第50話 料理禁止令

 てなわけでツムギを洗脳し終えた俺達は、さっそく豆花トウファづくりを開始したのだが……


「実はほぼ完成してるんだ、あとはちょっと調理すれば盛り付けるだけでよ」


 俺は冷蔵庫からテーブルへと次々に材料を並べていく。

 ピーナッツ、ひよこ豆は一晩水につけてから圧力なべで柔らかくなるまで煮込み、最後に甘く仕上げてある。

 タピオカは冷凍のものが百円で売っていたので、そいつを熱湯で戻してから一時間ばかし冷蔵庫で冷やしておいたものだ。


 そしてこれは忘れてはならないだろう、本体の豆花だ。

 本来ならば濃いめの豆乳ににがり・・・を入れた、日本の絹ごし豆腐的なものなのだが、個人的に豆腐はおやつにしたくない人間なので単純にゼラチンで固めた。

 大体にがりとか買っても使い道ねえし、あんなん一生冷蔵庫で冷やし続けることになるわ。


 あとは小豆缶を開き、そしてアレ・・を軽く茹でて刻んでやれば材料はすべてそろう。

 今日は個々人で好きなものを好きなだけ入れる、バイキング的な形式にしようと思っている。


「ってなわけで少し待ってろ」


 机の上ででろん、と広がっていた半透明の物体を持ち上げキッチンへと向かう。

 しかしそのさなか、ちゃぶ台から慌てて立ち上がったツムギがこちらへと駆け寄り、


「し、シキミ君! ぼ、ボクも手伝おうか!?」

「お、本当か? じゃあそうだな、このあずきの缶詰でも開けといてくれ」


 中々うれしい提案だった。

 冷蔵庫の横に引っ掛けていた缶切り、そしてあずき缶を彼へと手渡し見送る。


 なんだ、嫌がっていた割には中々乗り気じゃねえか。


 あらかじめ沸かしておいた鍋へと手に持っていた半透明の物体を入れつつ、キッチンからリビングの様子を見守る。

 まだ出会ったばかりのスズ、ツムギ、そしてヒマリだが、軽い談笑をしつつ缶を開けていた。


「んしょ……中々上手く開かな……いてっ」

「だ、大丈夫ですかツムギさん!?」

「い、いやぁごめんねスズランちゃん。実はあんまりこういうことした事無くて……」


 どうやらツムギの奴、変に力を籠めすぎて指先を切ってしまったらしい。

 缶詰は割と気を抜くとざっくりと行く、俺も二徹した後にトマト缶を開けたら手のひらをゴリっとやってしまったことがある。


 しかしそれにしても、こりゃ普段料理とかしてねえな。


「あー大丈夫か? スズ、絆創膏出してやってくれ」

「ご、ごめんね……慣れてなくて」

「良いからこっち来い、傷口ちゃんと流せ」

「わっ、ちょっ!?」


 何故か微妙に遠慮するツムギの腕を引っ掴んで、その傷口を軽く押しながら流水で流してやる。

 まあ別に化膿しようがなんだろうが、最悪探協で金払えば一発で治してくれるのだが、わざわざそんなことに金を使うのもばからしい。


「これでよし、っと。次は気を付けろよ」

「……うん」


 ぺち、っと絆創膏でくるんだ場所を叩いて治療は終わり。


「ふむ……」


 しかしここでヒマリが動き出した。

 ツムギの治療を先ほどまで、耳や尻尾を動かして眺めていた彼女だったが、キッチンへと再び戻った俺の横に張り付き、なぜかじっとこちらを見ている。


 料理に興味があるのか? とも思ったがどうやら違う。

 何かを訴えかけるような無表情だ。


「……どした?」

「シキミさん、シキミさん。私も手伝いましょう」

「なんだ珍しいな」


 今まで喰うだけで横で見てるだけだったヒマリ、しかし今日になってまさかの自分から調理へと参加しだしたではないか。

 まあ元々割と興味深げに見ていた、本当は料理したかったのかもしれない。


 お湯の中で泳いでいた半透明の物体を菜箸で取り上げ、水を張ったボウルの中へと放り込む。


「じゃあこれ触れるくらいに冷えたら刻んどいてくれ」


 好奇心をもったのならやらせてやる、ソレが俺のスタイルだ。


「ええ。そういえばこれは結局何なのでしょうか」

「ああ、そういやさっき言えんかったな。クラゲだよ。分かるかな、ここの近くにあるサカウラ地下迷宮ボスの。それを塩漬けしといたんだ」


 ツムギが騒ぐから説明忘れてたわ。


