第49話 満腹になるまで喰わないと絶対に逃がさないからな

「よし、じゃあ自己紹介も終わったしなんか良く分からんが問題も解決したから……今からお菓子作りを決行します」

『わー』


 まばらに鳴り響く拍手。

 いや、いい。空間を満たすほどの音など必要ない。

 拍手とは魂の喝采、己が心で今ここに満ちる全ての音を感じ取ればいいのだ。


 聞こえる……聞こえるぞッ!

 俺の献立発表を待ちわびる一億二千万人、いや七十億人のむせ返るような歓声と熱気がッ!!


「まあみなまで言うなみなまで言うな、そう急かさなくとも教えてやろう」

「誰も急かしてないよお兄ちゃん」


 かわいそうに、スズはこの会場に満ちる衝動を感じ取れないらしい。

 バカな妹を――それでも愛そう……!


 そして俺の愛とは料理である。

 本日振る舞う料理は――


「――豆花トウファだ!」

「お、久しぶりのやつだ。やったー」


 わーい、とスズが両手を上げる。

 スズは割と豆花トウファが好きなのだが、この料理いかんせん準備が普通のお菓子作りと比べて少し面倒だ。

 煮たり、煮たり、さらには煮たりする工程があるし、さらに煮たりするのでめったに作ることがない。

 しかも材料が普段使う小麦やバターじゃなくて、メイン豆乳だから割と余りがちだし。


 まあ今日は特別だ。

 それにあの食材・・・・を使う甘いレシピが、これくらいしか思い浮かばなかった。


「とーふぁ? とは一体何でしょう、あまり聞き馴染みがない響きですね」


 こてりと小首をかしげるヒマリ、ついでに耳もだらーんと重力にひかれて折れる。

 予想通りの言葉に俺はにやりと笑い、傍らに伏せて隠しておいた自由帳(税込み二百円)を素早く取り出した。


 やはりそういうと思っていたよ、だから俺はこれを用意して――


「台湾のスイーツだよ。豆乳をゼラチンとかにがりで固めた奴に、シロップとか甘く煮た豆をたっぷり乗っけて食べるんだ」

「ほう……随分と詳しいのですね」


 しかし描いた絵が一体どこだったかと探している最中、ツムギがあっさりと豆花トウファの正体をバラしてしまった。


 し、しまったッ!!

 ツムギは甘いのが大好きだ、豆花トウファくらい知っていても決して不思議ではないッ!

 俺は今日、この時のために|よなべで豆花トウファの説明絵を描いてきたというのにッ!!!


「お兄ちゃんどうしたのその絵、ひっくり返したカブトガニ?」

「お椀によそった豆花トウファだよ! ひっくり返したカブトガニをわざわざ描くわけねえだろ!?」


 果てには妹にカブトガニ扱いされる始末。


 くそっ、カブトガニと俺の絵をバカにしやがって!

 カブトガニの血は一リットルで百万以上するんだぞ!

 いや待てよ? つまりカブトガニに似た俺の絵にも同じ価値があるってことでは?


「どうしようスズ、俺画家になろうかな」

「現代アートならいけるかも」

「やっぱりお前も俺の才能を感じてくれるのか? 実は前々からそんな気がしてたんだよ、前向きに考えとくか」


 新たな俺の夢が増えた瞬間である。

 しかしそんな夢と希望にあふれた俺へ、ヒマリが少しだけ残念そうな口調で話を振ってきた。


「しかしそれでは、今日はモンスターのお肉を食べることなどはしないのですね。なにより甘いものですし、お肉は合わないでしょうから」

「え゛っ!? モンスターの肉!?」


 ヒマリの疑問は当然だ。

 彼女の言う通り、今までの『モンスター肉』であれば確かに、甘いものとして提供するのは難しいだろう。

 まあ世の中には豚肉で作った、甘い綿あめみたいなものも存在するらしいが、突然出されても中々日本人の口に合うとは思えない。


 だが今は違う!


「いや、今日も食べるぞ。ほら」


 ぺちん! ぷるんっ!


