第42話 今日からスパゲッティモンスター教やめます
「行くぞツムギィッ!!! 絶対に逃げろよオイィィィッッ!!!!」
猛烈な勢いで追いかけてくるクラゲ。
本来クラゲの大半というものは鈍重だ。
あの特徴的な傘の動きは泳ぎというより呼吸、体液の循環などを目的としており、実際のところ海流に流されて暮らしている。
しかしさすがダンジョンのボス、常識やルールなど守る気は更々ないようだ。
そもそも空中を浮かんでる時点で守っていないって話だが。
許せない。俺は社会のルールをたまにしか破らないのに、なんでこいつはこんな好き勝手やってるんだ。
義憤の涙が止まらなかった。
しかし正義の刃を振り下ろす先はいない。
今後ろにいるけど振り下ろしたらたぶん死ぬ、主に俺が。
「……っ」
ついに二つに分かれた道へとたどり着いた。
分かれ道の一方でこちらを見る目。浮かんだ感情は馬鹿でもわかる、躊躇いとだ。
アイツ今際の際でまで迷ってやがる。
バカな奴だ。ラッキーだとさっさと逃げれば良いってのに、んなんだから仲間を先に逃がすなんてバカやるんだよ。
しょうがねえな――
「――あとは任せなっ!」
俺がちょいと背中を押してやるか!
すれ違う間際のキメ顔スマイル、もちろん華麗な歯見せも今日はサービスしてやる。
後ろは振り返られない、なにせでっかいファンが今も俺をハグしようと追いかけている。
……やべえええええッ!
ちょっとカッコつけたけど追いつかれて死ぬかもしれねえわ!!
「むっ!」
通路を右へ、左へと駆け抜ける最中、ふと俺の目前に一つの影が現れた。
ゴブリンだ。
どうやら俺が走る足音を聞きつけてやってきたらしい、随分とその目は闘志に満ちている。
素晴らしい!
ちょうどいいタイミング、俺はお前のような熱意に満ちた奴が大好きだ!
「お友達一丁入りまぁーす!!」
刀を抜き取りすれ違い際の一撃、ついでに背後から後頭部を蹴り飛ばす。
あわれ、地面を転がったゴブリン君の視界に映るのは俺のファンガール、逃げる暇もなく熱い抱擁を交わしてしまった。
「よし……って、大して止まっちゃくれねえか」
ちらりと後ろを見やるも、相変わらず奴はこちらへと一目散に突進してきている。
残念ながら俺のお友達プレゼントをクラゲ君は気に行ってくれなかったらしい。
いや、よく見れば触手で絡め取って一緒に連れてきている。
なんてことだ、一人じゃ飽き足らないってわけだ。
とんだいやしんぼさんである。
いっぱい食べる君は好きかもしれないが、何でも食べてしまうような奴はお断りだ。
地を蹴り、切れかけた呼吸に鋭い痛みを伝える肺。
キ、キツい!
ああちくしょうっ、こいつ体力お化けか!?
いくら走っても全然突き放せねえ、このままじゃ先に体力尽きるのはこっちだぞ……!
「ハァ……っ! ハァ……っ! どうする……っ!?」
ヤるしかないのか……!?
いや、無理だ。あの大量の触手は気合いだとかで耐えたり、ましてや回避できるもんじゃねえ。
遠距離で確実に削るか、あの刺胞をどうにか無効化する手段がねえと……!
走りながら必死に思考を巡らすが、激しい有酸素運動で血中酸素の足りない脳みそじゃ、生憎とそう簡単に解決法は思い浮かばなかった。
やはり最初の作戦通り道を迂回、どうにかしてあの入り口に逃げ込むしかない。
が、
「くそっ、もうどこまで来たか分かんねえッ!」
マジでここどこだよっ!
走りながら地図とか見てられるわけねえだろッ!
右へ左へ、複数の分かれ道を勘に従って。
既に俺は今どこにいるかなぞ覚えちゃいない。ひたすらむやみに、目の前にある道を適当に走り続けているだけだ。
本来なら道に迷っても地図さえあればなんとかなる。
ダンジョンの各地には何かしらの目安が設置、あるいは描かれており、探訪者はそれと地図を照らし合わせて位置を再度特定するからだ。
そうだ、冷静になれ
お前は冷静に観察し戦ってきたナイスガイだ。いつも通り冷静に周囲を探って、何か目安を……
「――見えるかボケェッ!」
こちとら全力疾走しとるんじゃ!
