第53話 徹夜の頭には小鳥の囀りすら不愉快
薄暗い車庫の中、ガサガサとした雑音が響く。
ここには本来車や多くの工具があったのだが、それらはどれも一年前にすべて親戚の手で売り払われてしまった。
今は小皿や瓶など、俺がモンスターの毒をいじくって遊ぶためのくだらない目的で占領している。
「あ゛ぁ……頭いてぇ……」
どうにか引いてきた灯りの下で机に向かっていた俺は、ふと天井を見上げながら眉間を指で押さえた。
クラゲの薬効に気付いてから二日、俺は睡眠時間を削りこの車庫の間を往復している。
理由は当然言うまでもなく、あの血行増進効果がどのほどか、そしてどれだけ効果があるかを試すためだ。
今までであったモンスターの肉、それらから油や水で毒を抽出し、色々な組み合わせを試している。
俺がこの効果に執着している理由、それは経口摂取でも素早い効果がある上安定しているからだ。
例を上げるのならまず蜘蛛の麻痺毒。
あれはごく少量を取り込むことで、体の痛覚を一時的に無効化させることができる。
だが経口摂取した場合、体に回って効果を実感するまで最低十分はかかると実験の結果でわかった。
しかし前もってこのクラゲ毒が溶け込んだ水を摂取しておくことで、経口摂取による痛み止めがわずか十数秒で全身に回る。
これは劇的なゲームチェンジャーだ。
以前、クソクラゲ戦の際にわざわざ自分へ麻痺毒がたっぷりついた刀を突き刺したのは、経口摂取だと遅いことを薄々理解していたから。
要するに注射器による血管への直接注入を、傷口から毒を流し込むという荒業で代用した。
しかしこのクラゲ毒をうまく利用すれば、注射器による注入と同等かそれ以上の速度で毒が全身へと回り、更に繰り返し注射などせずとも経口摂取で簡単に複数の毒を体内へと巡らせることができる。
戦闘の際、逃げ回りながら毒を摂取し、さらに体に回るまで待つなどという悠長なことをせずに済む。
今までは緊急時以外に行っていなかったものの、本格的に毒を自分自身で摂取しつつの戦闘が可能になった、と言えるだろう。
「……ふぅ、最高だ」
ようやく情報がひと段落まとまった俺は、毒消しを一錠口へと含み、ゆっくりと舐め転がした。
体内を巡っていた痛み、しびれ、そして異様な発汗が次第に収まっていくのを感じつつ、すっかり書き込んだノートを再び眺める。
おそらくクソクラゲは自分の毒をより素早く獲物へと利かせるため、この成分を生み出したのだろう。
毒の致死性は低いながらも、刺された瞬間からあっという間に痛みが増し、全身へと巡ったのはこの成分のおかげに違いない。
本当はもっといろいろほじくってやりたい。
ダンジョン内の植物との相性、どれだけの熱や冷たさ、時間に耐えることができるのかなど、知りたいことはいくつもあった。
だが……
「あと一杯分しかねえんだよなぁ……」
傍らに転がったペットボトルをテーブルの上で転がし、弄びながら呟く。
元々あくまでクラゲの茹で汁であり、そう大量に存在しているわけでもない。
塩漬けにした際に生まれた液体、そして使用した塩はもちろんすべて排水溝に流してしまったため、クラゲの液体はこれで終わりだ。
効果を発揮するにもある程度の量が必要であり、おそらくこの量なら一度しか使えないだろう。
ならば取りに行けばいい?
行けたら行っている、あのクソクラゲをぶちころしまくっている。
「あー……今はサカウラ地下迷宮立ち入り禁止だからなぁ」
そう、行かないのは理由があった。
あのクソクラゲは間違いなくダンジョンボスだ、同時には一匹しか存在し得ないはずの。
だが二匹いた。
これはやはり探協としても見逃せない問題だったらしい。
なにせ禁足領域、ボスエリアにさえ近づかなければ問題ないとされていた奴が、三階層のあちこちを自由にお散歩していたわけだ。
今回のツムギのように、下手に放置などしてしまえば大量の死傷者が生まれることは予想に難くない。
ましてや三階層にとどまらず、二階層、そして一階層にまでやってきてしまったとしたら……
俺とツムギ、そして彼の元パーティメンバーの証言を受けた探協は、サカウラ地下迷宮の調査を施行している。
調査の結果が出るのはおおよそ十日前後と見積もられており、勿論結果は俺やツムギにも報告されることになった。
十日か。
ええっと、ツムギと飯食ったのがダンジョン出て一日で、ヒマリも呼んで豆花パーティーしたのがそっから一週間後くらいだったな。
んでたぶん二日かな? 俺が徹夜したのは。
だから報告が上がるのは……
「あっ」
やべ。
今日じゃん。
まて、おちつけ。
あせあせ焦るな毒島シキミ、お前は超絶冷静クール賢さ百点満点スーパーインテリキャラクターだ。
冷静に時間を確認しろ。まだ今の時間が朝とかなら全然……
「十六時半かぁ……」
終わったわ。
スマホの画面に表示される無慈悲な数値、唖然と見つめる中分針が更に1進む。
というか下の方にめっちゃ通知来てたわ。
あれー? おかしいねー? なんで通知来てるのに気づかなかったんだろうねー?
そういやなんかうるせえなと思って、マナーモードにした記憶があるようなないような。
「うーわやべやべ、どうしよ」
毒消しは既に飲んだはずだというのに、なぜか額を足らりと汗が垂れる。
なんか、もう寝ちゃおうかな。
うん。全部知らないよ、シキミくんなにもしりませーん!
ねまーす! 今から寝ちゃいまーす! はーいすやすやスリーピングパーティーピーポータイムはいりまーす!
ピロロロロロロロロロ!!
「うわああああ電話来たああああああああああああ!!!」
二徹の脳みそを張り倒していく激烈な電子音。
スマホをこのままぶん投げて自室へ戻ろう、と考えていた俺へ釘を刺すように、激しいコールが車庫という狭い空間に鳴り響く。
画面に映されるのは『探協』のたった二文字。
しかしその電子で構成された無機質な二文字から、なぜか俺は恐ろしいまでの威圧と恐怖を感じた。
なんてことだ、もう助からないぞ。
人が失敗をしたとき、真っ先にすべきことは何か。
それは逃げることでも、見て見ぬふりでもない。
そう、俺はちゃんと間違いを認めて謝ることができる人間なんだ。
「あーもしもし? えーっとすね、本当にもうしわけ」
「もしもし毒島さんですか!? 毒島さんですね!? いったい何度電話したと思っているんですか!? もう十三回は電話をしたんです! 火急を要する一大事なのにどうして一切電話に出なかったのですか!!? 聞いていますかっ!! ねえッ!!!」
「あびゃああああああああ!?!?!?」
ほげえええええええ耳があああああああ!?!?!?!?!?!?!
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