第52話 全員似た者同士

「じゃあボクはそうだなぁ……」


 にやりと笑ったツムギの視線がヒマリへと固定された。

 びくりと彼女の尻尾が逆立つ。


「京極さんから一万円貰おうかな」

「なっ! 貴女先ほどから私ばかりではありませんか!」

「君から仕掛けてきたんじゃないか! 最初に五万円徴収してきたのは誰だい!?」


 アイツら今日出会ったばっかなのに仲いいな。


 二人がわーきゃーと騒いでいるのを見ながら、俺はルーレットをくるりと回す。

 おやつを食った後、このまま解散するのもなんだか寂しいね、とツムギが呟いたのをきっかけに、スズの持っている据え置きゲーム機で人生ゲームをしていた。

 格ゲーを始め色々できるゲームの択はあったのだが、ヒマリがそもそもゲームの類をあまりやらないとのことで、シンプルなボードゲームが選ばれたのである。


 まあ冷静な大人の俺はゲームごときで騒がないけどね。

 こんな現実に影響ひとつ及ぼさない遊びで一喜一憂とは、イケメンや剣姫サマも随分とガ……キ……


「はぁ!? また十万持っていかれんの!? このゲームバグってんだろオオオオオオ!!!!」


 何回目だよこのワンゲームだけで四回目なんだが!?

 こんなの不正だ不正! ノーカン! ノーカン! 現実でも金ねえのに何でこんなゲームですら搾り取られなくちゃならねえんだよ!

 んなあああああああゲームの乱数がバグっております! ランダム機能はどうなってんだランダム機能は!

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『ま、負けた……!』


 俺達三人の声が重なる。


 ヒマリとツムギがほぼ同時かつ所持金ほぼゼロでゴールし、最後に俺が借金まみれでゴール地点に戻されたところでゲームが終了した。

 たぶん俺はこのゲームを一生クリアできないと判断されたためだ。


「お兄ちゃんは単純に運ざこざこすぎ、ツムギさんとヒマリさんはお互いのことしか見てなさすぎ! だから足元掬われちゃうんだよねぇ」


 最年少の勝者が偉そうにクスクスと笑いながら、俺達三人をあざ笑うように眺めていく。


 彼女は幸運かつ狡猾だった。

 勝手に争う二人から上手い事土地などを奪いつつ、着実に家族と不動産を増やし完全勝利を決めた。

 俺は何もされてないけど落ちぶれていった。


「もう一回やりましょう、次は負けません」

「それはボクのセリフだよ」

「負け犬共がすごみ合ってもカッコつかねえぞ」


 這いつくばっていた敗北者の二人がゆっくりと立ち上がり、ヒマリがコンテニューボタンをぽちりと推す。

 その姿はまるで往年のライバルか、何か強敵に立ち向かう勇者パーティかのようだ。

 実態は勝手に争って滅んだ哀れなアホ共だが。



「ツムギさんってかっこいい人だと思ってたけど、なんかすっごい普通の人なんだね」


 二人の様子を眺めていたスズがぽつりとつぶやく。


「期待外れかい?」

「いや、すっごくいい意味で普通。ヒマリさんと似てるね」


 ツムギの顔にしわが寄った。

 しかしそれは次第にほどけ、ふ、と彼は小さく笑って軽く頷く。


「うん、そうかも。君たち兄妹も似てるね、血は繋がっていないんだっけ?」


 分かってるじゃないかツムギ。

 俺とスズはエターナルファミリーラヴによって結ばれた不朽永遠の家族だ、この常に湧き上がる情熱はたとえ永久凍土ですら


「うぇえええやめてくださいよ! お兄ちゃんに似てるなんて……うっ」

「吐き気を催すほど!? 嘘だろスズ!? お兄ちゃんを愛してるよな!?」


 どうやら彼女は断熱材を心に巻いていたらしい、しかしならばその断熱材の上から俺の愛で焼き尽くすまで。


 熱いハートを指で作りだしスズへと向けていると、ツムギがクスクス笑い……


「……ふぅ、少し熱くなってきたね」


 ちらりとこちらへ視線を向け、羽織っていたベージュのカーディガンを脱いだ。

 男にしてはかなり細く、狭い肩が露になる。


「ふふ、どうしたんだいツムギ君。ボクのことをそんなに見つめて。まさか――」

「筋肉ないなツムギ。甘いもんだけじゃなくて肉を食え、探訪者は体力が大事だぞ」


 相変わらず細いなこいつ。

 こんなんじゃ体力不足で疲れたりしそうで心配だぜ。


「あー……そうだねぇ……」

「なんだか私も熱くなってきました」


 尻尾をなぜかすさまじくぶんぶん振りながら、迫真の勢いでヒマリも脱ぎ始めた。

 確かに額に汗を浮かべているが、そこまでいきおい、よ、く……


「――っ!?」


 待て。

 ヒマリが、汗?