 今言った通り、これはあのクソクラゲの傘部分をたっぷりの塩、そしてミョウバンで漬け込んだものだ。

 これは実際のくらげでも行われている方法で、塩で水抜き、そしてミョウバンでタンパク質の固定を行うことにより、こりこりとした触感の食べられるクラゲになる。

 肝心の毒性だがクラゲの毒は基本タンパク質性の毒、加熱には弱いし、なによりそもそも毒性が弱いのはこの体で証明済みだ。


 実は豆花には白きくらげというキノコの一種を甘く煮て入れることがある、今回はそれを本物のクラゲで代用してやろうという算段である。

 どっちも触感コリコリしてるし、味も香りも一切ないので行けるだろう。


「ん……ふぅ……あっ……いてっ」

「つ、ツムギさん! もう無理にやらない方が……!」

「大丈夫! 任せてっ! ボク出来るからっ!」


 キッチンペーパーとまな板を用意していると、やたら切羽詰まった声がリビングからこちらへ届く。

 あわあわと両手をばたつかせながら横でうろたえるスズと、妙に覚悟が決まった顔つきで指から血を流すツムギ。


 なんで缶詰一つ開けるだけであんな騒いでるんだよアイツら。


「おいおい、またかよツムギ本当に気を付けろよな。絆創膏はあそこの棚の中にあるからよ」


 なんか仕事任せたのに忙しくなってきたな……


 ツムギはもっと簡単なところから手伝わせるべきだったかもしれない。

 それこそお椀によそるだけとか。

 微妙に不器用で料理ができないとは、イケメンの妙な弱点を知ってしまった。


「シキミさん、刻むとはどれほどの大きさでしょうか?」

「あ、ああ。うーん、そうだな。まあ一、二センチくらいかな、軽いみじん切りで頼む」

「了解しました、むじん・・・斬りですね」


 こくりと頷くヒマリ。

 包丁を渡してやろうか、と包丁入れを覗き込んだ俺だったが、妙に長細い影が視界をチラついた。


 見上げたらヒマリが薙刀を持っていた。

 は?


「ちょっと待て、今それどこから取り出した? いやその前に何に使う」

「安心してくださいシキミさん。他の場所は決して傷つけません、お任せください」

「任せらんねえよ! ちょっとま」

「――『火点ひともし』、そして『人模ひともし』」


 紫色の炎がリビングへと満ち溢れ、瞬きの一瞬、炎がヒマリの姿へと変貌した。

 三人のヒマリが上段、中段、下段へと己の獲物を静かに構える。


 何やってんのこいつ!?

 ねえなにするつもりなの!?


「――合わせて芥無し『無塵むじん斬り』」


 衝撃で浮かび上がったクラゲは、まな板の上へと落ちた瞬間に衝撃で無数の破片へと化した。

 ついでに下のまな板も衝撃を受けた瞬間、無数の破片へと化した


 ああああああああ長い事使ってるまな板君があああああああああ!!!!!!

 ちゃんと熱湯消毒とか漂白して大事に使ってたまな板君がああああああああ!!!!!


「まな板まで切ってんじゃねえよバカ野郎!」

「いたっ!? シキミ君、また指を切っちゃったんだけど……」

「お前はお前で缶一つ開けるのに何回指切ってるんだよ! 不器用かっ!」


 なんだ!?

 俺は今何を受けているんだ!?

 新手のストレス訓練か!? なんで手伝ってもらってるのに仕事が増えてるんだよ!? 意味わかんねえよ笑い止まんねえよ笑えねえよ何が可笑しいッ!!!!!!!!


「ツムギさん、それくらい切れたら端っこをもって、こう、クイって上に蓋を持ち上げたらいいんじゃないかな?」

「ああ、なるほどね。ありがとうスズランちゃん、こうかな……? むむむっ、あっ」

「あっ」


 ざしゅっ。


「ご、ごめんシキミ君。もう一つ絆創膏貰うね」

「シキミさん、どうでしたか私の斬撃は。貴方が望むのならいくらでもお見せしましょう、勿論何時でも」


 ふんす、と鼻息荒く胸を張るバカ。

 さっきから絆創膏をクソほど消費するポンコツ。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛もう! お前ら今後我が家で料理禁止! 黙って俺の横で見てろ!」

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