第3話 「異世界、案外夢が無い」

 見慣れた、けれどとても新鮮な部屋を見て、自分が異世界へ来てしまったのだと再確認する。

 目に映るものは全て、嫌という程見てきた筈なのに。

 今の俺にとっては、そのどれもが非日常を感じさせる。


「……気持ち悪い。意識は間違いなく俺なのに、二割くらいはノベル・サルファー・アルフレッドのままというか……ああクソ、上手く言語化すら出来ない。……腹、減ったな。そうか、気絶してた分の栄養も取らないといけないのか」


 不安点はいくらでもあるけど、それでも念願の異世界に変わりは無い。

 考えても解決しないことを考えるよりは、目一杯楽しみたいところだ。


 窓から差し込む光量的には多分朝だろうし、ひとまずベットから出て、朝食を食べて、その後は……勉強か。

 そんで昼食を食べて、魔術の実技。

 夕食の後も、結局やる事は勉強。


 ……異世界、意外と夢が無いな?

 そもそも、娯楽がそこまでない世界だ。

 記憶を辿っても、貴族だからって元の世界より美味いものを食える訳でもなさそうだし、今のところ夢があるのは魔術くらいか。


「はあ……仕方ない、時間的にもそろそろ朝食だろうし、とりあえず広間に向かうかな。で、爺やに頼んで勉強の比率を少しでも魔術に寄せてもらう!よし、やるぞ!」


 一周回って溢れてきたやる気を胸に、寝室から移動する。


 * * *


 元の世界ではほとんど見たことのない大きさのテーブルに、それを囲む兄弟たちと家臣、そして……父上。

 まだ少し記憶はあやふやだが、それでも朝食の場に父上が居るのはノベルにとっても珍しい出来事だったのは覚えている。


(ああ、違和感の正体にようやく気付いた。当たり前すぎて忘れていたが、こうして考えている時に浮かぶ言語が異世界の言語なのか)


 ひとつスッキリした所で、父上が何やら俺に目配せしている事に気付いた。

 ……分かりにくいが、多分俺を呼んでいるんだろう。

 何か話でもあるのだろうか?

 ノベルとしては苦手な人だったので、あまり近寄りたくないけど……無視する訳にもいかないので、隣の席に着く。


「ほう、今の合図で分かったのか。ノベル、やはりお前は聡い子だ」

「ありがとうございます、父上」

「お前をこうして呼んだのは他でもない、大切な話があるからだ。昨日、急に倒れたばかりのお前に伝えるのは少しばかり酷かもしれないが……」

「心配なさらずとも、僕の体に問題はありません。それで、話というのは?」


 前世に接客業のバイトで学んだどんな状況でも笑顔を維持する能力が、まさかこんな所で役に立つとは。

 まあ、表情と心情は逆なんだけどな。

 ……大切な話というのが、処刑とか勘当とかではありませんように。


「……お前には、プロスパシア家に婿入りしてもらう」

「はい!?俺……僕がですか!?流石にそれは……僕、まだ六歳ですよ?」

「あ、いや、婿入りと言っても、今すぐ結婚する訳ではなくてだな……ええと……その……詳しい説明は後だ。食事が終わり次第、俺の執務室に来い」

「え?あ、はい。分かりました、父上……?」


 困った、いっさい状況が飲み込めない。

 俺が婿入り?するらしいプロスパシア家だが……確か、この大陸の北に領地を持つ貴族の筈だ。

 それも、世界有数の歴史をもつ名家だとか。

 そんな家に?俺が?転生したとはいえ、肉体はただの六歳児なのに?

 まだ転生した事への実感すら湧いてないのに、次から次へと面倒ごとを持ってこられても対処できないんだけどな……本当に困った。


 その後、運ばれてきた料理を食べたが……幸か不幸か、ストレスのせいで味まではよく分からなかった。

 パンの食感がぱさぱさしていたので、多分美味しくは無いのだろう。


 * * *


 どうか、話の続きがポジティブなものであります様に。

 そんな事を祈りながら、父上の待つ執務室へ急ぐ。


「父上、詳しい話を……お願いします」

「ああ。だが、その前にプロスパシア家と当家の関係について、今一度説明しておこう。さて、ノベル。当家……アルフレッド家に足りない物が何か、分かるな?」


 いや、知りませんが。

 強いて言うなら、父上の圧が強すぎる点と……父上が子供を置いていつも何処かへ行っている点では?

 これをそのまま口に出せば、婿入り云々以前に俺の首が飛びそうだが。

 ここは、消去法的に父上を一番怒らせなさそうな––––––––


「––––––––歴史、でしょうか。軍事力、経済力、領地の広さなどは他家の追随を許しませんが……歴史だけは、今すぐどうにかなるものではありませんから」

「その通り。そして、その弱点を解決する為、私はプロスパシア家へ取引を持ちかけたのだ。私は碧色火薬、即ち軍事力を提供する。その代わり、彼らには我々の後ろ盾になって貰う……その様な取引だ」

「はあ。僕の婚姻も、その取引の一環という事ですか」

「……そうだな。だが、結婚は今すぐする訳ではない。お前には、プロスパシア家の……になって貰う」


 何となくだが、概要は理解した。

 

 詰まる所、これは……取引の為に、俺がにされるという事だな。

 政略結婚は、時として裏切りに対する強力な抑止力となる。

 日本においても、戦国時代などに大名たちの間ではよく使われた方法だ。

 これが同盟を確実なものにする為のものである以上、父上がプロスパシア家と敵対する様な事があれば、俺は殺されるって事だが……うん、不安しかない。


 その後は父上からプロスパシア家に対する説明を受け、出立が一ヶ月後だと知らされた。

 ここで説明された事に気になるものは無かったし、特に俺が準備すべきものもなさそうなのは良かったが……そのせいで逆に不安だ。


 やる事がない事により生まれる不安への対処法が分からないまま、日は過ぎる。


 一ヶ月という短い期間を浪費する事により、異世界の生活に慣れはした。

 慣れはしたが、それはあくまでも新しい日常が生まれただけで、異世界転生に求めていた非日常とはかけ離れたものだった。

 魔術の勉強も、それが日々の課題になってしまったせいで面白いとは思えない。

 ……我ながら、飽きやすい性格だとは思うけども。


 この暇は、環境が変わる事で無くなるだろうか。

 最初は訪れてほしくなかった出立の時が明日に迫った今、遠足前の子供の様に期待に胸を膨らませている俺がいる。

 

  

 

 

 








 

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