第55話 クソァッ!!!
「まるで本当の生き物みたいッスね」
「本当の生き物、なのかもしれませんね」
空気が静かに凍る。
だが、直ぐに佐竹さんはわざとらしく小さな笑い声をあげ、こういった。
「冗談です」
面白すぎ。
笑いすぎて心臓止まったわ。
心停止によってショック状態に至った俺をさておき、佐竹さんはなおも強烈な情報をぶち込んできた。
「私の侵入当時、三階層に存在していた十八体のサカウラオオカイゲツについてですが」
「そんなに増えていたんスか!?」
「ええ。お二人の報告から私の侵入まで半日、次々に生まれては成長したようです」
再びめくられた資料。
露になったいくつもの写真はどれも異なった画角で取られており、なるほど、彼女が言う通り様々な地点で確認された別個体なのだろう。
二体のクソクラゲに出会った当初、俺はなんて最悪な日だと思っていた。
だが今この話を聞いたことで理解した。俺は最高にツイていた、と。
ツムギをどうにか救出できたのは言うまでもなく、彼の死に気付かず下手に三階層でも確認しに行くか、なんて次の日に踏み込んでいたら間違いなく死んでいた。
それにしてもクソクラゲが十八体も確認されたとは。
こりゃ報告にまで一週間かかるのも当然だ、すべて倒すのには相当時間がかかったに違いない。
「いやぁ大変でしたね、一週間かけてもかなりギリギリだったんじゃないッスか?」
「私が当日にすべて殲滅しました」
「ぁえ?」
当日にセンメツとは?
そう、当日にセンメツということです。
なるほどね、完璧に理解したわ。
「あ、ああ! 探協の職員の皆様が集まって倒したんスね!」
「いえ、今回は低難易度のダンジョンだったため私単独です。一時間程度で完了しました。一週間空いたのは調査結果や研究機関への情報提供など、時間がかかる処理が存在したためですね」
感情のない目つきから読み取れるものはない。
彼女にとってはこの程度のこと、特に誇ることでもないのだろう。
そう、俺が毒を打ち込み、死ぬ気で相打ちを狙いながら泥臭い戦法で倒したモンスターなど、探協支部長にとってはただ風の前の塵に等しいのだ。
……一人でござったかぁ。
探協の支部長はすさまじいでござるなぁ。
「すごいでござるなわはは」
「武力を買われての地位ですので」
淡々とした受け答え。
彼女は大方説明し終えたのだろう、机へと広げたいくつかの資料を再びまとめ合わせ、いたって平静とした態度のままトントンと整えなおした。
……こ、怖いでござるッ! 漏らしそうでござるッ!
魔石の換金だのレベルチェックだの、挙句の果てに表情ないっすね(意訳)みたいなこと言ってしまったでござるッ!!
強いのはなんとなく感じていたけど、ここまでとは思っていなかったでござる。
そのうちぶち殺しお遊ばれてしまうかもしれないでござるッ!!!
「ま、まあ調査結果が出たなら良かった! じゃあもうサカウラには入れるんスね!」
精神的にもう限界を迎えていた俺は、最後の最後、聞きたい情報だけ聞いてさっさと帰りたかった。
ともかく、連中が増えていたのは今までにない経験ではあった。
だが要するにクソクラゲを定期的にぶっ倒せば問題ないし、増えていたクソクラゲも全部佐竹さんの手によって殲滅されたらしい。
となれば必然、あのサカウラ地下迷宮の封鎖は解かれるであろう。
クソクラゲの毒、ソレが持つ血行増進効果は明らかに異常だ。
もっと弄り回して使いまくりたいものの、こんな効果があるだなんて知らなかった俺は、成分が染み出したであろう塩などを全部捨ててしまっている。
今すぐにでもサカウラに突撃してクソクラゲハンターとして悪鬼羅刹の限りを尽くしたい。
ついでに今すぐここから離れたい。
「いいえ。今回のサカウラオオカイゲツの繁殖は、現状確認できる時点で初の例となります。今回の事例は、同じく単性生殖可能であると推定される禁足領域の主が同じく繁殖し氾濫することで、ダンジョンの難易度が跳ね上がる可能性を示唆しています」
「お、おん……? まあ確かにそうッスね」
だが返答は『イエス』には遠い、長ったらしいものだ。
つまりクソクラゲが増えたのは初めての事例で、他の場所でも似たことが起きる可能性があるってわけ。
それはまあわかる。
だが待ってほしい。わざわざそんなことを言い出すということはつまりーー
「――なのでサカウラ地下迷宮を実験的に観測地点とし、サカウラオオカイゲツがどれほどの頻度で繁殖行為に移行するのか、そしてどれほど増えるのかなどの調査が実施される予定のため、しばらくは立ち入り禁止となります」
「あはぁん!」
俺は膝から崩れ落ちた。
「嘘……だろ……?」
「嘘を言う必要性はないかと」
無慈悲な追撃が頭上から振り下ろされる。
不味い、これは不味い。
クラゲ汁が入手できないのは想定していなかった、最悪すぎる。
目の前でエサをぶら下げられて食いついたら隕石が落ちてきた気分だ、好奇心が抑えられな過ぎて発狂しそう。スチャラカチャカポコチャカポコチャカポコ。
待て、落ち着け俺。
手段を選ばなければできることはいくらでもある。
封鎖されているとはいえ所詮は人の目、一度確認に言ったがテープやコーンが置かれ、いりぐちは数人が見張っている程度だった。
やるなら夜だな。
花火をいくつか、それとタイマーを用意する必要がある。
どうにか見張りの目をごまかしつつ音で誘導、侵入さえしてしまえば――
「いうまでもありませんが勝手な侵入は探訪者の資格を失うことになります、また内部には大量の調査員が二十四時間配置されるため大変危険となっております。ご了承ください」
「いやだなーもー! 俺がそんなことをするわけないじゃないですかー!」
調査員は探協のエリートだ。
どいつもこいつも高難易度のダンジョンに潜り、様々な調査をしているため必然的にスーパーインテリゴリラ集団。
入った瞬間に俺はすりつぶされることが確定した。
.
.
.
「レベルは二十七ですね」
「……うす」
支部長室から出た俺はレベルのチェックを済ませ、探協の出入り口から外の空気を吸った瞬間に崩れ落ち泣き叫んだ。
クソァッ!!!!!!!!!!!!!!!!
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