第4話 「新たな門出と野盗」

 天気は良好、気温も穏やか。

 今日は俺が六年間慣れ親しんだ屋敷を離れ、大陸北部に領地を持つプロスパシア家へと向かう記念すべき日だ。


 プロスパシア家へと向かう目的はただ一つ。

 我がアルフレッド家のさらなる発展の為、人質になりに行く……もとい、両家の同盟をより確実なものとする為に、俺が婿入りして養子になるらしい。

 ……微妙に実感がないのは、俺が未だに異世界の事情に詳しくないのが一つ。

 そして、父上がしっかりと交渉してしまった結果、事情が複雑になってしまったというのが一つだ。


 まず第一に、この世界の貴族の結婚は社交界を起点として行われる。

 その為政略結婚が行われるのも十五歳、即ち成人してからなのだが……今の俺は、まごう事なき六歳児。

 ”これからどう成長するかが分からぬ以上、婚約であっても早すぎる”というのがプロスパシア家の判断だったらしく、その意見には俺も賛同したいのだが……

 

 流石は父上、”なら、養子として好きに育てれば良い。まさか、真っ当に育てられる自信がない……なんて、言わないだろうな?”とばかりに押し切ったのだ。

 台詞は俺が適当に捏造した物なので、実際はもっと丁寧かつ一触即発だったとは思うけども。


 ……という事で、俺は今から養子として北の大地に送られる。

 不安要素は多いけれど、もしかしたら異世界転生らしいイベントが起こるかも知れない!

 というより、今まで体系化された魔術や歴史の勉強以外を出来なかったので、ここに賭けるしかないのだが。


「ノベル様。馬車の準備、終了致しました」

「ありがとうございます。父上、兄上、それに……爺や。行って来ますね」

「ああ。アルフレッド家の未来はお前に掛かっている、ノベル」

「これでお別れ……いや、俺も長男としてもっと頼もしくなってやるから、お前も頑張れよ、ノベル!」

「ノベル様……行ってらっしゃいませ。この爺は、貴方様の成長をお側で見られて幸せでした。どうか、ご安全に」


 うん。やっぱり、新たな門出を誰かに見送ってもらえるのは良い事だ。

 俺としての意識が戻ってから、新たに旅立つ今日までの一ヶ月。

 その間に見た歴史書や祖父の物と思われる日記から、アルフレッド家が戦争を利用して金を稼いでいる割とヤバい家なのは理解したが……それでも、身内としては悪くないんだよな。

 

 倫理的にアウトなのは疑う余地も無いが……中世ヨーロッパが基盤になっていそうな異世界に現代の倫理観を持ち込むこと自体、少し違う気がしなくもない。

 実際にこの目で見た訳では無いが、奴隷制度が存在する地域もあるみたいだし、人権なんて概念はこの異世界に存在しないんだろう。

 この世界で生きる以上は、こちらの価値観に慣れなければ。


 不安と期待を半々に抱え、馬車へ乗り込む。


 * * *


 俺が屋敷を出発してから、馬車は何の問題も無く走行している。

 ––––––––が、俺は異世界を甘く見ていた様だ。

 プロスパシア領に到達した現在、実に一週間の時が経過した。

 しかも、ここから屋敷のある街に到達するまでは追加で二日ほど掛かるそうだ。


「ノベル様。日も暮れましたので、本日はここで馬を休ませたいと思います。……ノベル様に何度も野宿して頂く事になって、本当に申し訳ありません」

「謝る事でも無いですし、顔を上げてください。それに、実のところ……僕も意外と楽しんでいるんですよ?この世界に生を受けてから、屋敷の外に出る事はほとんどありませんでしたから」