ちょっと止まったら死ぬんやぞ! 薄暗い壁に描かれたマークだのなんぞ観察してる暇ないわ!!
ああもうおなかめっちゃいたいよぉ! ついでに足もつかれたよぉ!!
お兄ちゃん死んじゃうよぉ!!! 助けてスズぅ!!!!!
「っ!!」
しかし精神崩壊しかけの俺が駆け抜けた先、突然石に囲まれ続けた回廊の風景が変わった。
壁に連綿と続いている探協の仕掛けたランプ、それが突如としてこの道の先で途絶えていたのだ。
何者かに破壊されている?
ソレのせいで暗くなっている?
いいや、違う。
「――大部屋かっ!」
道が突然広がったから見えないだけだ!
ダンジョン内部の大部屋を嫌う探訪者は多い。
当然だ。一本道なら目の前から襲ってくるモンスターに対応すればいい。しかし大部屋となれば、当然面積が広い分モンスターも多く居座っている。
下手に踏み込めばそいつらが一気に襲って来かねない
モンスターとの多数戦は危険度が跳ね上がる。
それは俺も身に染みて理解している。絶対に生まれる死角、そこを突かれたときの恐怖感と言ったら、筆舌に尽くしがたい。
ましてやパーティで突入した場合、足が遅い奴が一人でもいれば下手に逃げを打つこともできないだろう。
しかし――
「――よっしゃっ! ラッキー!」
俺の心は歓喜に満ちていた!
確かに大部屋はモンスターが多い。
しかし今の俺は一人、守る必要があるやつがいないのなら解法は単純だ。
他のモンスターなどどうでもいい、攻撃は避けつつ全部無視して走り抜けりゃいい。
大体俺のことを追おうとしても後ろにいるバケモンが全部食っちまう。
そして何より、広い部屋さえあればこの後ろのファンガールだってどうとでもなる!
部屋を壁沿いにぐるっと回ってやれば、今俺が来た道にすら戻ることができるのだから!
更に!
さらにさらに! このクソクラゲは触手がアホほど切れやすい!
おそらく敵をつかんだら即座に貼り付けて、毒を持続的に与え続けるためだろう。
事実、三階層へ踏み込んだ時点で、おそらくこいつが通った道には死ぬほど触手の断片がばら撒かれていた。
この意味が分かるだろうか。
俺は今道に迷っている。
しかしこのクソクラゲは通った道にたっぷりと自分の触手を張り付けているだろう。
あとは簡単、そう、その痕跡さえ追ってしまえば簡単に入り口まで戻れるってワケ!
「うっひょおおお! お兄ちゃんは生き残るぞスズ~~~~~~!!!!」
こりゃもう福音だ!
神が生き残れと俺に言っている!
誰に何を言われても気にしないが、さすがに神様に生き残れと言われたのなら従わざるを得ないなぁ!
実は俺敬虔な信徒でェ! 生まれた時からスパゲッティモンスター様信仰しててェ!
「んん~~~~!! 天上天下唯我独尊ン!!」
両手を突き出して最高のゴールイン!
最高の気分だった。
ランナーズハイの入った精神状態で突然与えられた蜘蛛の糸、縋り付かない奴はいない。
生き残る可能性が湧いてきた瞬間のエンドルフィンの湧きと言ったら、この瞬間ほど生を実感したのはあのクマ戦ぶりだ。
さーて、お部屋ぐるぐるしちゃおうっかなァ!
「――ハァ?」
だが、部屋へ踏み込んだ俺を待っていたのは、少しばかり出来すぎた理不尽だった。
ダンジョン内で蜘蛛を殺しまくってきたツケかもしれない、お釈迦様に糸を切られたのだ。
巨体がふわりと静かに浮かび上がる。
その体に包み込んだのはクモや、そしてきっとこの部屋に居座っていたゴブリン。
見る間にそいつらは体の中で融解していき、最後には硬く、消化に時間がかかる部位だけがわずかに体内で浮かぶばかり。
俺の後ろへ差し迫る怪物と瓜二つの姿をしたそいつは、同じく、酷く長い触手を空へと漂わせ揺蕩った。
「オイオイオイオイ……」
……聞いてねえぞ。
「なんだろう、今日からスパゲッティモンスター教信じるのやめます」
二匹目のクソクラゲがいるなんてよ。
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