第48話 出会って一秒で即理解
「いってぇ……何が起こったんだ……?」
我が家の対面、ブロック塀に打ち付けられた俺は、激しく痛む後頭部と背中を撫でながら立ち上がった。
突然ヒマリの尻尾が膨らんだと思っていたら吹き飛んでいた、嘘だろ。
何を言ってるか分からねえと思うが俺も分からねえ、超能力なんてちゃちなもんじゃなくただの筋力だと思う。
最上位の探訪者が持つ筋力の恐ろしさを、まさか尻尾の毛が逆立つだけで思い知らされるとは考えたこともなかった。
『おや』
その時だ。
聞き慣れた二人の重なった声が俺の耳を打ち、はたと視線を向ける。
「ほう……貴女が
「はあ、なるほど。シキミ君の交友の深さには本当に驚かされるなぁ。まさか、かの有名な『剣姫』サマとお友達だったとはね」
玄関で互いに見つめ話す二人。
一方は変わらずの無表情で、そして一方も変わらずの笑顔。
「心折れた方だと伺っていましたが……その割には随分と良い目をしていますね」
「そう? もしかしたら高名な探訪者に出会って、恥ずかしながらすこし浮足立ってるのかもしれないな」
邪魔だからさっさと家入れよ。
◇
「そうだな、では改めて互いに自己紹介でもしてもらうかな」
百均で買った酸っぱい緑茶を四人分並べ終えた俺は、向かい合って互いを見る二人へと話し掛けた。
不思議なことだがこの二人、玄関であんなに話し込む態度をとっていたかと思いきや、ちゃぶ台へと座ってからというものすっかり黙り込んでしまっている。
ヒマリはまあ予想ができたとして、ツムギまでこうも口を開かないなんて珍しいことがあるものだ。
剣姫という名前を知っていたような節もあったし、もしかしたらツムギは緊張しているのかもしれない。
となればそうだな、やはり自己紹介は――
「ヒマリ、先に頼めるか?」
「ええ、まったく構いません」
淡々とした受け答え、その怜悧な顔つきからは何の感情も読み取ることはできない。
しかし……俺は視線を上へと向けた。
そこにいたのはひゅんひゅん激しい屈伸運動をするケモ耳、調子は万全だ。
やはり先達というものはいつの時代も頼りになるもの、落ち着きのある探訪者としての余裕を見せてやれヒマリ。
「ご存じのようでしたが、京極ヒマリと申します。シキミさんとは個人的な関係でして、よく食事に誘われるのです」
「ふぅん……なるほど」
ヒマリの挨拶を聞きながらうんうん、と笑顔で頷くツムギ。
悪くない、端的ながらいい挨拶だ。
やはり俺を介してしかお互いを知らない以上、俺との交友関係を告げることで話の窓口ににする。
正直ヒマリは口下手を通り越した存在だと思っていたので、割と順当な切り口に俺は内心驚いていた。
「け、牽制だ……!」
「剣聖? ヒマリの称号は剣姫じゃなかったか?」
「お兄ちゃん……本当にバカなんだね……死ぬか黙ってて」
選択肢が一つしかねえんですけど。
理由が分からないがスズに睨みつけられてしまい、その瞬間心臓が締め付けられたかのような苦しみが全身を襲う。
これってもしかして……恋ってコト!?
