第46話 切欠
「本当にファミレスなんかで良かったのかい? 君が望むならもっと……」
「いいんだよ。ステーキ喰いながらパスタとパフェ頼める最高の場所なんて他にねえだろ」
窓際の席でナイフとフォークを手に、対面でコーヒーを啜るやつへと肩をすくめる。
命からがらダンジョンを出た翌日。
今日は真昼間から戦うこともなく、俺達は探協近くのファミレスで食事を取っていた。
ちなみにもちろん今日はツムギのおごりである、俺は約束を守る男なので当然である。
しかしなぜかこれでいいのかと何度も聞かれるので、テイクアウトでスズの夕飯も買ってしまった。
「本当にありがとう。死を覚悟したのは昨日が初めてだ、正直今も思い出す度手が震えてるよ」
コーヒーカップを、少し音を立てて置いたツムギが頭を小さく下げる。
「それ今日だけで九回目だ、昨日も死ぬほど聞いたしよ。もういいって、ダチを助けるのに特別な理由なんていらねえだろ」
「ダチ……か」
再び、彼はコーヒーを口に含んだ。
「本当に刺激的な一日だった。でも、帰る途中で君が倒れた瞬間が一番気が気でなかったかな」
「いやぁ、毒消し飲むの忘れててよ」
ステーキを口に運びながら思い出す。
あのクラゲの毒は確かに致死性は薄いものだった。
獲物へ痛みを与えることをメインとした効果、内臓の破壊や血液の凝固、反対の溶血など放置すれば致命的にならない時点でかなり優しいと言える。
が、戦いが終わったことで安心して、すっかり毒消しを飲むのを忘れていた。
ただでさえ全身傷だらけで血まみれ、さらに細胞破壊の毒を食らってまともでいられるわけがない。
しかも痛みが消えていたのでギリギリまで気付かず、二人で話しながらダンジョンを歩いている最中、突然俺は意識を失ってぶっ倒れてしまった。
っぱ毒は毒なんですよね、体に悪いんだわ。
「さすがに探協まで運ぶのは骨が折れたね」
「ただでさえ戦いで骨折れたのにな! がはは!」
「二つの意味で冗談になってないよ……キミ気付いてなかっただろうけど、腕と足が開放骨折してたんだからね?」
あきれたように首を振るツムギ。
まあ彼の言う通りで、俺は割と瀕死だったらしい。
本来動かすこともできない状態で、痛み完全無視のバーサーカームーブを決めていれば当然か。
とはいえ探協にいる回復術師の皆さんの苦労あって、今は見ての通りファミレスで飯を食えるくらいには元気である。
ちなみに口座見たら二万円と少し引かれていた、治療費と刀の整備費だそうだ。
昨日の夜は涙で眠れなかった。
探協に文句を言いに行こうかと思ったが、多分あそこにいる職員は全員俺より強いのであきらめた。
悲しき搾取される社会の歯車は最高だぜェ!
「ふふ、本当に君は強いな」
彼は愉快気な口調で答えるも、しかし笑い切れていない。
……そろそろ切り出すかな。
「なあツムギ、探訪者は続けられそうか」
ぴく、と彼の肩が跳ねた。
兆候は昨日から見えていた。
俺と話すときに見せる態度、どこか感じる諦観、おびえ。
それは間違いなく昨日の戦闘、いや、それ以前の敵から逃亡する際に刻み込まれた心的な外傷。
彼の振る舞いはトラウマ、あるいは長引けばPTSDと呼ばれる症状に近い。
「……今は分からない」
蚊の鳴くようなか細い声だった。
「他の三人とは昨日の晩話したんだけどね、彼女たちは探訪者をやめるそうだ」
「そうか」
「泣きながら謝られたよ、逃げてごめんなさいってね」
彼の独白を聞きながら、俺は静かにペ〇シとオレンジとカ〇ピスとコーヒーを混ぜたジュースを啜った。
クソマズい。
あの三人、ツムギのパーティメンバーを責めるのは簡単だ。
なにせ最も命を懸けたのはツムギであり、彼女らはただ逃がされただけの立場に過ぎない。
俺の心理的にもやはり、ダチであるツムギを持ち上げ、連中をバッシングしてやりたいくらいだ。
だが彼はそれを求めないだろう。
「ボクは……キミみたいに強くはあれないかもしれない。君の戦う姿には惚れたよ、心から」
「冗談キツいぜ」
「本当さ」
俺はツムギの独白を静かに聞いていたが、ふとした拍子に彼も黙り込んでしまった。
自分の思いや苦しみを口にすることはけして悪い事ではない、ただ聞いてもらうだけでも心理的な重圧感から逃れられることも多い。
しかし彼の場合これ以上無理に話させようと、いたずらに傷を広げてしまうだけか。
コップの中身をすっかり飲み干した俺はそれを横へと並べ、一つ話を切り出した。
「ツムギ確か前お菓子作りに興味あるとか言ってたよな?」
「え? あ、ああ、うん。そうだね」
彼と初めて出会った日、帰りの探協で再び出会った俺たちはカフェで少し話をした。
その時に彼は随分と甘いものが好みだと聞いたのだが、せっかくだからいつか菓子でも家で作ろうと提案しつつ、結局今のところまだ誘えていなかった。
ちょうどいいタイミングだ。
昨日丁度面白い素材も手に入ったし、どうせならアイツも誘ってしまえばいい。
「俺のダチに結構有名らしい探訪者がいるんだけど、もしよかったらお菓子作りついでに会ってみないか?」
「へえ! 君の友人の! それはかなり心引かれる提案だね! どんな人なのかな?」
少し明るい表情でこちらを覗き込む彼。
どんな人か、と言われると中々悩ましい。
アイツは一見冷たそうに見えるが、しかし随分と無駄に多くのことを考えてしまう、むしろ人のことを気にし続けているようなタイプでもある。
しばらく考え込んだ俺だったが――
「――んん……まあ、悪い奴じゃないよ。お前なら上手くやれるんじゃねえか?」
まあツムギなら大体誰とでも仲良くできそうし大丈夫だろ。
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