第5話 「実に衝撃的な出会い」
それは、一瞬の出来事だった。
瞬きする間もなく、一言発する猶予もなく。
––––––––青い光が、人間を喰らった。
「……ははは、まじかよ。そりゃ武器としての需要も高くなるか」
俺の眼前に広がるのは、実に七人分の死体を浮かべた血の海。
……俺が殺した、名前も知らない誰かの死体が浮かんでいるのだ。
あの賊達は、きっと多くの命を奪ってきたのだろう。
遅かれ早かれ彼等は死んでいただろうし、俺が殺さなくても兵士達が殺していた。
だから同情する気はないし、今回の事を後悔する意味もない。
そんな事は、分かっているが––––––––
覚悟が一切ない状態で、殺した実感すら湧かない程一瞬にして終わった結果、何とも言えない違和感と嫌悪感が、心のどこかに深く刺さってしまった様だ。
そして、それすらも今は他人事に思えてしまう。
「……ノベル様。今のは、ノベル様がやったのですか……?」
俺に話しかけてきた彼は、俺を馬車に戻るよう諭してくれた人だ。
だが、彼の表情は……見た事もないほど歪んでいて、彼自身もそれを笑顔で隠そうとしている。
自分達が殺すべき相手が、守るべき対象である俺によって鏖殺された事に対する無力感。
それに加えて、死傷者が出ず終わった事に対する感謝と……目の前にいる、人殺しに対する恐怖が入り混じっているのだろう。
……同じ立場なら、きっと俺も同じ表情をするんだろうな。
この状況で、俺が出来る事はほとんど無い。
恐怖するのは当然で、無力に感じさせてしまったのも俺のせいだからだ。
故に、俺が取るべき行動は––––––––
「はい。貴方の忠告を無視し、危険な事をしてしまい申し訳ありません。ですが、ありがとうございます。此度の勝利は、貴方達が後ろで警戒してくれたいたお陰です。僕一人で勝利する事は……不可能でした」
感謝に報いられる様に、背筋を正し胸を張るのみだ。
……いくらカッコつけても、見た目六歳児の一般人に変わりはないんだけどな……
* * *
賊の襲来より二日後。
結局、あの後は特にトラブルも無く、無事プロスパシア家の屋敷がある街へと到着した。
その名も港町クロイゼルン。
フォルゲン大陸の最北部に位置する、漁業と魔術の街だ。
「ここからは、街中の移動になります。屋敷までは近いですから、もう少しだけお持ち下さいね」
「近い……なら、外を歩いても良いでしょうか。酔いが……いえ、これから住む街の事は、自らの足で歩いて知りたいのです。屋敷までなら一人でも辿り着けますし。ここまでの護衛、お疲れ様でした」
「光栄です。……光栄ですが、私を含めた数人はプロスパシア家に仕える兵士ですから。屋敷まで責任を持って護衛いたしますよ」
「え?あ、そうだったんですね!?すみません、全員がアルフレッド家に仕える方だとばかり……いえ、そもそも所属に関係なく着いてきて頂かないといけない立場ですね僕!?」
本当、こんな時にも締まらないな。
前世で現地集合現地解散に慣れ過ぎたせいでもあるのだが、未だ自分が貴族であるという自覚が足りていない気がする。
貴族として暮らす内に、自ずと身に付く物ではあると思うが。
* * *
活気に満ちた市場の立ち並ぶ大通りを、数名の兵士と共に進む。
兵士を引き連れて貴族と思しき人が歩いている……という状況の筈なのだが、特段通行人がこちらを気にする様子は無い。
良くも悪くも注目されると思っていたので意外だが、僕としては気楽で助かる。
最も、気楽だったのは大通りを抜けるまで。
市場の数と人が減り怪しげな店が増えてきた辺りで、兵士の皆様が急に立ち止まって話し始めたのだ。
「おい、あれ……レクシー様じゃないか?」
「へ?確かに似てますが、流石に他人の空似ではないですか?先輩、疲れてるんですよ。見間違い見間違い、そういう事にしましょうよ。ね?」
「……お前、現実逃避はやめろ。前回逃げられて心が折れたか?」
「仕方ないでしょう?なんせ、あれのせいで減給されましたから……」
小声で話している為、全ての内容は聞き取れなかった。
聞き取れなかったが……怪しげな露店で怪しげな物を買っている少女について話している事だけは分かる。
綺麗に整えられた灰色の髪に、ドレス……よりはコートの方が近い黒の服。
服装や所作の美しさによって大人びて見えるが、年齢は今の俺と大差ない様に思える。
遠巻きに見ているだけでも、身に纏っている気品と風格に思わず気おされそうになってしまうのは、生まれ持ったカリスマによるものなのだろうか。
……だからこそ。
なんで、果物を入れる様のカゴに、大量の魔道具を入れてるんだよ彼女は!?