「……寛大なお心遣い、感謝いたします。我々一同、この旅を必ずや安全なものに致しますから、ノベル様はどうかご安心を」


 世界は多分、俺が思っている程綺麗じゃない。

 爽やかな平原に気の向くまま寝転がれば、服は土まみれになってしまう。

 静かな森も、いざ足を踏み入れれば虫だらけで。

 美しい雪景色だって、実際のところ凍死の危険と隣り合わせだ。

 ––––––––それでも、この世界は美しい。


「……なんて、俺はそんな柄じゃないんだけどな」


 こんな、意味もなく詩的になってしまったのは疲れのせいだろう。

 夜空を見るのはここまでにして、馬車に戻ってもう寝よう。

 そう思って、馬車の方を向こうとした瞬間––––––––


 松明の光と、暗闇に紛れて飛んできたを目が捉える。


「っ!拡がれ、護れ––––––––”アーモリング”!」


 青い爆発が暗闇を切り裂く。

 爆風は草原の草を消し飛ばし、俺が発動した広域防御魔術も一撃で砕かれた。


 ––––––––敵襲。

 何者かが、碧色火薬を使って俺達を強襲した。


「ノベル様。魔術での防御、感謝致します。……どうか、馬車の中へお戻りください。後は、我々にお任せ下さい」

「ですが、貴方たちだけに任せるのは……」

「ノベル様、我々は兵士です。貴方を守る為にここへいるのです。……お願いします。どうか、馬車に」


 彼の言う事は最もだ。

 この世界における俺は貴族で、人の上に立つ者で、人の命を預かる立場で––––––––


 強くとも、守られる側の人間だ。


 そんな事は分かっている。

 そもそもの前提として、俺は別に一騎当千の英雄ですら無い。

 そんな俺が兵士と肩を並べて戦うなんて、やって良い訳が無い。


 松明を持った人影達は、一歩ずつこちらへ近付いてくる。

 二個目の手榴弾を投げるつもりはない様だが、あの一個だけとは思えない。

 ……残された時間は少ない。

 兵士を一人も死なせないで、勝つ方法を考えろ。


「獣神ベスティエの名の下に、ノベル・サルファー・アルフレッドが告げる。全てを見通す眼を、俺に––––––––"ゼーエンオイレ"」

「ノベル様!?いけません、馬車へ戻って下さい!」

「大丈夫です、策がありますから。……そちらの方々、しませんか?」


 大胆に、堂々と敵へ近付く。


「僕達は戦いを望みません。……それに、ここは寒冷地。少しの傷でも命取りになります。貴方達も、消耗は抑えたいでしょう」

「……へえ、度胸あるガキだな。そんなに死にたいか?」

「度胸、ですか。褒め言葉として受け取っておきますね」

「言うじゃねえか、ますます殺したくなった。そもそも、てめえは魔術師だろ?あの爆弾を咄嗟に防げる魔術師なんざ、ガキであっても何企んでるか怪しいんだよ」


 ……こちらの企みはバレてないだろうが、警戒はされているか。

 仕方が無いといえ、少し面倒だな。


「いえ、残念ながらあの障壁を出すので魔力は使い切ってしまいまして。恥ずかしながら、万が一にも死にたく無いのでこうして話し合えないか検討しているのです」


 ––––––––嘘。

 しかし、俺が貴族であるというのなら。 

 ハッタリすらも堂々と、胸を張って行わなければ。


「なるほどな。おいガキ、とりあえず有金を全部出す様兵士共に命令しな。……お前、貴族なんだろ?なんの苦労もせず生きてきた奴ってのは顔つきで分かる」

「……そうですね。僕はプロスパシア家の次男、ノベル・サルファー・プロスパシアです」

「プロスパシア……あのクソ侯爵んとこのかよ、最悪だ。だが……身代金の羽振りは良さそうだな」


 それに。嘘は基本、堂々と吐けば意外と怪しまれないものだ。


「貴方達の目的が金なら、僕が父上に掛け合いましょう」


 相手は七人。

 こちらは俺を含めて十人。

 総力戦なら恐らく勝てるが、あくまでも目的は味方の死者を出さない事。

 その為にも、アレをまでは時間を稼がなければ。


「それに、もし懸賞金が懸けられているのなら取り消させます。悪い取引では無いでしょう?」

「……金貨千枚。そこが最低ラインだ」

「五百枚、そこが限度です」

「おい、今の自分の立場が分かって無い様だな。死にたくなければ用意しろ」


 よし、見つけた。

 賭けではあったが、成功したので問題なし。

 後は––––––––


「……へえ、いいんですか?僕達を殺せば、一生牢屋で暮らす事になりますが」

「クソガキが……おいお前ら、集まれ!あいつらに現実を見せてやるぞ!」


 最も混乱を誘えて、最も多く瞬間を見極めるだけ。


 手が震える。

 心臓が鳴る。

 殺していいのか、と俺の良心が問いかけてくる。


「確かに今の僕は戦えませんが、それでも数はこちらが上ですよ」


 俺は普通の人間だ。

 人殺しなんてした事ないし、したくもない。


 だが、今世の俺は貴族だ。

 守りたい物も、失う物もなかった前世とは違う。

 守らないといけないものは沢山あって、その分失うものも沢山ある。


「やるぞ!あのガキを、絶対に殺す!」


 足が震える。

 恐怖に呑まれる。

 命の危機が迫っても、覚悟は全然決まらない。

 

 ––––––––だから、何だ。

 覚悟が無くても手は動く。足も動く。口も回る。


 覚悟が無くても、は使える。


「これで……勝ちだ」


 リーダーと思われる男の左後方、少し痩せ型の男のベルト。

 そこに下げられたポーチの内部に、を原料とした爆弾は入っている。

 

 火薬は筒の中に入れられている為、少し手間取ったが……準備は完了した。

 碧色火薬は、マナによる干渉で起爆する。

 

 そして当然、火薬に敵味方なんて概念がある訳もなく。

 誰に起爆された場合においても、周囲のマナを焼きながら爆発する––––––––!


「”イグニッション”!」


 男のポーチが光る。

 賊の内の誰かが異変を感じて立ち止まり、仲間に知らせようと口を開く。


 ……が、その行動は遅すぎた。

 彼らは、魔術師が交渉を言い出した時点で首を刎ねるべきだったのだ。


 ––––––––青い光が、人間を喰らう。

 


 

 

 

 

 

 


 


 

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