしなくても許されないかなあ……

 

 












 

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