第58話 ただの他人任せ
「ダンジョンに漁業権はないッ!!!」
今日は海産物パーティーじゃ!
「へえ! おもしれえ見た目してんじゃん!」
近づくことで明らかになった全貌に俺はにやりと笑った。
それは写真でしか見たことのない、とある生き物に瓜二つであった。
それは深海に存在する、文字通り超高熱の水が噴き出る穴が存在するのだが、ここから噴き出す水は時に数百℃というイカれた温度に到達する。
そしてそれ故、太陽の光が届かない深海でエネルギーを補給する数少ないスポットとなっており、熱水噴出孔にすべて依存した特殊な生態系が育まれている。
その生態系の中で最も知られている生き物、それは間違いなくウロコフネタマガイだろう。
別名を『スケイリーフット』、『鱗の足』を持つ珍妙奇天烈な巻貝の仲間だ。
なんとその貝は――全身に鉄の鎧を纏っている! 無数の鉄の鱗をびっちりと軟体部に貼り付け、超堅牢な鎧を作り出しているのだっ!
俺の前の前に存在するこの巻貝は、実にスケイリーフットと似ていた。
巨大な足の部分にずらりと並んだ鱗はどれも肉厚であり、見てくれからして堅牢なのが良く分かる。
ましてや本来数センチしかないスケイリーフットが、数十センチ、いや下手すればメートルに届きかねないほどのサイズになったとあれば、その鱗の強固さは言うまでもないだろう。
確かに、中々倒すには手こずりそうな姿だ。
「でも防御特化ってのはよォ! 一方的に殴られるしかないってことでもあるんだよなァ!」
ちんたら苔だの海藻だの食ってる弱そうな貝なら俺でも殺れるぜ!
所詮は貝、見てくれどおり今ものそのそのんびり地面を這いずり回ってやがる。
鉄鋼虫と同じタイプだ。しかし奴はみっちりと詰まった巨体があったが、こいつはそれと比べれば一回り、二回りと小さい。
それに鎧の隙間がなかった鉄鋼虫と比べ、鱗一枚一枚は小さい。
隙間に刀をぶっ刺して鎧を内側から引きはがしてやるぜ!
げへへ! 観念しなお嬢ちゃぁん!
刀をべろべろ舐めながらゆっくりと近づく俺。
その時、俺の頬をナニカが掠めた。
「へ?」
いてえ。
「……血?」
首に生ぬるい血が垂れ、シャツが真紅を深く吸い込む。
振り向けば奴は何か細長いものを口から延ばし、こちらへと向けている。
それは水にぬれギラリと輝きを放ち、小さく震えた。
イモガイと呼ばれる巻貝の一種は、
この巨大な巻貝はそれと似た器官を持ち合わせていた。
だが巻貝としては異常なまでの巨体に備え付けられた口吻は――
俺の後ろにあった岩がはじけ飛んだ。
――まさしく大口径のマグナム。
ヤツは生物にあるまじき、鉄を纏うという行為に飽き足らず、ついぞ人類の叡智すらをも己が物に変えたのだ。
偶然の一致か運命の合致、進化の果ての結論。
いやだめでしょ!
いったいどうなってるんダ・ヴィンチ!
「まって! 待って待って! タンマタンマッ! おい飛び道具は禁止だろ恥を知れ恥を!」
ダーン! ダダダダダダダーンッ!
しかもアホかというほどのすさまじい連射力も兼ね備えていた!
反転、逃走した俺の背後から重機関銃もかくやと言わんばかりの、猛烈な射撃が次々に放たれるッ!
頭を、頬を、太ももを! 掠めた銃弾が岩礁を打ち砕いていく!
なんだよ! なんなんだよ! ざっけんなよ――
「――ここの海産物殺意高すぎるだろッ!」
俺は涙目で叫んだ。
◇
岩の影からこっそり岩礁地帯を覗き込む。
「くそっ、舐めやがって!」
俺へと銃弾をぶっぱなした奴は、今ものんびりと地面を這いずり回って岩に生えた海藻だの、コケだのをのんびりと食っている。
なーにが防御特化じゃ!