「いいや、恋ではなくこれは愛だね。お兄ちゃんはお前のことを愛してるぜスズ」
「やめて……お願いだから今だけはやめて……! 本当に黙ってて……!!」
「いてっ! こら! 下品だからちゃぶ台の下で蹴るのはやめなさい!」
俺はただ愛を伝えただけなのに。
ただ安直に口で示すだけでは伝わり切らないものもあるようだ、所詮は言葉謎人間の作り出した鳴き声に過ぎないのかもしれない。
これもう人生の研究課題だろ、言語学者になろうかな俺。
「ボクは神宮寺ツムギ。シキミ君とは探訪者として同期みたいなものでね、奇遇だけどボクも良く彼と食事をすることがあってね」
「……なるほど」
ツムギの、ヒマリに似た簡潔な自己紹介にこくりと頷く彼女。
しかしなぜか耳と尻尾がすさまじく逆立っている。
この感情は……分からない。
今までに見たことがない反応だ、特級ケモ耳鑑定士の俺をもってしても全く理解できない。
安心、ではないな。怒り、でもない。興奮や、焦り……いや違う。
くっ、まるで分らん。
「よろしくお願いします、神宮寺さん」
「うん、よろしく。京極さん」
特級ケモ耳鑑定士の名を返上しようかと悩む傍ら、二人が仲良さげに握手を交わしていた。
どうやら自己紹介が終わったらしい。
一体何のためにあんな見つめあっていたのか謎だが、まあ見たところ、互いにそう悪くは思ってなさそうだ。
では早速本題……とはいっても今日の本題は二つあるのだが、まあやはり最初に悩みを解決してしまう方がいいだろう。
ということでヒマリのお悩み相談室でも開こう、と先ほどまでは考えていたのだが……
「あー……本当はヒマリがツムギの良い相談相手になってくれるかと思ったんだがな、どうにもあまり向いていないっぽいんだよ」
「おや、向いていないとはどういうことでしょうか」
「さっき俺に言った言葉をよーく反芻しろ」
不満ありげに耳を動かすヒマリ、しかし何を言われてもお前が悪い、としか言いようがない。
最強の探訪者様は最強すぎて相談するには相手が悪かった。
シロナガスクジラにロイコクロリディウムの気持ちを察しろ、という方が本来難しかったのかもしれない。
常に成功し続けてしまうやつというのは、なかなか弱者の気持ちを察してやれないものだ。
いやはや本当に困った。
元々ヒマリを呼んだのはだめで元々、といった気持だったが、それでも多少は何かの力になると思っていた。
まさかここまで使い物にならないとは考えもしなかった。
「いや」
すっかり頭を抱え込んでしまった俺にツムギが声をかける。
「もう大丈夫だよシキミ君」
「あぇ?」
しかしその回答は想像だにしなかったものだ。
「本当は今日ね、もう一度君とパーティを組まないか誘おうと思っていたんだ。君となら立ち直れる気がしてさ」
「おお、そうか!」
なるほど。
確かに一人では戦えないかもしれない、しかし俺達は二人であのバケモノをぶっ倒した。
そんな俺達なら確かに死の恐怖を理解しているし、ツムギが乗り越えるために手を貸すのは全くわけない。
それに何より俺は以前こいつにパーティ加入を誘われたことがある。
当時はパーティメンバーがちょっと怖かったので遠慮したが、幸か不幸か今は三人とも探訪者をやめてしまったらしい。
うん、なるほど。アリだな。いやそっちの方が間違いないな!
「よし組もう!」
「でもやっぱりやめた」
「え!? なんで!?」
やめちゃうの!?
うそ!? なんで!? 完全に組む流れだったじゃん!?
詐欺!? これがロマンス詐欺なの!? 許せねえよ純情ピュアハートな俺の心を弄ぶなんてッ!
イケメンは男の心すら弄ぶ罪深い生き物なのか、深いため息がこぼれる。
この傷ついてしまった心はそう簡単には治らない。長い時、そう、最低でも三分はかかるだろう。
俺の頬を涙が伝った。
「ふふ、ごめんねツムギ君。でも……君とパーティを組んでしまうと、平等じゃないだろう?」
「平等? 何がだ?」
「んー? そうだなぁ、なんていえばいいんだろう。んん……ライバルと、かな」
なぜかヒマリの方へと視線を向け、小さく笑みを浮かべるツムギ。
「一人で乗り越えないと、君と同じ土俵に立てないからさ」
「おや、私に勝つつもりですか?」
「今は、まだ無理かもね」
どうやらツムギはヒマリと少し会話しただけで、彼女の芯の強さに気付いたのかもしれない。
そして自分で立ち上がることを決めた、と。
なんかいいなあれ、まるで少年漫画の超強いライバルに啖呵を切るみたいで。
あれ? いや待てよ……?
「そ、そうかっ!!」
その時俺の脳天に雷撃走る。
気付いてしまった。
あの二人、なんかめっちゃいい感じの雰囲気になっていると。
これはもしかしてライバルや闘争心から芽生える、恋の始まりなのかもしれない、と。
これはがぜん楽しみになってきた。どちらも美男美女、見栄えも良い。
「いやぁ、やっぱあの二人相性悪くないと思ってたんだよなぁ」
「嘘でしょお兄ちゃん」
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