 大皿を一枚持ってきて、事前に塩抜きと水切りを済ませて置いたヤツを軽く叩きつける。

 彼女は不思議そうに耳を交互に動かしながら、その半透明の物体を覗き込んだ。


「おや、これは?」

「ああ。実は一週間くらい前に倒した奴でな、ダンジョンの――」

「待った! 待った待った! 待つんだシキミ君! 今何を食べるって!? モンスターの肉!? え!?」


 しかし妙に騒がしく声をあげるツムギ。、真正面に座るスズがぎろりと視線を向けた。


「お兄ちゃんまさかとは思うけど」

「あー……説明すんの忘れてた」


 そうか、そういえばそうだった。

 モンスター肉って一般的には、絶対に口にしちゃいけない部類のものだったわ。

 あまりに我が家、そしてヒマリは最初っから特に躊躇いなく食ってたから完全に忘れてた。


 いやー、一回捕まりかけてたのにこりゃ迂闊だったぜ。

 たはー、困ったねこれは。


「うーん、まあ任せろ」

「本当にもう……ごめんなさいツムギさん、うちではこれが割と普通なの」

「え、そうなの? で、でもうーん、モンスターの肉はちょっと……」


 スズが順当な言葉でどうにか交渉しているが、ツムギの態度はいまいち乗り気とも言い切れない。

 おそらくこのままでは口にせず終わってしまうだろう。


 せっかく来てもらったのに何も出さずに終わり、このまま帰ってもらうのは中々寂しいものだ。

 それに何より今日は割とたっぷり時間をかけて準備した、とても面倒だった。

 俺のもてなしを食うまでは絶対に逃がさん。


 俺は何気なくツムギの横へと座り、すこしだけ体を傾けて彼へと言葉を投げかけた。


「ツムギ、ワラビは食べたことあるか?」

「え? ま、まあ。おばあちゃんの家で何度か出てきたかな」

「ワラビは猛毒の植物だぞ、しかも発がん性もある」

「え!?」


 衝撃の事実だったのだろう、目を見開いたツムギ。


 いい調子だ。

 初手で驚きの事実……そして続く言葉は情報の暴力的な本流!

 停止した思考をすべて洗い流すッ!


「ワラビはあく抜きしてから食うんだが灰汁だって毒の一種だ、しかもシダ類の中だとトップクラスに強烈な。他にもコンニャクイモのシュウ酸、植物が良く持つアルカロイドや鶏肉の生食によるカンピロバクター中毒や、悪化すれば全身に激痛が走って動けなくなるギランバレー症候群だってある」

「あわ……えっと……」

「玉ねぎの血液サラサラ成分は逆に言えば赤血球を破壊する、それに女性の好きなアボカドは人以外に激烈な毒性を示す。いいか、ダンジョンの外の世界ですら毒であふれてるんだ。でも俺たちは死なない、なんでだ?」

「えっと、な、なんでだろう……分かんない……」


 人は自分より専門的な知識を持っていると理解した場合、心理的に不利になってしまう。

 押しに弱くなってしまうのだ。

 たとえそれがそれとこれとは関係ないよね、と分かる人間ならば気づくことでも、大半はモンスター肉など喰わないのだから関係ない!


 俺の言葉を聞きながらすこしツムギの目がとろん、と溶けてきた。

 いい調子だ。


「調理方法を知っているからだ。俺はモンスターの肉でもソレは同じだと思ってる、全部ただの食材なんだよ」

「そう、なのかな……」


 流されに流されかけたツムギだが、最後の理性が歯止めをかけた。

 だがここまで心理的なハードルが下がってしまえば、あとはちょいと押してやるだけでいい!

 おらっ! 俺のお菓子を食えッ!


「もし怖いってんなら、一杯……いや、たった一口だけでいい」

「そ、それだけでいいのかい……?」

「ダチのお前に無理は言えねえよ。食べる気になってくれた、それだけで俺はうれしいんだ」

「そう、なんだ。たった一口だけなら……」



 堕ちたな。

‎ この程度チョロイもんよ。


「……洗脳?」

「失礼な、交渉術だよ」


 なんていう失礼な妹だ、人をまるで悪質な教主みたいに言いやがって。


「ツムギさん安心してください、少し毒があった方がスリリングで楽しいですから」

「そうだね……確かにスリリングで……スリリング!? 全然楽しくないよ!?」


 いまさら何を言おうともう言質は取ったのでもう遅いッ!!

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