第54話 いわゆるお偉いさんが貧乏そうな格好して人の性格を見るヤツ

「ようやく来ましたね毒島さん!」


 探協に入った瞬間、見るからにぷりぷりと怒りを見せる受付の女性。

 しかし彼女は、俺が普段換金やレベルチェックをしてもらっている人とは別人だ。

 表情もごく普通に――いや、あの人が普通じゃないとは言わないが――目じりを吊り上がらせて怒っていた。


「本当にすみません!」

「これだけの重大事項をすっぽかすだなんて……本当に信じられません! 支部長はもう三時間も貴方をお待ちなのですよ!?」


 腰に手を当てなおも説教する受付の女性。


 いや違うんだ、聞いてほしい。

 だれだって何か約束をすっぽかしたくてすっぽかすわけじゃあないだろう。

 俺だってそうだ。ただ、ちょっと趣味の遊びに没頭していたから忘れてしまっただけなんだ。


 俺は悪くねえ! 俺は悪くねえ! 俺は絶対に悪くねえ!


「無知蒙昧な愚者たる私めへどうかご慈悲をください」


 だが、気が付けば俺は土下座をしていた。

 どれだけ口では強がっていても上下の体は正直だった。


 時代や環境のせいじゃなくて……全部俺が悪いんだよ……!

 三時間も遅刻したのは全部俺が趣味に没頭してたせいだ!!


「や、やめてください! そこまでしろとは言っていません!」

「何度見ても探協の床は綺麗だな……いい匂いもする……」

「何を言っているんですか貴方は! あと匂いはただのワックスです!」


 ワックスで両手両足をべたべたにしながら這いつくばっていると、突如聞き慣れた声が俺の上から降ってきた。


「おや、毒島さんこんにちは」


 怜悧でどこか無機質な声。


 土下座を解除して上へと視線を向けると、そこにいたのはいつもの受付の人だった。

 彼女は何か紙の資料らしきものを抱えながら、こちらへ小首をかしげて視線を落としている。


「お、いつもの受付の。ちわっす」

「こちらへどうぞ。葉山さん、彼の案内は私が行いますのでもう大丈夫です」


 どうやら彼女も俺を迎えに来たらしい。


「は、はい佐竹さん! そ、それでは失礼いたします!」


 先ほどまで俺の相手をしていた人を元の受付へ戻るよう指示を出すと、俺へついてこいとばかりに背を向ける。

 彼女が向かったのは探協の奥、一枚の扉で仕切られたその先だ。

 普段は探訪者が決して立ち入らない場所だが、彼女がどんどんと先へ進んでいってしまうので、少し悩みつつ俺はその扉を押してその後ろへと付いていく。


 しかしそれよりも、しれっと衝撃的な事実が判明した。

 この無表情の受付のお姉さんの名前である。二か月間ほぼ毎日出会いつつ、名前の一切を知らなかったのだが……


「佐竹って名前だったんスね、初めて知りました」

「ええ、佐竹クレハと申します」


 カツカツと、白いタイルの上で無機質なハイヒールの音を立てながら、彼女がこともなさげに自分の名前をあっさりと伝えてきた。


 ネームプレートなども特につけていないし、何より他の受付の人と違って誰も彼女の列に並んでいないので、誰かが佐竹さんの名を呼ぶこともなかった。

 まさかこんなタイミングで知ることになるとは。


 明日からは名前で呼ぶことにしよう。


 思いがけぬ幸運に内心喜びながら、佐竹さんの思ったより低めな身長の後ろをついていくと、ふとした拍子に彼女の動きが止まった。

 どうやらもう着いたらしい。


「ではこちらへどうぞ」


 彼女が指し示したのは、黒く、重厚感のある大きな扉だった。


「し、失礼しまーす」


 薄暗く、威圧感のある部屋だった。

 少し見まわすだけでも多くの資料らしきものが周囲の本棚に差し込まれており、ショーケースの中には無数の指輪や魔石らしきもの、やたら華美な武器などが飾られている。



 だが、その中心。

 おそらく支部長であろう人物が座る、やたらと重厚で高そうな椅子に人の影はなかった。


「……ん?」


 支部長がお待ちだったんじゃねえのか?

