ダンジョンとは何ですか?

第57話 ダンジョンに漁業権はないッ!!!

 クラゲの追加入手をあきらめた次の日。


「海だー!!!」


 うっひょ~~~~! テンション上がってきたァ!!


 ――俺は海へと足を運んできていた。

 正確には海、というより海に似たダンジョン、その名を『サクラ臨海防砂林』と言う。

 ここは我が家から俺愛用のママチャリで一時間ほどかかるので、今までのダンジョンの中で最も離れていると言えるだろう。


 名前からもわかる通り、この『サクラ臨海防砂林』は一面に広がる真っ青な海、そして背後に広がる森林地帯が特徴だ。

 しかし防砂林とはついているものの、実は砂浜ではなく主に岩場が区切りとなっている。

 命名者はきっと適当な奴だったに違いない。


「はぁ~海くっさぁ……♡」


 胸いっぱいに潮の匂いという名の、岩場などの隙間に物が詰まって腐った匂いを嗅ぎ満面の笑みを浮かべる。


 何を隠そう、俺は海が好きだ。

 昔は夏になれば近くの潮干狩り場や、漁業権の設定されていない河口などに足を運び、マテ貝堀を始めとした磯遊びによく勤しんでいたものだ。


 海×ダンジョン=俺が大興奮の方程式は全人類が記憶しておいていいと思う。

 これテストに出ます。


「いやぁ、やっとココ来れたなぁ」


 感慨のあまりついつい独り言をもらしてしまう。


 この『サクラ臨海防砂林』、実は結構難易度が高いダンジョンとして扱われる。

 推奨レベルは25から50、Dランクの上限が50レベルなので、ここは文字通りDランクとして最高難易度に位置しているのが分かるだろう。

 朝から晩まで一か月間スライムをシバキ回していたあの頃の俺は、このダンジョンを話こそ聞いていたが、下手すれば一年より先まで踏み込むことはないとすら思っていた。


 ソレがまさか二か月程度でここまで来ちまうとなぁ……人生何があるか分かんねえわ。


 滑りやすい岩場も何のその、ひょいひょいと手慣れた調子で歩き回っていると、ふと潮だまりの中に気になるものを見つけた。


「おっ、イソギンチャク」


 小さなイソギンチャクだ。

 色合いは茶色と若干緑がかったのが一匹ずつ、別種かそれとも同一種類かはさすがにわからない。


 そういや確か、どっかの地方ではイソギンチャク食うんだっけ。


 ふと脳裏をよぎるのは聞きかじった知識。

 こいつは岩場に生えているが、確か砂場等に生えているイシワケイソギンチャクを唐揚げだの、味噌煮だのして食べていたはずだ。

 地域では『ワケノシンノス』、意味を『若い男のケツアナ』だとか、あんまりにもあんまりな呼び名だったので記憶に良く残っている。


「よし、食ってみるか」


 リュックからビニール袋を一枚取り出し、さっそく潮だまりへと手を突っ込む。

 手のひらにはぐんにゃりとした独特の食感が広がり――


「いってぇ!?」


 鮮烈な痛みが突如として走った!

 やべ! イソギンチャクも刺胞毒持ってたんだっけ!


 慌てて引き上げた手のひらには薄い切込みが刻み込まれ、たらりと一筋の血が垂れる。


「え?」


 明確な傷、まるで滑らかな刃物に切り裂かれたかのようだ。


 すわ、刺胞かと思いきやこりゃ違う。

 クソクラゲはやたらデカかったから刺胞もばかデカかったものの、本来刺胞動物の持つ刺胞というのはごく小さいもので、視認できるようなものじゃない。


 いったい何が起こっとるんじゃ。

 俺の血で濁った潮だまりをじっと覗き込むと……俺が掴もうとしたイソギンチャクくんが、めっちゃ自分の触手を振り回していた。

 しかもそいつはすさまじく鋭利なようで、横で仲良く並んでいた別のイソギンチャクくんも切り裂かれている。


 うそ、だろ……


「お前……こんな小さいのにまさかモンスターなんか……?」


 なんてことだ……



 興奮するじゃないか!