とんだクソ固定砲台じゃねえか!
地団駄を踏みながらあまりの理不尽にぷんすことブチギレる俺。
「正面は無理だな……」
本体の動きはちんたらとしているが、あの口吻自体は鱗が付いていないので割と柔軟に動く。
それに何より距離がある状態でこちらに気付かれた場合、近距離武器しかない俺に勝つ手段は一切ない。
リーチこそが戦いにおいて最も強力な武器である。
ヤるか……暗殺。
今俺が持っている武器は刀、そしてヒマリから貰った水の指輪のみ。
しかし奴は見ての通り海に生きる貝類、まさか水をかけて窒息などするはずもない。
俺が取れそうな暗殺手段は――
.
.
.
じっと岩陰に体を潜め、ヤツがゆっくりとこちらへ来るのを俺は待った。
そしてついにリーチまで差し掛かったその瞬間――俺は後ろから一気にビニールひもを巻き付けた!
「……よしっ、引っかかった!」
手にぐっとくる確かな感覚。
ビニールの滑りやすい紐であっても、ちょっとした突起があちこちにあるあの貝殻は、実によく引っかかってくれる。
海産物にぼこぼこにされた俺は、一度この『サクラ臨海防砂林』を抜け出し、近くのコンビニでビニール紐を買ってきた。
そして更に追加の準備に時間をかけ、大体先ほどから二時間は経過しているだろうか。
「オラァッ!」
刀を足元へと滑り込ませ、岩から一気に引きはがす!
まだ俺の存在に気付いていない巻貝は、突然全身が浮かび上がったことに驚愕したのか、その足をぎゅうと縮めこませ、堅牢な鉄の鱗で出入り口をふさいでしまった。
しかも鱗自体をぴっちりと縮めこませることによって、剣先を差し込む小さな隙間すらすっかりなくなっている。
これでは切る場所がない。
だが奴が出てくる際には、きっとあの銃をぶっ放してくるだろう。
このまま近くにいるのは危険が過ぎる。
「一名様ご案内でーっす!」
二十、いや三十キロはあるかもしれない。
幸いにも巻貝なので転がしやすい彼をそのまま転がし、俺は――潮だまりへとぶち込んだ!
貝殻だけが水面より上に来ることをしっかりと確認し、よし、と頷く。
「……ふぅ、終わった終わったぁ」
その場の岩へと腰かけ、俺はゆっくりと冷たいお茶を啜った。
あとはのんびりと奴が死ぬのを待つだけだ。
ただ水に落としただけじゃないかって?
水につけたって意味がないと、さっき自分で言っていただって?
確かに意味は無いかもしれない……ソレがただの水なら。
この潮だまりには、あの俺の指をスパッと切り裂いたイソギンチャク、モンチャクを死ぬほど放り込んでおいてやった。
右も左もモンチャクだらけ、それも、どれも手のひら大はある大きめの奴を厳選しておいた。
ぼうっと眺めていると、ぷかりと何かが浮かんできた。
それは奴の唯一の武器、口吻だ。
おそらく何かに気付いたこいつは、自分の武器をぶっ放そうと伸ばしたに違いない。
もうお気づきだろう。
このプールは、少しでも動いた瞬間なんでも細切れにする地獄のミキサーと化している。
たとえどれだけ堅牢な鉄の鱗に覆われていようと、一か所でも何か切り傷が出来た瞬間、その下にある柔らかな組織を中心に切り裂かれてしまうのだ。
柔らかく切り裂きやすい口吻を伸ばした時点で、巻貝の敗北は決定していた。
名付けて――
「――地獄の切り刻みタイドプール、完成だぜ」
貝殻を両手でつかみ上げると、見事、そこには鱗も武器もすべてを引きはがされた、哀れな軟体類の末路があった。
刀をぐりぐりと突き刺し中を抉り回していると、ごろりと魔石が飛び出してくる。
ふん、これが人類の叡智よ。
ワハハ!
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