 誰もいねえけど。


「好きな場所に腰を下ろしてください」


 ぱちり、と部屋が明るくなった。

 そして後ろから入ってきた佐竹さんがm照明のスイッチを一つ一つ押しながら俺の横を通り抜け……


「では報告を始めます」


 俺の正面にあった高そうな椅子へと座り込んだ。


「あの……支部長はいずこに……?」

「……?」


 なにをいっているんだこいつ、と言わんばかりに小首をかしげる佐竹さん。

 なんか嫌な予感がしてきた。


 いやでもまさかね。だって支部長って言ったらなんか老猾そうな爺さんや、魔女のような笑い声をあげるばあさんだと相場が決まっている。

 佐竹さんは若い。下手をすれば二十代前半、いっても三十くらいだろう。まさかそんな……まさかまさか……


「ああ、知らなかったのですか」


 机の下からなにか板のようなものを取り出し、かつん、と自分の脇へと置く彼女。

 そこに書かれていたのは――


「私が支部長の佐竹クレハです」

「おーぅ! わっざふぁっく!!」


 第三支部 支部長 佐竹クレハ。


 アンタかよ!

 なんとなく分かってたけど! なんで探協で受付やってんだよ!


「し、支部長はアンタだったのですかよ!?」

「無理に敬語にせずとも結構です」


 いつも通りの態度で淡々と話を進める佐竹さ、いや、支部長。


「佐竹さん、なんで受付なんかやってたんスか」

「私は所詮実力を買われ、お飾りの支部長をやっているに過ぎません。普段はすることがほぼないので、どうにか受付の手伝いでも出来ないかと」

「はぁ……なるほど」


 変な人だなぁ。

 俺だったらもちろんこの椅子にふんぞり返ってるね、座ってるだけで金がもらえるとか最高だぜ!


 変な人を見る目で見ていると佐竹さんは資料をとんとん、と纏めつつ、ちらりとこちらへ視線を向けた。


「私と貴方の仲ですし、面倒な前座は不要でしょう」

「いつからそんなに仲深めましたっけ」

「早速本題へと移りましょう」


 いつからそんなに仲深めましたっけ?


 困惑する俺の前へと資料が差し出される。

 その数ざっと見て二十枚。多少写真が添付されているものの、黒々と埋め尽くされた文字を見るだけで全部を全く読む気にはならない。

 しかしまあ、差し出されてしまったからには、見る気もありませんと突き返すわけにもいかず、とりあえずぺらぺらめくりながら適当に頷いておく。


 ふんふん、なるほどね。

 ああ全部理解したわ、つまりチョコバナナって訳。

 つまりどういうこと?


「つまりどういうことです?」

「サカウラ地下迷宮の三階層、禁足領域の主であるサカウラオオカイゲツについてですが……繁殖していることの事実確認が取れました」


 サカウラオオカイゲツ、とはあのクソクラゲの正式名称らしい。

 名前の由来は言うまでもなく、サカウラ地下迷宮の大きな海月クラゲだろう。

 彼女が対面から指し示した資料のページには、俺が倒したはずのクソクラゲの別個体が複数確認された旨の写真や、長ったらしい文章が確かに記載されている。


 まあ、でしょうね。


 既に二体と交戦していた俺は特に驚くこともない。

 仮に二体しかいなかったとしたら、俺が倒した時点でボスエリアが空っぽになってしまう。

 連中が動き回っていた以上、既にそこにはもう一体居座って縄張りとしていたから。そう考えるのが自然だ。


 だが、どうやら事態はそう単純ではないらしい。

 更に彼女がめくったページには、奇妙な姿のモンスターが写り込んでいた。


「最奥に位置する禁足領域にて、こういった姿をとった生体を確認したのですが……」

「これは……ストロビラですか」

「と、呼ぶようですね。私は生物には詳しくないので知りませんが」


 クラゲ。

 誰しもがその名を聞いて思い浮かべる姿は、実はクラゲという生き物が生涯で取る姿の一つに過ぎない。

 受精卵から少し経つとクラゲは自分で泳げる『プラヌラ』という姿となり、岩などにくっつくとイソギンチャクのような姿の『ポリプ』になる。

 十分に育ったポリプは、なんとクラゲがいくつも重なってくっついた『ストロビラ』という姿となり、そいつらは最終的に分裂してクラゲに似た姿の形態、エフィラとして旅立っていくのだ。


 彼らはそのまま多くのプランクトンなどを食べ成長し、皆の知るクラゲの姿へと成長していく。


 つまり今この写真に写された『ストロビラ』とは、受精卵から成長した無数のクラゲが今にも旅立とうとしている形態、という訳だ。

 言い換えるなら、ボスさんのお子さんがいっぱい繁殖しているというわけ。

 わーお。


「おそらくですが、栄養や魔力を蓄えたことで形態が変化したのではないか、とのことです」

「ボスが、ですか?」

「ええ。暫く狩られなかったことで、栄養や魔力を蓄えられたと推定されています」


 ほーん。


「まるで本当の生き物みたいッスね」

「本当の生き物、なのかもしれませんね」


 空気が静かに凍る。

 だが、直ぐに佐竹さんはわざとらしく小さな笑い声をあげ、こういった。


「冗談です」


 面白すぎ。

 笑いすぎて心臓止まったわ。

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