 ダンジョン内の海だ、中にいる生き物もどうやら普通のそれじゃないようだ。

 だがこいつもモンスターということはつまり、何か面白い毒成分を持っているかもしれない。


 ワクワクしながら刀を抜き取り、二匹のイソギンチャクの上から刀をぶっさす。

 大きさもさしたることはなく、見てくれ通りの耐久力だった彼らは、容易く真っ二つになって動きを止めた。


「お、魔石」


 張り付いていた場所から無理やり引っぺがすと、小さな魔石がころりと落ちてきた。

 どうやらこのイソギンチャクたち、魔石の上から生えるような形で生きているらしい。

 もしかしたら他のモンスターの魔石から生えて、下の魔力を吸い取って成長しているのだろうか。面白い、不思議な生態だ。


 もし魔石の魔力量が多かったらめっちゃ強いイソギンチャクとか生まれるんかな。

 そうだったらボスの体に張り付いたりした日には、やっべえバケモノ生まれたりしてな。


「おっ、よく見たらイソギンチャクめっちゃいるじゃねえか!」


 あちらやこちらの潮だまりを覗き込むと、このモンスターイソギンチャク、めんどいからモンチャクがあちこちにいる。

 一匹一匹はそれこそ親指ほどのはサイズしかないので、味見程度しかできないと思っていたのだが……こりゃ幸運だ。

 このモンチャクどもをたっぷり持って帰って、今日は唐揚げパーティにでもするかな。


 今のところ食えるかもわからないモンチャクをどんどん切り裂き、わんさかビニール袋へと放り込んでいく俺。

 なにせこのモンチャク狩り、楽しいのだから仕方ない。

 潮干狩りで別に一気に食いきれない量だけど、ついつい楽しいから袋やバケツパンパンに取ってしまうアレだ。


 俺プチプチとか一生潰しちゃうタイプなんだよね。

 まあダンジョンなら取りすぎとかもないでしょ、へーきへーき。


「ひょ?」


 ウキウキしながらモンチャクに刀をぶっ差していた俺の視界の端、何かがゆっくりと動いた。

 だが見回せど何もない。

 少し盛り上がった岩、そしてあちこちにある潮だまりばかり。


 いや待て、あそこの岩……動いてねえか?


 一度視認してしまえばあとは一瞬だ。

 じっと目を凝らすと、確かに周囲の岩場と色合いはそっくりだが、それはサザエに似た貝殻であることが分かる。

 

「うおおおおお!!! でっっっか!!!!!」


 だがそのサイズよ。おそらく貝殻だけで五十センチはくだらない、そんなバカげたサイズの巻貝など見たことがない。

 そんなクソデカイ巻貝が、さも当然のようにもそもそと岩場を歩いてやがる。


 あ、あれでつぼ焼きとかやったらどうなっちまうんだ……!?


 ここで俺のテンションは有頂天を迎えた。


 サザエ。

 日本人で知らない人間はいないほどの貝類だが、最近実は新種だったと判明したかの貝は、ほぼすべての海で漁業権がかけられている。

 海によっては漁港の壁を這いずり回っている癖に、俺達一般人は奴に手出しすることはできなかった。


 ギラリと握った刀が日の光を受けた。

 まだ今日はまともにモンスターを狩っていない、さあ切らせてくれと俺に囁く。


 貝ごときが丁寧丁寧な法律というおくるみに包まれ、さも当然のように安寧を貪ってやがるのを、俺は熱い義侠心で常に怒り、歯を食いしばっていた。

 だが……ここはダンジョンだ。


 もうお気づきだろう――


「――ダンジョンに漁業権はないッ!!!」


 脱法漁業タイムだァァァァ!!!

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