第45話 あまりに俺がデカすぎてすべてが小さく見えちゃうんだよね

「――『一閃』」


 叫びに近いスキルの発動。

 全身の膂力から生み出されたエネルギーが、ただこの一撃のために集約していくのが分かった


 体のど真ん中で刀ぶん回されたら、多少は効くだろうがよッ!!



 ぞぶり。


 あまりに抵抗なく潜り切る刃。

 ゼリー状の体は恐ろしく脆い。それは奴にとって触手が切れやすく、簡単に攻撃をばら撒けると同時に、触手を無効化された場合に致命的な欠点となる。


「――ぉぁぁぁああアアアッ!!!!」


 死に掛けた体から無理やり絞り出される無意識の猿叫。



 膨大な質量に包まれた最中さなか刀を振るう無茶な行為に、耐えきれず全身の筋肉が悲鳴を上げた。

 それは本能的な戦慄。

 決定的なまでに体が壊れる、限界を超えた行為であると。


 すべて振り斬った。

 目の前の怪物も。

 下らない戸惑いも。



『――!!!!』



 その時、俺は確かに奴の悲鳴を聞いた。

 全身の萎縮を、細胞の震えを、無言の悲鳴を。



「うるせえよ」



 ブチィッ!!


 ついに刃が振り切られた。

 中心から傘の端までを切り裂く大傷。クソクラゲがわずかに空中を泳ぎ俺から逃げるも、地面へと再び倒れ伏す。


 だが死んじゃいない。

 まだ傘がしっかりと動いている、触手も明確に。

 なによりあれほどの衝突をしてなお平然と起き上がった怪物だ、この程度の切り傷数十秒も与えられれば塞がるだろう。


「もし、数十秒与えられるならだけどな」


 お仲間が切り裂かれたことに警戒したのか、もう一匹のクソクラゲが距離を取っていることに気付いた。


「情けねえな、俺のダチは助けに来てくれたってのによぉ」

「っ、シキミ君! 怪我は!?」

「へーきへーき。ツムギ、お前は他のモンスターが来ねえか周囲をしっかり見てろ」


 後ろからの声に手を振り、軽い言葉を返す。


 俺の接近に気付いたのか、半ばを切り裂かれたクラゲの体が一層びくりと揺れた。

 しかし体を切り裂くと同時、当然俺の腕や体が通った部位も相当にかき回されている。

 人で言えば脳みそでもかき回されたようなものだろうか。たとえどれだけの再生力を持っていようと、体への指示が上手く効かないのかもしれない。


「小いせぇえな」


 出会ったとき、強大な怪物に見えた。

 襲われたとき、勝ち目のない壁に思えた。


 だが今は、この死に掛けの俺の足元に這いつくばって触手を伸ばしてやがる。


 どうした。

 お前の抵抗はそんなもんか? お前の本気はその程度か?

 小いせえ小いせえ小いせえ小いせえェッ!



「あんまりに小さすぎて蹴り飛ばしちまったよ」


 カッ


 軽い音が終わりの合図。

 体の奥に隠してあった魔石。しかし俺に切り裂かれたことで露出していたソレを、俺が蹴り飛ばし、体から千切り取る。

 瞬間全身が大きくさざ波立ち……奴は絶命した。


 まずは一匹。


 黒の中、光に照らすとかすかに青を含んだ魔石を拾い上げ、俺はこちらを窺うお仲間に刀を向けた。


「ビビったってんなら逃げてもいいぜ」


 はたして俺の言葉を理解しているとは思えないが、奴が更に後ろへと後退する。


 しかしそれは撤退ではない。

 奴は壁際まで近づくと、突如として自身の触手を幾本も壁へと叩きつけた!