 緊張が背中を駆け抜けた。


 普段そう運動をしていないスズは分かる、俺やツムギも体は常人に毛が生えた程度。

 だがヒマリはなぜ汗をこんなに描いている? 彼女は探訪者の中でも頂点に近いらしい、当然その身体能力や体力、その他の身体機能も並みのそれとは比べ物にならない。

 事実目にも見えぬ速度でまな板を切り刻んだではないか、それも飄々とした顔つき態度で。


 そんなヒマリが、少し遊んで騒いだ程度で汗だくになるか?

 あり得ない。


「ショウガ、か?」


 思い至るのは先ほど豆花で使ったショウガシロップだ。

 ショウガにはショウガオールという、血行増進効果がある成分が含まれている。


 ちょっと待て。

 俺とスズはジャスミンシロップとショウガシロップを混ぜた、ヒマリはショウガシロップロンリー。

 この三人は確かにショウガを摂取している。


「ツムギ、お前確かジンジャーシロップは試してないよな?」

「う、うん」


 ならばなぜジャスミンシロップで豆花を食べていたツムギも、俺達より多少はましだが汗ばんでいたんだ?


 答えは単純だ。


「なるほどな」


 生物が持つ毒は一種の生物につきひとつで語られることが多い。

 例えば身近な存在ならばヒガンバナの持つリコリン、フグのテトロドトキシンなどが代表的だ。

 しかし結局のところ『毒』と定義されるものはあくまで、人体に何かしらの影響を及ぼす成分すべてを示す。

 時に、一種類の生物が持つ体内の成分の内、複数が人体に有害であることは決して突拍子のない話ではない。


 スズメバチ。

 知らぬ者はいないであろう森の暴君である彼らの毒は、時に『毒のカクテル』と呼ばれる。

 複数種類の毒が入り混じった彼らの毒液は非常に強烈であり、対症療法以外での治療法は確立されていない。


 クラゲの持つ毒も同様に、なにかしら複数の成分が含まれていたのだろう。

 それは刺胞毒と異なり、加熱などでは簡単に損なわれず、大量の塩分等で加工を施されたとしても変化しないほどに安定した成分らしい。


「スズ、毒消しは飲んだか?」

「あっ、忘れてた」

「お前とツムギヒマリ、お前も飲んでおけ。後回しはせず今すぐに、だ。それと用事できたから飲んだら二人とも悪いが帰れ」


 机の横に備えてある毒消しを三錠取り出し、三人へと手渡していく。

 もちろん俺は飲まない、これからどんな毒性が生まれるのか記録しなくてはならない。


 今までいろんな毒を飲んできたが、ここまで血行が増進される毒は初めてだ。

 それに相当安定した成分、どれくらいの日数冷蔵庫に入れてても大丈夫なのか、揮発性とかも調べておきたい。

 くそっ、やっぱりもっとクラゲ持って帰ってくればよかった!


「スズ! めも! メモ帳かノートの切れ端! はやく!」


 今すぐにでも情報をまとめなければ!


 少なくとも現状、体のしびれや痛み、視覚や聴覚などの異常はなし。

 この先にどんな変化があるのか、全部記録したい!

 それにこの血行増進効果、これ単体だとちょいとからだが温かい程度だが、上手く組み合わせれば何か使い出があるかもしれない!


「これは面白くなってきたぞ」

「ええ、どんな毒でどんな反応が起こるのか……ぞくぞくしますね……」

「お前も毒消しを飲むんだよアホ」


 したり顔で頷くヒマリの口へと毒消しを放り込む。

 体が頑丈だから大丈夫だとは思うが、こいつの思うがままにさせるのもなんか嫌だ。


「ねえスズランちゃん。実はこの前ダンジョンでシキミ君がね、モンスターの毒を使って痛み止めにしてたんだけど……」

「え!? お兄ちゃんそんなことしてるんですか!?」


 えーっとさっきクラゲを茹でたお湯は……まだ残ってるな!

 片付けを後回しにしてよかった!

 こいつはペットボトルに入れて……一割だけコップに移して残りは冷凍しておこう。


「あの時はなんとなく思いついただけかと考えていたんだけれど……もしかしてシキミ君、いつもこんなことをやっているのかい?」

「そうなんですよ! 聞いてくださいツムギさん! お兄ちゃんったらいっつもモンスターの肉を取ってきたとか言って、毒抜きできたから食べるなんて言って夜中ずっとお腹抱えて唸ってたりして! この前だって朝いきなり叫んで――」

「ははぁ……スズランちゃんも苦労してるねぇ」

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