どう考えても正気じゃない。
そもそも、魔道具には素人が使うには危険な物も多く存在する。
魔術をあらかじめ付与した道具という性質上、仕方のない事ではあるのだが……家の蔵にあった良さげな剣でうっかり指を切ってしまった子供がそのまま石化、みたいな事例も起こり得る。
故に、百年ほど前から魔道具の売買に規制が入り、国の認可がない魔道具は売れなくなっている筈なのだが……
彼女がカゴに入れてる魔道具、あれ全部非正規品だよな!?
しかも、兵士さん方の話を聞く限りは常習犯なんだろ?
……プロスパシア家って、魔境だったりするのだろうか。
「ノベル様、すみません。ここで少し待っていて下さいますか?」
「はい、いいですよ……?」
「ありがとうございます。––––––––では、行って参ります!」
彼が走り出すや否や、他の兵士も続いて走り出す。
いや、彼女一人ならそこまで全力で包囲しなくてもいいのでは?
そんな甘い考えは、他ならぬ彼女自身の行動によって覆された。
「え、もう巡回の時間?しかも多いし……包囲されてる?うわー……使うのは初めてなんだけど、仕方ないな––––––––”トランスファー”!」
彼女が魔術を唱えるや否や、魔法陣が俺の真ん前へ出現する。
(––––––––あ、俺死んだ)
基礎空間圧縮魔術、トランスファー。
新しい魔術、なんて銘打たれた魔術の大抵が大昔の魔導書に載っている事でお馴染みの魔術界において、珍しく本当に最近作られた”新しい”魔術だ。
魔法陣と魔法陣の間の距離を縮め、更に魔法陣に触れた対象を高速移動させる事により、前準備無しで擬似的なワープを可能にした画期的な魔術……なのだが、一つだけ致命的な欠陥がある。
「え、人––––––––!?」
詠唱する際に、追加詠唱で減速のオプションを付けておかないと高確率で追突事故が発生するのだ。
……そう、今回の様に。
* * *
「……その、ごめんなさい」
「いえ、貴方に怪我がなくて良かったです。……が、事故率の高い魔術で詠唱破棄するのはやめましょうね?」
「……はーい」
まさか、これから義妹……義姉?になるであろう人から、超高速の飛び膝蹴りを腹に受けるとは思わなかった。
これが事故である以上、事を荒立てず穏便に済ませたい。
……彼女とはこれから同じ館で暮らす事になるので、早い内から少しでも仲良くなっておこうという打算もあるが。
「さて。それでは、手早く魔道具を回収してから帰りましょうか。魔道具が非正規品ばかりなのは……僕には関係ないですしね」
「正規品じゃないの、分かるんだ」
「国の認可が出てるのなんて、百種類にも満たないですから。ただ形を覚えるだけなら割と簡単です」
「へー……君、魔術師なの?それとも、服装的には貴族?」
「魔術の勉強もしてる貴族ですよ。本日よりプロスパシア家の養子となりますので、どうかよろしくお願いします」
「––––––––え?」
……目を見開いたまま固まってしまった。
それ程までに予想外だった……というより、俺については一切知らされていなかったのか?
それならそれで問題な気もするが、大丈夫だろうか。
……困った。まだ屋敷に着いてすらいないのに、既に不安要素が多すぎる。
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