「チッ、考えたな」


 衝撃から飛び出した刺胞が一斉に俺へと襲い掛かる。


 こいつを防ぐ手段はない。

 あくまで俺が奴らの傘を体へと塗ったのは、刺胞がそもそも射出されないようにするための対策。

 射出されてしまった刺胞はただの毒針、しかも高速で宙を飛んでいる。


 回避しようと横へ飛ぶも、怪我をした体の動きは緩慢だった。

 無茶な叩きつけ故命中精度はそう高くないものの、無数の内の数本が俺の脚や背中を掠り、容易く皮膚を切り裂いていく。

 間違いなく毒がべったりと付着した、ましてや足など最悪だ。


 俺はその傷口をジィ、と眺め―― 


「――やっと回ってきたか」


 にぃ、と笑った。


 長かった。

 まさか一匹を倒すまで時間がかかるとは、これは今後使う場合、もうすこし前もって使っておいた方がいいかもしれない。


「次が来る! 避けるんだ!」


 動かない俺に焦ったツムギが甲高い声を上げる。

 ちらりと向けた視線の先、なるほど、たしかに奴は触手を再び壁に叩きつけようとしている。

 それも今度は先ほどより一層多い。大量かつ広範囲にバラけさせることで、確実にダメージを与えようとしているのか。


 俺は刀を消して離さぬよう握りしめ――まっすぐにクソクラゲへと駆け出したッ!


「なにをしてるんだっ!?」

「だから言っただろ、俺を信じろって」


 つんざく悲鳴、一斉に俺へと襲い掛かる刺胞。

 片腕を正面へと構え走り抜ける俺へ、次々と極太の棘が突き刺さっていく。

 今までにないほど深い傷。同時に流し込まれる毒の量はこれまでの比ではない。


 当然発生する悍ましいほどの激痛は――微塵たりとて感じない!


 戦闘の直後、俺はツムギに蜘蛛を探してもらった。

 当然目的はその毒だが、しかし使う対象はこのクソデカイクラゲではない。

 体積からしてたった一匹や二匹の毒を流し込んだところで、こいつにとってはへでもない。

 そもそも蜘蛛を丸ごと、当然体にある毒袋ごと喰らっているのも見ている。


 ならば対象は、そう俺だ。

 俺自身にその毒を注入した。


 ヒントはヒマリとの鍋パーティだ。

 彼女、そして俺はクモの肉を食うことで一時的に痛覚を失った、それによってクモの麻痺毒は少量であれば麻酔効果があることを発見した。


 そしてこのクラゲの毒だ。これは傷口等に注入されると劇的な痛みを生み出すが、同時に麻痺や気絶、窒息などの副次的な効果が見受けられない。

 おそらくだがこの毒、致死性は薄い。

 ツムギがこいつに襲われてからもある程度逃げ回れた点も、やはりこの説を強く補強する。


 ならば受けても問題はない。

 毒の痛みで怯んでしまうこと、射出された刺胞で心臓や脳天などの致命傷を受けてしまうこと、この二つさえ解決できるのならば。

 そして俺は解決した、蜘蛛の毒を水の魔法で薄めてから体内へと流し込むことで。



「だからさっきから言ってんだろ、効かねえよボケェッ!!」



 ついぞ近づいた俺。

 もう刀は十分に届く。半透明の体の奥、かすかに姿を現す魔石を見出した。


「この距離なら弾幕は貼れねえなァ?」



 一振り。

 二振り。

 三振り、四振り、五振り六振り七振り。


 この腕が振るわれるほど、奴の体がぐずぐずに崩れていく。

 もはや巨体や触手は意味をなさない、そんなものはすべてただの木偶に過ぎない。

 切り裂き、打ち砕き、すべてを薙ぎ払い――


「――『一閃』」


 最後の一撃が、魔石へと届いた。


 加熱した指先に触れる冷たい感触。

 握り――掴むッ!!



「信じた価値あっただろ?」


 俺の手の上で二つの魔石が音を立てぶつかる。同時に、ゆっくりとバケモノがずり落ちた。


「……絶対に勝てないと思ってた」


 駆け寄ってきたツムギが俺の手を握りしめる。

 随分と白く細い指でなんども握りしめ、確かめるように頷くその顔には涙が浮かべていた。


 実に正直でいいことだ。


「俺は比較的約束を守るタチなんだ、二つも約束したらそりゃ絶対よ」

「え? 二つ?」


 不思議そうな顔つきで小首をかしげる彼。

 おいおい、まさか俺の話を忘れちまってるのか?


「約束したろ、メシ奢ってもらうってよ」


 その背中をパン、と軽くたたき、刀を肩に来た道へと親指を向ける。


「俺は結構大メシ喰らいだぜ、帰り際にATM寄っとけ」

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